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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
120/192

右腕

「ここが……羅城門か。」


都の正門たる建物を前に、渡部手綱はため息をつく。


ここにてまさに、鬼神一派の伊末が手を貸しし鬼の魔軍と妖喰い使いらとがぶつかり合うことになるのだが。


ここで時は、そのぶつかり合いより百余年――かの百鬼夜行よりも前に、再び遡る。


泉頼松がこの手綱をはじめとする四天王を率い、読んで字の如く鬼の首を取りし――酒呑童子の首を取りし時より、間も無く。


大将たる酒呑童子を失い、既に勢いを無くしているはずの鬼であるが。


他の四天王曰くなんとこの羅城門に、鬼が巣食うという。

恐らくは、酒呑童子が従えていた雑魚のうち、討ち漏らしし者だと思われるが。


雑魚にせよ、力なき市井の者には手に余る者。

この刃持てる身が、やらねばなるまい。


手綱は腰の刀の柄を一度握り、そして離す。

こうして気を引き締め、羅城門に入る。


「……これは。」


入り手綱は、拍子抜けする。

鬼の気配など、まるでないではないか。


そう手綱が、微かに気を緩めし時であった。

シクシクと、涙声が門の中に響き渡っていることに気づく。


「……女子か?」


手綱は周りを見渡す。

涙声は明らかに、女のものである。


ならばと見渡しているのであるが、果たして隅には若い女が。


「……いかがされた? かような遅い時にかような所で。」


手綱が声をかけると、女は振り返る。


「お侍様……今宵、行くあても無くこの辺りを彷徨っておりました。この門に泊まらせていただこうかと足を踏み入れたのですが、今までの辛い想いがこみ上げて参りまして……」


言い終えると女は、尚もシクシクと泣く。


「さようであったか……しかし、若い女子がかような所に泊まるなどと危ない。……我が屋敷に来ぬか? 細やかにはなるがもてなしてしんぜよう。」

「まあ……誠に勿体無きお言葉。しかし」

「遠慮するな、少なくともここよりはましじゃ。」


言いつつ手綱は、女に手を差し伸べる。

と、その刹那であった。


「ふふふ……はははは! かような甘さで我が君を討ったなどと、誠に笑止千万である!」

「なっ……そなた何者だ!」


にわかに笑い出しし女を、手綱は訝り手を離す。

そして、そのまま。


「見るがいい……これこそ我が真の姿だ!」

「くっ……鬼、だと!」


女が現しし姿はまさに、噂に聞く鬼そのものであった。


「ははは! 人の子よ、我が君の仇! 不覚を取ったな!」


鬼はそのまま、手綱に襲いかかる。


「おのれ、えい!」

「ぐあっ!」


しかし、手綱の動きもまた素早い。

腰より魔除けを施されし刀を抜き、鬼の自らに掴みかからんとする腕に斬りつける。


「ぐっ、この!」

「ふうむ……惜しむらくは、首を捉えられなかったことよ!」

「お、おのれ!」


手綱の刀は、そのまま斬りつけし鬼の腕を斬り落とす。


「ぐあああ!」

「腕、しかともらい受ける!」

「ぬぬ……手綱、といったな? その腕、幾日と経たぬうちに必ずや取り返す! その時まで、預けるぞ!」


そう言うや鬼――今日の羅城門の鬼は消える。




「ああ、そうしてそなたが間抜けな祖は、私にコロリと騙されおった! ははは!」

「くっ……しかし、間抜けはそなたもであろう? そうして我が祖に挑みし挙句、その腕を切り落とされし癖しおって!」


羅城門の鬼に手綱が子孫・隆綱は言い返す。

時は、羅城門における妖喰い使いと鬼の魔軍の戦の時に戻る。


「ふふふ、戯れ言を。私はその後、この通り腕を取り戻した! やはり間抜けは、そなたが祖であったのだ!」

「く……おのれ!」


隆綱は羅城門の鬼の言葉に、怒り心頭に発し再び斬りかかる。


「ははは、所詮は返す言葉もなしか! ……しかし、隆綱とやらよ。人とは誠に、命短き者よのう。」

「何?」


羅城門の鬼は隆綱の刃を右掌に受け止めつつ言う。


「この僅かな間に、すでに手綱自らではなく! その子孫を前にすることになろうとは……すなわち手綱は、すでに亡き者なのであろう? 私は生きているというのに……ははは!」

