島攻
「今こそ、弱りし我らを……静氏一門が!」
「そうかもしれんなあ、棟梁。」
島の屋敷にて。
海賊衆の棟梁・定陸の懸念に、鬼神一派の向麿は笑いつつ答える。
「何を笑っておる!」
「幾度も言うたやないか。」
向麿は尚も笑いつつ答える。
定陸はそれにより、『既に手は打ってある』との言葉を思い出すが。
「……誠に、この有様を変えられるのだろうな?」
「……言うとりますがな、と言うとりますがな! それがしが言うこと信じられんて言うんやったら……御自ら策を今から練られてもいいんやで?」
向麿は厳しき目となり、定陸にその目をぎょろりと向ける。
それには、定陸も。
「……う、む……分かった。」
こう言うより他、あるまい。
「親方! 一大事だ。静氏の船が!」
「……来たか。」
そこへ、海人が仇の攻めを知らせに来た。
定陸は立ち上がる。
「薬売りよ。……そなたとその策のみが頼りじゃ。頼んだ!」
「分かっとる分かっとる、頼まれたで。」
定陸は向麿の笑みに、未だ落ち着かぬ色の顔を浮かべその場を後にする。
「……さあて、海人。あんたにも、働いてもらわななあかんやもしれんで?」
向麿は笑みをそのままに、海人に向ける。
「……んだな。」
海人は俯き、答える。
「ああ、ところで……鼠、おらんか?」
「……鼠?」
海人は顔を上げる。
向麿は微笑みしままであるが、その目の中には何やら疑いの光が。
「そんなん、おらんよ。まあ……蛙ならおるけど。」
海人は、向麿を指して言う。
「かかか! こら、面白いなあ……しかしなあ、海人。人を指差すんはあかんで?」
「……すまん。」
向麿は笑う。
無論、目の中はまだあの光が残る有様であったが。
「見えた! 霧の濃き所が!」
前を走る船より、報の声が響く。
「来たか……しかし、最初から霧を出すとはな。こりゃあ、よほど歓待を受けていると見ていいよな?」
半兵衛は後ろの、妖喰い使いらに問う。
昼間の清涼殿での謁見より時が変わり。
今は、夜。
海賊の島への、攻めの時である。
「応! ならばその歓待に応え……ここで奴らの手足を全て捥ぎ取り、一息に島まで攻め入ろうぞ!」
「さようでございます、主人様! 我らがいればそれも難しくなきこと!」
此度の妖喰い使い――広人・義常は答える。
京を守っているのは、頼庵である。
「ああ。……夏ちゃん、待ってろ!」
半兵衛もまた、心を固める。
と、そこへ。
「ま、前に! 妖共が!」
前の船より、再び報が入る。
「よし……鵲丸さん! この船を前に!」
「応!」
鵲丸は、梶を切る。
はたして、報の通り。
霧の中より、化け蟹を前に出し蛟を後ろへ控えさせ海賊衆が。
「来たか!」
「まずはこの霧……邪魔だあ!」
半兵衛は、殺気の雷の玉をいくつか投げ上げる。
すると、雷の玉は宙を舞い。
そのまま互いにぶつかり合い、爆ぜる。
たちまち眩き光が、霧を晴れさせる。
「よおし……我らの道は開かれた! 父に代わりこの戦を率いる! この重栄に続け!」
水軍の船、そして半兵衛ら妖喰い使いの船の後ろより声が響く。
静氏一門の軍を率いる、清栄の子・重栄である。
「応!」
命を受けし静氏一門の船が、前の船団を煽るがごとく速さを増す。
「うわ、危ない! ……まったく、うちの若大将は!」
「主人様、陰口は」
「分かってるって! まあ誹りは後で、さあさあ行こうぜ!」
半兵衛らの船も煽りに応え、速さを増していく。
「き、来たぞ!」
「そうですなあ。」
妖の船団の後ろに控える、船幽霊に乗りし定陸・向麿は戦いを見る。
「ど、どうするのだ?」
「さようであるぞ薬売り、どうするのだ?」
「おや?」
定陸の声の他、聞き覚えのある声に向麿は振り向く。
そこには、翁面を被りし伊末・高无が。
「おやおや、お助けに」
「違う、ただ立会いに来たのみよ。」
「ふふっ。」
伊末の言葉に、向麿は笑う。
「わ、笑っておる場合か! み、見ろ。ああ、霧は晴れさせられ……か、仇の船団がこちらへ!」
定陸はみるみる青ざめていく。
このままでは。
「どうするのだ、薬売り。」
「……退くでえ。」
「……は!?」
「妖い! 全て島へ退くんや!」
向麿は笑い、思いがけぬことを言う。
「な、何を言っておる! このままでは」
「だからや。退けと言っとるんや!」
向麿は笑いながらも、有無を言わさぬ有様にて定陸に言う。
