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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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裂傷

「夏ちゃん!」


半兵衛は自らを囲む霧に叫ぶ。

刃白の周りは、既に霧に覆われており自らのすぐ近くより先は何も見えぬ。


海賊衆との、終いの戦にて。

味方と思っていた水軍衆に裏切られ、窮しし半兵衛らだったが。


そこへ現れし刃笹麿率いる式神・刃白が現れしことにより、半兵衛らは何とか窮地を脱する。


しかしそれに対し、向麿は海賊衆の本拠地たる島を装いし妖・赤鱏を解き放つ。


その後は再びいざこざがありつつも、海賊衆や水軍衆との呉越同舟により半兵衛らは夏の救い出しと赤鱏への乗り込みを成し遂げる。


しかし、そこにて夏の恩人・海人を救い出ししところで。

向麿に勘付かれてしまい、半兵衛らは再び窮地に陥っておる。


「くう……阿江殿! 早く夏殿を」

「それも山々であるが……おそらくこの有様では、夏殿は梃子でも動くまい?」

「ぐっ……」


広人は刃笹麿の言葉に、口を噤む。

確かに、今の夏を動かせる者はそうそういまい。


いや、いるとするならば――


「くう……おい、海人とやら! 私は夏殿と同じく、妖喰い使いの四葉広人と申す者。分かっていると思うが……今夏殿を救えるは、悔しいがそなたより他にはおらぬ! であれば……どうか夏殿を、救ってくれ!」

「広人。……そうだな、海人さんとやら! 夏ちゃんはあんたを助けるためにここまで来た! だから、どうかその思いを蔑ろにするかのごとき行いだけは止めてほしい!」

「うむ……私も同じだ! 海人殿! 夏殿をどうか救ってくれ!」


広人・半兵衛・義常は思い思いに海人へと、夏への想いをぶつける。


「ううむ……しかしよいのか、半兵衛らよ! 殊に、広人よ! 下手を打てば夏殿は」

「阿江殿! ……私に出来うることはこの程度。ならばもはや……せめてあの海人に託すより他なかろう?」

「……なるほど、道理か。」


刃笹麿は広人に声をかけるが、広人よりそう返されてはこう言うより他あるまい。





「海人……海人!」

「くっ……ぐっ!」


夏が憂いしことに、海人が苦しんでいる。


「かーっ、かかか! 海人、再びの舐めたマネやんなあ? ……一度は許してやって、この通り使い道を示してやったそれがしの心遣いを、無碍にするんかい!」

「ぐっ……ぐああ!」

「海人!」


海人は今向麿の術により操られし自らと、操られておらぬ自らとに分かれていた。


「な……つ! 聞いてくれだ。おらは、今操られつつある所とそうじゃねえ所、二つに割れそうだ……だから、おらを割ってくれ!」

「なっ……何!?」


海人が言うは、夏の思いもかけぬこと。


「おらが操られてねえ所を夏に喰ってもらえば……夏たちを助けられるかもしれん。」

「……できる訳なかろう! 私に、海人を喰うなどと……」


海人の言葉を、夏は強く拒む。


「夏ちゃん!」

「! 半兵衛、広人、義常殿……」


にわかに響きし声に振り返れば。

そこには、いつの間にか刃白に乗り霧をかき分けてこちらに来し半兵衛らが。


「海人しか夏ちゃんを宥められねえと思ったが……やっぱりここは、俺たちも高みの見物じゃなく直に当たらねえとなあ。」


半兵衛は微笑む。


「半兵衛……」

「くう……な、つ! 早くしてくんろ、早く!」

「海人!」


もう時がないと言わんばかりに、海人の苦しみが大きくなるのみならず、今いる所の周りも歪んでいく。


「こ、これは?」

「夏殿、私の……千里眼を全て解き放てば、この窮地海人を喰う他に脱せるやもしれぬ。」

「!? ま、誠か! ……で、でもそれは」


刃白の屋形の奥より顔を出しし刃笹麿の言葉に、夏は一度は顔を明るくするが、再び曇らす。


「おい、はざさん! ここでそれは」

「言わぬなどして何とする? ここで他の道を示さねば埒は明かぬぞ! ……それに、これは夏殿のみが決めることではない。……海人を喰うならば」

「……そうだな。」

「な、何だ!」


刃笹麿と半兵衛の話が分からず、夏は焦りを顔に出す。


「ああ、すまねえ夏ちゃん。……ただよ、聞いてくれ。海人を喰うんなら、それは夏ちゃんだけじゃねえ。俺たちも共にやる!」

「応!」

「主人様のおっしゃる通り!」

「なっ……」


半兵衛の言葉に頷く広人・義常に戸惑う夏であるが。


「よおく聞いてくれ、夏ちゃん! ……いずれにせよ、夏ちゃんだけで海人を――赤鱏を喰えば力が大きすぎる。だから、俺たち皆で分け合う。夏ちゃんだけに、この苦しみは背負わせない。どうだ?」

