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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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深霧

「ん……何だ?」


夏はふと、気づく。

自らが、何やら水面に立っていることに。


あれ? おかしい。

確か、先ほどまで島の祠に――


そう。

清栄らの宴の船を守り。


しかしそれにより自らは力尽き、目覚めれば何故か知らぬ島にいた。


海人という男子が、引き上げてくれたという。

その時は洞穴に潜んでいたのであるが。


海人の計らいにより、祠に移してもらった。

その後、水浴びをしたいとの夏のわがままも聞いてもらい、水浴びをした後に祠に帰って来たはずである。


はず、なのだが。


今夏は、海の水面と思しき場に立ち、その周りは。


「……霧? ……!?」


夏は周りの霧に、思わず身構える。

この霧こそ、あの宴の船を襲いし妖らが攻め入る前触れであったからだ。


忘れるはずもない。

しかし。


「私は何故ここに?」


少し考えてもやはり分からぬ。

今のこの有様はおかしきことばかりである。


何故いきなり、かようなところにいるのか。


何より、水面に浮かんでおるなど。

と、その刹那である。


「……人影?」


深き霧の中にて、かすかであるが見えるものが。

それにて身構えなかったのは、それが見覚えのある人影だったからである。


「……広人?」


夏は思わず、声をかける。

すると、人影からも――





「夏、夏!」

「ん……?」


ふと、声に気づき目覚める。

見ると、そこは祠の中であり。

目の前には、海人の姿が。


「海人……? ん!?」


夏は寝ぼけ眼を目覚めさせるや、たちまち顔を赤くする。


「夏? どうしただ?」

「は、恥ずかしい! 女子にそこまで顔を近づける男子がどこにいる!」

「ここに、おらがいる。」

「さようなことは分かっている!」


夏は慌てながらも、相変わらず恥じらいのかけらもない海人の有り様に、却って頭が冷えていく。


「さように顔を近づけるなと言っている! 幾度も言うようであるが、そなたは」

「ああ、すまねえ。おら、女子の扱いは分からん。」

「……くっ、分かっておるなら少しは直せ!」


またも、恥じらいしは自らのみというこの様に、夏はますます恥をかかされし思いである。


「なあ夏。」

「なっ、何だ!」

「すまねえ……少し」

「!? なっ……!」


夏が更に驚きしことに。

海人は夏の頬に手を添え、再び顔を近づけてきたのである。


「あ、海人! だから幾度……も……」


海人を再び窘めんとして、夏は何やら強き眠気を覚える。

そのまま再び、夏は眠りについてしまう。


「すまねえだ、夏……今は、眠っといてくんろ。」


海人は眠りにつきし夏を抱き止め。

そのまま、地に寝かせる。


そのまま海人は、立ち上がった。






「おやおや……さっきまで勇んでた蟹たちが蛟たちが、道を開けているな。」

「あの古き船……妖なのか!?」

「分からぬ……が、いずれにせよ、我らに仇なすもの!」


目の前の様を半兵衛・広人・頼庵は、口々に言い表す。

その目の先には言葉通り、古き船――船幽霊の姿が。


これまた彼らの言葉通り、その前を走る化け蟹や蛟は道を開ける。


その空けられし道を通り抜け、悠々と船幽霊が迫る。

周りには数多の、火の玉が舞う。


「何か、あの火の玉……増えてやがるな。」


半兵衛が、言いし通り。

船幽霊の周り舞う火の玉は、ただでさえ多かりしものが、更に数を増していき。


やがて炎の渦を、纏う。


「放つぞ!」

「応!」


半兵衛はその様に恐れをなし、広人・頼庵に呼びかける。

たちまち彼らの妖喰いより殺気の雷が、数多放たれ船幽霊に迫る。


「くっ、こりゃあ!」

「中々……ですな!」

「くっ、何の!」


やはり、その炎の渦に悉く防がれてしまう。


「いや……半兵衛! 頼庵! ならば先ほどの」

「応!!」

「いや、終いまで言わせぬか!」


場を仕切らんとて、言葉を遮られし広人は。

その言葉を遮り応じし半兵衛・頼庵に続き、殺気の剣山を作り出す。


「さあ、どうだ!!!」


そのまま剣山を、船幽霊に向ける。


「おうっと!」


声を上げしは、船幽霊の中に乗る向麿であった。


「く、薬売り……これは」

「あちゃあ、今のでこの船刺されましたなあ。」

「な、何!?」


向麿に憂いの顔を向けし定陸は、事も無げに言う彼に更に憂いを募らす。


「そ、そなた! 何をかように落ち着いておる?」

「あんたこそ、そう慌てなさんなや。親方殿よお。船ん外、見れば分かるやろ?」

「船の外だと? ……! これは」


言われしままに外を見し定陸は、驚く。


「何や? 御自ら忘れおったんか。それがしらは、一人で戦っとるわけやないんやで?」

