表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第三話 ぼっちの黒オオカミ、白い子ガラスとお金を稼ぐ

 その街は【春を待つ街】と呼ばれていた。

 南には雪原と狼人が住む黒い森。北には純人が多く住む地域が広がっている。




 街の中央を流れる運河。

 分厚い氷の下には小さな魚の魚影が見える。

 その両側に石が敷き詰められた大通りがあった。多くの人種が人の姿で行きかっている。

 街を構成するのは冷涼な気候でも耐えられる灰白色の石造りの建物。二、三階建てが中心だ。運河を起点に四角く区分けされて並ぶ。


『人が多いな。そろそろ氷祭りの季節か』


 粉雪でうっすら化粧をした石畳に、黒狼の前足が乗る。

 狼は白い息を軽く吐くと、白いコートを着た精悍な黒髪の青年の姿になった。

 鋭い黒銀のまなざしで周囲を見回すと、目的の店を目指して歩き始める。




「ねえ見て。あの人」

「あ、本当だ」


 ふと聞こえる、道行く若い女性たちの浮かれた声と視線。

 村に一人しかいなかった黒髪を見られている気がして、ルミは白いコートの色を黒に戻す。

 そして繁華街から外れた一角へ移動しようとすると―――――ひょっこりと胸元から白い子ガラスが顔を出す。

 首をきょろきょろを動かし、大きな瞳を見開いて興奮していた。


『ほあああ、おっきい石だよルミ! 石のおうちだよ! 人がいっぱいいるよ!』

「し。静かにしろ。この街では人の姿をとることが礼儀なんだ」

『そうなの? じゃあ僕も――――』

「やめろ。勘弁してくれ」

 

 俺が色々な意味で疑われる。

 首をかしげる幼鳥。

 ヴァルは何度人に変わっても、白い裸のままだった。






 村では孤独だったルミにも、街には友人が数人だけいる。

 そのうちの一人が、久々に店に訪れたルミを歓迎してくれた。

 特に、後ろから入ってきた幼女の容貌に釘付けだ。


「あらー可愛らしい子ね! お嬢ちゃんいくつ?」

「僕はお嬢ちゃんじゃないよ。ルミの旦那さんだよ!」

「まあまあまあ! 面白いことを言う子ね。じゃあ旦那さんのヴァルちゃん、アタシはエスメラルダ。この衣料品店の女主人よ」

「ぴ? 女の人? ……ルミのお友達のお姉さんも綺麗ね!」

「まあまあまあまあまあまあ! 素晴らしい審美眼を持っているわね!」


 ルミの白いコートを羽織ったヴァルを見て悶える、筋骨隆々な男性。鮮やかなピンク色で、裾の長いぴちぴちドレスを着ている。染めた長い青い髪を編み上げて長い簪を挿していた。


「ところで、なんでこの子は裸なのよ。誘拐?」

「ふざけんな」




 出会った経緯を聞いた店主は「そう……」と呟くと、商品の棚から反物を探し始める。


「こんなに可愛い子ですもの。腕がなるわー! ぴったりの服を作ってあげる」

「既製品でいい。すぐに着れる子供向けの服はないか」

「あら、ヴァルちゃんの裸はあなたの趣味ではなかったの?」

「そんなわけがあるか! こいつは最初から服を持っていないんだよ。再現もできない」

「……それはちょっと、問題ね」


 エスメラルダは、よく見れば男前の掘りの深い顔をしかめた。

 旦那さんと言われてご機嫌な幼女に前かがみになって質問する。

 

「ねえヴァルちゃん」

「なあに?」

「大好きなお母さんは、ヴァルちゃんに服を用意しなかったの?」 


 ヴァルはなんでそんな質問をされるのかよく分からないという顔をして、横にいるルミを見上げた。そして真剣な黒銀の瞳に促されながら、素直に答える。


「お母さんはね。人よりカラスの方が効率的だからって言ってたよ? ごはんの量も少なくていいし、服も買わなくていいからって」

「……兄弟はどうだったの?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんは時々人になってたな。色んなのを着てた。でも、大変だよね、お母さんはお金を稼がなきゃいけないのに、服って高いんだって!」


 裸の理由を自慢気に語る子供。

 白い肌を紅潮させ、えっへんと腰に手をやった。


「だから僕はお母さんの役に立っていたんだよ!」

「「…………」」


 ルミとエスメラルダはなんとも言えない顔をして、互いを見やる。

 そして筋骨隆々な店主は目端を潤ませて、レースのハンカチで拭い――――。ほほ笑んで、子供を褒めたたえた。


「すごいわヴァルちゃん! お母さんのために、服を着なかったのね」

「そうだよ! お母さんに苦労させたくないんだ! ごはんのもとも、今度からは僕が捕ってあげるしね! あ、ルミにも苦労させないからね。」


 だから服はいらないよ!

