戦いが始まった! それはそれとしてギリギリだ。
1
場面は飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、飛んで。
僕たちはとなり町にやって来ていた。
とりあえず、どの魔王が逆転の呪いを使うのかを判明させなければならない。
傷も癒えないままの突然の旅だったけど、どうやら、僕の体力は飛躍的に上がっているらしく、そうきつい訳でもなかった。
それに、マナさんは思ったより冷静で、僕たちの身の回りの世話をよくしてくれたので、快適と言えば快適ではあった。
隣町、ユーグ村。
入り口に入ると、夏の日差しに照らされた土造りの家がたくさん見られた。
中央には大きなギルド。
株式会社、勇者育成、と書いてある。
「ちょうどいい、ここでみんなの装備とかを買いそろえておこう」
お金は、実は盗賊達からたんまりもらっているのだ。
と、意気込んだのは良かったのだが、
「勇者ul様、借金がありますよ」
「え、そんな、嘘です!
僕、借金なんかしてるわけ……」
あわてて身を乗り出すと、ギルドのバイスバディなお姉さんがクラスカードを見せてくれた。
カードには、赤く数字が刻み込まれていた。
「こ、これ、奨学金と同じ値段だ」
こんな余分な所は引き継がれるのか、世知辛い。
「その意味は分かりかねますが、お心当たりがあるなら、返済を」
「は、はい」
とりあえず、盗賊からせしめたお金を払ってみるのだが、微妙に足りなかった。
「ま、マナさん」
「ごめんなさい。
お金はあまり」
「かげちゃん」
「拙者も路銀くらいしか」
「レーナ」
「なー、いー」
どうしたものかと思いながら辺りを探す。
視線をさまよわせていると、張り紙が見えた。
『闘技大会、優勝賞金、一千万ゴールド』
残った借金は、百万ゴールドほど。
つまり、優勝すれば余裕で返済できるという訳だ。
「マナさん、かげちゃん、レーナ、あれに出場しよう!」
三人は遺憾無さそうにうなずいた。
僕の借金を責めるような気配もない。
しかし、僕は気づいていなかったのだ。
大会の内容欄に、『アン・ユージュアル・ステータス・ロシアンルーレッド、と書いてあるのに……。
2
そうして、僕たちは、大会の用紙にサインをして、勇者、ガンスミス、忍者、メイド、という謎のメンバー構成で出撃することになった。
大会はあれよあれよという間に開催され、僕たちは準備の暇もなかった。
そういうわけで、待合室。
牢獄のような石づくりの部屋で、僕たちは顔を見合わせ合っていた。
「かげちゃんは、魔法を使えるんだね?」
「はい、風の魔法は強力です!」
かげちゃんは敬礼をする。
よし、これなら戦力になりそうだ。
次はマナさんだが……。
「マナさん」
「マナちゃんって呼んで」
僕がにぶかげを、かげちゃんと呼ぶのが少し気に入らないらしい、マナさんだった。
これでは、不公平だとは思うので、言う通りにすることにした。
「マナ、ちゃんは、どんな技術を?」
「Bランクの薬作製と、Aランクの包丁殺人術です!」
包丁殺人術、強いのかな。
明らかに肉弾戦闘だし。
「じゃ、じゃあ、僕と一緒に前衛で」
「はい!」
あからさまに顔を輝かせるマナさん。
よし、段々とどうやって接すれば良いか分かって来たぞ。
どうやら、マナさんは、僕と一緒に、という言葉を使うとかなり喜ぶようだ。
「レーナは中衛、かげちゃんを守ってあげて」
「うー」
レーナはこくりとうなずいた。
「とにかく、SSランクの魔法と剣術があれば、そう簡単には負けないはず。
一回戦、必ず勝つよ!」
僕が発破を掛けると、全員、腕を突き上げた。
「出番です。
出てくださーい」
ギルドのお姉さんの声。
僕は振り向き、うなずいた。
それにしてもなんで、あんなぱっつぱつの衣装を着ているんだろうと思う。
赤いレザースーツで、胸元が一杯に露出されている。
へそまで出して寒そうだった。
と、分析はそこまでにして、僕たちは歩き出す。
部屋を出ると、ぎらぎらと太陽が照りつけていた。
観客席がぐるりと僕たちを取り囲んでいる。
砂利に覆われた大地は、半径三十メートル程の円を描いていた。
風が強い。
どっ! と歓声が沸き起こる。
この闘技場はギルドの内部にある。
魔法に寄って空間を膨張させ、太陽の光を作り出して、こんな光景を作り出しているらしい。
僕たちは前方を見た。
『東! マッスルグラディエーターズ。
先年度の大会では、おしくもベスト4入りを逃したが、その肉弾戦闘力の高さで観客を圧倒させました。
全員、筋力A以上。
知性はC以下。
魔力はFという、偏った個性!
