水際
「さあて、妖喰い使い共! この羅城門がそなたらの墓場となろう。」
「謹んでお断りするぜ!」
羅城門の屋根に立つ翁面――伊末に、半兵衛は威勢よく返す。
帝の位の証となる、三種の神器。
その一つたる、剣が盗み出された。
剣は、かつて打ち倒されし鬼・酒呑童子が子のいる出雲か、はたまたかつての京を騒がせし大乱にて暴れし武将・泉為暁のいる九州。
このどちらかに持ち込まれたという。
しかし、どちらが誠の剣かは分からぬ。
そこで、此度は妖喰い使いを分けることとした。
これに名乗りを上げしは、広人。
半兵衛は初めのうちこそ、渋っていたが。
かつて酒呑童子を打ち倒しし泉頼松が四天王・渡部手綱が子孫たちを同行させるとの案により、ようやく広人を送り出す腹を決められたのである。
しかし、その矢先であった。
「この羅城門より先は行かせぬ! 我らが鬼神様の邪魔立てはさせる訳にはいかぬのだ!」
都の正門・羅城門にてかつての酒呑童子が下僕・羅城門の鬼と鬼に魔軍と共に、伊末は妖喰い使いらを迎え討つ。
「そうかい……しっかしそうと聞いちゃあ、ますます行かない訳にはいかないなあ!」
「応!」
半兵衛の言葉と共に、妖喰い使いらも一息に魔軍へと斬りかかる。
「渡部手綱の子孫よ! 今にあの時の大恩、返させていただく!」
「ああ、渡りに舟である! こちらとて我が祖の受けし大恩を返したきは同じ!」
羅城門の鬼と隆綱はぶつかり合う。
実を言えばこの戦は、隆綱がすでに見越していた。
かの酒呑童子が子が絡むとあらば、こちらが都を出んとすることを羅城門の鬼が見逃すはずはあるまいと。
果たして、その読みは当たる。
「おうりゃ! ちょこまかと。」
半兵衛は近づく鬼らを次々と、紫丸にて斬り伏せる。
「人の子お!」
「えい! 兄者、今じゃ!」
「ああ、頼庵!」
鬼らが、翡翠を構えし義常を攻める。
隙あり、今ならば――
しかし、兄に近づく鬼らを頼庵は斬り伏せる。
その後に続き攻め入る鬼らも、義常が翡翠より放ちし数多の緑の矢にて血肉と化す。
「やったな、兄者!」
「頼庵! 隙を見せるでないぞ!」
「おうと! 危ない!」
少しばかり隙を見せし頼庵であるが、義常の言葉によりすんでのところにて鬼の攻めを躱し事なきを得る。
「さあ鬼共、かかって参れ!」
「ふん、人の子があ!」
「はっ!」
「ぐああ!」
「な、夏殿!」
鬼共に威勢よく立ちはだかる広人であるが、鬼共は自らが斬る前に夏により斬り伏せられる。
「広人! 敵が来るまで待っていては遅いぞ!」
「う、うむ! すまぬ!」
夏の叱咤に広人は謝りつつ、自らの不甲斐なさに歯噛みする。
此度の九州攻めも、夏を救えるようにならんとして名乗りを上げたというのに。
これでは為暁――鎮西八郎になど、太刀打ちできまい。
ならば。
「うおお! 紅蓮、剣山!」
「ぐああ!」
「夏殿! 殺気の剣山を足場とせよ!」
「うむ、かたじけない!」
広人は走りつつその身に殺気の剣山を纏い、迫る鬼共を串刺しにしていく。
そして夏を後押しする。
「ううむ、なるほど……やはり奴らも、それなりには強くなっているということか!」
羅城門の上より戦場を眺め、伊末は眉をひそめる。
元よりそれなりに、甘くは見積もっていなかったが。
既に戦を重ねている妖喰い使いらは、やはり一筋縄ではいかぬようだ。
「ふうむ……ふふふ、私は今分かった! これまでの私は辛抱強かったのだと。何故ならこれほど、自らで手出しせぬもどかしさに耐えられていたのだからな!」
伊末は自らを嘲り笑う。
あるいは、これまでは諦めがついていたのやもしれぬ。
妖を操り敵と戦わす。
それのみが、剣術の心得もなき我が身の、ただ一つの戦い方なのだと。
しかし。
「今は耐えられぬ……この、自らが押されてばかりの戦を! ただ指を咥え見ているのみなどと! ……牛鬼い!」
悶えし声にて伊末は、妖を呼ぶ。
すると羅城門の影より、蜘蛛の如き八つ足と牛の如き頭が備わりし妖が、にょろりと姿を現わす。
「さあ……そなたを、喰らわせていただく!」
言うが早いか、伊末は右の袖を捲り腕を露わにする。
そこには、獣の下顎の如きものが。
すると、牛鬼もたちまち、口を開き。
何と伊末に、襲いかかる。
「ふふふ……飢えているか、だが! 喰らうは私である、断じてそなたではなくな!」
たちまち。
牛鬼は、伊末の――
「あ、兄上!」
「お止め下さいませ、高无兄上! ここは伊末兄上に。」
「しっ、しかし……ん!? あ、あれは」
「なるほど、やはり。」
高无も影の中宮・冥子も、兄の姿を見て驚く。
その、姿は。
「ふんっ!」
「ぐっ!」
「な、何か!?」
「何かが羅城門の上から……あの翁面か? なっ……!?」
半兵衛らはにわかに戦場に割り込みし者を見、驚く。
