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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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奪回

「さあ、赤鱏(あかえい)! もう遠慮は要らんで……全て蹴散らすんや!」


島を背に載せしまま、浮かび上がりし途方も無き大きさの妖・赤鱏は向麿に言われるがまま進み始める。


「くっ! 高い波がこちらに」

「一度退く! あれほどの大きさ、ただ動くのみにても恐ろしい。」


刃笹麿は刃白を、退がらせる。

目の前に広がりしは、目を逸らしたくならんほどの景色。


海賊衆の島を前にしし戦にて。

一度は水軍衆の裏切りにより追い込まれし半兵衛らであったが、刃笹麿が率し式神・刃白に施されし妖喰いの力を増す武具を使うことによりその窮地を脱する。


しかし、前門の虎後門の狼とはよく言いしものであった。


「あんなの隠していたなんて……聞いてないぞ!」

「それは話さぬであろうなあ。」

「いやそういうことじゃなくて!」


半兵衛は、今はまだ近くはなき妖を睨む。

かつて見しこともなきほどに、妖――赤鱏は大きい。


今少し動き出すのみにても、その周りには高波が立っている。


これではぶつかるどころか、一掠りしてもひとたまりもなかろう。


「退いてばかりでは! 一矢報いれぬのか!」


広人は歯ぎしりする。

今目の前には夏のいる島が見えているというのに、ただここで指を咥えて見ておれと言わんばかりの有様。


ただもどかしいが。


「今抗っても、徒らに力を使うのみ。であれば今は、策として退がるが上計であろう!」

「う、ううむ……」

「刃白、退がるぞ!」


刃笹麿からの言葉に、広人は頷く。

そのまま刃笹麿は、刃白が退がるをひたすら促す。


「はざさんの言う通りだ! 今は……退がるしかねえ。」


半兵衛も歯ぎしりしつつ、刃白と共に退がる。





「くっ、何なのだあれは!」


赤鱏に最も近き所にいし者――海賊衆の棟梁・村元定陸は青ざめる。


「薬売りめ……またも我らには何も伝えずに! つくづく身勝手な男よ。」

「あ、兄上! いかがされますか?」


伊末・高无もこれには青ざめる。

よもや、これほどのものを隠していたとは。


「お、おのれえ! た、確かあの薬売りと知り合いであったなそなたら! 薬売りに伝えよ、今この時をもって手を切ると!」


定陸は怯えつつ言う。

ここは船幽霊の中。すなわち今手を切ると宣うは仇の陣中に一人残るという命知らずな行いであるが。


自らの本拠にあのような細工をしていた挙句、それを黙っていたなどと知ってはもはや、その考えすら浮かばぬ程の怒りに定陸は襲われているのである。


が、伊末らは。


「ふうむ……まあよい。此度ばかりはそなたら蛮族らの心、分からぬでもない。」

「……さようですな。」

「……なっ!?」


定陸が拍子抜けししことに、伊末・高无はむしろ同情の素振りすら見せる。


「とはいえすまぬな! 我らとてあのような極めて大きな妖、如何ともすることはできぬ。」

「さようですな……うわ!」

「ぐっ!」


話している間にも、船幽霊は揺れる。

赤鱏が動いていることによる、高波である。


「激しき、揺れか!」

「これは思いの外である! ……我らは行こうぞ。」

「はっ!」

「!? くっ、待たれよ!」


長門兄弟は自らの身の危うさを感じ、長居は無用とばかりその場より去る。


「おのれ……鬼神一派め、つまるところ我らは出しということか!」


定陸は後ろの赤鱏を睨む。

定陸にとりては、今自らの身が危ういということに止まらぬ。


あの赤鱏の背は、彼ら海賊衆の本拠地でもある。

あそこには奥や子供らがまだ残されており、そちらも気がかりである。


とはいえ。


「くっ……あの翁面共が言う通り、あんな大きな妖には手も足も出ぬ! ここは……ひとまず逃げるのみか!」


定陸は船幽霊を動かす。

時同じくして、海賊衆に叫ぶ。


