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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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巨島

「……!? はあ、はあ……」


にわかに喉が詰まる思いにて、夏は飛び起きる。


「くっ! こ、これは……」


その、喉が詰まる思いは夢ではなかった。

目覚めしはずの現でも、苦しみを感じる。


海賊衆との、その本拠たる島を前に行われし戦にて。

易々とやられ退いていく海賊らを前に容易く行くかに思われたが。


海賊衆から裏切りを持ちかけられながらもこれを突っ撥ねしと思われたが、その実裏切っていた水軍により半兵衛らは窮地に陥る。


時は、水軍の船が次々と蛟に変わり半兵衛らが罠に嵌められし時に遡る。


そう、夏が目覚めしはまさに、その水軍の船らを妖へと変えしあの凄まじき妖気のせいであった。


「……? 海人?」


夏は周りを見渡すが、海人の姿はそこにはない。

そして、然るべきことに。


「……! あ、妖喰いが!?」


夏が妖気により目覚めしということは、妖喰いもまた然りということであった。


夏の身体ははたして、蒼く光る。


「……まさか、外に?」


夏は祠の外を見る。

しかし、島の中は。


恐ろしきほどに静まり返り、何人もいぬように感じられる。


「……そういえば、島の外は。」


夏はふと、島の外を見ていぬことに気づきそちらにも目をやる。


が、無論。


「……くっ、こちらは何も見えぬ!」


夏が歯ぎしりししことに、外は蜃による霧のせいで何も見えぬ。


「……私がここに隠れしは、島にいる海賊衆に見つからぬように……であったな。ならば……今はよいであろう!」


夏はそう言うや、祠を出る。

そうしてそのまま走り出すかと思えば、一度立ち止まる。


「……海人!」


夏は念じ、その勘を研ぎ澄ます。

先ほどの殺気の滾りが、未だ残っている。


夏はその殺気を使い、自らの感じられるものの広さを広げているのである。


たちまち、頭にはこの島にある様々なものが浮かぶ。


「海賊の館……山……浜辺……そして」


ふと夏は次に感じしものにより、その動きを止める。


「……そうか! あそこか!」


夏は言うが早いか、すぐに思い当たりし所に向かう。

そこは――





「……ここか……!」


夏は、始めにこの島に打ち上げられし所に来る。

それは、浜辺の洞穴であった。


「……海人?」


呼びかける。

しかし、返る言葉はない。


「……海人お!!」


声小さきが故かと、声を張り上げし夏であるが。


「……うるさい!」


ここが洞穴故、響し声は自らに跳ね返ることを忘れていた。


「……海人?」


夏は再び、呼びかけるが。

やはり返る言葉はない。


しかし。


「くっ! ……妖喰いが、騒いでいる?」


夏は感じる。

自らに宿りし妖喰いが、先ほどよりも更に騒ぎしことを。


何より、感じられしは。


「私は……これを知っている?」


今感じられしものが、夏のよく知るものであるということである。


しかし、この気配が正しくは何であるかは未だ思い出せぬ。


「……何なのだ、これは?」


夏は頭を抱える。

が、考えても答えは出ぬ。


と、その時であった。


「……くっ! 海人を感じる……この島の至る所より!」


夏はより、頭を抱える。

それは、島の至る所より入る海人の気配。


そして、目覚めし時に感じしあの"恐れ"――

これらはまさしく津波のごとく押し寄せ、夏を悩乱させる。


――夏?


