上陸
「そうか、広人らはようやく、九州に……」
「ああ。まあ、手放しで喜べない所だがな……」
帝の問いに、半兵衛は苦々しく答える。
所は内裏。
清涼殿にて。
半兵衛はいつものごとく、羅城門での戦の翌日となる本日、ここに帝への報のため来ていた。
広人は先ほども言いし通り、泉頼益の家臣たる四天王のうち、渡部隆綱・坂口義銀と共に羅城門での戦のすぐ後に発ち今に至る。
「ううむ……しかし、鬼神一派を退かせしこと大儀であった。そのことは誠であろう?」
「ああ、そうだな……」
半兵衛は今一つ、煮え切らぬ。
それは。
「……夏ちゃんは今、寝ている。少し力を、使いすぎたみたいだ……」
「……そうか。」
帝は頭を抱える。
半兵衛も、此度また夏を苦しめしことは悩みの種であった。
「……恐れながら、半兵衛殿! 我らもすぐにでも、出雲攻めをしたく候う。」
「! あ、ああ……頼益さんか。」
頼益が声を上げる。
後ろには残りの四天王たる、碓木賢松と卜目杖季が控える。
「羅城門の鬼の妨げも、彼奴が滅びしとあらばもはや無かろう? 伊尻夏殿の力をできる限り早く元に戻し、我らももう一つの剣の在り処たる出雲へ行かねば!」
「……そうだな。」
半兵衛は曖昧に頷く。
頭の痛きことではあるが、確かに一刻を争うことではある。
どうしたものかと半兵衛は、考える。
しかし、考えるべきは夏のみではない。
いや、むしろ。
「(むしろ、夏ちゃんより気がかりなのは……義常さんか。)」
――薬売りよ、これは如何なることか?
「は、そ、それは……お、お子らにも言うたけどその……そ、それがしの一人よがりや」
――如何なることかと聞いておる!
「ぐっ! す、すみません……」
道虚の声が響くと共に殺気が部屋に立ち込め、向麿は平謝りするより他なし。
長門屋敷にて。
傷だらけにて帰り着きし息子・伊末の有り様に道虚は驚き、今のこの殺気というわけである。
「……父上! この薬売りめの横暴、もはや許してはおけませぬ。このまま!」
「ひ、ひいい〜! か、堪忍や〜!」
部屋に今入りし高无は、追い討ちをかけるがごとく向麿の処断を進言する。
と、そこへ。
「お待ち下さいませ、父上! そして弟よ。……この度は私自ら、父上のお役に立ちたきが故に! この薬売りめに申しつけしこと! どうか薬売りを責められるのならばこの私も!」
「……へ?」
「あ、兄上!」
向麿は呆ける。
いつもならば隙あらば、向麿を追い落としてやらんという伊末がこのように、向麿のために頭を下げるとは。
実に奇しき有り様である。
「あ、兄上! かような薬売りなどに」
「父上! こやつめの力は我らにとりて欠かせぬもの。ですから!」
――うむ、他ならぬそなたの頼みである。聞かぬ訳にいくまい。
「! はっ、この伊末……くっ、すっすみませぬ! かっ、かはっ!」
「あ、兄上え!」
「おやおや、ご無理なさるからや。」
伊末はやはり治りきらぬらしく、血を吐く。
――しかし、伊末よ。そなたはその身体を休めよ。そして努努、かようなことはもうせぬように。
「……はっ。」
「さ、さようでございます兄上! わ、私めにお任せを!」
「私めにも、お任せを。」
「! くっ、妹よ!」
そこへ冥子も、入って来る。
おのれ妹め、手柄を横取りするに良い機かという言葉を伊末は飲み込む。
――うむ。高无、冥子よ。そなたらが愛しき兄をかような目に遭わせし妖喰い使いら、決して許すな!
