帰島
「あ、妖喰い使い!」
「くう、喰われるなどと……」
赤鱏が妖喰い使いを、乗りし式神・刃白諸共飲み込みしことに海賊衆・水軍は驚く。
海賊衆との、終いの戦となる本拠地たる島での戦いにより。
水軍衆の裏切りにより、妖喰い使いらが追い詰められ。
かと思えば、刃笹麿が刃白と共に馳せ参じしことにより次には海賊衆が追い詰められ。
しかし、その互いに譲らぬ戦いも島に潜みし頗る大きな妖・赤鱏が現れ覆る。
たちまち海賊衆も水軍も、妖喰い使いらも静氏一門もなく襲い来し赤鱏は、もはやこの場にいる皆にとりての脅威となった。
そのため海賊衆も水軍も、この赤鱏を倒さんがために妖喰い使いらと一時は手を組む。
そうして追い詰めていたのであるが、今妖喰い使いらはこの有様という訳である。
「さあさあ! 人の身い案じとる場合かいな? 海賊衆の奴ら、あんたらにはこれや!」
「ぐっ!!」
呆ける海賊衆や水軍に、向麿は情けなど微塵も見せずに力を向ける。
すると、彼らが乗りし妖らが。
「くっ、お、親方あ! 妖が勝手に!」
「し、静まらぬか! 背に人を乗せていながら、何という!」
勝手に動き出し、どころか互いに牙を剥き合い出しし有様に海賊衆らは驚き宥めんとするが。
もはや妖らには届かず、思い思いに暴れ出し止まらぬ。
「かーっ、かかか! いい気味やな、あんたら! 忘れたんか、それは元々それがしらのもんやさかい! もとよりいつでもあんたらなんかこうできたんやで? それを図に乗りおってからに、愚か者共が!」
「くっ……」
未だ宙に浮かびしままの赤鱏より、向麿の声が響く。
先ほどのお返しとばかり、今海賊衆らの妖は思うがままに暴れている。
「親方あ!」
「皆、案ずるな! ここは……ぐっ!」
「お、親方あ!」
他の海賊衆の身を案ずる定陸であるが、自らも乗りし妖・船幽霊が暴れており危うい。
と、その時である。
「定陸殿、生きているか!?」
「あ、ああ……!? か、鵲丸殿!」
定陸は窓より外を見て驚く。
そこには、船幽霊の縁に掴まりし鵲丸が。
「な、何故!」
「そなたこそ、何故そこから出ようともせぬ! そなたが出ようとしているならば、一人では荷が重かろうと来てみれば……何故動かん!」
「う、うむ……」
鵲丸に叱られ、定陸は返す言葉もない。
「定陸殿! 我ら水軍を静氏裏切りへと誘うことにより、そなたは思い出させてくれた……海賊として、この海原を誰に縛られることもなく駆けんという望みを!」
「鵲丸殿……」
縁に尚も掴まりつつ言う鵲丸の目は輝く。
定陸はその言葉に、はっとする。
「しかし、今のそなたは何か! そなた自らがその望みを忘れるとは……これは、とんだ買い被りであったものよ!」
「……言ってくれる!」
定陸は刀を抜くや、そのまま窓に向かい走る。
窓は、定陸の身一つをそのまま出すには足りぬ。
しかし、ならば。
定陸はそのまま、窓の周りを刀にて切り裂く。
「定陸殿!」
「鵲丸殿!」
定陸は突き破られし窓の中より、飛び出す。
下は、海――どこまでも広がりし大海原である。
しかし、定陸はそれを恐れぬ。
「うおう!」
そのまま落つるに身を任せて飛び込みし定陸は。
「はあ、皆の衆。しっかりせぬか! 我らはこの海原を駆けんとする夢を持ちし者たち、かようなことで諦めてはなるまい?」
「!? お、親方?」
海に浮かびつつ定陸は、海賊衆らを叱り飛ばす。
「さあ、我らはもう先に進む! 皆の衆、諦めるな!」
「お、親方!」
言いつつ定陸には、蛟が迫る。
「くっ、何の!」
「はっ!」
「鵲丸殿!」
定陸に迫る蛟に、鵲丸が飛び乗る。
「定陸殿、威勢がよいだけではならぬぞ! さあ、乗るのじゃ!」
「応!」
蛟の首元に刃を突き立てのたうち回らせつつ、鵲丸は定陸を引き上げる。
「はんっ! 何や、熱りおって……さあて、海賊らはあしらっておけばいいとして……あの妖喰い使いら、さっき喰うたからいうて大人しゅう死んでくれるとは思えへんなあ! こりゃ……どう出てくるか。」
