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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 喰宴(水上兄弟編)
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開宴

「これが、影の中宮の被りし面か。ならば、そやつは……」

「死んだ、と見てまあ間違いは、ない、んだろうなあ……」

 帝の問いに、半兵衛の答えはどうにも歯切れが悪い。


 影の中宮との戦より、三日ばかり後。

 内裏の謁見の間にて、半兵衛は帝との謁見に臨んでおる。あの戦により、都は幾分か害を被ったが、内裏はほぼ無傷であったため、帝や后たちはこうして戻ることができたのである。


 帝は献ぜられし割れた面を見やる。

「どうしたのだ、半兵衛?そのように浮かぬ様とは。影の中宮は既に妖となっていたのだろう、屍も残らざりしはそのためである。」

 半兵衛を宥めるがごとく、帝は声をかける。


「そうなんだが……どうにも腑に落ちないというか……」

 半兵衛は尚も、落ち着かぬ様である。


「……何はともあれ、都をこれまで守りし武勲、讃えられ尚且つ、褒美を与えられて然るべきものである!半兵衛、かねてよりの約束どおりに……」

「あ、その話なんだが……」

 落ち着かぬ半兵衛を調子づかすことも兼ね、褒美の話をする帝に、半兵衛は声をかける。


「何とした?」

「……その褒美、こちらから頼んでもいいか?」

 一時断られると思っていた帝は、思いがけぬ半兵衛の言葉に驚嘆する。


「何と……! さようか、そなたから欲してくれようとは…嬉しいぞ半兵衛!」

 帝は驚き喜ぶといった様で、笑みを浮かべて半兵衛を見る。


「……まず、まだ嫁はいい。その代わり、他の妖喰いの使い手を選ぶ時には、俺に鍛えさせてほしい。」

 褒美を選ぶといえど、口を開き一番の言葉は拒みであった。半兵衛らしいといえばそうともいえる有様に、帝も少し吹き出す。


「……なるほど! どこまでもどこかの女子(おなご)と夫婦になるというは受け付けられぬか。心得た。では今は、他の妖喰い使いを選ぶことに力を添えてもらうとせねばな。」

 気を悪くせし様ではない。帝は尚も笑みを絶やさず、半兵衛の頼みを快諾する。


 謁見の間での話はこれにてお開きとなり、半兵衛は内裏の渡殿(廊下)を歩く。向かうは無論――

「半兵衛、そなたから来てくれるとはな……」

 中宮嫜子の元である。が、中宮とは渡殿にて鉢合わせる形となる。


「……中宮様から来てくれるたあな……」

 半兵衛も同じことを言う。しかし中宮の今のなりは、またも侍女である。


 立ち話もする訳には行かず、そのまま二人は空きし部屋に移る。

「まず、……此度影の中宮より私を救いしこと、誠に大義であった。」

 あの戦のすぐ後、中宮が言ったが半兵衛が聞いていなかった言葉である。


「……だから、礼言われ慣れてねえんだけど……」

 半兵衛はいつもの通り返す。が、その顔は中宮より逸らされ、いつにも増して、照れておるように見える。


「……そして、そなたに頼みがあるのだが……」

 中宮も少し照れし様にて、半兵衛に言う。


「頼み?」

 半兵衛もふと、中宮を見やる。


「……私に、刀の使い方を仕込んではくれぬか!?」

「……え?」

 思いがけぬ言葉である。

 半兵衛も全くその言葉が飲み込めぬまま、長く黙り込み。


 ようやく、こう口を開く。

「……それは、心から言っているのか?」

「……当たり前である! 私は既に、先の戦にて痛み入ったのだ。自らの力のなさを。であれば……」


「まあ、ちと落ち着こうぜ。」

 今にも半兵衛に触れかねぬ勢いにて、中宮は近づいておる。その様に何やら心揺れる思いの半兵衛であるが、それは表に出さぬようにし、中宮を、また、自らを宥める。


「…すまぬ、しかしこの言葉は我が心のままである。私は力を欲しておる。しかるに、そなたより刀の使い方を教授してもらいたいと思う。」

 中宮は座り直し、改めて言葉をかける。


「…お后様が刀なんて、まず柄じゃねえだろ?そもそも、帝がそんなこと…」

「帝には内密にしたい!それに、自らでも影の中宮を斬れるようになれと言ったは、そなたではないか!」

 今度は座りしままに、半兵衛に言葉をかける。


「…俺が言ったのは、自らでも影の中宮に立ち向かう腹を決めろってことさ。それはつまり、俺という刀を得たところであんたが心から立ち向かえなければ意味がねえってことで…」

