表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
107/192

海賊

「か、鵲丸さん……何で!」

「見て分からぬか? ……いや、見て分からねば。」


雨のごとく、巻き上げられし水が落ちる中。

半兵衛は、何故か妖の背に乗りし鵲丸に問う。


海賊衆との、度重なる戦にて。

三度の戦にて大きく海賊の力を削ぎし半兵衛らは、それを好機と見て海賊衆の本拠たる島を攻める。


しかし、にわかに大いなる"恐れ"を感じ。

そして、その次には。


「くっ、こいつら! いづこから湧いてきたのだ!」


広人は苦々しく叫ぶ。

周りは、いつの間にやら妖に囲まれていた。


「見て分からねば、少しばかり数を減らせば分かりも早くなるというもの! であろう?」


鵲丸の意を受け。

半兵衛らの船を取り囲む蛟らは、たちまちその船に迫る。


「くっ! 主人様、これは」

「ああ、どうやら……俺らは踊らされたってかい!」


半兵衛は叫ぶ。

鵲丸は、海賊衆に寝返らぬふりをしてその実、寝返っていたのである。


「こいつら……水軍の船に潜んでいやがったみたいだな!」


半兵衛は抗いとばかり、殺気の雷を放ちつつ。

先ほど、この蛟が現れし時を思い出す。

船が爆ぜ、水柱が立ち。


その爆ぜし船のありし所に、蛟がいたのである。

ここから鑑みるに、恐らく蛟は水軍の船に潜んでいたのであろう。


「し、しかし! それならば何故妖喰いが勘付かぬのだ!」


広人が叫ぶ。


「恐らくは……妖気の少なき血肉となり、船底に置かれていたのであろう! それが先ほど……あの凄まじき妖気を浴びせられしために!」

「な、何と……」

「そうだな……その通りだろう!」


半兵衛らは抗いつつ、妖が血肉より生ずる様を思い出す。

より正しく言うならば、人が一時血肉となり妖の形に練り上げられし様。


それは広人や半兵衛にとりては忘れたくとも忘れられるはずもなき、あの隼人が妖に変えられし時。


そして。


「妖気を少なくして妖喰いを欺く……こりゃあ、毛見郷の一件と同じだなあ!」

「な、何と!」


半兵衛はなんと皮肉なことかとばかり、夏がいるであろう島に目をちらりとだけやる。



夏がこの場にいなくて幸いであったか。

いや、それとも夏のおらぬこの時をわざわざ狙いしか。


「何にせよ……笑えねえ洒落とはまさにこのことだぜ!」

「はい、誠にその通り!」

「応! そなたにしてはいいことを言うではないか!」


いずれにせよ、よりにもよってあの毛見郷の時と同じ策を使うなど。


半兵衛らにとっては心を逆なでされることに他ならぬ。


「悔い改めさせてやろうぜ……あの鬼神一派によお!」

「応!!」






「かーっ、かかか! 見ましたかい、奴らのあの顔! まさか、自らが追い詰められるたあ思いませんでしたやろなあ!」


船幽霊の中で向麿は、ふんぞり返り笑う。


「う、うむ……なんということか。まさか水軍共が既に寝返っていたとは!」


定陸がため息とともに、冷や汗を流す。

一時は、どうなることかと思いしものであった。


「なるほど、薬売り……しかし! 策を弄するのであれば我らに、予め話を通すが道理というものではないのか?」

「そ、そうだ!」


伊末、高无が向麿を責める。

しかし、相変わらずというべきか向麿は。


「ははは! いや失敬、ご心配をおかけしましたなあ。……でも言うたやろ? 案じなさんなと。それに、仇を騙すんならまずは味方から。定石やで?」

「ふん!」


悪びれずしたり顔にて、笑いながら長門兄弟に目を向ける。


それには長門兄弟も怒りを禁じ得ぬが。


「おほん! ……まあよい。さあて、これは盤面が逆さまになったと言うべきか。」


伊末は咳払いにて一度はその怒りの火を吹き消し、戦場を見る。


先ほど追い詰められしは海賊衆でありしものを、今や海賊衆が反撃に転じていた。


「ううむ……兄上、悔しいですが! こやつの策、こやつにしては中々でありますな!」

「ははは、前の京での大乱に際して、策を成せずじまいやったご兄弟がおっしゃりますかい?」

「な、何と!」

「ううむ……」


向麿の言葉に、伊末は拳を強く握るが。

たしかに一理あると思い直し、矛を収める。


「さあて……妖喰い使い共はどう出るか?」