「!? 海人! どこだ、どこに……」


夏は苦しみの中に、光を見出しし心持ちであった。

耳――というよりは頭に響き渡りしは、聞きまごうことなき海人の声。


夏はこれ幸いと、死にものぐるいにて呼びかける。


「海人、お願いだ!」


しかし、海人からは思いもせぬ言葉が返る。


――帰るだ。


「……え?」


――帰ってくんろ。あんたは、この島にいていいもんじゃないだ。


「……海人!」


夏は驚く。

海人から、そんな言葉が――


「……海人が、そんなことを言うはずがない! そなたは何者だ!」


夏は怒る。

これが海人であるはずなどない。


海人が、自らに帰れなどと――

しかし。


――夏。こんなに話しているのもいいことじゃないだ。おらは、夏とこんなに話しちゃ……


「何故だ! 男子と女子が語らうことに、何をまずいことがある!」


夏は食い下がる。

海人に、会いたいがために。


すると。


――分かっただ。


「……海人! では教えてくれ、そなたは今どこにいる!」


夏は嬉しがり、海人に問う。

ようやく海人が、分かってくれた。


しかし、海人より返りし答えは。


――この島にいる。


「……さようなことは分かっている! この島のどこにいるのだ!」


夏が思わず間を外されてしまう答えであった。

まったく、この男子は。


が、海人は尚も続ける。


――戯れじゃねえ、おらはこの島のどこかじゃなくこの島中にいるだ。


「あ、海人……?」


また、戯れを。

夏は再びそう考えんとして、あることを思い出す。


「そういえば……この島の至る所より海人の気配が……」


それはそのまま、海人の答えを誠であると裏付けているものであった。


とはいえ。


「……海人。それはどういう意なのだ? 私には」


夏は言う。

海人の言葉をもう疑うわけではないが、それにしてもそうすんなりと受け入れられることではない。


私には分からぬ。

しかし、夏がそう言い終える前に。


――分からんでええ。夏はこの島に、いちゃいかん。


「海人!」


夏はその言葉に、再び怒る。

先ほど、分かったと言ったではないか。


しかし、その言葉を夏が海人にぶつける前に。


――分かったちゅうのは、夏が言って分かる女子じゃないってことだ。


「海人!」


夏はまた叫ぶ。

その声は洞穴に響き渡り夏自らの耳をつんざくが、それも今は些事であった。


が、そこへ。


「!? くっ、わっぷ!」


にわかに水が溢れて、洞穴を洗い流すかのごとく流れ始める。


夏は避ける術もなく、そのまま流される。


「くっ、海人……私を……!」


夏は流されながら打ちひしがれる。

如何なる仕組みかは分からぬが、夏はこの水が海人の仕業であると分かる。


それほどまでに私を、追い出したいのか――

そして、泣き面に蜂と言うべきか。


「……!? あ、妖!?」


洞穴より溢れ夏を流す水はそのまま海に至り。

そこにて、なんと蜃が待ち受けていた。


夏は殆ど考える間もなく、殺気の爪を両の手に生やし妖を斬りつけていた――





――夏、夏!


夏は夢現に、海人の声を聞く。

ここは……?


