正門
「うむ。では既に聞き及んでいるのだな?」
「ああ、はざさんからな。」
帝からの問いかけに、半兵衛は答える。
清涼殿にて。
屋敷にて一通りの話を刃笹麿より聞きし半兵衛は、改めて帝とその話をすべくここを訪れていた。
「……伊尻夏は、どうしておる?」
「夏ちゃんは、もう落ち込むことはなさそうだ。ご心配に預かり、感謝する。」
「……そうか。」
帝は心底、安心しし様を見せる。
「して、半兵衛よ。その、剣のことだが……」
「ああ、今のところ二つあるって話だろ? ……出雲はともかく、九州は遠いだろうな。」
「うむ……」
帝は思い悩む。
半兵衛も、この件には頭を抱えていた。
ひとえに遠さのみならず、その二つがそれぞれ託されし者も厄介な者たちであった。
出雲の、かつての酒呑童子が子。
子自らの力は見し者がいない為分からぬが、少なくとも父たる酒呑童子の力は聞き及びし通りである。
その子ともなれば、強き力を持っていると見てもまず間違いなかろう。
そして、九州の鎮西八郎。
かつて京の大乱に際し、上院方に味方しし侍である。
取り柄たる強き弓も、引けぬよう一度は肘を斬られしと伝わっているが。
その大乱より既に三年より多く経っている。
傷が癒えていたとしても、何らおかしきことではない。
「……ひとまず、この都には少なくとも一人置いとかなけりゃならねえな。さらに、出雲と九州に……うん、すまない。まだ考えがまとまらん!」
「……さようか。」
半兵衛は妖喰い使いをどう割り振るか話し始めるが、まとまってはおらず口を噤む。
と、そこへ。
「帝! 恐れながら私よりも、奏上を。」
「うむ。清栄、述べよ。」
「は、ありがたく存じます。」
太政大臣清栄が前に出る。
海賊衆の一件で自らの一門がただただ指を咥えるのみであったことにより、妙にしおらしくなっていたのであるが。
果たして、今の清栄の目には、そのしくじりを埋め合わさんだけの策があるとばかりの光が宿っている。
「……頼益殿、そして四天王の各々方! 入れ。」
「はっ、清栄様!」
清栄が命じるや、中に入りしは。
老いていながらも鋭き眼差しの侍、さらに四天王――かつて、件の酒呑童子を倒しし英傑・頼松が率いし家臣らと同じ呼び名の、四人の若侍たちである。
「改めまして、帝! そして妖喰い使いの頭たる一国半兵衛殿! 我が名、兵庫頭泉太郎頼益と申します。かつて酒呑童子の首を取りし、泉頼松は我が祖にございます。」
「えっ!」
「その通り! 帝、半兵衛殿。この者を置いて、かの酒呑童子が子に刃を向けさせるに適う者はおりますまい。」
頼益の名乗りに半兵衛は驚き、清栄は更に話を付け加える。
帝も大層驚く。
「何と……かの頼松殿が子孫であったとは。それのみにても、百人の力を得し思いである。」
「はっ、勿体なきお言葉! ……そして、ここにおります者たちは我が家臣! こちらも、祖・頼松に仕えし四天王の子孫にございます!」
「おお……なんと!」
「ははっ!!!!」
頼益に促され、若侍らも頭を下げる。
それぞれ、名乗りを上げる。
「碓木貞松が子孫、碓木賢松!」
「卜目杖猛が子孫、卜目杖季!」
「坂口銀が子孫、坂口義銀!」
「渡部手綱が子孫、渡部隆綱!」
皆、やはり頼松が家臣・四天王の子孫である。
「ううむ! これだけの味方を得られようとは、元より備わりし妖喰い使いたちと合わせ、まさに鬼に金棒であるな!」
「お、鬼に金棒、かい……」
帝の言葉に、半兵衛は苦笑いする。
これから鬼を倒さんとするのに、である。
「おお、そうであったな……私とししことが。」
「いや……でも、これで見えた! もしかしたら、やれるかもしれん!」
半兵衛は笑う。
先ほどの先が見えぬ時とは違い、今は少し先が開けし思いである。
「これで、ようやく送り出せるな。」
送り出すとは、すなわち妖喰い使いたちのことである。
「な、何!」
「それは誠か!」
