区切
「此度の海賊衆との戦……誠に大儀であった。」
「ああ……恐れ入る。」
帝の言葉に半兵衛は、気まずげに頭を下げる。
海賊衆、そして裏切りし水軍衆との終いの戦が終わり幾日か経ち。
今こうして、半兵衛は帝と清涼殿にて謁見している。
「ええ、我ら静氏一門は不甲斐なくも……海賊衆らとの戦をただただ指を咥え見ているのみという有様でございました。帝、申し訳ございませぬ。」
「いや、よい。清栄よ。」
謝罪をする清栄を、帝は宥める。
「まあとはいえ、俺たちも海賊衆や水軍を逃しちまったから……あまり大きな顔はできないがな。」
「ううむ……それもやむを得まい、半兵衛。」
帝は半兵衛も宥める。
あの戦の後。
赤鱏との戦に力を全て使いし半兵衛ら妖喰い使いに、海賊らを追うだけの力はなく取り逃がしてしまったのである。
「ううむ、それも我ら静氏一門ができれば……すまぬ、半兵衛殿。」
「いや、まあ……いいよそれは。」
清栄に答えつつ半兵衛は、ふと首を傾げる。
今日はやたらと、しおらしくないか?
まあそれも、此度のお互い様なしくじりではやむを得まいか。
半兵衛はひとまず、そう納得する。
「ところで、半兵衛よ。……伊尻夏は。」
「ああ、そのことなんだが……」
半兵衛は話しずらそうに、口を開く。
「夏殿。ここまでか?」
「ああ、もう、よい……」
「義常殿、もう止めてくれ!」
半兵衛の屋敷の庭にて。
倒れこむ夏に自らの弓・翡翠を向けしは、義常である。
時は、半兵衛が清涼殿に赴いている頃。
夏はあの戦より塞ぎ込んでばかりであったが、そんな夏を義常はあえて引きずり出し、自らとこうして刃を交えさせているのである。
「ふうむ、つまらぬな! そなたの力はここまでではない……そうは思わぬか!」
「……思わぬ。」
「ふうむ、そうか夏殿……とんだ買い被りであったか!」
夏を焚きつけし義常であるが、夏より返りし言葉に肩を落とす。
「止めぬか、義常殿! このままでは」
「広人! そなたは黙っておいてくれ。はじめに言いし通り、夏殿にも私にも手出しは無用!」
「いや、私もさような気はない! だから止めてくれ義常殿!」
広人は渡殿より叫ぶが、義常はまるで聞く耳を持たぬ。
それどころか、先ほどまでの攻めはまるで、夏が死んでも構わぬといった勢いであった。
「兄者、何を」
「頼庵! そなたの出る幕ではありませぬ。」
「! は、治子……」
頼庵もこの様を見ていたが、それを制ししは義常の妻・治子である。
二人の子供たちは今、離れにて侍女に見てもらっている。
さすがに幼子二人には、この戦いは重かろう。
「治子、しかし。」
「そなたもあの人の弟ならば、兄を信じなさい。」
「……分かった。」
治子の言葉に、頼庵もひとまずは大人しくなる。
「しかし……兄者は何を。」
そうして彼らが、見守る内にも。
「夏殿。ならば、自らは死んでもよいと申すか?」
「!? 義常殿、何を」
「ならばそれは……そなたのこれまでの生を、否むことにはならぬか? あの虻隈とかいう男に育てられしことも、海人という男子に惚れしことも!」
「!? ……くっ、虻隈や海人は関わりなきことであろう!」
義常のさらなる焚きつけに、夏はついに怒る。
それを見し義常は。
「いいや、夏殿! 私は否んでみよう。そなたを倒すことにて、そなたを育てし虻隈、海人……所詮は妖共の手先をなあ!」
義常は叫び、翡翠の弦を思い切りひきしぼり太き矢を放つ。
恐らくは、あの刃白より放たれしものよりもさらに太き矢――それも、雷を纏いしものである。
当たれば一たまりもなかろう。
そのまま矢は、夏に迫る――
「兄者!」
「義常殿、夏殿!」
もはやじっとなどしてはおれず、頼庵も広人も動き出す。
義常は、何をするつもりなのか。
このままでは――
その、刹那であった。
「……まれ。」
「何?」
「……今すぐ、虻隈や海人に謝れ!」
「! な、夏殿!」
夏の声が響き、それと共に夏に迫っていた矢が切り裂かれる。
辺りをたちまち、鋭き風が舞う。
「くっ!」
「治子、伏せよ!」
広人、頼庵、治子は伏せる。
そうして少しばかり、経ちし頃。
「はあ、はあ……」
「!? な、夏殿!」
「そ、その腕は!」
頼庵や広人が、顔を上げ見し者は。
左腕に頗る大きな殺気を纏いし、夏であった。
その殺気の、形たるや。
それはまさに、鱏のごとくであった。
無論、赤鱏ほど大きくはないが。
それにしても、その姿はまるで、妖を身体の一つとして纏いし男――あの虻隈に瓜二つである。
「……いいぞ、夏殿! そなたの勝ちじゃ!」
夏のさような姿に義常は喜びの声を上げ、倒れる。
「! 義常殿!」
「兄者!」
「……!? よ、義常殿!」
これには広人・頼庵・更に夏もはたと気づき、殺気の装いを解き駆け寄る。
「あ、兄者!」
「あ、ああ私は大事ない……少し、無茶をしただけじゃ。」
「よ、義常殿……」
「おお、夏殿。」
義常は夏に笑顔を向ける。
先ほどまでの夏を焚きつけし時からは、思いもかけぬ顔である。
「夏殿、そなたならば先ほどのようなことができると思っていた。」
「な……?」
義常の言葉に、夏は首を傾げる。
「虻隈も海人も、確かに既に死んでしまったやも知れぬが……それでも、彼らのそなたに与えし"力"は、しかとそなたの中で生きておろう? なあ、広人、頼庵よ。」
「!? そ、そうかそのために義常殿は……ああ、夏殿の中に生きる力、しかとこの目に!」
「ああ、私も見たぞ夏殿!」
「皆……」
皆の言葉に、夏は涙ぐむ。
「だから夏殿、そなたは……その力を活かすためにも、そなた自らが生き抜くのだ!」
「……ありがとう。」
かくして夏は、立ち直る。
「ううむ……立ち直らせるための戦か。それは」
「まあ、あいつらならできるって踏んでるがな。」
半兵衛は憂う帝を宥める。
誠に、何の憂いもないようである。
と、その時であった。
「み、帝! 一大事でございます!」
「な、氏式部か。どうした?」
にわかに清涼殿の襖の向こうに、氏式部が。
半兵衛は見えぬため、それが誠の氏式部かどうかは分からぬが。
「さ、三種の神器の一つ……剣が盗まれました!」
「何!?」
帝のみならず、これには清涼殿にいる者全てが驚く。
「たのもう! ……鬼の童とやらは、どこにいらっしゃいます?」
「……誰か、そなたは。」
「ひひ……あんた様かい。」
所は出雲。
清涼殿にて剣による騒ぎが持ち上がりし頃。
向麿は、そこにいた。




