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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
121/192

上陸

「そうか、広人らはようやく、九州に……」

「ああ。まあ、手放しで喜べない所だがな……」


帝の問いに、半兵衛は苦々しく答える。

所は内裏。


清涼殿にて。

半兵衛はいつものごとく、羅城門での戦の翌日となる本日、ここに帝への報のため来ていた。


広人は先ほども言いし通り、泉頼益の家臣たる四天王のうち、渡部隆綱・坂口義銀と共に羅城門での戦のすぐ後に発ち今に至る。


「ううむ……しかし、鬼神一派を退かせしこと大儀であった。そのことは誠であろう?」

「ああ、そうだな……」


半兵衛は今一つ、煮え切らぬ。

それは。


「……夏ちゃんは今、寝ている。少し力を、使いすぎたみたいだ……」

「……そうか。」


帝は頭を抱える。

半兵衛も、此度また夏を苦しめしことは悩みの種であった。


「……恐れながら、半兵衛殿! 我らもすぐにでも、出雲攻めをしたく候う。」

「! あ、ああ……頼益さんか。」


頼益が声を上げる。

後ろには残りの四天王たる、碓木賢松と卜目杖季が控える。


「羅城門の鬼の妨げも、彼奴が滅びしとあらばもはや無かろう? 伊尻夏殿の力をできる限り早く元に戻し、我らももう一つの剣の在り処たる出雲へ行かねば!」

「……そうだな。」


半兵衛は曖昧に頷く。

頭の痛きことではあるが、確かに一刻を争うことではある。


どうしたものかと半兵衛は、考える。

しかし、考えるべきは夏のみではない。

いや、むしろ。


「(むしろ、夏ちゃんより気がかりなのは……義常さんか。)」








――薬売りよ、これは如何なることか?


「は、そ、それは……お、お子らにも言うたけどその……そ、それがしの一人よがりや」


――如何なることかと聞いておる!


「ぐっ! す、すみません……」


道虚の声が響くと共に殺気が部屋に立ち込め、向麿は平謝りするより他なし。


長門屋敷にて。

傷だらけにて帰り着きし息子・伊末の有り様に道虚は驚き、今のこの殺気というわけである。


「……父上! この薬売りめの横暴、もはや許してはおけませぬ。このまま!」

「ひ、ひいい〜! か、堪忍や〜!」


部屋に今入りし高无は、追い討ちをかけるがごとく向麿の処断を進言する。


と、そこへ。


「お待ち下さいませ、父上! そして弟よ。……この度は私自ら、父上のお役に立ちたきが故に! この薬売りめに申しつけしこと! どうか薬売りを責められるのならばこの私も!」

「……へ?」

「あ、兄上!」


向麿は呆ける。

いつもならば隙あらば、向麿を追い落としてやらんという伊末がこのように、向麿のために頭を下げるとは。


実に奇しき有り様である。


「あ、兄上! かような薬売りなどに」

「父上! こやつめの力は我らにとりて欠かせぬもの。ですから!」


――うむ、他ならぬそなたの頼みである。聞かぬ訳にいくまい。


「! はっ、この伊末……くっ、すっすみませぬ! かっ、かはっ!」

「あ、兄上え!」

「おやおや、ご無理なさるからや。」


伊末はやはり治りきらぬらしく、血を吐く。


――しかし、伊末よ。そなたはその身体を休めよ。そして努努、かようなことはもうせぬように。


「……はっ。」

「さ、さようでございます兄上! わ、私めにお任せを!」

「私めにも、お任せを。」

「! くっ、妹よ!」


そこへ冥子も、入って来る。

おのれ妹め、手柄を横取りするに良い機かという言葉を伊末は飲み込む。


――うむ。高无、冥子よ。そなたらが愛しき兄をかような目に遭わせし妖喰い使いら、決して許すな!