 そう宣言する子供に、ルミは懇願した。


「いや、着てくれ。頼む」

「えー?」




 エスメラルダは少し考え、「じゃあこうしましょう」と、ヴァルの白い髪を撫でながら提案をした。


「ヴァルちゃん。旦那さんのお仕事って何だか分かる?」

「知ってるよ! お嫁さんを守ること!」

「そうね。でもお嫁さん守る方法は色々あるのよ? お母さんが苦労したお金を稼ぐとかね。ヴァルちゃんはお嫁さんに苦労させたくないでしょう?」

「うん!」

「なら私が稼ぎ方を教えてあげる」

「ちょっと待て。俺にだって多少の金はある!」

 

 いきなり友人が、保護した子供に仕事を提案したことに焦るルミ。

 だけど若いころから一人で自前の店を切り盛りしてきた店主は、釘を刺した。


「クロ、いえ今はルミね。あなた、そもそも日雇い暮らしでお金なんてほとんど持っていないじゃない?」

「ぐ。しかし子供の服くらいは」

「アタシの店の服は高いわよ。何せこの街の有力者がこぞって買いに来るんだからね! 北の純人の「王」だって! ――――それに」


 エスメラルダは逞しい腕を組む。

 整えた長く青い爪で、今までやさぐれた生き方をしてきた友人に忠告する。


「本当はタダで上げても構わないのよ? アタシの美しさを理解しているし。でも、この子の気持ちを大切にしてあげたいじゃない。せっかく『お嫁さんを守る夫』になりたいと必死なのよ? あんたは誰よりも傷ついた子供の心が分かると……アタシは思っているけれど?」

「…………」


 店の中のに並べられた服を、きょろきょろと見てまわる子供。

 長く白い髪を軽く結わえてもらい、好奇心いっぱいにきらびやかな服の数々を眺めている。 


「嫁なら夫のプライドくらい守ってあげなさい」

「……ああ。そうだな」


 そんなヴァルを優しくみつめるルミに、エスメラルダは茶色の瞳を細めてほほ笑んだ。


「それにしても、あんたを嫁ね。つくづく面白い子ね。なんでそんなことを考えるようになったのか、興味が湧くわ。でも鴉人はほとんど街に来ないから……よく分からないのよね」

 



 

 


 目の前にいるのは誰だ。

 店のある部屋で、ルミは自分の目を疑っていた。

 

 櫛けずられたサラサラの白い髪はゆるく編み込まれ、金のカチューシャで止めている。額を軽くあらわにすると顔の美しい造形が際立つ。裾を緩やかに長くした黒いドレスは、華奢な体を足首まで優しく覆う。布全体には、レースや貴重なガラス玉がふんだんに使われていた。