「ああ……はざさん、すまない。今一度詳しく聞かせてくれ。」
修練を終え母屋に入りし妖喰い使いらに、半兵衛が告げる。
時は、清涼殿での話より少し前に遡る。
刃笹麿より剣の行方について聞きし、あの時である。
「ああ。今申しし通り。誠であれば唯一無二であるはずの神器・剣。それがどういう訳か、今二つあるとの話じゃ。」
刃笹麿は神妙なる顔つきにて言う。
「そして一つは出雲。ここには先ほども告げし通り、古の泉頼松殿が成敗しし鬼・酒呑童子が子のいる所と聞いている。そしてもう一つが。」
「かの鎮西八郎殿が、伊豆を抜け出して達したという九州の地か。」
刃笹麿の話に付け加えしは、頼庵である。
「鎮西八郎、か……」
「兄者……」
弟の言葉に、義常は足を摩る。
かつての京を襲いし大乱。
その一度目、上院と親王の戦いにおいて上院方に付きし武将・為暁。
直に対峙しし義常は、その恐ろしさを身をもって知っている。
「おほん! それでなんだが……出雲に出向くというのはまだ、やぶさかでもない。ただ、おそらくしんどいのは」
「……九州、ですな。」
「……ああ。」
半兵衛の仕切り直しの言葉に、義常は呟きを返す。
遠出であることは言うまでもあるまい。
何より、相手は恐ろしい。
そして、出雲も九州に比べれば都には近かろうが、やはりこちらも相手は恐ろしかろう。
ここで半兵衛が、今悩んでいることは。
やはり既に述べし通り、妖喰い使いたちを如何に、割り振るかである。
「……ここは」
「半兵衛! 私を……九州に送り込んではくれぬか?」
「!? ひ、広人?」
にわかに聞こえし声に、半兵衛は面食らう。
広人が、名乗りを上げたのである。
「……うん、広人。その」
「ああ、分かっておる! ……私は、この中で最も拙き者だ!」
「……いや、そうは」
半兵衛が苦しげに言葉を紡がんとして、広人に遮られる。
「……しかし! いや、であればこそ! 私はここで役に立ちとう存じる。もう嫌なのだ、仲間を救えず歯噛みするなどと……」
「……広人……」
「広人……」
「広人。」
広人は夏をちらりと見遣り、言う。
皆は広人の目を見、その意が確かなものであると見定める。
海賊衆との戦においては、広人は何もできなかったとは言い難かろう。
むしろ、力を尽くしたと評されるに値する。
しかし、広人自らはそうは思っていないようである。
仲間、何より想い人を危うき目に遭わせてしまったとの悔いは、未だに根強い。
それが広人に、この言葉を紡がせている。
力が足りぬは分かっているが、だとしてもやはり力を尽くしたい。
それが彼の、本意である。
「……分かった。その形で考えてみよう。ただ、あまり期待はしないでくれ。」
「……かたじけない。」
広人の夏への想いを知っているからこそ、半兵衛も無碍にはできなかった。
時は再び、清涼殿での謁見の時に戻る。
このこともあり、半兵衛の妖喰い使いの割り振りはさらに悩ましきものになっていたのであるが。
四天王や頼松の子孫がいるとあらば、これは少しばかり光明が差したと言えよう。
しかし。
「あ、待ってくれ! ……俺たちは妖喰いがある。だけど」
「それについては、私から。」
「! はざさん。」
半兵衛が問うと、いつの間にかいし刃笹麿が進み出る。
「帝、此度は四天王や頼益殿も、妖喰いに匹敵するほどとは申せませぬが、類する力を得るべきかと存じます。そのための術を、支度いたしました。」
「ほう、それはもしや」
刃笹麿の言葉に、帝は見当をつける。
もしや、かの百鬼夜行に際し武具に施されし、あの最大の魔除けか。
しかし、帝がそれを言わぬ間に。
「恐れながら、帝。既に我が高祖父・幻明が作り曽祖父らが受け継ぎしその術は、百鬼夜行の後妖喰いを産みしことをきっかけとしまして、より多くの妖喰いを生まぬよう絶えさせられました。」
「うむ……」
帝は歯噛みする。
あれば、妖喰い使いでなくとも妖に刃向かえたであろうに。
