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京都の王  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 夜京(中宮編)
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細浪

「皆の者――死してもこの都を守れ!」

「応!」


 大将の叫びに、数多の兵が応じる。

 しかし、その目の先にあるは人の軍勢ではない。

 それは。


妖物(あやかしもの)め……人様に勝てると思うな!」


 数多の、妖である。


  今上の帝の世より、百年余り昔――


  にわかに京の都には妖物(あやかしもの)の大軍勢・百鬼夜行が押し寄せ、都にはかつてなき動乱がもたらされた。


 これに対するは。


「皆の者、案ずるな! 我らには陰陽師の魔除けがついておる、妖などものの数ではない!」

「えいえいおー!!」


 再びの大将の言葉に、兵らは前祝いとばかりに勝鬨をする。


 時の帝は陰陽師に命じ武具に最大の魔除けを施した上で軍を放っている。


  激しい戦いの末――


 ◇◆



「は、ははは……妖め、人様の力を……見たか……!」

 大将は、倒れる。


 軍は百鬼夜行に辛くも打ち勝つ。


 が、戦の後の都は屍と武具の欠片が転がる荒れ野原となる。


 いや、それだけではない。

「おっ……母……!」

「目を、目を開けよ!」

「うわあああ! 父上ー!」


 人々は住処・愛するものを失い涙しておった。

 それでも、焼け野原のままでは暮らせぬ。


 人々は涙を飲み込み、都を立て直し初める。

 全ては、少しなれど前へ進むためであった。



 ◇◆



  そんな中都の鍛冶師たちも。

「ふむ……よし、これだけ刀の欠片が集まればよかろう。」


 武具の欠片集めに日々励む。

 全ては、生業を成り立たせるためである。



  そうして、ある日。

 あの百鬼夜行より一つ年が過ぎ去ろうとしていた頃。


「よし、ついに一振りできたぞ。」


 一人の鍛治師が、刀を打ちあげた。


「この刀、果たしていくらで売れようか…」


 未だただ一振りとはいえ、これをつづければ生業を立て直せると、鍛治師は心を躍らせる。


  と、その時。

 刀の刃が青く光り出した。

 それのみならず、何やらおかしな音がする。


「……人の、呻き声か?」


 それは風の音とも、呻き声ともつかぬ音。

 そしてその背後に。

 鍛治師めがけ、迫る者が。


「……あ、妖!」


 鍛治師は思わず、振り向きざまに握っていたあの青き光る刃を振り下ろし――



 ◇◆


  今上の帝の世。


  あれほどの大戦(おおいくさ)なれど、ときが下れば人も忘れる。

 今や京の都は繁栄を取り戻し、妖物のことすら人はすべて忘れつつある。


 だが都の、市場にて。

 新たな戦が、始まろうとしていた。


「うーん、もう少しかな。」

「ええ……頼むよオヤジさん! 銭をもう一つ減らしてくれや!」


 値切りという名の。


 市場では刀売りのオヤジを相手に、みすぼらしきなりの若者が刀を安く買わんとして。


 粘っていた。


「そこまで減らされてはなあ……その刀はやれないな、そのもう一振りの刀ならやれるが。」


 オヤジは負けてやらず。

 若者は負け、オヤジの指差す刀を手に取る。


「くう、せめてその刀が最もマシに見えたのにい! まったく、何だいこんな刀……あ!?」


 若者はそっと鞘より抜いて見れば、それは思いの外美しき刃であった。


「えええ! 何だよ、こんな刀がこんな安値で? オヤジさん、早く言ってよお!」


 若者はすっかり、図に乗っている。

 しかし、オヤジは。


「……いいかい若えの! その刀はなあ、その……大きな声では言えんが。」


 若者の肩を抱き寄せ、顔を近づける。


「お、おう……言っとくけど、俺はオヤジと、商人と客より先に行く気はさらさら」

「阿呆! ……戯れんな、真面目な話だ。何でそんな刀がそんな安値だと思う?」

「……え?」


 オヤジの言葉に若者は、言葉を詰まらせる。

「……それは紫丸、といってな……()()()()()の刀だ!」

「な、なるほど……それがこの安値の訳かい……」


 次にはオヤジの圧に、やや押され気味の若者であるが。


「さあ、若えのよお。……買わねえと決めるのは、今のうちだが?」

「……買うよ、いわくつきでも何でも、こんな美しい刃の刀、お目にかかれねえからな!」


 これには、臆することなく返す。


「……そうかい、なら商いはこれにて成ったな……!」


 オヤジは半兵衛より、銭を受け取る。


「毎度あり!」

「いや、今初めて来たんだけど……まあいいや、さあて……腹が……」