向麿は外を睨みつつ、内を憂いていた。
「くっ! 皆……大事ないかい?」
「ああ、何とか……な。」
「うむ……あまり動かんでくれぬか? 落ちるぞ。」
「おおっと!」
所は変わり、赤鱏の腹の中。
刃白諸共呑み込まれし妖喰い使いらは、その刃白が胃の壁にへばりつきしことにより踏み止まっていた。
「まったく……まさかあの妖め、我らを喰おうとは!」
広人は赤鱏に、悪罵を吐く。
「ああ、まったくな。……しっかし、ここがあの大物の腹ん中ってことは……ひとまずは夏ちゃんを島に連れて来るってのは叶えたわけか。」
「! そ、そうか!」
半兵衛の言葉に、夏ははたと気づく。
「阿江殿! すぐ探し回ろう。この赤鱏の中に海人はいる、早く!」
「う……うむ。まあ落ち着かぬか!」
逸る夏を、刃笹麿が制する。
「今、刃白はこの通り、奴の胃にへばりついている。下は……おそらく何者をもとろかす酸であろうな。」
言いつつ刃笹麿は、懐より笏を取り出す。
そのまま、胃の下に溜まりし酸へと投げ込む。
たちまち酸にて笏は、とろかされる。
「!? ひっ!」
「主人様。」
「おお……これはおっそろしいなあ!」
「これは……」
「分かったであろう? これはつまり、あまりやたらと動き回ることはよろしくないということじゃ! 海人とやらを救いたければ、一息に居処を見つけ出し向かわねばなるまい。」
「……」
刃笹麿は夏に、情け容赦なく壁があることを突きつける。
「阿江殿、そこまで」
「いや、阿江殿のおっしゃる通り。今この場では……それが良かろうな。」
「そうだな、よし! 俺たちも見つけ出そう。殺気を研ぎ澄ませればもしかしたら、存外早く見つかったりしてな!」
「はっ、主人様!」
「う、うむ! 夏殿、私も!」
「皆……ありがたい。」
夏は刃笹麿の言葉を受け止め、手伝うと言ってくれし半兵衛らにも礼を言う。
「何の何の! さあ、皆!」
「応!!!」
半兵衛の呼びかけに義常・広人・夏は目を瞑る。
殺気を研ぎ澄ませ、赤鱏のあらゆる所に思いを馳せる。
無論、思いを馳せる先の切り替えが最も早しは、この島で暮らしていた夏である。
「(海人……洞穴にも、あの祠にもおらぬのか……くっ、ならばどこに!)」
夏は焦る。
早く、早く探し出さねば――
「くっ、くそ!」
夏は焦りにより、思わず刃白の船板をどんと叩く。
と、その刹那。
「!? な、夏殿!」
「おおっ! な、何だ!」
「! す、すまぬ!」
夏ははたと気づく。
気づけば、自らの周りには蒼き殺気の畝りが。
「は、刃白! 静まれ!」
「す、すまぬ刃白とやら!」
「ああ、もう! 頼むよ刃白ちゃん、いい子なんだから。な?」
それに驚いてか、刃白が少し暴れてしまう。
「すまぬ、阿江殿! 私はまた……ん? 私はこれと同じことをどこでやったのだ?」
「いや、よい……ん? どうした、夏殿?」
自らに謝りつつも、すぐに何やら考え込みし夏を刃笹麿は訝る。
「そういえば……」
夏の頭に、浮かびしは。
何やら崖に囲まれし所。
自らがこの島より、あの薬売りにて一度は締め出されしあの所だ。
「……そうか! あそこか!」
「な、何だ! まさか……海人の居処が?」
「おおっ、でかした夏殿!」
「うむ……少し黙ってくれ!」
「あ、すまぬ……」
夏より咎められ、広人は少し決まり悪き思いである。
さておき。
「あそこだ……崖に囲まれし所! どこだ、どこに……」
夏はひたすら研ぎ澄ませ続ける。
そして。
「……今だ阿江殿! 分かった!」
「! ならば、殺気にて標を描け! 私と刃白はそれに従う。」
「応!」
夏は命じられるがままに、刃白の爪より殺気を伸ばし導く。
それに従い、刃白が赤鱏の胃を這い始める。
「さあ、導くのだ!」
「うむ! 海人、海人!」
夏は導きつつ、ひたすらに海人を求め続ける。
――ここは、どこか?
何やら誰かに呼ばれし心持ちがする。
間違いであろうか?