しかし、さような帝の意を汲んでか。
「しかし、私めはこの度。その術を全て蘇らせることには愚かにも至りませんでしたが……類する術を作ることはできましたので、それを四天王方や頼益殿の武具に施させていただきたい。」
「! うむ……出来した、刃笹麿。」
帝の顔は、たちまち明るくなる。
「うむ、陰陽師殿! かたじけない。」
「いえいえ。ここは何卒、直には戦えぬ身であれば少しでもお力添えさせていただきたい。」
頼益の礼の言葉に刃笹麿は、笑顔を返す。
そして次には、頼益は半兵衛に顔を向ける。
「では、一国半兵衛殿! 我が四天王よりこの隆綱・義銀をそちらの妖喰い使いの方に共として付け、九州に送りとう存じる!」
「ああ……こちらからは妖喰い使い・四葉広人を向かわせたい!」
頼益の言葉に、半兵衛は答える。
こうして、九州への割り振りは決まった。
しかし、その時。
「恐れながら帝! この渡部隆綱、奏上を。」
「うむ……述べよ。」
「隆綱、どうした?」
隆綱がにわかに奏上をと言い出し、帝も主人たる頼益も面食らう。
その清涼殿の謁見より、更に幾日か経ち。
「よし、じゃあ広人! ……粗相のねえようにな。」
「広人! 相手は」
「兄者も敗れし、恐ろしき相手!」
「広人、達者でな。」
「ああ、夏殿! ……しかし、何故正門まで見送りなのだ?」
広人や隆綱・義銀の九州攻めの日となった。
しかし、隆綱曰く、他の妖喰い使いも正門までは見送りしてほしいと言う。
それにより、今に至る。
「……静かに! ……これより、私が門に先んじて入る。良いというまでは、通ってはならぬ。」
「え? あ、ああ……」
半兵衛らは何やら訳が分からず、曖昧に頷く。
しかしその訳は、隆綱が都の正門・羅城門に入りすぐに、分かることとなる。
鎧兜を身につけ、入りし隆綱であるが。
「……私の勘が正しければ、ここにて。」
ふと隆綱は、門の中にて立ち止まる。
その、刹那であった。
「行かせぬぞ……人の子よ!」
「くっ、鬼か!」
隆綱はにわかに上より響きし声に、素早く門を出て都の中側に戻る。
「お、おい! 何を」
「恐れた通りであった! 皆構えよ!」
「……分からんが、分かった!」
隆綱の言葉を受け、半兵衛らも義銀も、各々の武具を構える。
そして隆綱の目の先、門の中に。
恨めしげなる目を向け、門の梁よりぬるりと降り立ちし者は鬼であった。
「ほほう……頼松様が四天王・渡部手綱がその腕を斬り落としたという、羅城門の鬼か!」
声を上げしは、義銀である。
「ほほう、頼松か……我が主人が大恩あるその名、この腕を疼かせるには事足りる! 今こそたんまりと礼をせねばな。」
羅城門の鬼は鋭き目にて、自らを睨む隆綱を睨み返す。
「そして渡部手綱……これは我が主人のみならず、この我にも大恩ある身! せめてそちらの恩ぐらいは、返させてもらわねばな。」
「うむ、奇遇であるな……大恩あるはこちらとて同じ! 」
隆綱は羅城門の鬼を、更に鋭く睨み返す。
と、その時。
「おやおや、羅城門の鬼殿。私も参じると申したはず、何故置いていかれるのか。」
「! あんたは!」
此度声を上げしは、半兵衛であった。
それは、羅城門の屋根の上に立つ影。
翁面を被りし、長門伊末である。
「ふん! そなたが遅いのだ!」
「それはすまぬ。しかし……この通り、鬼の魔軍はここに!」
翁面の、合図と共に。
羅城門の周りの壁、屋根より数多の鬼が、顔を出す。
「くっ、これは!」
「やっぱり、鬼神一派かい!」
半兵衛らは叫ぶ。
「ふふふ……さあ、妖喰い使い! ここからは行かせぬ!」
伊末は高らかに唱える。
「兄上……」
「やはり、心許ございませんわね。」
「影の中宮。」
「戯れですわ。さあて……拝見させていただきましょう。」
この様を見守りしは、羅城門を影より見つめるもう一人の翁面・高无と、影の中宮である。