「そやなあ……思いがけずのこの窮地、それがしやったらもう手の打ち所ないなあ。」


向麿は肩をすくめつつ言う。




「半兵衛、仇の数が思いしよりも遥かに多いぞ!」


紅蓮より殺気の雷を放ちつつ、広人が叫ぶ。


「まあそりゃあ……さっきまで味方だった水軍の船が変じてるから、それだけ数が増えて然るべきってな!」


半兵衛もまた紫丸より殺気の雷を放ちつつ、広人に答える。


「主人様! このままでは埒が明きませぬ。」


義常もまた、雷纏いし矢を放ちつつ叫ぶ。


「ああ……そうだな! こりゃあ島を目指すより我が身をまずは憂うべきってか!」


半兵衛は苦笑いを浮かべつつ言う。


「ただ、こうして抗えているのは……かろうじて俺たちの船が残ってくれていたからなんだがな!」


さような半兵衛の言葉を聞きつけしわけでもあるまいが。

半兵衛らはにわかに、おかしさを覚える。


「!? 主人様!」

「半兵衛、これは!?」

「!? これは……どこだ?」


紫丸・紅蓮・翡翠が再び、強く殺気の光を放っているのだ。


「!? 皆、海に飛び込め!」

「応!」


半兵衛は察し、広人・義常に命ずる。

半兵衛らが海に飛び込みしその刹那、彼らの乗りし船が爆ぜ水柱を立てる。


「くっ、こりゃあ……抜かりねえなあ!」


半兵衛は泳ぎつつ、その水柱の向こうを見る。

やはりそこには、鎌首をもたげし蛟の影が。


「あ、主人様!」

「半兵衛!」

「あの船にも仕掛けられていたらしい! ちっ、わざわざさっきやらなかったのは脅かすためか。中々どこまでも舐めてくれんなあ!」


半兵衛は苦々しく思いつつ、叫ぶ。

しかし、今しがた足場を失いし仇を見逃す妖らではない。


たちまちこれまで殺気の雷により近づけずじまいであったお返しとばかり、元より半兵衛らを取り囲みし蛟らは迫り来る。


いや、蛟だけではない。


「!? くっ!」

「!? 義常さん!」


義常がにわかに、水面より巻き上げられる。


「あれは、前の鮫みてえな妖!」


それは水の中より迫り来る妖。前に相見えし磯撫でである。


「主人様! 案ずることはありませぬ!」


義常はお返しとばかり、宙に舞いしまま翡翠より雷纏いし矢を数多放つ。


磯撫ではその矢にて討たれ、血肉となり散る。

しかし。


「くっ! 磯撫でも蛟も迫って来るぞ!」

「ああ、そうだな! ……義常さん! ()()には飛び移れるよな?」

「? な、何を言っておるのだそなた!」


水に浸かりしまま半兵衛は。

宙に舞いし様から、少しずつ下に降りつつある義常に命ずる。


その有様に、同じく水に浸かりしままである広人は首をかしげるが。


「主人様! 心得ましてございます!」

「えっ……なっ!」


そのまま義常は、蛟の一つの背に降り立ち走り出す。

驚きし蛟らは、そのまま義常が走りし蛟の背に向け火の玉を放つが。


義常はすんでの所にて躱し、また他の蛟の背に渡る。

たちまち先ほど義常が乗りし蛟は、火の玉を喰らい傷を負う。



「おし! さあ広人、俺たちも行くぞ! 海の()()になりたくないならな!」

「藻屑だ、阿呆!」


半兵衛のその言葉からの妖への飛び乗りに、広人も続く。

妖の背に乗ることが嫌ではないわけではないが、海の海蘊――もとい、藻屑になるよりは幾分かはよい。




「くっ、重栄様!」

「妖喰い使いたちが!」

「おのれ……図りおったな鬼神一派め!」


妖喰い使いの船より後ろに続く静氏一門の船より重栄は、この有様を見て歯ぎしりする。


「!? あ、あれは!」


とそこへ船を取り囲む蛟の群れより一つ、蛟が抜け出す。

その背には鵲丸が。


「か、鵲丸! これは」

「見て分かりませぬ? 我ら水軍衆は寝返ったのですよ。……同じ海賊で互いに、手を取り合わんとして!」

「な、何と……!?」


重栄は驚く。

実は重栄らは、まだ鵲丸ら水軍の寝返りを知らずにいたのである。


「おのれ、謀反人め!」


静氏一門は船に横一線にて並び、弓に矢を番え鵲丸を狙う。


「鵲丸……海賊衆からの魔の誘いなど撥ね付けてやったのではないのか! 一度は父上に拾われし恩、忘れたとは言わせぬぞ!」


重栄は声を荒げ、鵲丸を責める。


「申し訳ございませぬ……しかし、我らは元より蛮族。……一人の主人に仕え飼い殺されるより! 我らはこの広き海原を思いのまま駆け抜けることを至上の喜びと致しまして候!」

