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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第8章 剣璽(神器探求編)
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鬼童

頼松(よりまつ)様、ここが彼奴の寝ぐらです!」

「うむ、出来した! ……一息に踏み込むぞ!」

「はっ!」


主君・泉頼松(いずみのよりまつ)に率いられし四天王は、鬼の寝ぐらに至る。


時は今上の帝の世より、百余年前。

かの百鬼夜行より古き世。


「それっ!!!!」


四天王は襖を蹴破り、寝ぐらに踏み込む。


「ぐっ! 何奴共だ!」


その寝ぐらの主人・酒呑童子(しゅてんどうじ)はただでさえ厳つきその目を怒らせ、頼松らを睨みつける。


「御免! 鬼の大将・酒呑童子とお見受けする。」

「いかにも……何奴かと聞いている!」


酒呑童子は頼松らに尚も、名乗りを迫る。


「失敬! 我こそは摂津守泉太郎頼松に候う。帝からの命によりその首、いただきに参った!」

「な……ふふふははは! 人の子が我が首を? これは笑止千万! ……者共、この不届き者らを斬り捨てよ!」

「はっ!」


酒呑童子は手下の鬼らに命じる。

此奴らごとき、自ら手を下すまでもないと思ってのことか。


見くびってくれたものだ。

頼松の心に、怒りが刻まれる。


「我が四天王たちよ! 行くぞ!」

「応!」


頼松は四天王に命じ、迫る鬼たちを迎え討つ。


「頼松様! ここは我らにお任せを、頼松様は大将の首のみお狙い下さいませ!」

「うむ……任せよう!」


四天王は頼松の前に立ち、鬼の刃を受け止めては返しつつ言う。


「させるか!」

「人の子ごときが図に乗りおって、許さん!」


四天王が開けし道を通らんとする頼松の前に、鬼たちが立ち塞がらんとする。


しかし。


「えいっ!」

「ぐっ!」

「やっ!」

「ぐああっ!」


立ち塞がらんとする鬼らは四天王のうち、坂口銀(さかぐちのしろがね)渡部手綱(わたべのたずな)により斬り伏せられる。


「そなたら…….」

「おのれえ、人の子め! ……ぐあっ!」

「言っておろう? 汝らの相手は私たちじゃ!」

「ぐっ、この!」

「頼松様! 大将の首を!」

「かたじけない、褒美は待っておれ!」


四天王らに配下の鬼は任せ、頼松は仇の大将・酒呑童子の元へ。




「ぶあっ! ああ……まったく、あの人の子らのせいで美味い酒も、ここまで不味くならんとは。」

「ほほう、この戦のさなか一人酒宴を催されるとは……これは風流なのやら寂しいのやら分からぬな!」

「ほう?」


酒呑童子は盃に残りし酒を自棄じみし勢いにて飲むや、振り返る。


そこには、あの人の子――頼松が。


「手先共に任せたはずであるが。」

「我が家臣たちの心遣いにより、ここまで来ることができた! この恩に、私は報いねばならぬ。」

