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第四話 ぼっちの黒オオカミ、白い子ガラスと一緒に赤いキツネにつままれる

 家族から嫌われても、他の人間は自分を嫌いではないかもしれない。


 ルミはそう考えていた時もあった。

 ほんの少し前までは。




 村はずれの凍った川べりで、座り込んで落ち込むルミ。

 必死にヴァルが膝に突っ伏した男の頭を撫でている。


「すまん、ヴァル……」

「泣かないでルミ。また二人で頑張ろうよ! 今度は金属のナイフも持っているし、もっとごはんのもとを取れるよ!」 

「あのサギツネ、マジで殺す……」


 純人の村で、二人は手紙を渡すべき村長を怒らせ、さらにお金も失ってしまったのだ。

 

 





 ことの発端は、行き倒れの狐を助けたこと。


 北に数日進んで二つ目の村だった。

 村のはずれで腹が痛いと倒れていた子狐。

 見知った狐人よりも、いささか赤い毛がボサボサで、痩せていて実に痛々しそうだった。 


『イタイイタイ! 助けてください』

『大変! ルミ、苦しんでいるよ!』

『分かった』


 子ガラスは大変!と黒狼の頭の上で羽根を広げる。

 いつもだったらもっと警戒するルミ。しかし、弱った子供はこれで二度目だ。

 それに【春を待つ街】で人の温かさに触れたせいか、狐の叫び声にわざとらしい演技が入っていることを、見抜けなかった。




 村の外れの広場で、狐を介抱するとなぜだかすぐに元気になった。 

 しかし、左の後足を少し引きずっている。


『いやあ、助かりましたよー。死ぬかと思いました。おや、二人はこの村は初めてですかな?』

『そうだよ! 僕はヴァルコイネン! 立派な鴉人だよ! 隣は妻むがが』

『俺は狼人のルミだ。あんたはここに住んでいる狐人か?』

『ええ、ええ。そうですよ! 私はこの村に長く住む赤狐でございます。とりあえずゴンをお呼びください。お礼に私の家に来てくださいませ!』


 こんと鳴いて、狐は人の姿になった。

 繊細な細面。ほっそりとした肢体の、幼い少女だった。ヴァルよりも少し背が高い。赤味の強い茶色の目に同色の肩までの赤毛を、ふかふかの毛皮の帽子で覆っている。この地方独特の、裾の長いゆったりしたコートで身で身を包み、どことなく品が良い。


 左足を少し引きずりながら、村の中を案内してくれる。

 集まる視線。訝し気な気配も感じるが、誰も声を掛けてこない。


『ここが我が家です』

『村の村長は純人と聞いたが――――おまえは家族か?』

『そうですね……。長い付き合いですよ』


 柔和な笑みを浮かべ、彼女は大きな家の中央に二人を迎え入れた。

 石と木でできた家屋の中央には、大きな敷物とずっしりとした大きな祭壇がある。

 上には山盛りの菓子。

 立派な囲炉裏のそばに陣取ったゴンは、優雅にふかふかの絨毯の上でくつろぎ始める。木の実と蜜と油で固められた山盛りの菓子を、ぼりぼりとむさぼる。


 居心地が悪そうに座るルミとキョロキョロ見回すヴァルに、菓子を二つ渡すと、口の周りをすっかり蜜で汚した少女は立ち上がった。


『ここで待っていてくださいね』


 そう訊ねるとゴンはふふふとほほ笑んで、奥の方へ去っていく。




 ――――その後。

 たくさんの足音が聞こえてくると――――。


「貴様、泥棒か! 小汚い変身人種アルターめ!」

「は?」


 年若い村長を先頭に、鉈を持った男たちがやってきのだ。

 ちょうどお菓子を食べようとしていたルミと、口いっぱいに頬ぼっていたヴァルは唖然と一行を見る。

 そして、そのまま捕まった。

 

 