 若者はゆっくり、道に倒れ込む。



  同じ頃都の、いや、この国の要となる場、内裏でもまた戦が始まろうとしていた。


「では、行くぞ。帝に問い質さねばならぬ。昨夜はどちらにおいでであったか――」


 中宮嫜子(しょうし)――昔より代々后を出してきた氏原家(うじわらけ)の出であり、自らも誇り高き后である。


「中宮様、今も昔も氏原家は帝より寵愛を受けしお家。

 一夜帝がいらっしゃらなかったといって、それで揺らぐことなどございませぬ。」


 こう宥めるは侍女である。が、中宮の心はそれで穏やかになるものではない。


「黙っておれ!そうじゃ、帝の御心は氏原の出の后にのみあらねばならぬ。それが僅か一夜でも他の后にあろうなど、あってはならぬのだ――」


 十二単の裾を引き摺り、中宮は尚も穏やかならぬ心を明かす。


 そうして、角を曲がらんとして――


「これはこれは中宮、ご機嫌麗しゅう――」

「これはこれは女御殿。」


 前にいるは、同じく帝の后――中宮には及ばぬ位ではあるが――女御冥子(めいし)である。


「帝の所へ?」

 女御は口元に笑みを浮かべ、中宮に問う。


「そうじゃ。帝のお顔を拝見したくなってな。」


 そう答えるや、徒らに話す暇などないと言いたげに、急いて中宮は女御の前を通り過ぎる。


「帝でしたら、昨夜は私の所にいらっしゃいましたが?」


 後ろから女御が声をかける。


「……今、何と?」


 中宮はぴたりと止まり、女御に問いかける。


「帝にお会いしたいとおっしゃるのは、そのことをお聞きしたいが故では?」


 女御は中宮に笑いかける。

 が、中宮にはそれが癪にさわり。


「何と申したか聞いているのだ!」


 声を荒らげる。


「……改めて申し上げることもございますまい、お聞きにならなかったご様子ではございませぬ故。」


 女御は、尚も穏やかな様子である。

 恥ずかしくなったのは中宮の方である。


「……すまぬ、先ほどの話、聞いていたのか?」


 努めて、穏やかに中宮は問いかける。


「こちらこそすみませぬ。声が聞こえたものでございますれば。」


 女御の笑みは心なしか、先ほどよりも増しておる。


 それにはやはり怒りを禁じえぬが、中宮は努めて。


「……そうか、教えてくれてありがたい。」


 そのまま踵を返す。


 しかし、女御はすれ違い際に。


「中宮、"影の中宮"なるものをご存じで?」


 またも中宮は、ぴたりと止まる。


「……なぜ、その名を?」

「おや、ご存じで?」


 女御の笑みは、今や先ほどよりは薄くなっておる。


 その笑みのまま、中宮の耳元に顔を近づけ。


「……我らと同じ后でありながら、真にいるか否かも謎なるもの。それが帝の御心を、今や全て握り申していると聞き及んでおります。中宮の穏やかでないお心も、それがためではございませぬか?」


 そう囁く。


 中宮は、首をゆっくりと女御に向ける。


「……帝の御心を受けるは、氏原の出の后のみだ。

 成り上がりの出の后にも、影の中宮にも渡さぬ。」


 そう囁きかえすや、中宮は今度こそ行くと言わんばかりに急いて行く。


「……一言多ければどうなるか、一度分からせるべきか。」


 中宮の後姿を見送りながら、女御は穏やかな様子で穏やかならぬことを呟く。


「中宮様、どうぞお気を穏やかに」

「……ふん、今は先ほどよりは落ち着いておるわ。

 女御め、所詮は長門などというぽっと出の一族の出よ。」


 中宮は、一矢報いたとばかりの笑みを浮かべる。

 が、次には疲れの色を浮かべ。


「……少し疲れた。今は父上も内裏にいると聞いている。

 一度屋敷に戻り休みたい。」

 そう言うや、その場に崩れそうになり。


「中宮様!……かしこまりました。すぐに下のものに支度させましょう。」

 侍女に支えられた。

「……そうしてほしい」


「嫜子よ、何かあったのか?」

 牛車の前に着くや、中宮の父・氏原道中(みちなか)は中宮に問う。


「父上、ご心配に与り重畳でございます。しかしご安心を、この身は大丈夫でございます故。」

 中宮は気丈に振る舞う。


「さようか。だが、くれぐれも気をつけよ。その身体は、ゆくゆくは国の母となろう身体である。そなた一人の身体ではないのだからな。」

 道中は尚も諭した。


「申し訳ございませぬ、父上。入内してよりすぐにでも皇子(みこ)を産んでいれば、そのようにご心配をさせることもなかったものを……」

「いや、そういう訳では……そなたの身を案ずるは、摂政としてではなく、娘の父として然るべきことであるからだ。」

 道中は宥める。


  中宮の穏やかでない心は、女御が言葉の通り影の中宮である。だが、その影の中宮により心を乱されるのは、自らが懐妊しないことにある。今の氏原家の盛りは、他の后より産まれた皇子が帝となればすぐにでも衰えるものであるからだ。


