隼人
「うっ……ぐっ!」
広人は、苦しむ。
「くっ、止めよ! ……皆!」
広人は、手を伸ばす。
「はっ!」
「起きたか?」
「あ、ああ……ん!?」
広人は、徐に起き上がる。
そして目の前の有り様に、驚く。
三種の神器のうち、剣が盗まれしことにより。
その盗まれし剣が、九州にあると聞き渡部隆綱や坂口義銀と共にやって来た広人であったが。
船にて九州は薩摩(現鹿児島県)に上がらんとして、妖・禍に襲われた。
そして船や仲間を守らんと妖に突っ込み、共に爆ぜ。
その後、入江に流れていたのであるが。
気がつけば、ここは何やら洞穴の中。
そして、目の前にいる若者は――
「は、隼人!?」
その若者の顔はまごうことなき、隼人。
かつて、妖に変えられ止むを得ずに半兵衛の手により討たれし広人の友である。
しかし。
「……ああ、そういえばそうも呼ばれとったな。おら達は。」
「……何? おら達?」
広人は首をかしげる。
この、隼人に似し若者と他の者が、隼人と呼ばれていた?
と、その時。
何やら物が、落ちる音が。
「!? そなたは?」
音の方を見れば、そこには籠を取り落としし男子が。
齢は、この隼人の如き若者よりも若そう――いや、幼さそうと言うべきか。
「ああ、セクマ。帰ったか。」
「……ケ、兄者! この者は」
「……ん?」
「こら、セクマ! お客様だで、その言葉使うでねえ。」
セクマは、兄に咎められる。
「……ええと?」
「ああ、すまねえ。おらはツカヤ。こっちは弟のセクマだ。」
「あ、ああよろしく。」
広人はツカヤとセクマに、頭を下げる。
しかし、ツカヤとセクマとは。
何やら聞き慣れぬ名だ。
それに、先ほどのセクマの言葉。
何やら聞きしこともない。
と、その時ふと一つの考えが浮かぶ。
「そなたら……蝦夷か!」
広人はその考えを、そのまま口に出す。
半兵衛より聞いていた、北には自らと言葉や習わしを異にする民が住んでいたと――
「いや、待て……すまぬ、ここは南であったな!」
「へ?」
広人は間違えしことに、顔を赤らめる。
そうだ、あれは北は奥州の話。
ここは、この大和の南端。
九州は薩摩である。
「ううむ、誠にすまぬ!」
「……? 何言っとるだ?」
ツカヤは訳が分からぬという顔をしている。
と、その時。
「おやおや、この洞穴より聞こえる……どうやら、目が覚めしようであるな。」
「あ、主人様!」
「主人様!」
「……何?」
にわかに洞穴の入り口をくぐりし者に、ツカヤとセクマは跪く。
広人はその者を見つつ、首をかしげる。
この男。確かどこかで――
「お目覚めで、何よりである。」
「は、はあ……」
「主人様が、入江を漂っていたあんたを助けてくれただ。礼言った方がいいんでねえか?」
「!? な、何と! ……これはご無礼を! 我が命を救ってくれし恩、誠に」
ツカヤの言葉に広人は、頭を地につけん勢いにて礼を言う。
「よいよい! 何も恩に着せたくてかように救い申したのではない。そなた、名は?」
「な、名は」
主人様なる男より問われ、広人は名を言いかけて迷う。
自らの任は、この地に持ち込まれし剣が真であれば持ち帰ること。
すなわち、自らが妖喰い使いと知られては都合が悪いやもしれぬ。
ここは。
「ひ……ひ、ヒカヤです。」
「……ヒカヤ?」
たちまち、ツカヤやセクマ、そして主人様は笑う。
「ははは、おかしな名前だで!」
「はっ、ははは……」
広人も愛想笑いを浮かべつつ、『似たような名であろうに』という言葉は飲み込んだ。
しかし、広人は知らぬ。
この主人様こそ、剣をこの九州に持ち込みし鎮西八郎その人ということに。
「……では、これから出雲攻めの内訳を言う。俺、夏ちゃん、そして……」
半兵衛が、言いつつ目を向けしは。
「……頼庵。……そして、義常さんははざさんと留守を守ってくれ。」
「な、何と!」
半兵衛の言葉に頼庵は、驚く。
帝との、清涼殿での謁見の次の日。
半兵衛は自らの屋敷にて、出雲を攻める戦の内訳について話す。
しかし、それまで義常が出陣すると聞かされていた頼庵は、にわかに自らに変えられしことに驚いている。
「は、半兵衛様! 何故ですか。」
「そ、そうだ半兵衛! 何故義常殿を」
「義常さん……俺に、いや、皆に隠していることがあるよな?」
「……いえ、ありませぬ。」
「そうか……」
夏や頼庵からの問いをよそに、半兵衛は義常に問いかける。
しかし、義常は押し黙る。
「兄者……?」
「まあいい。しかし、その秘事話してくれるまでは……義常さんは戦に出す訳にはいかない!」
「!? な、半兵衛様!」
半兵衛もまた、譲らぬ。
半兵衛は前より気には掛かっていた。
にわかに、初姫や竹若らに手ほどきを前より施すようになりしこと。
