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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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再攻

「うおう! 夏ちゃん、誠に行けそうかい?」

「行けそうか否かではない! 行かねばならぬのだ!」


刃白の脚は長き殺気の爪となり、高波を切り進んで行く。


海賊衆との終の戦となる、その本拠地たる島を前にしし戦にて。


水軍衆の裏切りもあり一時は窮地に陥りし半兵衛らであったが、刃笹麿とその式神・刃白による加勢にてどうにか持ち直す。


が、海賊衆を影より操りし薬売り・向麿は隠し玉と呼ぶべき奥の手を繰り出す。


それが海賊衆の本拠地たる島そのものに装われし途方もなき大きさの妖・赤鱏である。


そして赤鱏――ひいては島の中にて夏は真実を知り、実は妖であった海人を救わんとするが。


その海人に救われ、今こうして妖喰い使いらと再び相見えることができたのであった。


「待っていろ、海人!」


夏は目の先にある赤鱏を睨む。

心なしか、あちらも二つの禍々しき目が光りこちらを睨んでいるようである。


他の者たちが逃げる中、ただ一つ向かい来るこの式神――ひいては、そこに乗り込みし妖喰い使いらをただならぬ仇とみなししようである。


「くっ……こいつは! また頗る妖気が」

「ぐぬぬ! 負けてなるものかー!」


赤鱏は再び、妖気を数多出してくる。

寄せ付けまいと言わんばかりである。


「め、目の前に海賊衆の妖らが!」

「いや……どうやら奴らも逃げておる! あの大きな妖め、味方も仇もお構いなしと言わんばかりじゃ!」

「なあるほど……まあ! あれだけでかけりゃ細かく見分けている暇なんかねえだろうからなあ!」


半兵衛らは向かう途にいる海賊衆の妖らの、横を通り過ぎつつ言う。


その妖らは、ただ逃げることで精々といった所か。


「ううむ……さあ! 皆行こうぞ!」

「ああ……すっかり夏ちゃん、仕切っているねえ!」


夏は先ほどから、前の妖を見て目を離さぬ。

何としても仕留めんと――ひいては、海人を救わんとする思いに満ちている。


広人はそんな夏を見て。


「(夏殿……やはり、その男子をそこまで……?)」


心持ちは無論、穏やかではない。

しかし、夏の望みしことならばと。


その穏やかならぬ思いを振り切り、今は夏と同じく前を向く。






「ぐぬぬ……何と浅ましい奴らや!」


向麿は赤鱏の目を通し見る景色にて、腹を立てる。

この赤鱏の大きさと力をもってすれば、目の前を逃げ惑う海賊衆も静氏一門も――ひいてはあの妖喰い使い共なども、瞬く間に粉微塵に潰してくれるのだが。


それではつまらぬと、敢えて速さを絞りノロノロと前を逃げる奴らにゆとりを与えてやったのだ。


そう、奴らはただ逃げ惑っていればよい。

そうして散々逃げ回らせた挙句喰ってやらんとしているものを。


今目の前にはそれを嘲笑うがごとく、逃げずむしろ向かって来るものがいる。


妖喰い使いらを乗せる式神・刃白である。


「それがしの妖を奪ったばかりか……それを組み替えて式神などと宣い手駒にしおって! いや、さらにそれにも収まらずどこまでもそれがしに……」


ギリギリと、向麿の歯は軋む。

それほどに、今の有様は彼の望む所ではない。


前にも言いし通り、妖を奪い自らの手駒にしたなどというだけでも屈辱であるというのに。


それが海賊衆の妖多勢に、無勢でありながらも見事に抗って見せしこと。


さらに今しがた他の奴らが逃げ惑う中、こうして愚かにも一つ向かって来しこと。


どこまでこちらを侮り嘲笑えば気が済むのか。


向麿の心が、さらに怒りにて満たされた。


「くうぬ……せやかて、それがしらに敵うわけあらへん! そや、何を揺らいでおるんやそれがしとしたことが……」


向麿は自らを落ち着かせ、再び刃白を睨む。


「さあて……愚か者には見せたらななあ! 何が、賢いのかを……!」


そのまま、赤鱏に命じる。





「おっ、こりゃあ……来やがったぜ!」


半兵衛が声を上げる。

赤鱏より、蛟の群れなど比にもならぬほどの数多の火の玉が迫っている。


「義常殿!」

「心得ておる!」

「広人!」

「こちらも心得ておる!」


刃白もこれを迎え討つ。

両の舷より雷纏う殺気の矢を、屋形の屋根より殺気の剣山を放つ。


たちまち数多の火の玉は爆ぜる。


「見たか!」

「いや、侮るな!」


しかし、すぐに次が来る。