「黙れええ!」


隆綱の怒りは頂点に達し、刃に込める力をより強める。





「人とは儚い……私と同じく、妖を取り憑かせることにより妖力を補いし虻隈も、しまいにはあの有様であったようになあ!」

「黙れ!」


高らかに言う伊末に、半兵衛は叫ぶ。

場は羅城門より少し離れし、妖・牛鬼を取り憑かせし伊末と妖喰い使いの戦の場にて。


伊末は虻隈を嘲り、妖喰い使いらに尚も揺さぶりをかけんとしていた。


「ははは……さあ、妖喰い使い共! 悔しければその心、この私に見せることにより晴らしてみよ!」

「望む所だ!」

「翁面!」

「よくも虻隈を!」

「許さぬ!」


尚も煽る伊末の言葉に、半兵衛・義常・頼庵・広人・夏は怒り突き進む。


「よしよし……さあ、まとめてかかって来い!」

「うおお!!!!!」


伊末に妖喰い使いらは、一息に斬りかかる。

と、その時。


「ぐっ!!!!!」

「ははは、なんじゃ! 力負けか?」


妖喰い使いら全ての攻めも、伊末は背より鎌のごとく変えし牛鬼の脚にて全て受け止める。


「くっ、この……」

「ふん、拍子抜けさせてくれる! 口ほどにも無き者たちめ!」

「ぐあああ!!!!!」


そのまま伊末は、脚を振るい妖喰い使いらを振り払う。


「ふふふ……ぐっ、かはっ!」

「? 何だ?」


伊末はにわかに血を吐く。

それは面の、顎との隙間より外に漏れ出ることにより、妖喰い使いらにも伝わる。


いや、妖喰い使いのみならず。


「! あ、兄上!」


物陰より様子を窺う高无らにも伝わる。


「おやおや、とうとう出ましたかいな。」

「くっ……薬売り! 何をした」

「痛た! そう怒りなさんなや、まあ落ち着かれや。」


ニヤニヤと伊末を眺める向麿に、高无は掴みかかる。


「高无兄上。」

「くっ、影の中宮! そなたの頼みとはいえ此度ばかりは聞けぬ。……薬売り、答えよ!」

「痛い痛い! も、元より答えん道理はない、せやから答えさすために少しこの手緩めて下さいな!」

「……うむ。」


高无が手を緩めると、向麿はぜえぜえと噎せる。


「……ええか? あのやり方は元々、妖力の足らん虻隈が足らん分補うために使うとったやり方や。それを……元より妖力の足りてはる伊末様――ひいては、長門の血族が使われればどうなる思います?」

