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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第7章 海賊(瀬戸内海賊編)
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海戦

「これは……まさしく勿怪の幸いというべきか!」


船の上にて広人は、大声を上げる。

宴の船が海賊たちに襲われ、船を助けし夏が行方知れずとなり。


再びの海賊たちとの戦では、妖を一つ生け捕りにししものの、夏を救い出すことはできずじまいであったが。


その再びの海賊たちとの戦よりまもなく、三度海賊らが現れしとの報がもたらされたのであった。


かくして、やむなく清栄は妖喰い使いらと水軍ーーかつて従えし海賊らを遣わしたのである。


「こら! うるさいよ、それに何だいその顔は! 戦舐めてんのか?」


半兵衛は広人の頭を叩く。


「痛い! な、何をするか!」

「それはこっちの言葉だ! 戦の前にそんなはしゃぐたあ、なってねえなあ?」

「……ふん! これで自ら夏殿を救い出せるというものなのだ! 仕方なかろう?」


広人は、胸を張る。


「まあ、そうだな……これでさっきの戦から大した間を置かず、戦に出られるたあ天の助けだ。」


半兵衛も、微笑む。

しかし、やはり引っかかるは。


「あの海賊衆が、さっきの今でまた攻めて来るとはな……そんなに短い間に立て直せたたあ、どうも思えん。何より」


半兵衛は、船尾に振り向く。


「かつての海賊衆と、共に戦うことになるとはなあ。鵲丸(かささぎまる)さん、だっけ?」

「うむ。清栄様よりお話はかねがね。……よろしくお願い申す。」


鵲丸を名乗る海賊衆、いや今は静氏水軍の棟梁は半兵衛に手を差し出す。


「ああ、よろしく! こりゃあ、鬼に金棒といったところかな。」


半兵衛は鵲丸の手をとる。




「!? 半兵衛、あれは」

「ああ。……ようやくおいでなすったな。」


広人と半兵衛の、少し先に。

霧立ち上る中戦う、水軍と妖共の姿が。


おなじみの蛟らの姿も見えるが、その前に。


「ありゃあ……蟹かい。」


半兵衛は驚きの声を漏らす。

蛟を守るがごとく、屋形を背負いし化け蟹たちが泳ぎまわる。


蛟よりは小さいことから、その速さは目を見張るものがありそうである。


現に、今水軍らも速く泳ぎまわるその動きに弄ばれている。


「なるほど、どうやってこの短い間に立て直せたか甚だ疑問だったが……これは立て直したんじゃない。」


隠し玉を、出して来たということか。

さらに、新しく見るは蟹たちばかりではない。


「あれは……何やら古い船が漂ってやがるな。」


蟹の後ろ、先ほどの戦よりは数が多くはない蛟らのさらに後ろには。


船幽霊の、姿が見える。


「つくづく……どこまでも手の内全ては明かさねえってことかい。」

「何をにやけておる! 早うやらねば」


一人武者震いをする半兵衛に、広人が苦言を呈する。


「そうだな……じゃあ頼庵! 始めてくれ。」

「承知いたしました!」


はっと気づきし半兵衛は、そのまま自らのいる船の前を小舟にて走る頼庵に命じる。


今は義常がいない。

京の守りに、当たっている。


「兄者がおらねば……私がやらねば!」


頼庵は勢いづき、殺気の矢を翡翠に番える。


「さあ……喰らえ!」


放たれし矢は数多に分かれ、妖らに迫る。

そこには無論、迸る殺気の雷が。


たちまち妖らに当たり、爆ぜる。


「ははは! どうじゃ、雑魚共が!」

「浮かれるのは、まだ早いみたいだぜ頼庵!」

「なっ!?」


浮かれる頼庵は、半兵衛の言葉と爆ぜし煙の中より出て来る数多の()()に驚く。