次は、先ほどの火の玉も物の数ではないほどのさらに数多の火の玉が迫り来る。


「くっ、再び!」

「いや、間に合わぬ!」

「くっ、ぐっ!」


刃笹麿は刃白を再び横に回す。

刃白は右へと回り、横っ腹を晒すが。


「半兵衛、義常殿、広人、夏殿!」

「おうよ!」

「何の!」

「このくらい!」

「海人お!」


刃笹麿は破れかぶれに、横っ腹に迫り来る火の玉を迎え討たんと妖喰い使い全てに呼びかける。


たちまち屋形の屋根よりの剣山、左の舷より殺気の矢、尾の刃、そして水の中より殺気の爪が放たれる。


「うおおお!」

「結界封魔、急急如律令!」


妖喰い使いの思い思いの力、そして刃笹麿の陰陽術により火の玉が迎え討たれる。


「よおし!」

「落ち着いてもいられぬぞ! 少し引くより他ない!」


刃笹麿はそのまま刃白を回しきり再び逃げる。


「阿江殿!」

「夏殿! 悪いが奴の攻めはまだ続く、ここは一度は立て直さねばなるまい?」

「くっ!」


再びの攻めより引かねばならぬこの有様を見て、夏は苦言を呈すが。


刃笹麿もはやる心を抑え退がる。


「半兵衛!」

「分かっているよ! 火の玉なんざばっさりと」

「私も剣山にて!」

「おや、この弩は前と後ろの向きを変えられるのだな? ならば私も!」


刃笹麿の呼びかけに、仇に刃白は背を向けつつも妖喰い使いらは尚、迎え討つ。


「あ、阿江殿! 私も」

「夏殿は速さを強めることのみに力を注げ! 案ずるな、攻めは男共に任せよ!」

「う、む……承知した!」


夏は歯痒さをこらえ、妖喰いの力を使う。

再び攻めたかと思えば、また逃げねばならぬとは――


夏はもどかしき思いである。このまま、海人を救えぬのか。


海人は私を助けてくれたというのに。


「……何とか……ならぬのか!」

「!? 夏殿。」

「すまねえ、今は!」

「……すまぬ、違う。」

「えっ?」


夏の絞り出しし言葉には怒りが宿る。

それは、あの妖にもましてや、妖喰い使いらにも向けられしものではない。


「私は……かようにも助けられていながら、何一つ相手には返してやれぬ自らに腹が立っている!」

「……夏殿。」


夏の怒りは、自らに向いていた。


「……このまま、逃げるしか出来ぬのか。」




「あーっははは! 見ましたかいあの有様! 所詮愚か者は束になろうとどこまでも愚かでしかないんやわ! はーっははは!」


つい先ほどまで自らへ攻め入らんとしし式神が、また退いて行く様を見し向麿は悦に入る。


「さあて……もう少し遊んでいたいんもやまやまなんやが……あんまり遊んどると怒られるしなあ。ここは」


向麿は赤鱏に、再び命じる。


「さあ、速さを上げ……!?」


と、その刹那。

向麿は赤鱏の目を通し奇しき有様を見た。


「な、何やと……!? あ、妖――海賊共までこちらに!?」


驚きしことに、なんとそれまで赤鱏より背を向けていた船幽霊や蛟の群れら、海賊衆がこちらに向かって来る。


「くっ! 何や、今更勇んでお仲間を助けようってかいな!

忌々しいなあ!」


向麿は歯を噛み締める。

これはもはや、遊んでいる場合ではない。





「行くぞ、皆の衆! 今こそ奥や子供らを取り戻せ、我らの手で!」

「応!」


定陸の呼びかけに、海賊衆や水軍衆は力強く答える。

今こそ――


「定陸殿。いざとなればいくらでも逃げ出す支度はある。いざとなればこの蛟に」

「かたじけない、鵲丸殿! しかし今は……ただ進むのみよ!」


定陸は船幽霊に乗りつつ、その側を走る蛟に乗る鵲丸に言う。


やはり奥らは、自らの手で――

しかし、定陸は自ら恥じ入りしことに、それを意に決することができしは自らではない。


それは、この鵲丸のおかげであった。

時は、先ほど刃白が再び退がりし頃に遡る。


「あれは、先ほど我らの妖たちを沈めてくれし妖喰い使い共の船……いや、式神か。」


定陸らが逃げている間にも、何を血迷ったか知らぬがあの妖喰い使いらは、あの大きな妖に刃向かわんとした。


それで奴らの乗る式神が、自らの乗る船幽霊とすれ違った時もあった。


あの時も、何と愚かなことをする奴らかと思いしものだったが。


今再び退がりし様を見て、それ見たことかと言わんばかりである。


あのような妖に抗うなどと。

確かに定陸も、そう思いしことがない訳ではない。


何しろあの島――正しくは、島であったものであったが。

あそこには、奥や子供らを残してある。


しかしそれも、あの大きな妖の力――いや、大きさを見て自らの命が惜しくなった。


たとえ何とか奥らを、あの大きな妖に愚かにも挑み救い出せたとしても。


それで差し違えることにはならぬのか?