「ははは……よいのか? さような口ぶりで!」


酒呑童子は笑いつつも、心をすっかり満たすその怒りにて、立ち上がる。


髪を逆立てつつ鞘に納めし刀の柄に手をかけている。

頼松も同じく、自らの鞘に納めし刀の柄を握る。


まさに一触即発である。


「ふんんっ!」

「はあっ!」


酒呑童子と頼松はほぼ時同じくして刀を抜き、お互いに斬りかかる。


「ぐぐっ!」

「ははは、人の子よ! 先ほどの威勢にしてはこれしきの力か! もはや赤子の手をひねるがごとくであるな。」

「ふむ……そうか!」


互いの刀はぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。

力にても体の大きさにても、頼松はいささか分が悪い。


何より――


「何より人の子よ! そなたらの打ちし鈍ごときで我ら妖に抗するなどできるのか? どこまでも愚か者め!」

「ぐっ……」


頼松は返す言葉なしとばかりに顔を曇らす。

その間にも酒呑童子は、頼松を後ろへ後ろへと力押しして行く。


「はーははは! 愚かな人の子よ、そのまま……ぐっ!」

「……なるほど、ようやくか!」

「な、何い?」


にわかに光り出しし頼松の刃に、酒呑童子は目を眩ます。

これは――


「ひ、人の子おお! そなた何を」

「ははは、そなたほどの妖に効くとはな! これは人の巷にて噂の陰陽師らが施しし、最上の魔除け! 精々気休めにはなればと思っていたのであるが……これは聞きしに勝るというもの!」


頼松は叫ぶ。

その刃には後に百鬼夜行を迎え討つ、朝廷の軍が持つ武具にも施される術が施されている。


それにより酒呑童子はほんの少しであるが、頼松の刀により後ろへと押されてしまう。


「陰陽師、この力しかと使わせてもらう! この酒呑童子の首を頂かんために!」

「ふ、ん……図に乗るな! 所詮人の子の刃ごときで」


酒呑童子と頼松はどちらともなく、互いに刀をぶつけ合い離れる。


この後が明暗の分かれ目である。

どちらの刃が、先に相手を捉えるか――


「ふん!」

「ぐああっ!」


頼松の、刃であった。


「ぐっ……おのれえ……人の子めえ!」


首に深き切り傷を負い血を流しつつ、酒呑童子は恨めしげに叫ぶ。


「いや、まだそなたの首は落とせておらぬ! 次で!」

「よかろう……ならば返り討ちに!」


再び頼松の刃と酒呑童子の刃がぶつかり合う。

そうしてこれも再び、まずは鍔迫り合いとなった後離れる。


そうして――


「はあっ!」

「ぐっ……ぐうう!」


酒呑童子の刃が頼松を捉えるより僅かに早く、頼松の刃が酒呑童子の首の傷に食い込み、更に斬り進む。


「お、おのれ……この気高き血が人ごときに!」


刃を取り落としつつ、首を斬り刻まれつつ酒呑童子は叫ぶ。


しかし、呪詛の次には。


「ぐふふ……ぐあっ、はははかはあ! ……ここで我が命尽き果てようとも! ゆくゆくは我が血受け継がれ……人共を、いいやこの天下を! 悩乱することになろうぞ、ははは……」