 足首には重ねた細い金のアンクレット。手首も同様に飾り、首飾りには細かな輝石を埋め込んである。


 そして紅潮するまろい頬。

 少女は恥ずかしそうにけぶる白いまつげを伏せていた。


「……僕、夫らしく見える?」

「夫というか……」


 ――――女神に見える。

 そう言いかけて、あまりの恥ずかしい発言に押し黙るルミ。

 にやにやと笑いながら友人が太い腕で小突いてくる。


「ほら、ヘタレ狼。言ってあげなさいよ。とても綺麗だって」

「綺麗? 僕も綺麗?」


 夜空のように瞬く瞳が、期待を込めて見上げてくる。


 幼いながらも整った顔をしているとは思ったが、まさかここまで化けるとは。

 年齢的には幼鳥であるが、そこかしこに芽吹く少女らしさに、思わず唾をのみ込んだ。

 動揺しながら「あ、ああ。綺麗だな……」とようやく一言、喉から絞り出す。


 するとぱあっと破顔するヴァル。

 顔をくしゃくしゃにして喜んだ。


「やったあー!!! 嬉しいな! 嬉しいな! 奥さんから褒められたあ!」


 その場でドレスの裾を乱しながら、ぴょんぴょんと飛び回る。

 雰囲気がぶち壊しだ。


「こら! 商品なんだから皺を付けちゃだめよ!」

「はーい!」

「リタ。ちゃんとこの子をスケッチして」

「はい」


 従業員に指示して、エスメラルダはヴァルの絵姿を書かせていく。

 後ろにはドレスの山が積んであった。




 エスメラルダがヴァルに依頼した仕事は、「新作の服のモデル」だった。


 せっかくの素材なのだから、自分の新しいデザインの服を着てもらい、その絵姿を得意先へのアピールに使おうと考えたのだ。

 落ち着きのないヴァルが従業員に叱られながら、必死に動かないよう頑張る姿を、椅子に座って長い足を組んで見守るルミ。はらはらと心配そうだ。

 

「別にヴァルじゃなくてもいいんじゃないか?」

「あら、この子は滅多にない逸材よ? 鴉人は羽根が輝いているのが特徴だけど、肌もきめが細かいって有名なのよね。栄養が足りなくて少し肌荒れしているけど、その辺は化粧でどうにかなるし。何よりも顔が好みだわ!」

「顔か」

「あら、私みたいな顔面コンプレックスの女は、美しいものに目がないの。ヴァルちゃんなんてもう理想! 昔着てみたかったものを着せたくなっちゃのよね。本当に綺麗に生まれたかったわ……」

「エスメお姉さんは綺麗だよ! ルミの次に綺麗! 僕は好き!」


 ヴァルの声が飛んでくる。

 嘘のない嘘のない笑顔。エスメラルダは「うっ」と分厚い胸を抑え込んだ。


「やべえ、惚れちまうわ。……ねえ、ヴァルちゃん。アタシも一緒にお嫁にしない……?」

「おい」

「ごめんね! 大好きなお嫁さんはルミだけなんだ! 幸せにするんだよ! このお仕事やれば洋服とお金をもらえるんでしょう? ルミ、待っててね!」


 手をぶんぶんと振る子供。

 へへへ、と美貌が完全に崩れた幼い笑顔に、ルミはほっとする。

 そして気が付く。隣でにたりと笑う友人の気持ち悪い表情に。

 仏頂面になってそっぽを向いた。




 友人は、ひとしきりニタニタした後に、薄いごわごわしたものを手渡してきた。

 最近東の集落で開発された「紙」だ。中には不思議な模様がある。


「……なんだこれは」

「そういえば貴方は文字をあまり知らないのよね」

「村ではほとんど要らなかったからな」

「ならばこの機会に覚えなさい。この()()は広いわよ。文字が読めるだけでも、身を守ることができるわ」

「これで? こんなもので戦えないじゃないか」

「バカね。ここよ、ここ。これからの時代はこれで戦うの」


 エスメラルダは太く青い指輪を付けたひとさし指で、頭の横を叩いた。

  

「あの子の家族を探すために、この土地を離れるのでしょう? 腕力だけじゃなにも解決しない。交渉するすべを覚えなさい。それこそ鴉人は頭が良いことでも知られているわ。特に()()をする一族は。たくさんの人種と渡り合うためにも技術を身につけないと」

「……確かにな。分かった」

「あら、殊勝ね」

「……俺は何も知らないまま生きてきた。世界は村しかなかった。あいつが俺を幸せをしてくれるというなら、俺もあいつを幸せにしないといけないと思う。だから……今のままじゃきっと駄目なんだと思う」 