いや、そもそも近づくことすら出来ぬというのに。


そんなことを考えていると。


「!? な、何じゃ!」

「失礼する。我が名は鵲丸! かつて定陸殿、そなたらと同じく海賊に勤しみ、その後先ほどまでは静氏一門の軍門に降りし者たち・水軍を率いていた者!」

「!? あ、そなたか……」


にわかに船幽霊の外より、物を投げ込まれたので見てみれば。


そこには、鵲丸の姿が。


「そなたも、よくぞ」

「うむ、ありがたきお言葉であるがまた後に! ……頼む、定陸殿。図々しきお願いとは重々承知の上であるが……私に妖を貸してはくれぬか!」

「……なっ!?」


定陸は面食らう。

まさか。


「ま、まさかそなた」

「うむ、あの大きな妖に挑まんと思う! 何せこのまま逃げ惑っても逃げ切れるか分からぬ。ならば」

「ま、待て!」


定陸は止める。

よもや、今は水軍とはいえかつて自らと同じ穴のむじなであった者から、先ほど愚かと思いしことを言われるとは。


「そなた、何を言っておる! あの妖などに我らが挑んだとて敵うわけが」

「分かった、ならばよい! ……図々しきお願い、誠に申し訳ない。元より私が言いしこと、そなたらを巻き込むなどせずに一人ですべきことであった!」

「いや待て! 断られてもやるのか!」


定陸は転けた後に突っ込みを入れる。

一人でもやるとは、まるで先ほどの妖喰い使いらと同じくらいの阿呆か。


いや、あちらが幾人かであるから、こちらは更に輪をかけて阿呆か。


「ああ、先ほども言いし通り! 逃げ切れぬなら、こちらから行こうと」

「い、命は!? 惜しからぬのか?」


定陸は尚も止める。

しかし。


「すまぬ。こう話をすれば、そなたにも巻き込まれてくれと言わんばかりであったな。……すまぬ、もう行く!」

「あ、待てと」


定陸の言葉も聞き切らず、鵲丸はそのまま自らの乗る蛟を促し去る。


「……くっ、この!」


定陸は暴れ始める。

あのような妖に立ち向かうなどと――


しかし、頭を掻き毟るもそう長くはなかった。

もう、初めから答えは出ていたからである。


「……くう、鵲丸殿お! そなただけ行かせるなど、誰がするものか! ……そうじゃ、そうじゃ!」


定陸は海賊衆らに、告げる。


「聞こえておるか、皆の衆! このまま逃げ惑っても……どうせ逃げ切れぬ! 何より……あの島にいる奥らを見捨てることはできぬ! ならば行こうではないか、我らがあの島へ!」


言い切り、定陸はしまったと強く目を瞑る。

今の言葉は、自らの独りよがりである。


皆は付いてきてくれるか――


「エイエイオー!」

「!? 皆!」


それは杞憂であった。

皆もまた、同じ志であったようだ。




「!? は、はざさん、海賊衆が!」

「!? な、何と!」


半兵衛が周りを見るよう促し、刃笹麿が見るや。

先ほどまで逃げるのみであった海賊衆は、今は先ほどの刃白と同じく赤鱏に矛先を向けんと引き返して行く。


「まさか……またつるんでこちらを?」

「いや……赤鱏はまだ勢いそのままに、というより先ほどよりも勢いを増してこちらに! 海賊衆はぶつからん勢いであるぞ!」

「何!?」


妖喰い使いらは振り返り驚く。

確かにこの様は、刃笹麿の言いし通り海賊衆と赤鱏がぶつかり合わん勢いである。


と、その刹那であった。


「腰抜けの妖喰い使いらよ! 先ほどまでの威勢はどうした! ……妖を倒すはそなたらのみの力なれば、我らに今のみ力を貸して欲しい!」

「!? えっ?」


妖喰い使いらはこの定陸からの呼びかけに、さらに驚く。

これは、罠か?


先ほどまで互いに仇。

疑い深くもなる。


しかし。


「行こう、阿江殿! いざとなれば……あやつら、盾にはできるやも知れぬぞ?」

「夏ちゃん、いいこと言うね!」


夏は刃笹麿に、海賊衆を信じられる訳ではないが呼びかける。


「まったく……しかし、それもそうであるな。ここは……妖であろうが海賊であろうが、使えるものは使わねば!」

「応!!!!」


刃笹麿のその声に、妖喰い使いらも応じる。

刃白は刃笹麿の命により、次は身体を右に回し引き返す。


三度、赤鱏攻めである。


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