「はっ!!」
高无と冥子は揃い、伏せる父の前にて頭を下げる。
「ほっほっほ! こらええ、次の趣向にはなあ!」
「何?」
向麿の言葉に、高无は首を傾げる。
「あの、羅城門の鬼の腕は覚えてますやろ? あれに関して、次の策の趣向は! ……兄の恨みを晴さんとする弟や! どや?」
「な、何い?」
益々話か見えず、混迷を深める高无であるが。
「御免! 入らせていただく!」
「おうや、入れや! ……茨木童子!」
「な、そなたは!?」
高无が、驚きしことに。
部屋に入りしは鬼。
それもその姿たるや、羅城門の鬼そのものであった。
「ううむ、後少しで九州とはな! これは中々、腕が鳴る。」
「……」
「……どうした、隆綱殿?」
「……広人殿。」
羅城門での戦より、こちらは幾日か後。
九州へあと少しという船の上にて、にわかに隆綱は立ち上がり、広人を睨む。
「ど、どうした」
「……何故、私に討たせてくれぬのか! 羅城門の鬼を!」
「止めよ、隆綱殿!」
「ぐっ! くっ……隆……綱、殿。」
隆綱は上より広人へ、掴みかかる。
「羅城門の鬼は! 我が祖より私へ、討つことを望まれしもの! それを……何故、そなたらなのだ! そなたらは高々、妖喰いを持っているというのみではないか……」
「……隆綱殿……」
隆綱は義銀により、広人より引き剥がされつつ言う。
「……すまぬ、隆綱殿は」
「いや、よい。……すまぬ。」
「!? くっ、何を謝る!」
「止めよ、隆綱殿!」
広人の謝りを聞きし隆綱は、更に怒り心頭となる。
しかしその、刹那である。
「くっ! これは……」
広人が、腕にて顔を庇う。
にわかに、強い風が吹きつけたのである。
「ん!」
「! これは……」
広人を睨みし隆綱も、彼を止めんとする義銀もそれどころではないとばかり、周りを見渡す。
風だけではない。
空は、雲に覆われている。
「これは……」
「うむ。妖であろうな……紅蓮が、騒いでおる。」
周りを見渡しつつ言う隆綱に、広人は自らの妖喰いを見せる。
その妖喰いの槍は、白く光っている。
「くっ! まさかこれも鎮西八郎の……?」
「恐らくは、な。」
隆綱と広人は目の前のことについて話すが。
「隆綱、広人殿! 竜巻じゃ!」
義銀が、叫ぶ。
いつの間にやら海の水を巻き上げし竜巻が、広人らの乗りし船に迫りつつあった。
「船頭、取舵じゃ!」
「今、やっていますだ!」
義銀が叫ぶ。
船頭はひいひいと叫びつつ船を回すが、それのみではやはり足りぬ。
「!? 紅蓮の騒ぎが増していく……つまり、あの竜巻の中に妖が?」
広人は竜巻を見る。
目を凝らすと、微かに妖が見えし心持ちがする。
「……ひとまずはこちらから先手を打つか! 喰らええ!」
広人は竜巻に紅蓮の矛先を向けるや、殺気の刃を伸ばす。
しかし。
「くっ! 弾くか……ならば!」
広人は念じる。
「紅蓮、剣山!」
たちまち次には、数多の殺気の槍が剣山を為して竜巻を襲う。
その殺気には雷が、纏わされている。
「うおおお!」
果たして、殺気の剣山は。
竜巻を捉え、更に纏いし雷にて打ち合いとなる。
「くっ! 中々に抗ってくれる……負けるか!」
広人は紅蓮を握る手を、強める。
殺気の剣山は、これにより更に強まる。
「これを喰らえ!」
と、その時。
心なしか、にわかに竜巻の勢いが弱まりしようである。
「!? 何だ?」
広人は首を傾げるが、ならば好機と思い直し更にたたみかける。
果たして、竜巻はみるみる力負けをしていき、殺気が纏いし雷にて爆ぜる。
「よし! 広人殿」
「いや、何やらおかしい! にわかに手応えが」