「皆、分かっていると思うが……残る限りの妖に乗り逃げよ! 数が足りねば、この船幽霊にても拾い上げる! とにかく今は生きよ!」


定陸は叫び、今はただただ船幽霊を前に進める。






「く、どこに逃げりゃあいい!」

「遠くだ、とにかく遠く!」


定陸の言葉を受けし海賊衆も逃げ始める。

とはいえ、先ほど定陸も言いしように今の妖の数では全ての海賊衆を助けるには及ばぬ。


よって、皆妖に溢れんばかり乗ったりとするより他なし。


「急げ、急げ!」


見れば、先ほどの水軍衆もそれと戦いし静氏一門も自らの船にて逃げ惑っている。


しかし、逃げる間にも波の高さ・激しさは増していく。


「おのれえ! もっと速くならぬのか!」

「無茶を言うな、これが精々じゃ!」


海賊衆は口々に漏らすが、言うのみではやはり何も変わらぬ。


このままでは――


と、その刹那である。


「!? な、何か!」


海賊衆の一人が何の気なしに仰ぎし天に、何やら黒き点が見える。


「お、落ちて来るぞ!」


黒き点は次々と、その大きさを増していく。

あれは、何なのだ――






「!? 何か、落ちて来るぞ!」

「何!」


翻って、刃白に乗りし半兵衛ら妖喰い使いは。

やはり海賊衆や水軍衆、静氏一門と同じく。


先ほど決めしようにただただ逃げまどう有様であったのだが。


やはり天より何かが落ちて来るを見て、目を丸くしていた。


「!? な、こちらに……落ちて来るぞ!」

「! ならば、殺気の剣山を」

「待て、広人! ……刃白はあれを避ける。であるから、早まるな。」

「!? 阿江殿?」


迎え討たんとしし広人だが、刃笹麿に止められる。

と、そこへ。


「避ける、皆持ち場にしがみつけ!」

「ぐぬぬ! 何のこれしき!」


刃笹麿がにわかに、刃白を横に動かす。

ただでさえ速く逃げている刃白に横より力が加わり、軋みを上げる。


やがて。


「うおっ! な、何か落ちたぞ!」


義常が、叫ぶ。

天高くよりそれは落ちて来たがため、大きな水しぶきを上げる。


半兵衛らはその水しぶきの中に、それを見た。


「なっ……妖!?」


落ちるなり鎌首をもたげしそれは、見まごうこともなき妖――蜃である。


「おのれえ!」

「待て、待ってくれ皆!」

「!? そ、その声は!」


仇より差し向けられし新手かと、蜃を葬らんとしし義常や広人を宥めるは、懐かしき声。


「夏ちゃん!」


こちらも見まごうことなき、夏であった。





「夏殿!」

「夏殿、よくぞ!」


蜃より刃白に飛び移りし夏を、妖喰い使いらは喜び出迎える。


実に幾日ぶりか。


「夏殿……どれほど会いたかったことか!」


広人は感涙のあまり、抱きつかんとするが――


「半兵衛、すまぬ……皆に心配をかけたな。」

「くっ! 何故に!」


夏には避けられてしまった。


「いやあいいんだ! まあ元より、夏ちゃんがあんなんで死ぬたあ思っちゃいなかったが……こうして生きてる様見せてくれるまでは、皆気が気じゃなかったからさ!」


半兵衛は夏の肩に手を置き、無事を喜ぶ。


「主人様のおっしゃる通り! 夏殿、よくぞ!」


義常も夏の無事を喜ぶ。


「うむ……すまぬな、義常殿。」

「な、夏殿! 私も」

「広人も、心配をかけた。」


夏は次は広人に、謝る。


「う、うむ! 夏殿、それで」

「阿江殿も、心配をかけたな。」

「いや、どうか遮らんでくれ夏殿!」


やはりと言うべきか、夏は広人の言葉を遮り刃笹麿に次は刃笹麿に謝る。


「うむ、まずは無事を喜びたいのだが……なっ!」

「うおおっと!!!!」


刃笹麿も夏の無事については喜びつつ、刃白を動かし続ける。


より速さを増しし刃白により、そこに乗り込みし半兵衛らはよろける。


「夏殿。床についている窪みに手を入れ、妖喰いの殺気を! 勢いを増させるのだ。」

「し、承知した!」


夏は言われるがまま床の窪みに手を入れる。

たちまち身体より、殺気を発する。


「おおっと! さらに速さが!」

「広人が首、義常殿が両の縁、半兵衛が尾ならば! 夏殿は脚ということよ!」