大笑いを浮かべる。


「血受け継がれ……? どういうことか!」

「ははは……聞き、たくば! この刃を、どけよ……かはっ!」

「いいや、それはできぬ! ならば詮方なし……それを詳しく聞かぬままであるが果てよ!」

「ぐあっ……は、はっ! さあ、人よ……精々、抗うがよい……」


酒呑童子の首はその言葉を終いに、落ちる。




「……なるほど、まだ妖喰いもねえ世にな。」

「ああ、左様であるな……しかし、最も要となるは妖喰いがあるかではない! それを使う者が如何に鈍でないか、ではないか?」

「それは分かってるって! だからあん通りよ。」

「うむ。」


半兵衛の屋敷の縁側にて、半兵衛と刃笹麿が話し込む。

海賊衆との戦いより幾月か経ち。


より一層妖喰い使いらは、修練に励んでいる。

いや、妖喰い使いばかりではない。


「うむ、初姫殿ら義常殿の子らと……中宮様の侍女殿までとは果たして、どうなっている?」


刃笹麿が驚きしことに。

今彼らが修練に励む庭には、他に氏式部――正しくはそのなりをしし中宮――と、義常の子である初姫・竹若の二人も加わっていた。


もっとも、初姫はともかくも、竹若はまだ幼すぎる。


「竹若、もうよい! 休んでおれ。」

「いやですっ! ちちうえ。」

「これ、竹若! 父上のいうことをお聞きなさい。さあ、母上の御許へ。」

「うう……ははうえ〜!」


べそをかきつつ、竹若は母たる治子の元へ。


「初姫、そなたも。」

「いいえ父上。私も、もっともっと戦いとうございます!」


初姫にも休みを促す義常であるが、初姫も粘る。


「しかし、そなたは」

「義常殿! 女ということ、戦をせぬ訳にはならぬぞ。」

「あ、夏殿……」


義常はうっかり、夏の琴線に触れてしまいかねなかったようである。


いや、もう触れていたか。


「おやおや義常殿? 感心しませぬなあ。」

「し、氏式部殿まで!」

「なんじゃ兄者? 女子に何を」

「ううむいけませぬなあ、義常殿!」

「むう、頼庵、広人! そなたらは男子であろう!」


氏式部や弟、広人まで来たとあっては構いきれず、義常は音を上げる。


「……まあそうだな、義常殿! 私を救ってくれた恩もある。ついでにすまぬ……少しばかり付き合っていただきたい修練があってな。」

「ああ、よかろう。……さあ初、皆も休め! 私は夏殿と修練する!」


夏の言葉をきっかけとし、これ幸いとばかりに義常は皆と初姫に休みを告げる。


「父上!」

「ほら、初。叔父と行こう?」

「……はい。」


初姫はむくれるが、叔父・頼庵の言葉に未だふくれつつも従う。


「ううむ……」

「……夏殿と義常殿のことが気がかりで?」

「うっ! ……氏式部殿。」


義常と夏を難しき眼差しで見つめる頼庵に、氏式部が声をかける。


「心配なさらずとも、義常殿は既に奥方とお子がいらっしゃる身。そなたの想い人を盗るような真似はなさりますまい。」

「そ、そうですな……って! わ、私は」


心を言い当てられし広人は、大いに揺らぐ。


「分かりやすすぎますよ? ……まあ、私も似たような者ですが。」

「いやそんな……ん? 今何と?」

「いいえ、何でも。」


氏式部は言いつつ、半兵衛を見ていた。



「ははっ、どうだい! 妖喰い使いたちはその、頼松さんとやらに負けないくらい研ぎ澄ませているだろ?」

「まあ、研がんとしているは誠であろうな。」

「まったく、素直じゃないなあ〜!」


半兵衛は刃笹麿に苦々しく言う。


「……それで? 何故そんな話を。」

「……そなた、やはり私の意が分かるか。」


刃笹麿は半兵衛に感心の言葉を漏らす。

半兵衛のこの問いは、先ほどまでの刃笹麿の話に他意があろうことを見越してのことであった。


「……その酒呑童子は、かなりの美しき女子を攫い囲っていたと聞いておる。そしてその中に……身ごもりし者がいたと聞く。」

「……まさか、その子供。」


半兵衛は刃笹麿の言葉に、またその先を読む。

その子が今、この都に父のごとく仇なそうとしているのではないか。


果たして、意が通じしかのごとく。


「恐らく、そなたが思いし通りじゃ。その子が今いるという出雲に鬼神一派が出向いたという話もある。出雲はかつて、盗まれし剣がありし所。関わりがどれほどあるかは分からぬが……」

「……なるほど、それを調べろってかい?」


ようやく、刃笹麿の意が全て見えた。

しかし、どうやらそれのみではないようである。


「ああ、しかし。……実を言うと、もう一つ。剣が、伊豆に流されていた鎮西八郎によって、九州へ持ち込まれたとの話もある。」

「!? お、おいおい……」


半兵衛は次は、話が見えなくなる。


「剣が二つって、どういうことなんだ?」

「分からぬ。が……どちらかは偽物やもしれぬ。」

「なるほど……つまり、どちらも調べろと?」

「……左様。」

「なるほど、な……」


半兵衛は考えつつ、庭を見る。

かくして。


出雲と九州、神器探しは幕を開けんとしていた。

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