好機
「……あの海賊たちは、水軍の人たちに。裏切りを持ちかけてきた。さらにそれだけじゃなく……妖の力で、根城だと思われる島を隠していやがったんだ。」
「……ううむ。」
帝は顔を歪める。
半兵衛の報はいずれも、耳を疑うことばかりであった。
所は清涼殿にて。
時は、海賊衆の島を前にしし戦の後。
前の戦では、海賊衆は妖を数多失いしばかりであったにもかかわらず無理を押して攻めて来た。
果たして如何なる意あってのことか半兵衛らも汲み取りかねていたのであるが。
刃笹麿曰く、元は海賊であった静氏の水軍衆をおびき寄せ手を組むよう持ちかけるためではないかと。
半兵衛が真偽を確かめるべく、水軍衆の見回りについて行くと。
果たして、刃笹麿の言いし通りに。
海賊衆は、水軍衆に手を組むよう持ちかけていた。
しかし、水軍衆が棟梁・鵲丸はこれをすげなく断り。
それにて起こりしが、先ほどの戦であった。
「帝、恐れながら。先ほど鵲丸に問い質しましたが、この男の言いしこと誠にございます。」
清栄が、半兵衛の話を肯んじる。
「ううむ。元より、半兵衛の話を疑う訳ではない。しかし……何やら良い見通しがせぬ。」
帝はますます、頭を抱える。
しかし、そんな帝とは裏腹に清栄は。
「帝。重ね重ね恐れながら……今、海賊共が擁しております妖はその数を大きく減らし、さらに本拠たる島――これまで妖の力により隠されておりましたもの――も明るみに出ました。今こそ、海賊共の息の根を止める好機かと。」
明るき見通しを、語る。
「そうだな……静氏の人たちもそろそろ動かせそうなんだろ? それに何より……夏ちゃんを早く助けたいっていう思いもある。」
半兵衛も、清栄の見通しを肯んじる。
「なるほど……そなたが私の話を肯んじるとは珍しいとは思っていたが。しかし誠に、伊尻夏はあの賊共の島にいると?」
「それは……まあ、その証を見せろと言われればそれまでだな。ただ……まあ、信じてほしいとしか言えない。」
清栄の問いに、半兵衛は曖昧に答える。
「ほほう、それはそれは……何と煮えきらぬことか。それしきのことで、あの島に乗り込めと?」
「それは……そうだな、そんなんであんた方まで動かせるとは思っちゃいない。とはいえ……あの賊たちを従えようっていうあんたの意は、ひとまず汲み取っているつもりなんだが?」
清栄と半兵衛は、睨み合う。
「ほう、私の意を? そなたにしては何としおらしいことか。」
「じゃなけりゃ、動いてくれないんだろ?」
「……まあ、よい。帝。ただちに我ら一門を、そして妖喰い使い共を動かし海賊を討つお許しを!」
半兵衛とのやりとりをそこそこに、清栄は帝に請う。
「うむ。……よかろう。海よりこの都を脅かす者たち、ここにて討ち漏らし後顧の憂いとすることなきよう。一つ私からも頼む!」
「ははあ!」
帝はあっさり――というほどでもなく少しばかりためらいつつ――海賊の討伐を認める。
清栄も半兵衛も、これには頭を深く下げる。
「半兵衛。」
「ああ、氏式部……さん。」
清涼殿より出し半兵衛に、思いがけぬお出迎えが。
氏式部内侍――のなりをしし中宮である。
「これよりいよいよ……夏殿を救いに行くのであるな。」
「ああ、そうさ。」
「うむ……」
中宮は俯く。
その目には、憂いが。
「そう案じなさんなって! 奴ら、水軍の人らを従えられてたら確かに恐ろしかったが……今やその力は大きく削がれた! 恐らくそう難しくは」
「侮りは大敵であろう、半兵衛!」
中宮は、半兵衛に向かい叫ぶ。
「……戯れだよ。まあ、奴らの策は疑うべきだろうが……とにかく、案じなさんな! 俺たちは、これまでだって都を守ってきたんだから。」
「……そう、だな。」
半兵衛の言葉に、中宮も僅かに安堵の色を見せる。
無論その顔の色は、まだまだ憂慮に占められているが。
「……案じなさんなって。まあ……戻って来る時にゃ、安堵の色で出迎えてくれよ!」
「……承知した。」
半兵衛の言葉に、中宮は少し笑う。
「ううむ……いよいよか!」
広人は、喜び勇む。
清涼殿での帝との謁見の後。
屋敷に戻りし半兵衛は、その謁見でのことを他の妖喰い使いに話す。
無論、夏はここにはいないが。
「さて……留守を誰に預かってもらうか決めにゃなあ。」
半兵衛は、周りを見渡す。
広人・頼庵・義常、そして義常の妻・治子。
義常と治子の子らである初姫・竹若。
無論、留守を守れるは先に挙げしうちの三者だけである。
さて、誰を残し誰を連れて行くか。
「ううむ、義常殿」
「広人殿、すまぬ。そろそろ、私も夏殿を救いたい。」
「な!?」
これまでの海賊との戦通り、義常がそのまま留守を守ってくれると思っていた広人は驚く。
いや、そう思いしは広人だけではない。
「あ、兄者!」
「義常さん、加勢したかったんだ?」
頼庵や半兵衛も同じであった。