「な、なるほど……」


刃笹麿は激しき速さの中でも、その仕組みを説く。


刃白の脚に付けられし武具は、たちまち殺気を吹き出しその速さを増させる。


「なるほど……しかし、これは妖であろう? それが私たちに味方するとはどうして」

「それは……私が陰陽師だからよ!」

「……ほう。」


刃笹麿の言葉に、夏は今一つ分からぬまま頷く。


「まあ夏ちゃん……はざさんももう聞かれ飽きてるから多目に見てくれ!」

「う、うむ……では阿江殿、聞かれ飽きしついでに頼みがある!」

「ほう?」


夏は半兵衛の言葉に頷き、次は刃笹麿に言う。


「何じゃ、欲しきものか? それならば帰ってからたんまりと」

「いいや、今でなければならぬ!」

「……ほう?」


刃笹麿は夏を横目にて見る。

その目には、ただならぬ光が浮かんでいた。


そして夏は、皆が思いもかけぬ言葉を口にする。


「私をあの島――いや、赤鱏といったか。そこへ戻してくれ!」

「……何!???」


さすがにこれには、半兵衛ら妖喰い使いばかりではない。

刃笹麿すら驚く。


「何なのだ? 今ようやく戻って来しばかりで」

「頼む! 私はあの島でやらねばならぬことを残して来た。であれば、それをやり遂げねばならぬ!」

「……ううむ。」


刃笹麿は考え込む。


「夏ちゃん、俺たちもはてなと思うぜ。……あの島に、何を残して来たって?」

「ううむ夏殿、主人様のおっしゃる通り……どうか、お聞かせ願えぬか?」

「夏殿、半兵衛らには話せずとも! 私には、話して欲しい。」

「……承知した。」


当たり前と言えるが、妖喰い使いら仲間より口々に訳を求められ、夏は話す。


「私は! あの島にて、海人という一人の男子に助けられた! 後で知りしことであるが……その子は妖だったがな。しかし海で漂いし私を、そして島より私が抜け出すを! 手助けしてくれた。だから私は……海人を助けたい!」

「な、お、男子にい!?」

「そんなことが……」

「夏殿……」


夏の言葉は、半兵衛らがにわかには信じがたきものだった。


尤も、広人だけはどこか驚く所が違うようであるがさておき。


「うむ……まあその心持ちは分かった。しかし……」


刃笹麿も、刃白を引き続き動かしつつ頭を抱える。


夏の思いはどうあれ、今はこの戦に加勢しし全ての者たちが逃げることで精一杯である。


そう、()()。しかし――


「夏殿。()()、かつてその島であったものより逃げるが精々である。分かるな?」

「う、うむ……しかし!」

「しかし、今この場のことのみに囚われしは違うな! それでは先を見通す陰陽師としての名が廃る。」

「……なっ!???」


夏も、いや半兵衛・広人・義常も驚く。

まさか刃笹麿より、さような言葉が出て来ようとは。


「何じゃ?」

「いや……はざさんからそんな豪胆な言葉が出て来ようとは。」

「私はそなたらの何なのだ!」


刃笹麿は半兵衛らの様に、不満を抱く。


「いや、まあ……仲間で、陰陽師! ……なるほど、陰陽師だったら確かに、はざさんはそう言うより仕方ないよなあ。」

「は、主人様。陰陽師ならば仕方ありませぬ。」

「うむ、そうであるな。」


しかし半兵衛らも、終いには刃笹麿の言葉に納得する。


「うむ、まあよい。……では、これより引き返す! 易くはなき旅になろうが……文句は言うまいな?」

「あたぼうよ!」

「承知した!」

「応!」

「皆、ありがとう。」


刃笹麿の呼びかけに半兵衛・義常・広人は答える。

夏はそれに対し、礼を言う。


「よいよい! どの道……あの妖は倒さねばならぬ! ならば……ここで逃げ惑うのみではいかぬであろう?」


刃笹麿は言いつつ、刃白を回す。

刃白の向きは赤鱏より逃げる形から、赤鱏に向かう形となる。


「こりゃあ……力足りねえと押し戻されるぞ!」

「私に任せよ、このくらい!」


半兵衛の懸念に、夏は力強く返す。

先に見える頗る大きな妖は、やはり進むのみにても高波を起こしていた。

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