「はっ!!」


高无と冥子は揃い、伏せる父の前にて頭を下げる。


「ほっほっほ! こらええ、次の趣向にはなあ!」

「何?」


向麿の言葉に、高无は首を傾げる。


「あの、羅城門の鬼の腕は覚えてますやろ? あれに関して、次の策の趣向は! ……兄の恨みを晴さんとする弟や! どや?」

「な、何い?」


益々話か見えず、混迷を深める高无であるが。


「御免! 入らせていただく!」

「おうや、入れや! ……茨木童子(いばらきどうじ)!」

「な、そなたは!?」


高无が、驚きしことに。

部屋に入りしは鬼。

それもその姿たるや、羅城門の鬼そのものであった。








「ううむ、後少しで九州とはな! これは中々、腕が鳴る。」

「……」

「……どうした、隆綱殿?」

「……広人殿。」


羅城門での戦より、こちらは幾日か後。

九州へあと少しという船の上にて、にわかに隆綱は立ち上がり、広人を睨む。


「ど、どうした」

「……何故、私に討たせてくれぬのか! 羅城門の鬼を!」

「止めよ、隆綱殿!」

「ぐっ! くっ……隆……綱、殿。」


隆綱は上より広人へ、掴みかかる。


「羅城門の鬼は! 我が祖より私へ、討つことを望まれしもの! それを……何故、そなたらなのだ! そなたらは高々、妖喰いを持っているというのみではないか……」

「……隆綱殿……」


隆綱は義銀により、広人より引き剥がされつつ言う。


「……すまぬ、隆綱殿は」

「いや、よい。……すまぬ。」

「!? くっ、何を謝る!」

「止めよ、隆綱殿!」


広人の謝りを聞きし隆綱は、更に怒り心頭となる。


しかしその、刹那である。


「くっ! これは……」


広人が、腕にて顔を庇う。

にわかに、強い風が吹きつけたのである。


「ん!」

「! これは……」


広人を睨みし隆綱も、彼を止めんとする義銀もそれどころではないとばかり、周りを見渡す。


風だけではない。

空は、雲に覆われている。


「これは……」

「うむ。妖であろうな……紅蓮が、騒いでおる。」


周りを見渡しつつ言う隆綱に、広人は自らの妖喰いを見せる。


その妖喰いの槍は、白く光っている。


「くっ! まさかこれも鎮西八郎の……?」

「恐らくは、な。」


隆綱と広人は目の前のことについて話すが。


「隆綱、広人殿! 竜巻じゃ!」


義銀が、叫ぶ。

いつの間にやら海の水を巻き上げし竜巻が、広人らの乗りし船に迫りつつあった。


「船頭、取舵じゃ!」

「今、やっていますだ!」


義銀が叫ぶ。

船頭はひいひいと叫びつつ船を回すが、それのみではやはり足りぬ。


「!? 紅蓮の騒ぎが増していく……つまり、あの竜巻の中に妖が?」


広人は竜巻を見る。

目を凝らすと、微かに妖が見えし心持ちがする。


「……ひとまずはこちらから先手を打つか! 喰らええ!」


広人は竜巻に紅蓮の矛先を向けるや、殺気の刃を伸ばす。

しかし。


「くっ! 弾くか……ならば!」


広人は念じる。


「紅蓮、剣山!」


たちまち次には、数多の殺気の槍が剣山を為して竜巻を襲う。


その殺気には雷が、纏わされている。


「うおおお!」


果たして、殺気の剣山は。

竜巻を捉え、更に纏いし雷にて打ち合いとなる。


「くっ! 中々に抗ってくれる……負けるか!」


広人は紅蓮を握る手を、強める。

殺気の剣山は、これにより更に強まる。


「これを喰らえ!」


と、その時。

心なしか、にわかに竜巻の勢いが弱まりしようである。


「!? 何だ?」


広人は首を傾げるが、ならば好機と思い直し更にたたみかける。


果たして、竜巻はみるみる力負けをしていき、殺気が纏いし雷にて爆ぜる。


「よし! 広人殿」

「いや、何やらおかしい! にわかに手応えが」


と、広人が義銀らを宥めにかかりし時である。


「! 何か来る、離れよ!」

「何? ぐっ!」


竜巻の爆ぜし所より、その折の火を纏い()()が、踊り出る。


それは、牛の角を備えし犬の如き妖――(わざわい)