「そなたは疲れておる。私が宮中にいる時でよかった。」

 道中は中宮に――いや、嫜子に――父として労わりの目を向ける。


 嫜子から見てもその親心に嘘偽りはないが、自らの為に父が悩む姿はやはり、娘として心苦しきことに変わりはない。


「……申し訳ございませぬ。」

「そなたが謝ることではない。……さあ、中宮様よ。これより国の母となろうお方がそのように、弱き心を見せてはならないものですぞ。」

 道中は次は父ではなく、臣下たる摂政として嫜子-いや、中宮に言葉をかける。


「……その言葉、しかと受け止めることとする。」

 中宮もまた中宮として、道中へ言葉を返す。


「やはり父上は、皇子のことで心を乱していらっしゃるか……いや、それは私とて、か。」

 牛車に揺られながら、中宮は今一度皇子のことで心を乱す。と、にわかに牛車の揺れが大きくなり、やがてすぐに収まる。


「そこの者!道の只中に寝そべるなど何をしておる!

 ここにあらせられるは中宮様であるぞ!よりにもよって最上の無礼を働きおって……」

 外から御者の怒る声が聞こえる。

 何ごとかと御簾を持ち上げ外を見れば。


「……うるせえなあ、こちとら倒れたくて倒れてるわけじゃねえってのによ!」

 中宮には、いや、都の者全てには聞き覚えなき言葉遣いである。


 声の主を見れば、それは見るからに見すぼらしきなりをした若き男であった。


 それは先ほど、あの刀――紫丸を買っていた若者である。


「……なっ、どこまでも無礼者め!すぐに立ち去れば許してやったものを!ここでその下賤な身体、切り捨ててくれるわ!」

 御者は刀を抜き、今にも斬りかからんとして。


「あ?"死合おう"ってか?」

 男も、背負う袋より刀を抜く。


 と、何やら風の音とも、人の呻きともつかぬ音が男の刀より響く。


「なん、だ……その刀は!」

 先ほどまでの威勢はどこへ。御者は腰が引け、後ずさらんとする。


 しかし、男はそれには構わず

「……こりゃあ、近くにいるみたいだな……」

 呟き、後ろを振り向く。


「今こそ絶好の機!あの痴れ者を討て!」

 男が背を見せたことを好機と見て、御者は他の守りの家臣たちに命じる。家臣たちも刀を抜き、斬りかからんとする。


「来ると死ぬぜ!」

 首のみ家臣たちに振り向き、男が大声を上げる。


「ふん、そのように敵に背を向けたまま何ができようか!

 今のそなたに我らは殺せぬ!」

 家臣たちは止まらず、尚も斬りかからんとする。


「ああ、俺には殺せねえ、けどな!」

 男は横に身を引く。

 その刹那。


「!……ぐっ!」

「うわ!」

 "何か"が家臣たちを襲う。


 あるものは貫かれ、あるものは斬られる。

「な、何だ……あれは!」

 声を上げたは御者である。


 目の前にいるは恐ろしきなりをした――より正しくは、牛のごとき角、虎のごとき牙を備えた面を持った――"物"であった。

「お、鬼……!」


 その"物"が鬼ということは、"あの時"より百年あまり経た今であろうと誰もが知っておろう。

 そして、鬼が現れたということは……


「あ、妖物……!」

 牛車より外を覗き見る中宮も声を上げる。


「も、百年あまり時を経て、この都に舞い戻ったというのか……!」

 すでに今は昔のものとしてのみ伝え聞いてきた人の仇、

 それを前に皆慄き、ただ見ることしかできぬ。


「……おのれ、妖物め!……くっ、うっ!」

 かろうじて向かう御者であるが、鬼の爪に容易く弾かれる。鬼にすれば、目の前には立ち尽くす獲物ばかり、まさしくこの上なき好機である。


 いやその中に一人、鬼を獲物として斬りかかる者がいる。

「……横に隙が出来てるぜ!」

 横に避けておった、あの男である。


 今にも御者を喰わんとした鬼に刀を振り下ろす。

 鬼はやや遅れをとったが、横より迫る敵を先ほどと同じく、爪で弾かんとして。


「うりゃあ!」

 男の刀と、突き出した脚に自らが弾かれ、地に転がる。


「……おいおい、これが紫丸だって?笑わせんなよ、こりゃあ"青い"丸って名前を変えた方がいいんじゃねえか?」

 男の場違いに呑気な声に、中宮がその刀に目をやれば。


 その刀――恐らくその名を紫丸という――は、その名とは裏腹に、妖しき青く光る刃を備えておった……



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