そして、何より――
しかし、半兵衛はそれらについては何も言わぬ。
ただ義常から話してくれるまで、待っていた。
「半兵衛様、しかし」
「今言った者たちで出雲攻めと行くぜ。だから皆、支度を。」
「……はっ!」
「うむ……」
半兵衛の有無を言わさぬ様に、頼庵も夏も何も言えぬままであった。
「……義常様。」
「治子。……子供らは。」
「先ほど、寝かしつけました。」
その夜屋敷にて空を見上げる義常に、治子は話しかける。
既に半兵衛らは、屋敷を発ち。
そのまま頼益や残りの四天王らと合流し出雲を目指している。
「…….義常様。その胸中、話してはくれませぬか?」
「……そなたも、気づいておったか。」
「ええ。……もしかしたら、あの頼庵より長き付き合いでございますから。」
「うむ……」
治子は笑う。
そう、幼馴染として。
そして、今は妻として。
長き付き合いは時として、言わずとも分かるほどに互いを解させる。
「……私は」
「義常殿は、果たして」
「……なあに、何もあらぬ! 兄者が、そんな」
「……うむ。」
出雲へと向かう軍に加わり進む中。
夏と頼庵は、義常について話していた。
「は、半兵衛様! その」
「ああ、まあ今は義常さんの話は……なしにしようぜ。」
「は、はい……」
前を歩く半兵衛に話しかけし頼庵であるが、話を拒まれてしまった。
と、その時である。
「!? 皆、円陣だ!」
「応!」
半兵衛は気配を感じ、皆に命じる。
たちまち半兵衛らは、頼益と四天王らやその従者らを取り囲み守る。
果たして、半兵衛の紫丸・頼庵の翡翠・夏の蒼士もとい腕は、それぞれの殺気の色に光る。
さらに、それだけではない。
「! こ、ここは」
「け、毛見郷……?」
半兵衛らが気配を感じし所は、忘れもせぬ夏の故郷・毛見郷。
正しくは、その跡地と言うべきか。
その脇の道であった。
「これはこれは、妖喰い使い共と、かの忌まわしき泉頼松と四天王が子孫たち! 再び相見えたな。」
「!? あんたは!」
半兵衛は声の方を見る。
それは、この前半兵衛らと戦いし翁面――正しくは、そのもう一人の翁面を被りし者・長門高无である。
「お、翁面! くたばっていなかったか!」
「ははは……何か勘違いをしておるな? まあよい。」
高无は、自らが兄・伊末と間違われしことを知りつつも、殊に気に留めし有様でもなく。
そのまま、右手を上げる。
「!? あんたは!」
半兵衛らはまたも、驚く。
その、姿は。
「お初にお目にかかるな……妖喰い使い共!」
「……何?」
羅城門の鬼――と、瓜二つの弟・茨木童子である。
無論、そのことを知らぬ半兵衛らは相見えるが初めてではない羅城門の鬼と思っているため、訳が分からず戸惑う。
「どういうことだ?」
「どうでもよい、そなたらがどう思おうと! ……むしろ、勝手に惑しは好都合であるぞ!」
高无の叫びと共に、再び鬼の魔軍が湧いて出る。
「くっ! 何が何やら分からんが……行こうぜ!」
「応!」
半兵衛は紫丸を構え、他の妖喰い使いや頼益・そして四天王らもこれに続かんとする。
他方、九州では。
広人が、ツカヤらの洞穴にて目覚めし日の夜。
こっそりと、ツカヤらの洞穴より抜け出しし者がいた。
「ふう……さて。剣を探さねば……」
無論広人である。
と、そこへ。
「いかがされた、お客人。」
「おおっと! ……あ、主人殿?」
現れし、いや。
先ほどまで隠れ、今出でしは。
ツカヤらの、主人様。
「い、いやその……か、厠へ……」
「ほう……剣とは、厠にあるのか?」
「い、いやさような所には……ん!? な、何!」
広人は主人様の言葉に、目を丸くする。
剣。
何故、そのことを?
「ふうむ……それは、このことかな?」
「!? そ、それは……!」
主人様は徐に、一振りの剣を取り出だす。
そして、それを抜く。
「!? くっ、まさかそなたが!」
「ああ……九州守、泉八郎為暁である!」
主人様――鎮西八郎が名乗りを上げる。
「くっ! どこかで見たと思えば! ならばこちらも」
京での大乱の折、遠巻きながら眺めし鎮西八郎であった。
広人が鎮西八郎の攻めに応え念じると、その手に殺気が溢れやがて、紅蓮が呼び出される。
鎮西八郎が持つは、真であれ偽であれ、ただの剣であろう――
どこかしら広人の中には、そういった思いがあったのやもしれぬ。
しかし。
「なっ、それは!」
しかし、いや、であるからこそ広人はその刃を見て驚く。
その刃は――
「ふんっ!」
「ぐっ! この刃……妖喰いだというのか!」
「ほほう……これが妖喰いと申すものか!」
自らの振るいし剣を受け止めし広人の言葉を、鎮西八郎が噛み締める。
その剣の刃からは、白き殺気が出ていたのである。