 幸いにもルミの雰囲気が「ちょっと怒らせたらヤバそう」であったことと、「ごめんなさい、僕知らなかったの」と愁傷にあやまる愛らしい子供の様子に、その場で殺すようなことはなかった。


 事情を聞いた村長。

 しばし目をつぶり「それならと」金銭での賠償を要求した。

 悄然としたヴァルの横で、ルミが謝罪とともにありったけの金銭を支払う。


「またゴンか」

 

 村長の叔父にあたる相談役が、腕を組んで困った顔をしていた。

 どうやら二人を騙したのは村でも有名なおてんば娘だったらしい。




「祭壇の貴重な献上菓子を……。ヒョー・ジュー。あの性悪女狐クソガキはもう殺した方がいい」

「……」

 

 叔父の勧めに黙ったままの村長。

 代わりに相談役についてきた村人の一人が言う。


「しかし、あれでも前村長の後妻の子だぞ」

「兄貴とは血なんて繋がっていないじゃないか! 狐人の実家すら引き取らない! あんなものいない方が良い。なあ、俺は甥のお前を心配していっているんだ。村の輪を乱すような()()は、早く目を摘まないとな」

「……ほおっておけ」

「だが!」


(ヒョー・ジュー? そうといえば、鴉人の集落に詳しいという純人の村長はこの人か)

 

 ちょうどいい、とルミは胸元の手紙を出して声を掛けようとする。

 だが、村長に激しく拒否された。


 刈り上げた赤い髪の下に鋭い眼光。

 ヒョー・ジューは嫌悪感を一切隠さず、二人を糾弾する。


「変身人種は信用できない。しかも狼に鴉にしては色もおかしい。まともな人種ならもっと()()()()()をしているのではないか?」

「待ってくれ! 俺は虎人のエスメラルダの手紙を……」

「去れ! 二度とこの村に戻ってくるな! そして義妹に近づくな!」


 激高され、二人は村はずれにまで追い返されたのだ。

 




 

 銀狼の村や街では、周囲を威嚇するグレ狼だったルミ。

 少しは自分に自信が持てたと思ったのに。

 初めて会う人間にも色のことで罵倒されると……さすがに滅入ってしまう。


 ちらほら雪が舞い散ってくる。

 自分の心情のようだと、ルミは思った。


「ねえ、ルミ。ゴンに会いに行こうよ」

「……殺しにか? ああ、身ぐるみをはがしにか」

「違うよ!」


 ヴァルは否定した。

 外側を白皮でカバーした白い分厚い毛糸の帽子をすっぽりとかぶり、同様の白い手袋を付けたヴァルは冬の精霊のようだ。

 

「ゴン、ルミみたいだから」

「は!? 俺があんなはみ出し者だっていうのか!って……そうだな」


 ルミはヴァルをじっと見て考える。

 そして一度目を瞑り、ひたむきな黒い瞳に応えるように、立ち上がった。






 ルミは村から少し離れたところに、得意の半地下家を作ることにした。

 周囲を黒狼がうろついていることに気が付いているはずだ。

 だけど、村長が個人的な恨みで追い出した手前、村人もあえて無視という形で放っておいてくれた。


 時々。遠く聞こえてくれる罵声。


「こらー! クソガキ! 毛皮にしてやる!」

「劣化種の変身人種アルターのくせに生意気なんだよ!」

  

 どうやら、ゴンは村長の義理の妹に当たるらしい。


 純人は狼人のように純人で群れるのを好む。

 なのに、前村長は妻がなくなってすぐに後妻として狐人を娶った。しかも連れ子を連れているという。

 当然非難が集まった。奥さんも苦労したのだろう。線の細い美女だったという後妻は若くしてなくなり、連れ子は取り残された。


 後妻の実家が、その子を引き取らなかったからだ。

 理由は「赤すぎる」から。種が怪しいという。

 どこかで聞いたような話だ。


「義理の兄のヒョー・ジューはゴンを嫌っている。しかし、実際村人に害されないのは彼が村長として何らかの指示を出しているからだろう」


 ヒョー・ジューはゴンを避けるが、周囲から必死に守っている。

 一方のゴンは、いたずらでヒョー・ジューを困らせるが、どんなに村で嫌われても、必ず義兄の近くに現れる。

 