「くっ、ならぬぞ……!」


鵲丸の言葉には、もはや一片の悔いも感じられぬ。

ならば、惜しき思いもあるが。


重栄はゆっくりと、手を上げる。

たちまち数多の矢が、鵲丸へ放たれる。


「……所詮は妖喰いでもなき、ただの弓矢!」


鵲丸の叫びに応え、彼の乗る蛟が尾をしならせる。

そのまま身体ごと回し、迫る矢を叩き落とす。


「なっ……!」

「あなた方こそ許されぬ! 我らを飼い殺しにせんと圧したにもかかわらず白々しくも、拾ってやったなどと! ……もはや、許されぬ。」


鵲丸の意に応えるがごとく、未だ妖喰い使いらのみに向けられしままであった蛟の群れよりさらに一つまた一つと、いくらか蛟らが静氏一門の船に迫り来る。


「くっ……矢を番えよ!」


重栄は慌てて、兵らに命ずる。

が、言うまでもなく。


妖喰いでもなき武具など、もはや脅しにもならぬ。

そのまま蛟らは、一瞥もくれぬまま突っ込んで来る。


「放て!」


重栄はもはや、破れかぶれと言うべき有様である。


と、その刹那。


「!? くっ、群れの方から……殺気の雷鳴とやらか!」


鵲丸は静氏一門の矢を防ぎつつ、蛟の群れの方を向き渋き顔をすることになる。


見れば、水に浮かんでいるはずの妖喰い使いらが妖の背を足場とし暴れ回っていた。


「これでは……止むを得ぬな。薬売り!」


鵲丸は叫ぶや、再び自らの乗りし蛟と周りの蛟を引き連れ群れの輪へと戻って行く。


「し、重栄様!」

「ああ……このまま妖喰い使いらを見捨てるわけにはいかぬ! 皆、船を前へ!」

「応!」


静氏一門は、より前へと進み出る。

と、そこへ。


「ぐあああ!!」

「!? 何じゃ、どこから火の玉が?」

「し、重栄様あれを!」

「……なんと!」


静氏一門の船団を、にわかに火の玉が襲う。

その、火の玉は。


「ははは! それがしらがいること、忘れてまへんかい?」

「くっ、この!」


向麿操る、船幽霊より放たれし。


「さあて……なんや、妖の背をヒョコヒョコしおって! これは火の玉でえ、お仕置きせんとなあ!」


向麿は蛟の群れの輪へと、火の玉を数多放つ。


「さあて……これで終いや!」




「ぐっ!」

「ぐあっ!」

「くっ、一度海へ!」


半兵衛らは。

船幽霊より放たれし、仇も味方もお構いなしの火の玉により海へと追い立てられし。


そして。


「今じゃ、水に浸かりし仇共など恐るるに足らず! 打ちのめせ!」


鵲丸の命ずるままに、蛟が、磯撫でが動き出す。

再び海の上下より囲まれて狙われ、もはや万事休す。


「くっ、半兵衛!」

「こうなりゃ……一かバチか! 突っ込む!」

「応!」


半兵衛らが迫り来る妖らに、水の中にて身構えしその時であった。


「……結界封魔、急急如律令!」

「!? なっ」


聞き覚えある呪いと共に、半兵衛らは結界により守られる。


いや、そればかりではない。


「……破魔、急急如律令!」


たちまち宙に、数多の光の杭が呼び出され妖らに刺さる。

妖らからは悍ましき叫びが。


「ぐあっ!」

「な、なんや?」

「……はざさん!」


かような術を使える者は、ただ一人。


「ぷはあ! 何をしておる、みっともないぞそなたら!」

「来てくれるとはなあ!」

「阿江殿!」

「阿江殿!」

「って、何だそりゃ!」


刃笹麿はにわかに、蛟の群れに囲まれし真ん中に海の中より現れたのであるが。


刃笹麿が乗りし、()()は――


「あ、妖!?」


見まごうはずもない、屋形を背負いし蛟であった――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