と、広人が義銀らを宥めにかかりし時である。
「! 何か来る、離れよ!」
「何? ぐっ!」
竜巻の爆ぜし所より、その折の火を纏い何かが、踊り出る。
それは、牛の角を備えし犬の如き妖――禍。
そのまま禍は火を纏いしまま広人らの乗る船に降り立つ。
「くっ、おのれ!」
広人は船首とそちらの方へ寄らせし隆綱・義銀らと船頭、その他侍らを背に禍を睨む。
焼けし禍は、船の上にて広人を睨む。
足元となりし船板はピリピリと、少しずつではあるが確かに焼けていく。
それのみにあらず、禍は何やら、膨らみつつある。
「!? まさか、爆ぜるのか!」
広人の憂いは、更に増す。
ここにて禍を滅する、それで自らの妖喰い使いとしての任は済むであろう。
しかし、任を済ませたとして。
それにて禍の、爆ぜる恐れは無くなるのであろうか。
滅しし刹那、禍は爆ぜるかもしれぬ。
いや、滅される前に自ら爆ぜるかもしれぬ。
「くっ、どうすれば!」
広人は考える。
このままでは、船は爆ぜてしまう――
「夏殿らの力に少しでもなればと思い九州に来れば……くっ、かような所で……いや?」
広人はふと考えを止める。
そして――
「……隆綱殿。私が船尾へ走りし刹那、皆に船によく掴まるよう呼びかけて欲しい。」
「! くっ、それが何に……そなたは?」
「……夏殿に、倣う!」
隆綱が、は? と声を出す暇もなく。
たちまち広人は走っていく。
その両の腕はしかと紅蓮を掴み、さらにそこより吹き出しし白き殺気は広人の走る身全てを覆い、さながら彼そのものを槍と化したかのごとくである。
「隆綱殿!」
「……! み、皆! 船を掴み、離すでないぞ!」
「は、ははあ!」
尚も呆ける隆綱を、広人は促す。
そのまま。
禍が膨れ上がり爆ぜし時と、自らそのものを槍と化しし広人が禍に刺さりし時は、ほぼ同じであった。
「ぐあっ! ……ひ、広人殿!」
隆綱は一時怯むがすぐに前を見る。
しかし、禍の爆ぜし炎は隆綱らへと迫り――
「くっ! ……ん?」
は、せず。
気がつけば船は、勢いを増して進んでいた。
「ぐううっ、隆綱殿!」
「義銀殿、皆! 船を離すな!」
「あ、お、陸に!」
「な、何!?」
あまりの勢いに、振り落とされんとする皆を宥める隆綱であるが、船頭の言葉に首を捻れば。
今にも船は、陸にぶつからん勢いであった。
「ぐうう! と、停め……ん?」
その、すんでの所にて。
船は、停まる。
「こ、これは……おや?」
隆綱は船を見、驚く。
船は二つに切れ、その内片方のみにて走っていたのである。
そうして今、浅瀬に停まったのだ。
そして船の切れ目には、よくよく見れば白き殺気が。
これが先ほどの爆ぜし勢いを受け止め、小さくしたのである。
そして殺気はふいに、消えた。
「わ、我らを守らんとして船を斬り……爆ぜの勢いを……?」
隆綱は呆ける。
しかし、すぐにはっとする。
「!? そ、そうじゃ、広人殿は」
「待て! 隆綱殿!」
「離せ! 広人殿を」
「今は陸に上がり隠れねば! ……鎮西八郎が来るやも知れぬ。」
「!? 何?」
慌てて広人を探さんと言う隆綱を、義銀が宥める。
「先ほどの妖が彼奴の差し金ならば、そうであろう?」
「くっ……道理であるな。」
隆綱は渋々、引き下がる。
「くっ、私があのようなことを……くっ!」
「自らの身をもってとは……中々天晴れなことよ。」
江に佇みし男は、倒れ気を失いし男を見る。
その倒れし男こそ、先ほど皆を守りし広人である。
そして。
「ようこそ……九州へ!」
この佇みし男こそ、鎮西八郎――泉八郎為暁である。