 ルミは考える。

 ヴァルも考えたが、まったく何も浮かばなかった。

 

『僕は鴉人……頭も良いはずなんだ……』

「知恵が出るだけが鴉じゃない。気にするな。その辺も妻の仕事だ」

『そうなの? じゃあ僕は何すればよい?』

「とりあえず寝相を治してくれ」

『お腹の毛に寝てもいい?』

「存分に寝ろ。暴れるなよ」

『はーい!』


 最近は人の姿で胸にくっつかれると微妙な気分になるので、互いに獣の姿で寝るようにしている。






 ルミはもう一歩、踏み込んで行動することにした。

 何度もゴンと接触をしようと試みては、するりと逃げられる。


 村人からは「獣たちが何かを企んでいる」と悪い噂を立てられるようになったが、気にせず毎日会いに行った。またまたヒョー・ジューに出くわすと、彼は射殺すような目でルミを見る。

 しつこくゴンの周囲を飛ぶヴァルではなく、ルミを。


 特に人の姿で現れた時の、彼の殺気は並ではなかった。


「もしかして……いや、まさかな」

『どうしたの?』

「思ったよりも話は複雑かもしれないな」


 そしてある日。

 狼の鼻で嗅ぎ当てた赤い子狐は、村の北の外れの柵上に座っていた。

 ぼんやりと遠くを見て。静かに白い息を吐いて。赤いしっぽは力なくゆれている。


 頭に白い子カラスの乗せた黒狼が近づくと、振り向き、哂う。


『どうしたんです? まだ怒っているんですか? 私を殺したいのですか? どうぞどうぞ、派手にやってしまってください。どうせ私は汚い赤狐ですからね』


 投げやりな子狐。

 ルミは疑問を投げかける。


『なぜ村を出ないんだ。なんだかんだ言って村の割り当てられた仕事はきちんとしているようだが』

『出るのも出ないのも僕の勝手ですよ。そして野垂れ死のうが殺されようが、私の勝手です』

『ねえ。ゴン。お兄さん好きなの? だから離れたくないの?』


 真っ黒いつぶらな瞳で問いかける子ガラスに、子狐は「はっ」と白い息を吐いた。

   

『随分と私の事情をお調べになったみたいですね。仕返しにしては陰気じゃありませんか。何をバカに――――』

『じゃあさ、お嫁さんにすればいいよ!』

『ヴァル!』


 ルミが止めようとするが、やる気になったら弾丸のようなヴァルは止まらない。

 妻の攻撃範囲から離れるように、天高く飛び立った。

 

『僕はルミが大好きだ! 旅が終わったらお嫁さんにするんだよ!』

『は? 何それ……』

『ゴンもヒョー・ジューを嫁にすればいい! これで解決だね!』

『ヴァル!』

『ふざけないでください!』


 暴走した子ガラスを止めようとするルミの後ろから、悲鳴が上がる。

 ヴァルのふわふわ白ボディをわしっと掴んだルミが後ろを向くと、涙を称えた少女が肩を震わせて怒っていた。ほっそりとした体が、むしろ白い雪原の背景で、今にも消えそうなほどはかなく見える。


『無邪気な顔をして残酷ですね! どんなに育ちがいいのか知りませんが、世界がひっくり返っても不可能なことをあっさりと言わないください! 私はは義兄の足を引っ張るだけの存在なんです。本当は死んだ方がいいかもしれない。でも離れられないんです……せめて、義兄が私を手にかけてくれないかと、いつも願って……だって、あい』 