その、姿は。
「ははは、驚いたか妖喰い使い共よ! 私もまた、妖を操り後ろで指を咥えるのみではなくなったということよ!」
それは、伊末である。
しかし、これまでと違うのは。
右腕の、先ほどの下顎に牛鬼の上顎が噛み合わさり。
更に背には、牛鬼の体がぴたりと張り付き。
蜘蛛の如き八つ足のうち二つを使い、立っている。
妖を使う、これまでのやり方を変え。
妖と、合わさったのである。
何より、これは。
「ま、まるで……虻、隈……」
「な、夏殿!」
思わずよろけし夏を、広人が支える。
そう、妖をその身より生える下顎のごときものを介し自らと合わせ、自ら戦えるようにする。
それはさながら、あの虻隈と同じやり方である。
「はっははは! どや、影の中宮方? 自らの兄上が、あないな姿になりし御心持ちは。」
「そなた……兄上のお身体に!」
「う、うわあ高无様!」
にわかに、物陰に現れし向麿に掴みかかりしは、向麿自らも驚きしことに高无であった。
これまで、高无がこのように振る舞いしことはない。
「お止めください、高无兄上!」
「そやで、高无様? それがしは勝手にやった訳やない、あんた様の兄君御自ら、望まれしが為やで?」
「……しかし、である!」
影の中宮と向麿が諌めるが、高无は聞く耳も持たぬようである。
「はあ、まあええ。怒っておいでなんは、高无様だけじゃないみたいやからなあ。」
「何?」
その言葉に高无は、戦場を再び見遣る。
「その姿で俺たち――ひいては夏ちゃんの前に現れるたあ、どういうことか分かってんだろうなあ!」
「おおっ! 何じゃ、にわかに勢い付きおって。」
「よくも!」
「よりにもよってその姿で!」
「お? おやおや。」
果たして、向麿の言いし通りに。
半兵衛が、水上兄弟が激しく怒り。
たちまち先ほどの鬼共にも向けていなかった、雷纏いし妖喰いを向ける。
いずれも伊末は、すんでのところにて躱す。
「何じゃ、何をにわかに」
「殺されたいのであれば、始めよりそう言っておれ!」
「おおっ!」
他の妖喰い使いの攻めを躱しし先に広人が襲いかかるが、伊末はこれも躱す。
何故妖喰い使いらがこれほどまでに熱り立ちしか、伊末は始めは測りかねる。
しかし。
夏、虻隈。
これらが伊末の中で、一つの形に結びつく。
「なるほど……あの毛見郷とやらでの戦! あの時敗れしあの男も、確かにこんな姿であったな!」
「黙ってやられろおお!」
伊末の言葉に半兵衛・水上兄弟・広人は、更に斬りかかる。
「おおっ! ふん、当たらねば何ということも」
「紅蓮、剣山!」
「くっ!」
僅かに気を緩めし隙を突かれ、少しばかり伊末は殺気を喰らう。
喰らいしは合わさりし、牛鬼の体であったが。
「ほほう……これは少しは楽しませてくれそうであるな、妖喰い使い共よ!」
「お生憎だが、苦しませるつもりだよ!」
伊末の煽りに、半兵衛らは三度斬りかかる。
半兵衛らの攻めには伊末も、牛鬼の足を振るい立ち向かう。
「おうりゃ!」
「くっ! しぶとい」
「矢を喰らえ!」
「む、厄介な!」
「再びの剣山だ!」
「くっ、この!」
しかし先ほどの威勢のよさとは裏腹に、怒りを込められし妖喰いの攻めは伊末を追い詰める。
「ふふふ……やってくれる!」
「お苦しみのようで何よりだなあ!」
伊末も半兵衛らも、互いに攻めを強めていく。
「何だ、妖喰い使いとやらは! あの翁面にご執心か!」
「脇見をしている場合ではないぞ!」
「くっ! おのれ人の子め!」
「かつてそなたが罠に嵌めてくれし渡部手綱が子孫・隆綱だ! その身に刻んででもこの名、覚えさせてくれる!」
「ふん!」
妖喰い使いらに呆れる羅城門の鬼に、隆綱と義銀は迫る。
「粋がるな人の子よ! ならばそなたも、間抜けな祖と同じ道を辿れ!」
「我が祖を愚弄するな! おのれ、これで恩は更に増えたぞ!」
こちらのぶつかり合いも、尚激しさを増していく。
「兄上……どうか。」
「はっははは! 案じなさんなや、高无様。伊末様の高い妖力に、あの妖の力が合わされば、あないな妖喰い使い共など赤子も同じや!」
「その割には……押され気味ですわね。」
高无を宥める向麿に、影の中宮が冷ややかに言う。
「まあ……伊末様はまだお戯れなんかな。あるいは……恐れてはるんかもしらんな。いずれにしても、全ての力を出せてないやいうことや!」
「なっ……恐れているだと! そなた、誠に兄上に何をした!」
「高无兄上。」
向麿に再び掴みかかりし高无を、影の中宮はこれも再びであるが諌める。
「ふふふ、まあ止むを得んことや! 力を得るにはそれなりのもんを、支払いしてもらわなならんさかいに!」
「なっ、支払いだと!?」
向麿が冷ややかに見る先を、高无は見つめる。
未だこの戦は、始まりしばかりである。