「ううむ……私はもう知らぬ! 妖、退けとのことだ!」
定陸はもはや破れかぶれとばかり、妖共に命ずる。
「!? なっ、あいつら!」
半兵衛らは驚く。
妖らが皆、みるみる退いて行くのである。
「何じゃ、恐れをなしたか!」
「よおし……妖喰い使いたちよ! この機を逃すな!」
「……やむを得ないな、行くぞ!」
「応!」
重栄よりの命により、半兵衛らは妖喰いより殺気の雷を放ちしまま前へと突き進む。
しかし。
「半兵衛、これで夏殿を!」
「ああ、そうだな。(何だ? 何かもやもやが……)」
この有様を喜ぶ広人とは違い、半兵衛は釈然とせぬ思いである。
とはいえ。
「いずれにせよ、あの島に行くにはこいつらを退けねえとなあ……行くぞ! 皆!」
「応!」
半兵衛は自らの心には一度目を瞑ることとし、今こそ島攻めの好機と思い直す。
「討て! 討ちまくれ!」
「応!」
またも深き霧が目の前を阻む度、半兵衛は殺気の雷の玉にてそれを晴らす。
広人、義常は逃げる妖に自らの、雷纏わせし妖喰いを喰らわせる。
たちまち殺気の雷喰らいし妖は、妖喰いに喰われて行く。
「く、薬売り! 何じゃこの有様は……これでは、妖が! 減って行くばかりではないか!」
定陸はついに痺れを切らす。
おのれ、この薬売り。
嘘八百を並べ立ておって。
「落ち着けや言うてますがな! さあて……そろそろやな。」
「!? 何じゃ、何を言うておる!」
しかし、定陸のさような有様をよそに。
向麿は、未だゆとりを崩さぬ。
「ううむ、薬売りよ。これは我らにも分からんな。何故この時に退く? このままでは、この海賊衆が囲まれて身動き取れぬぞ。」
伊末も苦言を呈する。
これは彼らの目に見ても、何の策あってのことやらまるでわからぬ。
「なあに、案じなさんなや! ……囲まれとるのは、あいつらですがな。」
「何?」
そう言えば、確か島を囲む蜃がいたか――
そう思い、島へ目をやる伊末であるが。
島は今尚、周りより霧が吹き出している。
これ即ち、蜃は未だ島を囲んでいるということ。
今から動いたとて、この船幽霊――ひいては、大将もとい棟梁がやられるが先であろう。
「全く、呆れてものも言えぬな! このままでは」
「聞こえるかい! 今や、頼む!」
「ん?」
伊末の言葉など歯牙にもかけず、向麿は島に向かい叫ぶ。
伊末――のみならず、高无も定陸も混迷を深める。
「な、何じゃ!」
「いよいよ、血迷ったか……ぐっ!」
と、何やら。
伊末も高无も定陸も。
立っていられぬほどの辛さを感じる。
「ぐっ!」
「な、何だこれは!」
「あ、主人様!」
半兵衛・広人・義常も感じていた。
いや、妖喰い使いのみならず。
妖喰い――紫丸・紅蓮・翡翠もそれぞれ、激しく青・白・緑に光る。
皆感じるは、妖気である。
いや、それを単に"妖気"と言ってよいのか。
「なっ……何だ!」
「くっ、これは妖気……? 」
「違う! これは……あの時の」
半兵衛らは、感じとる。
ただならぬ、"恐れ"を。
そう、これは"恐れ"である。
いつであったか、霧の向こうより感じしもの。
いや、待て。
「あの時霧の向こうから……ってことは。」
霧の向こう、とはすなわち。
海賊衆の根城たる、あの島のことである。
「あの"恐れ"は……あの島から来るものだったのか!」
半兵衛は叫ぶ。
しかし、そう目先のことのみに拘ってもいられぬようだ。
「!? なっ……?」
半兵衛は、いや、その場にいる皆は目にした。
水軍の船がたちまち、爆ぜていく様を。
「こ、これは!」
「くっ、妖の火の玉か!」
義常や広人も、周りを見渡すが。
妖らは未だ、退くばかりであった。
そもそも、火の玉が飛び爆ぜたのならば妖喰い使いらが気づかぬはずはない。
が、その謎にはすぐ答えが示されることとなる。
船が爆ぜ、高き水柱が立ち水が降り注ぐ中。
半兵衛らは見た。
その中に、鎌首がもたげられる景色を――
「お、おいおい……霧の中に鎌首って……まさか!」
半兵衛は、ようやく気づく。
自らの船の周りを、蛟が囲んでいることに。
「くっ、鵲丸さん! ……あれ?」
半兵衛は声をかけるが、船の上に鵲丸がいない。
「半兵衛殿、鵲丸はここに!」
「なっ……!? 鵲丸さん、まさか」
半兵衛らは、鵲丸の声の方を見て驚く。
その姿は、船を取り囲む蛟の背にあったのである。