煙の中からは、化け蟹が飛び出したのである。

その速さは、小舟など及ばぬほどに素早い。


「くっ、なんと……まだ喰い足りぬか!」


頼庵は再び、小舟より矢を放たんとするが。

たちまち化け蟹たちに、間合いを詰められていく。


「くっ、この!」

「頼庵! そこで相手するんじゃ分が悪い、引け!」

「くっ、半兵衛様! ……承りました。」


半兵衛の言葉に、一度は矢を番えし手を頼庵は下ろし。

小舟に殺気を纏わせ、その勢いにてその場を離れて行く。


「よし、そのまま引け頼庵!」

「くっ、さあて……そう容易く逃してくれるかどうか!」


広人は頼庵に声をかけるが、半兵衛は化け蟹の速さより頼庵が逃げ切れるか案ずる。


果たして、その案じし通りに。

化け蟹の速さは、殺気を纏わせし小舟にても振り切れぬほどである。


「このままでは!」

「こうなりゃ……勢いで凌げよ頼庵!」

「は? ……は、半兵衛!」


広人が驚きしことに。

半兵衛は殺気の雷をそのまま、頼庵の周りに取り付く化け蟹らに向ける。


たちまち雷が爆ぜ、水面を波立たせる。


「くっ! 半兵衛、様! あまり関心せぬお助けですな!」


頼庵の小舟も、その荒れし海によりひっくり返るが。

頼庵は素早く宙返りをすると、半兵衛らの乗る船に飛び乗る。


「おおっ! あ、あれだけ間合いが空きながら」

「何せ、ここで死ぬ訳にはいかぬからな!」


小舟より未だ、かなり離れし所にいた船に頼庵が飛び乗れしことに広人は驚く。


しかし、あまり浸っている時もない。


「おうおう! 鵲丸さん、妖共がこっちに来る!」

「ううむ……水軍よ! 何としても蹴散らせ!」


迫る化け蟹の群れに、棟梁が水軍に命じる。

たちまち水軍らは、身構える。


「ああ、待った!」

「さよう! 妖らを蹴散らすは我ら、妖喰い使いの務め!」


半兵衛は水軍を止め、頼庵が天を仰ぎつつ殺気の矢を再び翡翠に番える。


「し、しかし……先ほどその矢は!」

「分かっておる! 狙いは……その後ろじゃ!」


鵲丸の憂いの言葉を受け、頼庵は。

その言葉を吹き飛ばさんばかりに殺気の矢を放つ。


矢は無論、雷を纏う。

それは天を突かんばかりに高く舞い上がる。


かと思えば、そのまま落ちる。


「狙うは元より……その後ろじゃ!」


果たして頼庵が、狙いし通りに。

殺気の矢が数多、化け蟹の尻を追う蛟の群れに迫る。


「おお……よし、我らは!」

「ん、待て! 何かおかしい!」


広人は勇み構えるが、半兵衛はおかしき様に気づく。

先ほどまで凄まじき速さで迫りし化け蟹の群れが、ふと動きを止めたかと思えば。


なんと、そのまま最も後ろの蟹たちに、そのすぐ前を走る蟹らが飛び乗り。


さらにその上に、そのまた前の蟹が飛び乗り……と、後ろの蟹より続け様に重なっていく。


そのまま蛟の群れに迫りし数多の殺気の矢は、最も上の蟹が構えし鋏に、または殻に当たり、防がれていく。


「あ、妖が!?」

「櫓を組むとは……随分と人臭えことをしてくれるな!」

「いや、感心しておる場合か!」


見事な技に、半兵衛も思わず感嘆する。

しかし、此度ばかりは広人の言う通り。


そのまま櫓を組みし蟹のうち、最も上の蟹をそのすぐ下の蟹が鋏にて、投げ飛ばす。


続け様に、次々と上から蟹が投げ飛ばされて行く。


「おおっ、あれは!」

「くっ、船を下がらせろ!」


にわかに起きし、思いもよらぬことに慌てふためき。

半兵衛も叫ぶが。


ただでさえ海を進む時ですら速き蟹が、空に舞い上がり落ちることにより、より速く勢いを纏いて迫る。


「私は……何もできぬのか!?」


広人が声にならぬ叫びを上げる。

ここまで、自らは何もできておらぬ。


このままではーー

と、その刹那であった。


ーー広人?