 自分の両手を見つめるルミ。


 家族から捨てられた絶望の中に、飛び込んできた小鳥きぼう

 どうしたらいいのか分からない。

 でもどうにかしなくてはいけない。

 ひねくれた孤独な黒狼は、「二人」で生きていくすべを、必死に考え始めていた。






 空が広い。

 そう思えるのは、自分が前を向きたくなくて、ずっと上ばかりを見ているからだ。


「あの、本当に良いんですか!?」

「良くねえよ……ぶっ」

「聞こえなかったわね! もう一回! (空ばかり見ていないで、お客を見る! ヴァルちゃんが我慢できたのだからあんたも我慢なさい)」

「……はい。オジョウサン、ボクトイッショニオドリマショウ」 


 本気の腕力で腹をしこたま殴られたルミは、しぶしぶと美しく装った妙齢の女性の手を取った。


 エスメラルダが用意した黒い礼装を着き込んでいる。

 かっちりとした品の良い服。姿勢の良い長身。鍛え上げられた肢体に撫でつけた黒髪。精悍な横顔には何本か前髪が落ち、年齢に見あわぬ男の色香を放っていた。

 あちこちで上がる嬌声。

 今まで自分をぶしつけに見つめてきた視線の多くが、若い女性だったと、今更気が付く。




 ここは氷の演舞場。

 街には広場で氷を張り、その上で滑るように踊る「氷上演舞」という伝統があるのだ。

 特に、氷祭りでは、春を願い、こぞって友人や家族で一緒に踊る。だが、自由自在に氷上を動くにはそれなりに体力と技術がいる。


「最近の氷祭りは「男女」で踊ることが流行っているのよね。祭りに合わせて服もドレスものが売れるし、願ったりかなったりだわ。だから男性ものも、もっと売れて欲しいのよね~」

「ルミ! 綺麗だよ! 僕自慢しちゃう!」

 

 報酬にお願いしてもらった白い少年向けの服を着たヴァル。赤と白の毛糸の帽子を深くかぶっている。

 ドレスがよく似合っていたが、本人は動きやすい服の方が好みだったようだ。

 ふんっふんっ。柵を掴んで跳ねている。

 男性たちも、まさか落ち着きのない少年が巷で話題になった絵姿「女神のような少女」本人とは気づいていない。


 引き攣る笑顔で、未来の夫に手を振り、次から次へと依頼してくる女性たちを、必死にリードする黒い礼装の美丈夫。

 男たちの嫉妬には全く気が付かず、ルミは懸命に「仕事」をこなしていた。

 次から次へとくる依頼に、我慢の限界が来そうだ。




 商魂たくましい友人が依頼した仕事は「着飾った若い女性と礼装で踊ること」。

 見栄えのする男性を使って、恋人たちにこうばいよくを持たせたかったらしい。


 氷と雪が輝き、人々は笑顔で春を祈る。

 時々獣の姿に変わり、毛皮や鱗で氷上に転がるのもご愛敬だ。いつもは口うるさい純人の住民も笑っている。

 ここは【春を待つ街】。

 多くの人種が共存しながら、時に緊張を孕みながらも、助け合って生きている。


 


  

  

 出発する当日。


 街と雪原の境界線で、エスメラルダが笑顔で見送りに来てくれた。

 豪華な茶黒の模様の毛皮を着こんだ友人は、昔よりもとげとげしさがなくなった孤狼ルミに忠告する。


「本当に行くのね……街に居つけばいいのに。今なら、ここではあんたが嫌われていないって分かるでしょう?」

「俺はヴァルと約束をしたからな。母親に合わせると」

「育児放棄をしたお母さんね……。行きつく先はヴァルちゃんの泣き顔かもしれないわよ」

「それでも……あいつは心から再会を望んでいる。最後まで付き合うつもりだ」

「そう……アタシが渡した手紙。ちゃんと純人の街で渡すのよ。あの人なら多分、鴉人たち北方人種の情報に強いから」

『エスメお姉さん、ありがとう!』


 大きな声で感謝するヴァル。

 彼女は白いふわふわの羽毛の子ガラスに姿を変えた。

 服を再現する方法も学び、白いふわふわのコートと帽子姿で行ったり来たりできるようになった子供に目を潤ませる。


「ヴァルちゃん。いつでも帰ってきてね。新作ドレスを用意して待っているわよ」

「……本当に、感謝している」

「ルミ。あんたはいつだって自分を追い詰めるから心配だったわ。でも、いい男になってきてる。また一回り成長して戻ってらっしゃい」


 しっかりと資金を準備して作った荷物を背負った二人。

 ルミが大きな黒狼に変化し、頭に白い子ガラスのヴァルを乗せた。


 北に向かって力強く走り出す。




『待っているわよー!』


 エスメラルダは巨大に虎に変わり、透き通るような空に向かって、一声吠えた。 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