「……くっ。」


夏は涙を拭う。


「な、夏……さあ。」


苦しみながらも海人は、努めて穏やかに言う。


「さあ、時はないぞ妖喰い使いらよ! 今すぐ答えよ。海人を、赤鱏をそなたらで喰うか? それとも」

「いや、皆まで言わずともよい。……私は。」

「……! 夏ちゃん。」


夏は涙を飲み込み、海人を見る。

半兵衛らはその決意の早さに驚く。


「夏殿。」

「広人。そして、半兵衛も義常殿も、よく聞いてくれ。私は……この海人に、助けられた。私は、海人を慕っている! 男として、な。」

「……ああ、受け取った。」

「しかとこの胸に、刻んだ。」

「……うむ、夏殿がそう言うならば。」


半兵衛らは夏の、海人への心をしかと受け止める。

夏はそのまま、海人へと歩み寄る。


「海人。……私は、そなたを」

「夏、それは……おらもだ。」

「……うむ。」


夏は涙を飲み込む。


「……さあ、皆。」


夏が振り向き、この言葉を放つや。


「応!!!」


半兵衛らは、力強く頷く。







「……!? くっ、また妖らがおとなしくなったぞ! よし。」

「このまま再び、島攻めじゃ!」


赤鱏の外にて。

夏らの暴れにより赤鱏より送り込まれし妖気は弱まり、海賊衆や水軍衆は隙ありとばかりにせめてもの抗いを見せる。


「くっ! ったく、中を気をつけておればこれかいな! こうなりゃ一刻も早く赤鱏を宥めすかさな」


そう向麿が、外に気をとられし時であった。


「!? ぐあっ、うわっ! こ、これは!」


向麿が、かつてなきほどに驚きしことに。

赤鱏もこれまたかつてなきほどに鳴動を起こしておる。


いや、もはや鳴動と呼べぬほどやも知れぬ。


「こ、これは……!」


刹那、向麿は信じられぬものを目にする。


赤鱏に背負われし島が、ミシミシと割れ始めたのである。

いや、島はその下――すなわち、それを背負う赤鱏から割れ始めているのだ。


「くっ、もしやこれは海人……おんのれえ! もうええわ……それがしを舐めてくれた報い、しかと返そうやないかい!」


向麿は慌てると共に怒り、妖傀儡の術を強め始める。

いや、慌てしは向麿ばかりではない。




「な、何と! あ、あれは……」

「赤鱏が……おらたちの島が!」


海賊衆は浮かびつつ二つに裂けつつある赤鱏を見て声を上げる。


まさか。


しかし、彼らが憂いしは島そのものよりも。


「お、奥たちは! 子供らは!」


中にいる、妻と子らであった。


と、そこへ。


――皆んな、案ずるなや。おらに任せろ。


「!? な、海人!」


定陸は、いや海賊衆は驚く。

海人の声が。


「あ、海人の声だ!」

「どっから?」

「そ、そうだな……海人がいるわけねえ。」


海賊衆は口々に言う。

彼らは海人が、あの赤鱏そのものだとは知らぬ。


「海人……か。あやつもあの中のはずであるが……」

「お、親方! 早く助けに」

「いや、待て! ……待とう。海人が言っておるのだぞ?」

「あ、ああ…….」


定陸も、全て信じられしわけではないが。

何故か、誠に海人が奥らを助けてくれそうに思えたのである。


「それに、奥が……あの女は。そうそう死ぬまい。」






「お、奥方様! ヒビがあそこまで」

「しっかりしないかい! 泣き言じゃ何も片付きやしないだろう?」

「は、母上え!」

「あんたも泣くんじゃない! それでも、次の海賊衆の棟梁かい?」


果たして定陸の妻は、夫の思いし通り気丈に他の女たちや子らを宥める。


しかし。


「くっ、崖かい!」

「お、奥方様!」

「ううん! ……どうしたもんかねえ。」


定陸の妻もさすがに、憂いしことに。

既に島を裂かんとするヒビが大きくなり、崖まで追い詰められる。


と、その時。


――奥方、案じなさんなや。


「! この声は……海人かい?」

「そういえば……海人がどこにも!」

「! な、何だって!」


定陸の妻は驚く。

急いで海人を探さんとするが。


――おらなら助かってるだ。だから……奥方らが、助からないといけないだ。


「!? そ、そうかい……全く、相変わらずおかしな子だねえ!」


海人の言葉に、定陸の妻は笑う。

まったく、誠におかしい。


いつもおかしなことを言ったり、ある時は握り飯をもっとねだったり。


しかし、嘘はつかぬ子だった。


「分かったよ、海人……さあ、私らはどこに行けばいい?」

「お、奥方様!」


他の奥らは、定陸の妻のこの言葉に戸惑う。

この声は、誠に海人なのか?


