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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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誘引

「ん……? ここは……」


夏はふと、目を覚ます。

見れば、祠の中だ。


「私は……あれ?」


夏は、首をかしげる。


宴の船より投げ出され、海人によりこの島に引き上げられ。


祠に移り、飯をもらい水浴びをし。

いつの間にか寝てしまい。


目覚めは、これが初めてではない。

と、思えるのだが。


前に目覚めし時がいつか、思い出せないのである。


「あ、夏。起きたかえ?」

「お、海人。」


そこへ祠の扉を開け、海人が入って来る。

手には、また握り飯が。


「ほら、朝飯食うだ。」


海人は握り飯を、差し出す。


「ああ、すまぬな。いつもいつも。」


夏は握り飯を受け取ると、頬張る。

空きっ腹には、身体に染み渡る思いである。


「うまいかえ?」

「ああ。とても。」


夏は頬張りつつ、答える。


「ところで……海人よ。その……昨日、海賊衆らがこの島を再び出ていったが」

「ああ、また夏のお仲間とやり合いに行っただ。……で、さっき帰ってきた。」

「そうか……」


海人の言葉に、夏は頷く。

海賊衆が再び帰ってきたと聞けども、夏は身構えぬ。


洞穴に隠れていた時とはえらい違いである。

そのくらい、この祠の周りには海賊衆が寄り付くことがない。


「じゃあ……そろそろ戻らんと。」

「ああ。すまぬな、いつもいつも面倒を見てもらって。」


立ち上がりし海人に、夏は改めて礼を言う。


「いや、そんなこたあねえ。……早く、仲間んところへ帰らねえと。」

「うむ。……そうだな。」


海人の言葉に夏は、少し寂しげな顔をする。


「夏?」

「あ、ああ……すまない。もうよいから、海人は行っていい。」

「そうかえ? じゃ、またな。」


夏の顔を海人は訝しむが。

海人は手を振り、祠を出る。


「ああ、すまぬ。……またな。」


海人を見送り、夏はため息をつく。

仲間の元へ――半兵衛らの元へ、帰る。


それは願っていることのはずであるが、それを考えれば何故か、一抹の寂しさを感ずる。


「この島の暮らしに……未練でも湧いたか。まったく、私とししことが。」


夏は自嘲気味に、笑う。






「うむ。では、伊尻夏は……まだ取り戻せぬと。」

「はっ! 申し訳ございませぬ、帝。」


清涼殿にて。

清栄は帝の前で頭を下げる。


海賊衆との三度の戦より一夜明けて。

清栄と半兵衛は、帝に報をもたらしていた。


無論、その報は決して良いものではないが。


「ううむ……私も、あの夏という娘。半兵衛らと数多、戦を制しし者故、信じておるが」

「いや、帝。夏ちゃんは……確かに強者だが、やはり年頃の女子だ。」

「ほう?」


帝はにわかに響きし声に、目をその声の主へ移す。

それは無論、半兵衛である。


「珍しいのう。……そなたが、さようなことを言うとは。」

「言うまでもなく、夏ちゃんを信じていない訳じゃねえ。だがな……夏ちゃんは育ちも……くっ!」

「半兵衛?」


言いかけて半兵衛は、口ごもる。

無論育ちが悪い、などと言わんとした訳ではない。


ただ、親に見捨てられ、唯一人頼れる者も失ったという育ち。


これを見れば、夏は。

人よりも更に、寂しがり屋にはなろう。


こう、言わんとしたのであるが。

これでは、まるで育ちが悪いと言わんばかりではないかと思われそうで、口を噤んだのである。


「半兵衛、どうした?」

「すまねえ……夏ちゃんは育ちが悪い、なんて言っているように聞こえたんじゃないかって。」

「……ふふふ。」

「? 帝?」


半兵衛の言葉に、帝はにわかに笑い出す。

半兵衛は、いや半兵衛のみならず。


その場の誰もが、首をかしげる。


「いや、すまぬ。……半兵衛、そなたも変わったのう!」

「へ……え?」


帝は次には、感慨深げに言う。

ますます場は、混乱するばかり。


「いや何。素直に喜んでおるのだ。そなた、前ならば……さようなことを気にしつつ話すような者ではなかったろうに!」

「ええ!?」


半兵衛は仰天する。

帝が、さようなことに喜ぶとは。


「いやはや、立場は人を変えるとは先人の弁であるが……そなたも変わったのう。」

「それは……どうも。」


帝は半兵衛に笑みを向ける。

帝には未だ子はないが、その目はどこか息子を讃える父のようでもあり。


半兵衛は決まり悪く感じ、赤くなる。


「ま、まあ……とにかく! 夏ちゃんは実のところ寂しがり屋だ。だから……早く救い出してやりたい!」

「うむうむ。……清栄よ、まだ静氏一門は動かせぬか?」


半兵衛に笑顔を向けし帝は、真顔にて向き直り、清栄に尋ねる。


「はっ、恐れながら。……未だ万全とは。」

「ううむ……次に何があってもよいよう、支度はしておくよう命じよ。」

「はっ!」


これにて、清涼殿での謁見はお開きとなる。



「半兵衛……殿。」

「! あ、ち……氏式部さん。」


清涼殿を出て少し進みし渡殿にて。

氏式部――もとい、そのなりをしし中宮と会う。


「久方ぶりだな。」

「私を……忘れた訳ではあるまいな?」


中宮は、半兵衛を上目遣いにて睨みつける。

その様が少しおかしく、半兵衛は吹き出す。


「笑うな。」