何やら水の中に、漂っているのだろうか。

このまま、半兵衛らの元に帰ることができるか。


ならば、それもよかろう――

いや、よくない。


夏は水にも自らをも取り囲むことにも流されかけ、そこで心を強く持つ。


海人を、そのままにはしておけぬ――


「夏、夏!」

「……海人。」


その思いが通じしか、目を覚ますや海人の顔が目の前にあった。


遥か上には、丸く切りとられし青空が見える。

見回せば、周りは崖に囲まれし所だ。


いつの間に、かような所に運ばれたのか。

が、夏はそれについてあまり考えぬ。


「……海人!」

「! 夏。」


夏は海人の顔を見るや、そのまま抱きしめる。

そうでなければ、離れてしまうと思ったためである。


しかし。


「! ……え?」


夏が、ふと自らの腕の中より気配が消えしことに驚き見れば。


腕の中には、誰もおらぬ。


「……海人?」

「……夏。」

「!? あ、海人……?」


夏は再び驚く。

今しがた抱きしめしはずの海人は、自らの後ろにいたのである。


「海人……?」

「夏……おらは」

「……よかったぞ、海人。そなたまで、どこかへ行ってしまったのかと……」

「夏……」


海人は言いかけるも、夏の涙目に言葉を失う。


「夏。ここから逃げて、仲間の元に帰りゃあええんに! 何で」

「そなたを置いて行けるわけなかろう!」

「……夏。」


夏はついに堪えきれず涙を流す。

海人はただ、立ち尽くす。


「すまねえ、おら……こういう時どうすれば」

「……傍にいてくれるだけでよい。」

「……分かった。」


夏はその海人の言葉に、彼を見る。


「……夏?」

「今の言葉は、『私が言っても分からぬ女子』であると分かった、という意か?」

「……違う、『分かった、ここにいる』って言いたかっただ。」

「……ふふっ!」

「……ふふふ」


しばし夏と海人は触れ合えぬもどかしさを感じつつも、二人は睦み合う。


と、その時である。


「聞こえとるか! ()()を動かすんや!」

「!? な、何だこの声は!」


夏はまたも驚く。

にわかに声が響き渡りしことに。


そして、その声に聞き覚えがありしことに。

どこで聞いていたか――


しかし、その声に思いを馳せる時はなかった。


「!? あ、海人!」


海人が、にわかに迫って来たのである。


「な、何を」

「夏、すまねえ……また寝ててくんろ。」

「ね、眠っても……そなたはここにいてくれるか?」

「……ああ、いる。信じてほしいだ!」


海人はそう言いながら、夏に近づく。

しかし。


「……嫌だ。」

「……夏?」

「……嫌だ!!」

「!? な、夏!」


夏が叫ぶや、何と。

その身より丸く波を描いて、蒼き殺気が溢れ出る。


たちまち殺気により――


「!? あ、海人!」


たちまち海人は、蒼き殺気により染め上げられ消える。


「海人、海人! そ、そんな……わ、私は……」


夏は目の前のことに驚き悲しむ。

そんな。

ただ海人と共にいたいと願った、だと言うのに――


「……夏。」

「……海人。」


夏は顔を上げる。

またであった。


先ほども抱きしめたかと思えば、海人は腕の中から消え。

今のように、自らの後ろにいたのである。


「海人、そなたは……」


夏は海人に言葉をかけんとして、口を噤む。

言えば、もう戻れんことを知っているからである。


あの殺気への呑まれ方は、まるで――


「おらは、妖だ。」

「……あああ……」


夏が口にするより前に、海人が言う。

これでもう戻れんと、夏は崩れ落ちる。


「あ、海人……くっ!」

「夏!」


夏はにわかに、吊り上げられる。

見れば、足に血肉の蔓が。


「お、おのれ!」

「海人!」


夏が叫びに気づいて見れば。

海人も血肉の蔓により、囚われる。


「海人お、笑えん戯れやなあ! 何が蛙や、とんだ可愛い鼠やないか!」

「く、薬売り!」

「!? そ、そなたは!」


夏は再び響きしその声に、ようやくその主を思い出す。

虻隈に命じていた、あの男だ。


「おやおや……虻隈に可愛がられとった化け物娘やないか! 大きゅうなったなあ……」

「私も海人も放せ!」


向麿の懐かしむ声など蔑ろに、夏は叫ぶ。


「はああ……なんや、可愛いげないなあ。まあ海人、薄々分かっとったで。度々妖傀儡の術乱れとったからなあ!」

「くっ……」


海人は顔を背ける。

そうならぬよう、夏を隠していたのであるが。


「……ま、ええわ。さあ、この娘は殺すんも面倒やさかい解き放っちゃる。海人、あんたは……分かっとるやんなあ?」

「止めろ!」

「……ああ。だから、夏を放すだ!」


海人は叫び、乞う。


「海人、こやつは誓いを守る男ではない!」

「ああ、元より裏切りもんと誓いなんかせえへんさかいな!」

「おのれ!」

「ま、今すぐあんたは解き放っちゃるわ!」


向麿はそう言うや、夏を宙に放り投げる。


「うわあ!」

「夏!」

「案じなさんなや、島の外には出るわ。」

「くっ……頼む、夏を次こそ……!」


海人は、死にものぐるいにて念じる。

終いの、抗いである。


「さあて……そろそろ!」

「……くっ、ぐっ!」


さような海人を嘲笑うがごとく、向麿は海人の頭を掴む。






「よおし、阿江殿! 妖らは粗方片付けたぞ!」

「よし、皆! このまま島に」

「待った!」

「……!? 何だ!」


熱り、刃白を島へとついに差し向けんとしし刃笹麿らは半兵衛の一言に出鼻を挫かれる。


「確か、俺たちは島の近くに来た所で海賊の罠に嵌ったんだよな……?」

「あ、ああ……」

「!? あ、主人様! 島が遠く……?」


半兵衛の言葉を解しし義常は、驚く。

霧が薄れ見えてきた島が、遠のいているのである。


「し、蜃の霧が島を遠くに……?」

「いや……さようではなかろうな。」


刃笹麿が、広人の言葉を否む。

それは、自らの勘に告げられしことであった。


と、その時である。


「!? し、島が……?」

「う、浮かび上がって……くっ!」


半兵衛らは島が底より剥がれるように浮かぶ様を見、さらにあの"恐れ"をも感じる。




「あ、あれは……?」

「あ、兄上!」

「ううむ、薬売り……何を!?」


船幽霊よりこの有様を見し長門兄弟、定陸も驚く。


いや、さらに。


「くっ、あれは!」

「し、重栄様! お逃げを!」

「あ、あれは……妖か!?」


静氏一門も鵲丸も、驚く。




「ふははは! さあ赤鱏(あかえい)、今こそ動け! もう海賊も妖喰い使いも違いあらへん……面倒やから全て蹴散らすんや!」


向麿の声が、響き渡る中。


浮き上がりし島の下より見える妖――赤鱏の、二つの極めて大きな目が妖しく光る。


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