すると。


――怖がらなくていいだ。だから、下に飛び降りるだ。


「なっ、し、下に!?」


他の奥らは騒ぐ。

この女たちも自らの子らを抱えて死にものぐるいである。


それを、下に飛び降りろなどと。

しかし、定陸の妻は。


「よおし! さあ皆。あの子がそう言うんだ、飛び降りるよ!」

「な、奥方様!」


他の奥らは声を上げる。

しかし。


「四の五の言っている時かい! 男も女も、こういう時は度胸さ、行くよ!」

「ま、待って下さい奥方様!」


定陸の妻は言うが早いか、子を抱えしまま飛び降りる。

他の奥らも、仕える者が先陣を切ればそれに従う他なし。


たちまち次々と、海賊衆の妻たちは飛び降りて行く。


その有様は、海賊衆らから遠目にも見えた。


「お、奥らが!」

「助けねば!」

「いや、とても間に合わぬ! ……? 親方、早く」

「待て! 海人を信じよ……いや、あの下を見よ!」

「あ、あの下……?」


定陸の声に、海賊衆が見れば。

何やら妻たちの飛び降りし下に、霧が。


「!? ま、まさか!」


それは、言うまでもなく。

蜃らが集まり、息を吐いて妻らの落ちる速さを和らげていた。


「う、うわあ! お、奥方様!」

「皆、騒ぐない! これでいいんだ、海人はやってくれたよ!」


そのまま蜃の背中に拾われていく。


「お、おおお! あ、海人がやってくれた! 奥らを助けてくれた!」

「おおおお!!!」


海賊衆らは喜びの叫びを上げる。

いや、そればかりではない。


「あ、あれも見よ!」


次に海賊衆の誰かが、示しし先には。

真っ二つになりし赤鱏の内、片側が光っていく様が。





「こ、これは!? あ、妖喰い使いらが……おのれえ、あの妖喰い使い共めえ! 海人、よくも……あいつらに力貸しおって!」


向麿はもはや、腹わたが煮えくり返る思いである。

しかし、すぐに落ち着く。


「そうかいそうかい! そちらさんがその気いなら……こっちもやらしてもらうでえ!」


向麿は再び真っ二つの赤鱏のうち、光っておらぬ片側に妖気を注ぎ込む。




「……光の、いや……殺気の赤鱏か!」


半兵衛は刃白よりこの様を見渡し、叫ぶ。

それは、紫・緑・紅・青に染まりし、まだらなる赤鱏であった。


無論、大きさこそ元の半分であるが。

さておき。


何はともあれ、この殺気の赤鱏の上に乗りし刃白に、半兵衛らは乗っていた。


「さあて……行くぞ!」


夏もまた、刃白の屋形の中より目の前を睨む。

その目の、先には。


「はーっ、はっはっは! ……それがしの赤鱏をこんな小さくしてくれよって! お返しさせてもらうでえ!」


向麿の声が響く、これまた大きさが半分になりし赤鱏が。

いずれの赤鱏も既に、背負う島はもうない。


「さあ、妖喰い使い……そして海人! 行け!」

「応!!!」


刃笹麿が、前を指し示す。


「さあ、海人……いざ行かん!」


――ああ、夏!


夏は海人と、息を合わせる。


「はんっ! 粋がんなや、そないな妖もどきでえ!」


向麿は怒り心頭に発し、そのまま力任せに赤鱏を押し出す。


「うおおお!!!」

うおお!(――うおお!)


妖喰い使いと海人、二つの力も息を合わせ。

そのまま向麿の赤鱏に、突っ込む。


二つの赤鱏が、空にてぶつかる。


「うおお!!!!!」

「はあああ!!」


その、刹那。


「ぐっ! 阿呆な……それがしが!」


ぶつかり合いの末、向麿の赤鱏は殺気へと、呑まれていく。


「おのれええ!! ……! な、あんた様は……」


向麿にも殺気が迫る中、すんでの所にて救われ、消える。


二つの赤鱏はお互いに砕け、血肉の雨が降り注ぐ。

かと思えば雨は、紫・緑・紅・青へと染まっていく。


「おおお……何と美しい!」

「美しい、雨じゃあ!」


海賊衆も水軍も、大騒ぎである。


と、その時。


――親方、奥方、皆……ありがとうな。


「!? あ、海人!」

「何だい、別れ際みたいに……また握り飯こさえとく、食べにおいでな!」


海人の声が、海賊衆に聞こえた。





「海人……」


――夏。ありがとうな……


「……海人おおお!!」


響きし海人の声が消え入ると共に、夏の泣き叫ぶ声が木霊する。


「……夏殿」

「広人。」

「……うむ。」


半兵衛や刃笹麿、義常は、その様をただ見ているしかなかった。



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