 

 ――――ドス。

 矢の音がした。


 ゴンは雪の上に崩れ落ちる。


 ()()()()()()()の体の重みに耐えられず。


「にい、さん……?」


 なぜこんなところにいるのか。

 どうして、自分をかばって倒れているのか。


 ゴンには理解ができなかった。 



 



「気色の悪い獣めが。さっさと殺してしまえば良かったんだ」


 次の矢をつがえ、吐き捨てたのは、ヒョー・ジューの叔父だった。

 軽蔑と嫌悪感に満ち溢れた表情で、倒れた子狐とルミたちを睨む。

 

 皆を守るためにルミが立つ。

 ヴァルは茫然とするゴンの顔をはたき、「嫁入り前の子に傷つけさせたんだから責任取らなきゃ!」と斜め上の発言をして止血を始めた。 


「お前らまとめて殺してやろう。どうせ、変身人種だしな。死んだって獣と変わりはない。目障りな子供も言うことを聞かない甥も、みんなわしの前から消えろ!」

「……どうせ、俺のことも殺すつもりだったんだろう? あんたは相談役を担うには、いささか欲が強すぎた」

「兄さん!」


 うっすらと目を開けたヒョー・ジューに涙を流すゴン。

 ヴァルがなにやら、えーとえーとと傷口を見て悩んでいる。

 

 叔父の後ろから、派閥の男たちが矢をつがえて並ぶ。 


「顔は良いから育てば妾にしてやろうと思ったのだが。まあいい。望み通り気色悪い兄妹愛で悩む甥ごと殺してやろう。そこの黒狼と白鴉は珍しいから、剥製にして献上品にしてやろう。かの方は珍しい獣がお好みだ」


 わしの人生、こんな小さな村で終わるわけがない。

 兄の陰を恐れ、狭い村で、何も得られずに生きていくなんて――――。

 




『冗談じゃない』




 

 昏い独白の続きを言ったのは、大きな黒狼の方だった。

 漲る怒りによって、体が随分と大きくなっている。


『お前こそ村を出ればいい。どいつもこいつも。俺を見ているようで虫唾が走る』


 ――――勝負は一瞬だった。

 喧嘩だけは死ぬほど強かったルミにとって、矢くらいしか武器を持っていない純人など、歯牙にもかけない敵である。




   

 



 妹ができた。

 私を兄と一途に慕う、とてもかわいい子だ。

 獣の血が混じっていると叔父さんたちは言うけれど、私には毛皮の手触りすら愛おしい。

 

 だけど、優しかった継母も死に、保護者の父が()()()()()()で死んだ時。

 たまたま生還できた私は生き方を変えるほかなかった。

 冷たく、厳しく。叔父の狡猾な目から逃れるために、周囲の差別から守ることすらできなかった。

 やがて苦しむ妹が馬鹿ないたずらに走るようになり――――守れない苛立たしさに心底自分が憎くなった。


 妹よ。君が存在することすら憎い。どうしてこんなに私を苦しめるんだ。

 そして愛していると言えない私が一番、憎い―――――。


 必死に私の背中に手を当てる子供が叫ぶ。


「言いなよ! 僕は言うよ! 綺麗なものは綺麗なんだ! 好きなものは、大好きなんだ! 憎んでいる場合じゃないよ! 貴方にとって、何が一番大切なのさ!」





 




 ――――しばらくした、後。

 ルミとヴァルは、北の果ての村で、とある夫婦の噂を聞いた。


 ある寒村を捨てて、新天地を目指す二人は【春を待つ街】へ向かったらしい。 

 謎の黒い魔物に襲われた村は、近隣の大きな村に吸収されて、名前を消した。


 住む場所が消えても、本当に残るものは人の営みにこそある。

 形式なんて最初からない。


 妻として、夫のそばに立つ、精悍な青年はそう思った。






 



まだ続きます。

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