そのまま禍は火を纏いしまま広人らの乗る船に降り立つ。


「くっ、おのれ!」


広人は船首とそちらの方へ寄らせし隆綱・義銀らと船頭、その他侍らを背に禍を睨む。


焼けし禍は、船の上にて広人を睨む。

足元となりし船板はピリピリと、少しずつではあるが確かに焼けていく。


それのみにあらず、禍は何やら、膨らみつつある。


「!? まさか、爆ぜるのか!」


広人の憂いは、更に増す。

ここにて禍を滅する、それで自らの妖喰い使いとしての任は済むであろう。


しかし、任を済ませたとして。

それにて禍の、爆ぜる恐れは無くなるのであろうか。


滅しし刹那、禍は爆ぜるかもしれぬ。

いや、滅される前に自ら爆ぜるかもしれぬ。


「くっ、どうすれば!」


広人は考える。

このままでは、船は爆ぜてしまう――


「夏殿らの力に少しでもなればと思い九州に来れば……くっ、かような所で……いや?」


広人はふと考えを止める。

そして――


「……隆綱殿。私が船尾へ走りし刹那、皆に船によく掴まるよう呼びかけて欲しい。」

「! くっ、それが何に……そなたは?」

「……夏殿に、倣う!」


隆綱が、は? と声を出す暇もなく。


たちまち広人は走っていく。

その両の腕はしかと紅蓮を掴み、さらにそこより吹き出しし白き殺気は広人の走る身全てを覆い、さながら彼そのものを槍と化したかのごとくである。


「隆綱殿!」

「……! み、皆! 船を掴み、離すでないぞ!」

「は、ははあ!」


尚も呆ける隆綱を、広人は促す。

そのまま。


禍が膨れ上がり爆ぜし時と、自らそのものを槍と化しし広人が禍に刺さりし時は、ほぼ同じであった。


「ぐあっ! ……ひ、広人殿!」


隆綱は一時怯むがすぐに前を見る。

しかし、禍の爆ぜし炎は隆綱らへと迫り――


「くっ! ……ん?」


は、せず。

気がつけば船は、勢いを増して進んでいた。


「ぐううっ、隆綱殿!」

「義銀殿、皆! 船を離すな!」

「あ、お、陸に!」

「な、何!?」


あまりの勢いに、振り落とされんとする皆を宥める隆綱であるが、船頭の言葉に首を捻れば。


今にも船は、陸にぶつからん勢いであった。


「ぐうう! と、停め……ん?」


その、すんでの所にて。

船は、停まる。


「こ、これは……おや?」


隆綱は船を見、驚く。

船は二つに切れ、その内片方のみにて走っていたのである。


そうして今、浅瀬に停まったのだ。

そして船の切れ目には、よくよく見れば白き殺気が。


これが先ほどの爆ぜし勢いを受け止め、小さくしたのである。


そして殺気はふいに、消えた。


「わ、我らを守らんとして船を斬り……爆ぜの勢いを……?」


隆綱は呆ける。

しかし、すぐにはっとする。


「!? そ、そうじゃ、広人殿は」

「待て! 隆綱殿!」

「離せ! 広人殿を」

「今は陸に上がり隠れねば! ……鎮西八郎が来るやも知れぬ。」

「!? 何?」


慌てて広人を探さんと言う隆綱を、義銀が宥める。


「先ほどの妖が彼奴の差し金ならば、そうであろう?」

「くっ……道理であるな。」


隆綱は渋々、引き下がる。


「くっ、私があのようなことを……くっ!」






「自らの身をもってとは……中々天晴れなことよ。」


江に佇みし男は、倒れ気を失いし男を見る。

その倒れし男こそ、先ほど皆を守りし広人である。


そして。


「ようこそ……九州へ!」


この佇みし男こそ、鎮西八郎――泉八郎為暁である。

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