「これはすまねえ。……氏原のお家や、摂政様は」

「ああ、案ずるな。……皆、まだまだ衰え切るほどには年を食っておらぬ。」


中宮は、胸を張る。


「そうか、よかったよかった。……えっと、その……こっちは」

「聞いておる。夏殿は、何事もなければよいが……」

「ああ。すまねえ、この頃はそっちにかかりきらなきゃならなくて。その、中宮様を」

「……よい。私は、別に構ってもらいたい訳ではないのだからな!」

「……へ?」


半兵衛が顔を上げる。

心なしか、顔は幾ばくか赤らめられていた。


「……ああ〜、すまねえ! 重ね重ね」

「よいと言っておろう! ……そなたはくれぐれも早く夏殿を救い出せ。」

「あ、ああ……」


そう言うと、中宮はすたすたと行ってしまう。


「……何を、怒ってんだろう?」


先ほど帝より、『変わった』と言われし半兵衛であるが。

かようなところは、変わらぬ所である。


さておき。






「なるほど……何故海賊衆が、支度もとりあえず三度攻め寄せしか、と。」

「ああ。」


屋敷の下にある池を前に、刃笹麿と半兵衛は並びて話す。

刃笹麿の屋敷に半兵衛はいた。


用向きは無論、()()()()――海賊衆の腹の内についてである。


「それほどに切羽詰まっていた……のであろうな。」

「そんなことを」

「うむ……そうだな。」


問いをはぐらかさんとする刃笹麿に、半兵衛は苦言を呈しかけるが。


すぐに刃笹麿が考え込み、口を噤む。


「……静氏一門が出られず、水軍衆――かつて、海賊でありし者たちを動かさざるを得ぬようにさせるため……であろうな。」

「……そうか。なら、何で水軍の人らを出させるんだ?」

「うむ、半兵衛……そなたのさような所は誠に関心せぬな。」

「……おや?」


自らの問いに、思いがけぬ苦言が返り。

半兵衛は、首をかしげる。


「そなた、分からずに聞いておるのではなく、分かっていて確かめるために聞いておろう? それは、試されているがごとく感じられる。誰も、快く思う者はおそらくおらぬぞ。」

「……ご心配どうも。」


刃笹麿の言葉に、半兵衛は少し拗ねたように返す。


「まあ、よい。……分かっておろう? 海賊が、同じく海賊でありし水軍を誘き出す訳など。」

「……ああ。」


その言葉を終いに黙りし半兵衛と刃笹麿だが。

その黙りを嫌うがごとく、目の前の池を泳ぐ蛟が二人に水をかける。







「目当ては果たしたとはいえ……誠にあの水軍らは乗って来るのだろうな?」


定陸は尋ねる。

海賊の島の、館にて。


定陸がこのことを尋ねしは、薬売り・向麿である。


果たして、水軍らは誘いに乗るか。

いや、乗ってもらわねば困る。


それがなくば、此度無理を押して攻めしことは全て水泡に帰してしまう。


「ははは……なあに、案じなさんなや! これから、海賊衆ののさばっとった頃を取り戻すやいうのに、そげな弱気なことでどうするんですかい?」


向麿はにやりと笑う。


「う、うむ……そうだが。」

「それとも……それがしが信じられんと?」

「!? い、いや……さようなことは」


先ほどまでえへらえへらと笑いし顔より、にわかに鋭き目を向ける向麿に。


定陸はたじろいでしまう。


「ほっほっほ……何や? そんな怯えなさんなや! それが、瀬戸内の王になるや息巻く男ですかい? 小心な!」


再び向麿は、笑う。


「む……何を」

「まあ、そんなにご心配なんなら……聞いてみりゃあええ。」

「何?」


向麿のこの言葉には、定陸は目を丸くする。





「半兵衛殿、まさか見回りに同行とは……かような時に攻められては」

「いや、いい。……鵲丸さん。実のところ、あんたとお話ししたくてな。」

「……わしと?」


水軍の棟梁・鵲丸の船に乗り。

見回りに同行しし半兵衛は、鵲丸と話す。


「ああ。なあ、鵲丸さん。……帝や、清栄さんがどう思うかは知らねえけどさ。そういうことは抜きにして、鵲丸さん自らはどう思う?」

「……何のことやら。」


半兵衛の話に鵲丸は、困惑の色を浮かべる。


「そうだな、少々遠回しに過ぎた。……鵲丸さんは、少なからず思っているだろ? 海賊さん方がのさばってた頃の、瀬戸内の海を取り戻したいって。」

「……」


半兵衛の次なる問いに鵲丸は、返さぬ。


「鵲丸さんは、このままどうしたいか……単に聞きたい。」

「……!」

「おっと!」


にわかに鵲丸は、刀を抜き。

半兵衛に襲いかかる。


「なるほど……これが答えかい!」


半兵衛は紫丸――ではなく。

懐の小刀にて、これを受ける。


「……いつから、お気づきか?」

「聞いてんのはこっちだが……まあいい。そりゃああの海賊さん方が、立て直せもしない内から攻めて来る訳を考えれば……なあ?」

「……なるほど。」


鵲丸は半兵衛に刃を向けしままなれど、それより深くは攻めて来ぬ。


船頭らも、何事かと見つめる。

と、その刹那である。


「おやおや、何事かと思えば……仲間割れとは関心せぬな。まあ見る限り……()()()()しといったところか。」

「! 霧か。」

「……定陸殿。」


再び。

いや、三度、四度。


にわかに立ち込めし深き霧の中に、船幽霊が浮かび上がる。


「おやおや……海賊衆棟梁直々のお出ましかい!」

「ふふ……まあ、仲間割れは我らか。さあ、かつての海賊衆よ。」


半兵衛の声には答えず、定陸の声はただ目の前の鵲丸に向かう。


「お答え、いただくとしよう。」


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