――海人!
誰だ?
海人。誰だ。
いや、そもそも自らを呼ぶその声の主は誰か。
いや、自らは何なのか――
――海人、私だ! 夏だ!
――夏?
知らぬ、はず。
いや、何だこの胸騒ぎは?
止めろ、止めろ――
――止めぬ! 例え拒まれようとも幾度でも助け出す!
――……助ける? 私いや、おらを?
助けて、あんたに何の得がある?
――得など知らぬ! 海人は幾度も私を助けてくれた、私は海人をまだ助けられておらぬ! だから!
助けた、あんたを?
何だ、この胸騒ぎは……
――海人! 私はそなたを助けたい、それではいかぬか?
助けたい? おらを?
それが何故かは、分からんが。
ただ、一つだけ分かる。
それは――
「……夏! 何で来るだ、もう来ちゃいかん! 夏は悪い子だ!」
海人は叫ぶ。
その刹那、霧に覆われし周りが全て晴れた。
口に出しし言葉。
それは頭ではない、口が、心が覚えし言葉。
それを口に出しし時、全てが晴れた――
「ああ、そんなものもう今更だ! 私は親兄弟を殺しし者、そしてそれを未だ贖いきれぬ者! それでも……自らの意に、従うことはできる!」
「……夏!」
霧が晴れし隙間から、光が見える。
崖に囲まれし所だ。
そこへ――
「うわあ! 夏ちゃん、これ落ちてる!」
「構わぬ! 初めてではなかろう?」
「そうですぞ、主人様!」
「ううむ……あ、もしや! あれが海人という男子か!」
何故か空より、刃白ごと妖喰い使いらが落ちて来る。
「ここは……何だ? 我らは如何にして……」
刃笹麿は戸惑う。
ここへは、赤鱏の身体をひたすらに巡りしさなか、にわかに辿り着いたのである。
いかなる仕組みなのか。
しかし、刃笹麿が戸惑い妖喰い使いらが騒ぐ中にても刃白はみるみる落ちていく。
「海人!」
「夏!」
海人は空へ、今自らへと手を差し伸べし夏と同じく手を伸ばす。
と、その時。
海人のすぐそばより水が、吹き出す。
「おお、これは!」
「あ、落ち方がゆっくりになったぞ!」
それにより落ちる速さが緩みし刃白は、そのままゆっくりと落ちて行く。
「海人!」
「夏!」
刃白がまだ地に降り立ちきらぬ中、夏はその背の屋形より飛び出す。
そのまま海人の元へ、降り立つ。
「海人……くっ。」
「夏……」
触れ合いたさも山々であるが、お互いに妖・妖喰い使いということもあり触れ合えずもどかしい。
「夏殿……」
「会えたのだな。」
「よかったな。」
半兵衛らも、その有様を見守る。
「海人……会えて嬉しいのであるが……早く行こう、私と共に!」
「夏……そうか、まだ知らんかったか。」
夏の言葉に、海人は悲しげに首を振る。
「な、何だ?」
「夏、おらは前こう言っただ。……『この島中にいる』って。それは、まだ分からんかったかえ?」
「それは……」
夏は考える。
確かに、それはまだ――
しかし。
「!? それってまさか!」
「そうか……」
「!? な、どうした半兵衛、義常殿?」
広人は声を上げし半兵衛、義常を訝る。
「ああ、恐らくお仲間さんの思う通りだ。おらは……この赤鱏――この島そのものだ。」
「!? な、何!」
夏は、息を呑む。
広人もただただ、驚く。
「じゃあ、その男子の姿も……」
「ああ、触れ合いやすくなるための指先みてえなもんだ。」
「……海人……」
夏はその場に、へたり込む。
「夏殿!」
「待て、広人! ……今は、二人の時だ。」
「し、しかし夏殿が」
「まずは受け入れねえと! そうだろ?」
「くっ……」
夏に駆け寄らんとする広人だが、半兵衛に止められる。
「海人……」
「夏。それでも、おらは」
と、その刹那である。
「静まらんかい!」
「くっ!」
「き、霧が!」
「一度は刃白へ戻れ!」
向麿の声が響き、再びその場には霧が立ち込め始める。
「夏!」
「あ、海人!」
夏と海人は、身体を寄せ合う。
二人も、霧に包まれつつある。
「く、薬売り!」
夏は恨めしげに叫ぶ。
「かかか、何や! また術が乱れるなあ思うたら……お盛んなことやなあ、誠に!」
向麿の笑う声が響き渡る。