「!? ま、まさか……」

「なるほど……それで薬売りは伊末兄上に、一つ覚えて欲しいと申したのですね?」


向麿の言葉に高无、影の中宮ははっとする。


「その通りや! まあ、即座に死なれるいうんはないとしても……()()()()()()()()やもしれんなあ。」

「……そなた!」


悪びれず嬉々としし顔にて話す向麿に、高无は再び掴みかかる。


「痛いいうてますがな!」

「それはよい、私は痛めつけたくこうしているのだからな!」

「高无兄上。」

「……影の中宮よ! そうか、そなたは何も思わぬのやもしれぬが……私は違う! よくも」

「言うとるやろ? これはそれがしの一人よがりやなくて」

「聞き飽きた! だとしても……それを踏み切り今兄上にあのような思いを抱かせしはそなたではないのか!」


向麿や妹の言葉は耳に入らず、高无はただただ向麿を掴み続ける。


「くっ……なら、どうしろやおっしゃいます? あのまま兄上に、妖を使い御自らは何もできん屈辱を味わせろと?」

「……くっ!」


それを聞きし高无は向麿を放し、言葉に詰まる。


「高无兄上。此度ばかりはこの薬売りめの申す通りですわ。私も申し上げましたでしょう? このことは、伊末兄上御自ら責を負われることなのです。」

「くっ……兄上!」


妹からも追い討ちをかけられ、高无は兄を見つめる。




「何か分からんが、今こそ好機だな!」

「ふん、侮ってくれる!」

「ぐうっ……この!」


弱りし隙に、妖喰い使いらに伊末は再び攻められる。

それを受け止める、伊末であるが。


「やはり……明らかに少しは弱っているな!」

「応!」

「取り消せ……虻隈への誹りを!」


妖喰い使いらは先ほどに比べての手ごたえのなさにより、これをやはり好機と見る。


その内、夏は。


「うおお!」

「くっ、これは……あの頗る大きな妖か!?」


夏の右腕を包む、赤鱏のごとき殺気を見し伊末は、さすがに驚く。


しかし。


「ぐっ!」

「ふん……しかし舐めるな! 私としたことがすっかり、出し渋ってしまった……そんな場合ではないというのになあ!」

「夏ちゃん! 放すな!」


夏の攻めを、伊末は他にも背の牛鬼の身体より脚を生やし受け止める。


それを見し妖喰い使いらは、夏を助けるべく加勢せんとする。


しかし。


「人の子らあ!」

「くっ、鬼共が!」

「邪魔立てするなあ!」


脇に控えていた鬼の魔軍が、襲いかかる。


「ふん、要らぬことを!」

「そうであるな……そなたには私から、そなたが否みし者たちの力をぶつけさせていただく!」

「ぐっ! ……ふふふ、妖喰い娘よ、面白い!」

「夏殿!」


夏はそのまま、牛鬼の脚を次々と呑み込み、伊末に迫る。

しかし、その後ろには鬼が。


広人は叫び、夏を助けんと飛び出すが。

やはり、鬼に阻まれる。


「くっ、おのれえ!」


と、その刹那である。

にわかに広人の後ろより太き殺気の矢が飛び、夏の後ろの鬼を葬る。


「ぐあああ!」

「!? これは?」

「妖喰い使いたち! 何を手こずっておる?」

「! はざさん!」


振り返れば、そこにはいつの間にか式神・刃白を引き連れし刃笹麿が。


そこに義常が乗り込み、右舷の弩より矢を放ったという訳である。


「さあ、夏殿はそやつを! 他の者は刃白へ!」

「応!」


言われるがまま、夏を除く妖喰い使いらは刃白に乗り込み。


そのまま八方へ殺気の攻めを、放つ。


「ひ、人の子めえ!」

「ぐあああ!」


たちまち鬼の魔軍は、払い除けられていく。


「ありがとう、皆! さあ、翁面!」

「くっ! この!」


再び夏と伊末は、押し合いとなる。

しかし。


「ぐっ……かはあ!」

「!? 何か知らぬが……弱っておるな!」


夏は再びの好機と見て、血を吐きし伊末を攻める。




「あ、兄上!」

「くっ、もう少し保つやろ思うてたんやが……これは思いの外や!」

「……薬売りい!」


兄が追い詰められし様に、高无は半ば八つ当たり気味に向麿に怒る。


「くっ……まあ、こんな時の備えはしてあるんやで!」


向麿はそう言うと、たちまち念じる。





「ははは、人の子……ぐっ、この!」

「!? な、何か!」


羅城門の中にて。

羅城門の鬼がにわかに苦しみし様に、隆綱は驚く。


「隆綱殿! 今じゃ!」

「!? 義銀殿、そうであるな!」


門の前にて鬼を蹴散らし、加勢に来た義銀の姿に後押しされ。


隆綱は今こそ、攻めきらんとする。

しかし。


「ぐっ、ぐあああ!」

「!? な、何だこの腕は……顎、か?」


羅城門の鬼の右腕の、二の腕より生えしものに隆綱は目を丸くする。


それはさながら、あの虻隈――ひいては、今の伊末にも備わりしものに似る。


無論、隆綱はそれが分からぬためただただ驚くのみである。


と、その時。


「ぐうっ!」

「!? 隆綱殿!」

「義銀殿、避けよ!」


にわかに羅城門の鬼は、あたかもその右腕に引っ張られるがごとく飛び出す。


すんでの所にて、躱す隆綱・義銀であるが。


「な、何じゃ……?」


訳が分からず、呆ける。





「さあ、悔い改めよ!」

「ぐう……ふん! 誰があ!」


所は、羅城門の外。

夏の殺気の赤鱏により伊末は、今にも攻め切られんとしていた。


そして。


「うおおお!」

「ぐっ、ぐあっ!」


ついに夏は、伊末を殺気に――


「やったぜ、夏ちゃ……ぐっ!」


殺気は眩く光り、半兵衛らも目が眩む。






「……! 夏ちゃん!」


ややあって、半兵衛らは目を開けると。

夏がただ立ち尽くしている。


「や、やったのか?」

「……いや。」


夏はそう言い、上を見る。

そこには。


「!? 影の中宮!」


そこには、何やら妖に乗り、伊末を抱きかかえし影の中宮と、もう一人の翁面・高无の姿が。


「ほほほ……全て見させていただきました。まあ此度は、そなたらへ道を空けるとしましょう。」

「……くっ!!!!」


刃白の中よりこの様を見し半兵衛らは、歯ぎしりする。


「では、また」

「待たぬか!」


広人は今にも消えんとする影の中宮らを逃がすまいと、刃白の首につけられし武具より殺気の槍を打ち出す。


しかし、槍は空を切る。


「くっ!」

「ほほほほ! いずれまたお相手を……その時まで!」


影の中宮らが乗りし妖は、消える。


「くっ!」


夏は地団駄を踏む。

悔しがりしは、夏だけではない。


「くっ! 逃がしたか……」

「……羅城門の鬼……この手で討てなかったか!」


妖喰い使いら、そして隆綱もであった。





「薬売り……そなた、最初から兄上の身代わりにせんとあの鬼を?」

「ああ、そのはずやったんですが……見なされや。」

「うわっ!」

「ほほう……腕のみがバタバタ暴れて……何としぶときこと。」


帰路の途にて、影の中宮らは。

あの夏の殺気に呑まれんとしし伊末の身代わりとなりし、羅城門の鬼の腕を見る。


何故か腕のみ残りしようである。


「これは……いいもんが手に入ったでえ!」

「……笑っておる場合か! 兄上が」

「ほいほい……そちらも何とかしますさかい!」

「……まったく……」


羅城門の鬼の右腕を愛づる向麿を、高无は面白くなさげな眼差しにて見つめる。


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