「それでも!やはり力がなくば戦場にて足手まといになるだけよ!やはり力が…」

 半兵衛の宥めが耳に入らぬ訳ではないが、中宮はやはり退かぬ様である。


「中宮様!だとしてもあんたは腹を決めた、それだけでいい!」

 半兵衛も退かぬ。

「何故だ!私を足手まといにしとうないであろう!」

「いいや、足手まといのままでいい!俺は中宮様に、一度出れば死にかねねえ戦場なんかに!出てきてほしくねえんだ!」

 それでも退かぬ中宮に、半兵衛はついに、心のうちを明かす。


「私を戦場に出しとうない…?…それはつまり、私を死なせとうないと…?」

 半兵衛の言葉を受け、中宮ははっとする。


「…そうだ、中宮が死んだら、帝や摂政様はどう思う?俺は自らが敬うあの人たちに、そんな思いは…」

 と、中宮は半兵衛の手に、自らの手を重ねる。


「…中宮様?」

 見れば、中宮は先ほどと同じく今にも触れかねぬ近さまで来ておる。いや、もう触れておるか。


「…何で、こんな…」

 半兵衛は先ほどと同じく、いやそれよりも大きく心の揺らぐ様を感ずる。思わず俯き、中宮より目を逸らす。


「…そなたは、どう思う?」

 中宮は俯く半兵衛と目を合わすようにし、問いかける。


「え…?」

「そなた自らは!…私が死んでも、何とも思わぬのか?」

 半兵衛が顔を上げる。中宮の切なげなる目が、すぐそこにあった。


「…思わねえわけないだろ。…おそらく帝や、摂政様と!同じ思いをすることになる!」

 半兵衛は中宮の手を重ねられし手を上げ、一度中宮の手を振り払うと、次には強く握る。


「は、半兵衛…!」

 中宮は顔を赤らめる。その心の内には、あの影の中宮との戦のさなか半兵衛に手を触れられし時の比ではない、心の揺らぎを感ずる。


「ち、中宮様…?」

 半兵衛の言葉に、はっと中宮は我に帰る。

 自らの両の頬に涙が伝っておることに気づく。


「…す、すまぬ。私はいったい…」

 半兵衛が握りし自らの手をそっと握り返すと、すぐにほどく。そしてそのまま頬の涙を、そっと拭う。


「…しかし、私も戦いたいのだ。そなたと。であれば半兵衛、せめて考えてはくれぬか…?」

 そのまま元の所に座り直せし中宮は、また問う。


「…分かった。あんたがそういうんなら、無碍にはできねえ。」

 中宮より目を逸らせしまま、半兵衛は言う。


「…かたじけない。」

 それだけ言うや中宮は、静かに立ち上がり襖に進み。部屋より出て行く。


「…何だろう、俺。どうして…」

 中宮の出て行きし後の襖に目をやり、半兵衛は呟く。




 影の中宮との戦より三月あまり、都では壊されし建物を直すことも進み、妖も出ぬ時が続いた後。


「中宮、苦しき思いをさせたな。」

 とある夜。中宮の部屋にて帝は、中宮に触れ、そっと声をかける。

「いいえ、帝こそ。」

 中宮も帝に返す。


「中宮、その…あの時はすまぬことをした。」

 帝は中宮に手を回しつつ、にわかに謝る。

「あの時、とは?」

 中宮は帝に問う。


「…影の中宮が都を襲いしより逃げておる時よ。私のあの言葉に、そなたの侍女が傷つきしは分かった。しかし、侍女が傷つきしということは中宮、そなたも…」

 帝は中宮を力強く抱き寄せる。


「…お心遣い有り難き限りですわ、帝。帝こそこの頃にございました様々なことに、お心を痛めておいででしたでしょうに…」

 帝の胸にそっと手を当て、中宮は返す。


「いいや、私の心は常に中宮、そなたと共にある。そなたに心揺らすは然るべきことよ…」

 帝は尚も続ける。


 帝の胸の中で、中宮は思いに耽る。思い出すは、半兵衛のあの言葉である。

 -中宮が死んだら、帝や-

 しかし、中宮が思い出すはその言葉そのものでなく、言葉の主である。


 一国半兵衛-思い返せばあの男は、初めは毛嫌いせし者であった。あの男に自らを守らせようとせしことも、ただただその力を欲したまでのことである。


 それが、今では-

