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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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島攻

「今こそ、弱りし我らを……静氏一門が!」

「そうかもしれんなあ、棟梁。」


島の屋敷にて。

海賊衆の棟梁・定陸の懸念に、鬼神一派の向麿は笑いつつ答える。


「何を笑っておる!」

「幾度も言うたやないか。」


向麿は尚も笑いつつ答える。

定陸はそれにより、『既に手は打ってある』との言葉を思い出すが。


「……誠に、この有様を変えられるのだろうな?」

「……言うとりますがな、と言うとりますがな! それがしが言うこと信じられんて言うんやったら……御自ら策を今から練られてもいいんやで?」


向麿は厳しき目となり、定陸にその目をぎょろりと向ける。


それには、定陸も。


「……う、む……分かった。」


こう言うより他、あるまい。


「親方! 一大事だ。静氏の船が!」

「……来たか。」


そこへ、海人が仇の攻めを知らせに来た。

定陸は立ち上がる。


「薬売りよ。……そなたとその策のみが頼りじゃ。頼んだ!」

「分かっとる分かっとる、頼まれたで。」


定陸は向麿の笑みに、未だ落ち着かぬ色の顔を浮かべその場を後にする。



「……さあて、海人。あんたにも、働いてもらわななあかんやもしれんで?」


向麿は笑みをそのままに、海人に向ける。


「……んだな。」


海人は俯き、答える。


「ああ、ところで……鼠、おらんか?」

「……鼠?」


海人は顔を上げる。

向麿は微笑みしままであるが、その目の中には何やら疑いの光が。


「そんなん、おらんよ。まあ……蛙ならおるけど。」


海人は、向麿を指して言う。


「かかか! こら、面白いなあ……しかしなあ、海人。人を指差すんはあかんで?」

「……すまん。」


向麿は笑う。

無論、目の中はまだあの光が残る有様であったが。





「見えた! 霧の濃き所が!」


前を走る船より、報の声が響く。


「来たか……しかし、最初(はな)から霧を出すとはな。こりゃあ、よほど歓待を受けていると見ていいよな?」


半兵衛は後ろの、妖喰い使いらに問う。


昼間の清涼殿での謁見より時が変わり。

今は、夜。

海賊の島への、攻めの時である。


「応! ならばその歓待に応え……ここで奴らの手足を全て捥ぎ取り、一息に島まで攻め入ろうぞ!」

「さようでございます、主人様! 我らがいればそれも難しくなきこと!」


此度の妖喰い使い――広人・義常は答える。

京を守っているのは、頼庵である。


「ああ。……夏ちゃん、待ってろ!」


半兵衛もまた、心を固める。


と、そこへ。


「ま、前に! 妖共が!」


前の船より、再び報が入る。


「よし……鵲丸さん! この船を前に!」

「応!」


鵲丸は、梶を切る。



はたして、報の通り。

霧の中より、化け蟹を前に出し蛟を後ろへ控えさせ海賊衆が。


「来たか!」

「まずはこの霧……邪魔だあ!」


半兵衛は、殺気の雷の玉をいくつか投げ上げる。

すると、雷の玉は宙を舞い。


そのまま互いにぶつかり合い、爆ぜる。

たちまち眩き光が、霧を晴れさせる。


「よおし……我らの道は開かれた! 父に代わりこの戦を率いる! この重栄に続け!」


水軍の船、そして半兵衛ら妖喰い使いの船の後ろより声が響く。


静氏一門の軍を率いる、清栄の子・重栄である。


「応!」


命を受けし静氏一門の船が、前の船団を煽るがごとく速さを増す。


「うわ、危ない! ……まったく、うちの若大将は!」

「主人様、陰口は」

「分かってるって! まあ誹りは後で、さあさあ行こうぜ!」


半兵衛らの船も煽りに応え、速さを増していく。




「き、来たぞ!」

「そうですなあ。」


妖の船団の後ろに控える、船幽霊に乗りし定陸・向麿は戦いを見る。


「ど、どうするのだ?」

「さようであるぞ薬売り、どうするのだ?」

「おや?」


定陸の声の他、聞き覚えのある声に向麿は振り向く。

そこには、翁面を被りし伊末・高无が。


「おやおや、お助けに」

「違う、ただ立会いに来たのみよ。」

「ふふっ。」


伊末の言葉に、向麿は笑う。


「わ、笑っておる場合か! み、見ろ。ああ、霧は晴れさせられ……か、仇の船団がこちらへ!」


定陸はみるみる青ざめていく。

このままでは。


「どうするのだ、薬売り。」

「……退くでえ。」

「……は!?」

「妖い! 全て島へ退くんや!」


向麿は笑い、思いがけぬことを言う。