「うむ、頼庵。そして主人様。……私は、この京にて夏殿の救い出しに関われぬままでありましたこと大変歯がゆく思っておりました。故に、この戦ばかりは……何卒、私にも加勢させていただきとうございます!」
義常は深々と、頭を下げる。
「なるほどな……じゃあ、広人。留守守ってくれるよな?」
「な……何!?」
「……戯れだよ。」
「……まったく!」
半兵衛は広人に意地悪をする。
しかしいかに半兵衛と言えど、広人の夏への想いを知っていて留守を預からせることはすまい。
無論、戯れであった。
「……ええと。てなわけで」
「……かしこまりました。」
「おや? いいのかい、頼庵。」
つまるところ、ここは頼庵に頼む他ないのであるが。
思いの外あっさりと承りし頼庵に、半兵衛は首をかしげる。
「ここは、我が兄や友に華を持たせるべき所かと。」
「あ、そうかい……」
半兵衛は頼庵の言葉に、ひとまず納得することとした。
「というわけだ。さあ、広人。……夏殿を救い出しし後は、その想いの丈を伝えよ。」
「!? な、何を!」
頼庵がこっそりと言いしこの言葉は、広人を少なからず揺るがせる。
「なるほど、頼庵も勘付いていたかい。」
「ええ、半兵衛様。何せ、分かりやすさが過ぎます故に。」
半兵衛と頼庵は、笑い合う。
「むう! ……分かった。かたじけない頼庵。」
広人はふくれつつも、頼庵に礼を言う。
「さあて! ……ちいと、出かけて来る。」
「何? そなた、この大切な一戦の前に」
「まあ待てや。此度留守を預かってもらうのは、頼庵だけじゃあないしな。」
「……なるほど。」
半兵衛のこの言葉に、皆は納得する。
そう、もう一人いるのである。
「なるほど、清栄様は総力を挙げ賊を討つ手筈を進め始めたか。」
刃笹麿は屋敷の下の池を前に、半兵衛を見ぬまま言う。
刃笹麿の屋敷に半兵衛は来ていた。
無論、刃笹麿も京の留守を預かる身であるからだ。
「ああ。すでに先の戦で、海賊の力は割合削いだからな。だからここで」
「良い見通しは……せぬな。」
「ふうん。」
半兵衛の言葉を遮り、刃笹麿は不安を口にする。
「それは……件の千里眼で見たからか?」
「いや……恥ずかしながらあの力は、私も怖くて使えぬ。」
刃笹麿の言葉に半兵衛も頷く。
あれは、命にかかわる力だったのだから。
「分かっている。すまない、嫌なことを」
「よい。そなたに嫌な思いをさせられること、これが初めてではないからな。」
「……ふふっ。」
刃笹麿の軽口に、半兵衛は笑う。
「何じゃ? まったく、気持ち悪い。」
「……そりゃあどうも。」
「まあよい。……良いのだぞ? この千里眼を今すぐ解き放っても」
「だあ! 待った待った。そんな、俺たちのために命を」
半兵衛も、さすがにこれは何としても止めんとするが。
「ふん、そなたらのためではない! 帝やこの京のためじゃ。まあ……引いては、そなたらのためということにもなるか。」
「……へ?」
半兵衛は刃笹麿のその言葉に、にやりとする。
「な、何じゃその目は!」
「いやあ……はざさんにも、そういう所あったんだなって。」
「むう……ふん! 今の言葉は忘れよ。」
「それは……できかねるな。」
「な……おのれ!」
半兵衛と刃笹麿はしばし、やり取りを繰り広げる。
「……そろそろ行かねえと。じゃあな!」
「ああ。」
半兵衛は、そそくさと自らの屋敷へ戻る。
「ううむ。海賊共が何を企んでいるかは知らぬが……こちらも備えておくに越したことは無かろう。」
刃笹麿は半兵衛を見送りし後、呟く。
目の前の池には、蛟が顔を出していた。
「……美しき月だな。」
「……そだな。」
夏の呟きに、海人が返す。
海賊衆の島にて。
夏は今宵も、海人に連れ出され密かに、水浴びをしていた。
「なあ、海人。」
「何だ?」
「海人は、その……親はおらぬのか?」
夏は、かなり躊躇いがちに問う。
すると、海人は。
「いんや、いねえ。」
「さようか……」
「夏は?」
「私、か……」
夏は思い出す。
自らの手に、親兄弟を手にかけてしまいしことを。
そのことについては罪の心というよりも、正しかったのかという自らへの問いが心にある。
むしろ――
「……虻隈。」
「……へ?」
夏が口にしし言葉は、海人が初めて聞くものであった。
「私を育ててくれた者だ。しかし彼は……私のせいで死んだ。」
「……夏。」
夏はふと気づく。
いつの間にやら自らが、抱きしめられていることに。
「あ、海人! わ、私は今……あれ?」
無論、一糸纏わぬ姿を恥じる夏であるが。
ふと、自らが涙を流していることにも気づく。
「私は、どうして……」
「夏、心配いらねえ。……きっと、仲間の所さ帰れるだ。」
「……そうだな。ありがとう、海人。」
夏はそのまま、涙ぐみ。
そして――
「……幾度もすまねえ、夏。今は眠っていてくんろ。」
海人の腕の中では、夏が眠りこけていた。