 半兵衛は中宮に、死んでほしくないと言う。死ねばきっと帝や摂政と、同じように悲しむからと。

 そしてそれは、中宮も同じであった。半兵衛が死ねば-


「中宮?」

 帝の言葉に、中宮ははっと我に帰る。

 気づけば昼間と同じく、両の頬に涙が。


「中宮、どうしたのだ…」

 帝は手をそっと中宮の顔に触れ、涙を拭ってやる。


「…ありがとうこざいます。」

 中宮は礼を言うが、他の男のことを考えていた負い目により、思わず目を逸らす。


「中宮?」

 帝が心配げに声をかける。


「…申し訳ございませぬ、帝。私嬉しきが故に…」

 声を返す中宮を、帝はより強く抱きしめる。


「み、帝…」

 中宮も帝の胸に顔を、埋める。

 だが、やはり半兵衛のことが頭より離れぬままである。


 そうして体を重ね、暫し時の過ぎし頃。

「…女御は、どうしたのであろうな。」

 その言葉に中宮は、はっとする。思わず帝の胸より顔を、にわかに上げる。


「中宮…?」

「帝、ここで他の后のことなどおっしゃらないで…」

 中宮は、睨んでいるとも見える鋭き目にて帝を見る。


「…すまぬ、今のことは忘れよ。」

 帝は中宮の背にそっと手を回し、再び抱き寄せる。


「…帝、すみませぬ。つい私…」

「よい、然るべきことよ。」

 中宮は先ほどまでの考えを、そっと振り払う。自らの定めは、帝の皇子を産むこと。全ては氏原のためである。



 この夜。

 同じく物思いに耽る者がおる。

 半兵衛である。


「…やはりこちらですか。」

 氏原の屋敷の自らの部屋より、空を見上げし半兵衛に声をかけるは"侍女"、否-


「…あんたは、真の侍女か。」

 それは中宮の装いし姿にあらず。中宮に仕えし侍女、氏式部内侍である。


「…落ち着きませぬか、中宮のことを思えば。」

 氏式部からの不意打ちとも言える言葉に、半兵衛はむせ返る。


「…今、中宮は?」

 隠し立てることも能わぬと見、半兵衛は氏式部に問う。


「今宵は帝と共に。皇子の生まれんことこそ中宮の、帝の、そして摂政様の願いにございますから。」

 氏式部は事も無げに言う。


「…だろうな。」

 半兵衛は俯く。

「…言うまでもなきことですが、中宮は帝のお后。他の者が恋い焦がれるなど…」

「言うまでもないなら黙っててくれ!そら知ってるし。」

 二の句を継ぎし氏式部に、半兵衛は思わず大声を上げる。


「…すまねえ。」

「…いえ、私こそ。」

 半兵衛と氏式部は、謝り合う。

 そのまま暫し二人は、押し黙り。


「…あんたと中宮の入れ替わりは、いつからやってるんだ?」

 ようやく、半兵衛がこう尋ねる。


「既に幼き日より。私と嫜子様は、その頃から共にありました。」

 氏式部が返す。


「似てるから、姉妹かと思ったぜ?」

 半兵衛が笑いつつ、問う。


「たまたま顔立ちの似ていたというだけのことでございます。尤も、それを知っているのは嫜子様と、あなたのみですが。」

 氏式部の言葉に、半兵衛は氏式部を見やる。

 半兵衛はすぐに入れ替わりを分かったため、氏式部の"侍女"である時の顔をよく見たことがないが、よく見ればその顔は、中宮とは似ても似つかぬ。


「化粧、か。ここまで誤魔化せるとは…」

 半兵衛は驚く。


「私が中宮と顔立ちが似ているということが知れれば、中宮と入れ替わることに差し支えます故、私は常には、自らの顔を隠さねばなりませぬ。」

 氏式部は続ける。


「私が侍女となり、嫜子様が中宮となられれば、嫜子様は勝手に出歩くわけにはいきませぬ。然れば、私と嫜子様が入れ替わることで、出歩けるよういたしました。」

 氏式部は自らと中宮の入れ替わりしわけを話す。


「なるほど。確かにお后様ってのは縛りが多いものな。自らが出歩いている隙に、他のお后に帝を取られないようにしないといけねえし。」

 半兵衛も頷く。


「…半兵衛様もこの三月あまりは、息つく間もございませんでしたでしょう?にわかに他の妖喰いの使い手を育てる任に命じられて。」