「……ふん。」


定陸はひとまず憂いを、拭う。




「半兵衛様、蟹共がまた!」

「よおし……一度あの大きな船の攻めを緩めよう! ここは」

「は、半兵衛! その大きな船が!」

「おやおや。これはこれは。」


すぐさま蟹の攻めに移らんとしし半兵衛が、広人に言われ見れば。


先ほどまで火の輪を描きし火の玉らが、次には半兵衛らの乗る船らに攻めんと向かってくる。


「くっ、あやつらも!」

「それだけではない! 蛟も!」


頼庵が次には、声を上げる。

見れば、化け蟹の後ろに控えし蛟も、動き出していた。


あるものは進み出し、またあるものは首を水面に突っ込む。


「くっ、水の中にも火の玉を打ち出すか!」


言うが早いか、広人は駈け出さんとする。


「待て、広人!」

「放せい! ここは夏殿に倣い、私が」

「誰が……夏ちゃんが、自分(てめえ)が行方知れずになったのと同じやり方をしてほしいなんて思うか!」


広人を抑えし半兵衛は、一喝する。


「くっ……しかし、言っておる場合では」

「ああ、そうだな……ならこいつを喰らえ!」


半兵衛は言うが早いか、水面に紫丸の刃先を突っ込み何やらかき回す。


たちまち、半兵衛らに向かいし化け蟹らはそれに恐れをなししか。


蛟らを守らんと、その前に立つ。


「そんなんで、守れるかな!」


半兵衛はたちまち、水面より紫丸の白刃を、斬り払うがごとく出す。


すると、化け蟹らは小さく飛ばされ、蛟の周りに小さく水柱が立つ。


「な……半兵衛、これは」

「呆けんのは後だろ! 今は火の玉が迫ってんだからそっちを! 鵲丸さん、船を引いてくれ! 妖共と少しでも間合い取らねえと!」

「わ、分かった!」

「半兵衛様、我らにお任せを!」


言われしままに、鵲丸は船を後ろに、下がらせていく。

頼庵は翡翠を構え、迫る火の玉を雷纏し矢にて防ぐ。


「く……仇共は手強いな!」

「そやろ? 毎度のことやけど。」


船幽霊の中より見遣る定陸の言葉に、向麿も肩をすくめる。


「分かっておるなら! さっさと次の策を」

「……退くで。」

「……!? な、何?」

「ええやないか。……もう、お目当ては果たしたんやし。」

「……分かった。」


定陸の拍子抜けをよそに。

向麿は、妖らにその旨を命じていた。




「な!? ひ、引いていく。」

「ううむ……さては、また蟹共を空から!?」


広人と頼庵は、にわかに後ろへと下がっていく妖の船らを訝る。


「待て! それにしちゃあ何かおかしい。……妖共が、全て引いていく。」


半兵衛らは身構える広人・頼庵を宥める。

半兵衛の言いし通り妖らは皆、攻めを止め。


そのまま後ろへと、下がって行く。

その、深き霧の中に――


「……そうだ、夏殿お!」

「! こら、広人!」

「広人!」


にわかに海へ飛び込まんとする広人を、半兵衛と頼庵が止める。


「放せ! 私は」

「言っただろ! 自分と同じ目にあってまで、夏ちゃんは助けられたくないって!」

「くっ……だが!」


半兵衛の言葉に、一度は返す言葉もない広人であるが。

すぐに再び、食い下がる。


「聞こえたのだ! 夏殿の声が。あの……霧の向こうから!」

「なっ……なるほど、聞こえたってか!」


半兵衛は、広人の言葉に少し驚くが。

すぐに笑う。


「なっ……嘘と思うか!」

「違うよ。……だったら、夏ちゃんは生きてる。ここで焦って、支度もないまま乗り込むよりは、支度を整えてからだ。な?」

「ううむ……」


暴れし広人も、半兵衛の諭すがごとき口ぶりに動きを止める。


と、その刹那である。


「!?」

「! ……半兵衛様、広人。これは」

「あ、ああ……そなたも感じたか。」


感じしこともない、大いなる"恐れ"。

それは、広人の先ほどの言葉を聞きつけしがごとく、霧の向こうより伝わって来る。


まるで、誰かに睨まれてでもいるかのような――


「……止んだな。」


それも、一時のものではあったが。

気がつけば、妖はすっかりその場を後にし。

霧も晴れていた。


「……とにかく、夏殿は生きておる! 広人にそれが伝わっているのだから間違いなかろう!」

「ああ! 次こそは取り戻すぞ!」

「あ、ああ……」


熱る広人や頼庵をよそに、半兵衛は何やら煮え切らぬ。


「半兵衛、どうした?」

「いや……」


広人に声をかけられたが、半兵衛は尚も考え続ける。


「(考えてみれば……奴らにとってこの戦は、どんな得が? 立て直せているわけでもないのに、この時にわざわざ妖共を繰り出すなんて……何でなんだ?)」


そうして半兵衛が、考える横にて。


「よし、船を回せ! このまま港へ帰ろうぞ。」


鵲丸が、水軍たちに叫ぶ。


「応!」


その、鵲丸の袖口より。

先ほどの人魂の、海の中にて潜みしものがするりと。


入っていったが、この時ばかりは。

鵲丸はおろか半兵衛も、気づいていなかった――

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