「!? な……夏殿!」


にわかには信じがたきことであるが、夏の声がどこかより木霊した。


さらに、それだけではない。


「舵を、漕ぎ続けろ!」

「くっ、殺気を纏わせても間に合わぬ!」


半兵衛や頼庵、水軍連中が、思い思いに叫び策を講じ、しかしそれらはいずれも間に合わぬと嘆き、それでも尚手を動かし続ける中。


広人はそのまま、迫る妖らを見つめる。


「……私だとて。」


広人はぼそりと、つぶやく。


「何してる、広人!」


半兵衛が怒りの言葉を浴びせるが、聞こえぬ。

何故か分からぬが、広人は自らでも驚くほどに落ち着いていた。


夏を救いたい、という思い故か。

今の広人には、これらのことが長々し時のことに感じられている。


蟹が打ち上げられ、落ちるまでは僅かな時であったというのに、である。


全て聞き取れる。

入り乱れし声さえも、それぞれに。


「全て、見える……この時、どうすればよいか!」


広人は妖喰いの槍・紅蓮を構える。

その固き殻ゆえ、頼庵の力を込めし雷の矢でも通らぬ化け蟹たち。


天高く打ち上げられ、そのまま雨のごとく数多落ちるそれら。


もはや、逃げ切れぬ。

そう、半兵衛さえも思いし時であった。


「……研ぎ澄ませ! 紅蓮剣山(ぐれんけんざん)!」

「!? ……えっ?」


広人の叫びと共に響きし妖の泣き叫びに、やられると思い思わず目を逸らしし半兵衛も驚き、目を向ける。


なんと、目の前には。


「さ、殺気の……針山か!?」


広人の手元より伸びし殺気の槍が、針山ーー剣山のごとく天より落ちし数多の化け蟹を捉え、串刺しにしておる。


それらの、串刺しにされし化け蟹共は。

低き叫びと共に、爆ぜていく。


「!? な……雷も通じないはずなのに何故だ!」


半兵衛は目を瞠るが、すぐに妖の爆ぜによる光により目が眩む。


目が眩みしは、水軍連中や頼庵も同じであった。

ややあってから、妖の爆ぜる音が止みし所で、皆目を開く。


「広人……あんた」

「呆けておる暇はない! 次が来るぞ!」

「な……ん?」


広人に声をかけんとして、却って窘められてしまいし半兵衛は、言われしままに目を向けると。


「な……蟹がまた!」


残る化け蟹らが、引いて行きしと思えば。

そのまま櫓を再び組み、また上より、天高く飛ばして行く。


「退がれ! 私にしか」

「いいや! 広人に遅れをとるとは一生の不覚だ。……待っていろ、俺も!」

「なっ……無茶をするな!」

「私もいるぞ!」

「なっ……頼庵も!」


此度こそ、一人にて妖を迎え討たんとする広人であるが半兵衛らも負けじと横に並ぶ。


「そなたら」

「喋っている場合か! 来るぞ!」

「くっ……! 行くぞ!」


もはや破れかぶれとばかり、広人は両の脇を固める半兵衛・頼庵と共に。


「紅蓮!」

「紫丸!」

「翡翠!」

「剣山!!!」


3つの妖喰いより、殺気の雷の刃・槍・矢が数多生えて化け蟹を串刺しにし、爆ぜさせて行く。


「くっ……私の技を!」

「行っただろ? この世で盗んでもいいものは」

「だあ! もう、呆けておる場合ではないと幾度も言わせるな!」


此度も、広人の言う通りである。

化け蟹が喰われていくとなれば、次に動きしは蛟ーーではなく。


さらにその後ろに控えておった、船幽霊である。


「おやおや……あの蟹共は存外、あっさりやられてしまいましたなあ。」

「笑っておる場合か! 薬売り……早う仕留めに行くぞ!」

「へいへい。」


これに乗るは海賊衆棟梁・定陸と。

薬売りーー向麿であった。






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