 帝より受けし褒美。妖喰いの使い手を新たに選び、育てる任により、半兵衛には多く務めねばならぬ日が続いた。

 中宮にも会えぬ日々は続いた。


 妖喰いの使い手にならんとする者は、自らの死を恐れ名乗りを上げぬ者も多かったが、それとは裏腹に自ら名乗りを上げる者もいた。その中には無論、あの広人も。


「で、そんなことをわざわざいうために来てくれたのかい?」

 半兵衛は話を切り出すきっかけを与える。


「…半兵衛様、その、他の后のことにて、お耳に入れたきことが。」

 氏式部は先ほどとはうって変わり、神妙な顔となる。


「他の后?」

 半兵衛も、居ずまいを正す。


「…半兵衛様はご存知ないかもしれませんが、女御冥子様は件の影の中宮との戦の後、この三月の間里に下っていらっしゃるのです。」

「…何かおかしさがあるのか?」

 半兵衛が問う。


「…かねてより中宮様とは仲違いをしておられました。それがあの戦の後、にわかに里下りとは。尤も中宮様にとりては皇子を産むに好機なのですが、さすがにここまで長き間とは。何かお考えがあるのでしょうか?」

 氏式部は問う。


「…確かに、何もないとは考えられねえかもな。」

 半兵衛は考え込む。尤も、戦のことであればともかく、こういった女と男のことは何も考えが浮かばぬ。


 何より、帝と中宮が共にいる-それを思い浮かべるは、何やら穏やかでない心を半兵衛に抱かせる。半兵衛は慌てて考えを振り払う。


「…分からねえって。そんな、俺に聞いたって。」

 半兵衛はやや突き放すかの如く、氏式部に返す他ない。


「…さようですか。」

 氏式部も返す。二人の間には既に、しんみりとした空気が流れておる。



 屋敷の中にてそのようなやりとりのある中。

 外では。

「…兄者、あの屋敷の裏である。」

「応。」

 声をかけ合うは、あの兄弟である。


 兄は弓・翡翠の弦を琴の如く弾く。音色のごとき音が静かに奏でられ、光る弓より光の矢が。


「…さあ、お前を喰らう。その前にこれを喰らえ!」

 言うや兄は、矢をつがえ、放つ。放たれし光の矢の先には、犬のごとき姿の妖が。


 矢が当たり、当たりし周りは緑の光に染まり抉れる。

 妖が上げし咆哮と、翡翠より出る咆哮が混じり合う。


 屋敷の中にてその叫びを聞きつけし半兵衛は。

「…!この音、妖か!」

 言うが早いか、紫丸を取り外へ出んとする。


「半兵衛様!」

 氏式部が声をかける。


「…危ねえから、あんたはここに。」

 半兵衛はそう声をかけるや、今度こそ出て行く。


「あの妖の叫び、妖喰いの叫びも含んでいた。もしや…」

 半兵衛は考えを巡らす。他に妖喰い使いがいるのでは-


「考えたってしゃあねえ。全てはすぐにわかる。」

 半兵衛は屋敷の外へと急ぐ。




「兄者!」

 頼庵が促す。先ほどの妖は痛みに悶えつつも、尚も吠え、勢い衰えず。


「ああ!」

 兄はもう一つ、矢を放つ。当たりし周りが抉れる。

 が、やはり止めを刺すには至らず、妖は尚強き叫びを上げる。


「く、こいつまだ…」

 歯噛みする頼庵であるが、

「ははは、案ずるな頼庵!まだ宴は、始まりしばかりなれば!」

 兄は全く動じぬ。


「そうであるな兄者!さあ、今一度矢を!」

 頼庵も勢いづく。


 間もなく半兵衛も合流する。

 妖という膳を、妖喰いという者たちが喰い合う。

 これを宴と呼ばずして、何と呼ぶ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 和風ファンタジーというのでしょうか? あまり読んだことのないジャンルですが、主人公に親しみが持ちやすく、文章も読みやすいので入り込みやすかったです! まだ序盤ですが、読了し次第作者さんの他…
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