「な、何を言っておる! このままでは」

「だからや。退けと言っとるんや!」


向麿は笑いながらも、有無を言わさぬ有様にて定陸に言う。


「ううむ……私はもう知らぬ! 妖、退けとのことだ!」


定陸はもはや破れかぶれとばかり、妖共に命ずる。





「!? なっ、あいつら!」


半兵衛らは驚く。

妖らが皆、みるみる退いて行くのである。


「何じゃ、恐れをなしたか!」

「よおし……妖喰い使いたちよ! この機を逃すな!」

「……やむを得ないな、行くぞ!」

「応!」


重栄よりの命により、半兵衛らは妖喰いより殺気の雷を放ちしまま前へと突き進む。


しかし。


「半兵衛、これで夏殿を!」

「ああ、そうだな。(何だ? 何かもやもやが……)」


この有様を喜ぶ広人とは違い、半兵衛は釈然とせぬ思いである。


とはいえ。


「いずれにせよ、あの島に行くにはこいつらを退けねえとなあ……行くぞ! 皆!」

「応!」


半兵衛は自らの心には一度目を瞑ることとし、今こそ島攻めの好機と思い直す。


「討て! 討ちまくれ!」

「応!」


またも深き霧が目の前を阻む度、半兵衛は殺気の雷の玉にてそれを晴らす。


広人、義常は逃げる妖に自らの、雷纏わせし妖喰いを喰らわせる。


たちまち殺気の雷喰らいし妖は、妖喰いに喰われて行く。


「く、薬売り! 何じゃこの有様は……これでは、妖が! 減って行くばかりではないか!」


定陸はついに痺れを切らす。

おのれ、この薬売り。

嘘八百を並べ立ておって。


「落ち着けや言うてますがな! さあて……そろそろやな。」

「!? 何じゃ、何を言うておる!」


しかし、定陸のさような有様をよそに。

向麿は、未だゆとりを崩さぬ。


「ううむ、薬売りよ。これは我らにも分からんな。何故この時に退く? このままでは、この海賊衆が囲まれて身動き取れぬぞ。」


伊末も苦言を呈する。

これは彼らの目に見ても、何の策あってのことやらまるでわからぬ。


「なあに、案じなさんなや! ……囲まれとるのは、あいつらですがな。」

「何?」


そう言えば、確か島を囲む蜃がいたか――


そう思い、島へ目をやる伊末であるが。

島は今尚、周りより霧が吹き出している。


これ即ち、蜃は未だ島を囲んでいるということ。

今から動いたとて、この船幽霊――ひいては、大将もとい棟梁がやられるが先であろう。


「全く、呆れてものも言えぬな! このままでは」

「聞こえるかい! 今や、頼む!」

「ん?」


伊末の言葉など歯牙にもかけず、向麿は島に向かい叫ぶ。

伊末――のみならず、高无も定陸も混迷を深める。


「な、何じゃ!」

「いよいよ、血迷ったか……ぐっ!」


と、何やら。

伊末も高无も定陸も。


立っていられぬほどの辛さを感じる。






「ぐっ!」

「な、何だこれは!」

「あ、主人様!」


半兵衛・広人・義常も感じていた。

いや、妖喰い使いのみならず。


妖喰い――紫丸・紅蓮・翡翠もそれぞれ、激しく青・白・緑に光る。


皆感じるは、妖気である。

いや、それを単に"妖気"と言ってよいのか。


「なっ……何だ!」

「くっ、これは妖気……? 」

「違う! これは……あの時の」


半兵衛らは、感じとる。

ただならぬ、"恐れ"を。


そう、これは"恐れ"である。

いつであったか、霧の向こうより感じしもの。


いや、待て。


「あの時霧の向こうから……ってことは。」


霧の向こう、とはすなわち。

海賊衆の根城たる、あの島のことである。


「あの"恐れ"は……あの島から来るものだったのか!」


半兵衛は叫ぶ。

しかし、そう目先のことのみに拘ってもいられぬようだ。


「!? なっ……?」


半兵衛は、いや、その場にいる皆は目にした。

水軍の船がたちまち、爆ぜていく様を。


「こ、これは!」

「くっ、妖の火の玉か!」


義常や広人も、周りを見渡すが。

妖らは未だ、退くばかりであった。


そもそも、火の玉が飛び爆ぜたのならば妖喰い使いらが気づかぬはずはない。


が、その謎にはすぐ答えが示されることとなる。

船が爆ぜ、高き水柱が立ち水が降り注ぐ中。


半兵衛らは見た。

その中に、()()がもたげられる景色を――


「お、おいおい……霧の中に鎌首って……まさか!」


半兵衛は、ようやく気づく。

自らの船の周りを、蛟が囲んでいることに。


「くっ、鵲丸さん! ……あれ?」


半兵衛は声をかけるが、船の上に鵲丸がいない。


「半兵衛殿、鵲丸はここに!」

「なっ……!? 鵲丸さん、まさか」


半兵衛らは、鵲丸の声の方を見て驚く。

その姿は、船を取り囲む蛟の背にあったのである。

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