うーん、まっするう」
観客席から叫んでいるのは、ナレーターの女性である。
眼鏡をかけたそばかすの女性で、お胸は控えめな感じである。
『まあ、よくも悪くもシンプルな答えを出したってのは、賞賛に値するよ、私は好きだね』
それに答えるのは、黒髪、褐色のアジアンビューティーな女性である。
ビキニのような鎧を着ていた。
ぱっつぱつである。
クールな感じの女性で、どこか気だるそうに闘技場を見ている。
『対しまして、今大会初参加。
チーム名『未定』
これは、思い切ったネーミング!
しかし、幸運以外オールSSの、魔王を討伐した勇者を筆頭に、包丁殺人術を使いこなすメイドさん、鈍足の忍者、怪力少女などが参戦!
これは、期待だあ!』
『うーん、どうかしらね。
チームリーダーを幸運F-に任せたのは失敗だと思うけど。
スペックが高けりゃいいもんじゃないしね。
特に、今大会ではさ』
『確かに、未定、チームは苦戦を強いられる予感です。
それでは、行きます!
ろしあんるーれっどおおおおおおおお、どうぞ!』
嘘、ロシアンルーレッド?
僕はあわてて三人を振り返った。
レーナ以外の二人は、目を丸くして、僕を見ている。
レーナは、やる気(殺る気)満々の様子で、身構えていた。
そんな中、闘技場の上空に浮かび上がったディズプレイが映像を流し始めた。
六枚のプレートが、くるくると回っている。
『すとおおおおっぷ!』
実況の女性によってストップがコールされると、
僕のチームのカードが全て、表替えされた。
『HP五十分の一。
状態異常、毒、魔法無効、行動鈍化。
装備摩耗。
回復アイテム、使用不可、ですね。
全部、揃っちゃいましたね』
『まあ、勝負は時の運だ。
これも致し方ないこと。
対するマッスルチームは、魔法無効状態のみ。
これは、未定チームには難しい試合になりそうだ』
欠伸まじりに残酷な予想。
僕だって分かっている。
この状況はかなりやばい……。
観客が、しらけた様子で僕たちを見ている。
ルールをよく確認していれば。
『スタート!』
戦いの火ぶたが切られた。
マッスルチームが、剣を構えて殺到する。
かげちゃんが魔法を使えないという事は、かげちゃんは、行動が鈍い格好の標的になってしまう。
勝利は、相手の体力を全員、三十パーセントまで減らすことが条件だから、かげちゃんの魔法で減らして行くつもりだったのだ。
僕たちは、主砲を失った。
歯を食いしばって、逃げたいのを堪える。
「作戦変更。
でも、フォーメーションはそのまま。
かげちゃんを守りながら、戦おう!」
時間制限もある。
相手に攻撃を喰らえば、その制限時間は否応無く減る。
マッスルの一人、覆面をした男が斬りつけて来た。
【不条理の逆流】発動!
剣が真っ直ぐに僕の胸元へと吸い込まれて行く。
僕はそれを切り伏せると、マッスルの胸を強かに蹴り付けた。
マッスルはぐらりぐらりとよろつきながら、地面に手をつけた。
僕はすかさず、剣を上段に構え、マッスルを睨みつけた。
「さあせえるうかあ!」
僕の真横に、影が飛び込んで来た。
イタチのような俊敏さである。
僕は剣を身体の側面に構え、心臓へと飛び込む剣を弾いた。
「全ての悪条件が揃うとは、ついていないな。
だが、我々は、手加減をするつもりはないぞ」
後ろに飛び退りながら、剣をさっと構えるチームリーダーらしき男。
僕は、剣を構えながら男を見た。
筋骨隆々とした、銀髪の男。
隻眼で、体中に傷がある。
黒い鎧を着ており、その鎧にも多数の傷が出来ていた。
見るからに強そう。
「筋力SSか。
その細い身体でどうやって、それを可能にしているかは分からないが、私は負けんぞ」
両刃の剣をぐるりと回し、僕に突きつける。
切っ先がぎらりと光っている。
僕はこくりと喉を鳴らしながら、剣を構えた。
「あの忍者、どういう訳か動けないようだな、魔術師として使うつもりだったのか。
つまり、君には二人、人員を割けるという訳だ」
隻眼の男と、特徴のないマッスルが、僕を二方向から取り囲む。
毒で、意識が朦朧とする上に、身体が重い。
僕は辺りを見渡した。
マナさんは、相手メンバーの一人と交戦している。
一進一退の攻防だ。
レーナは、逃げる相手に必死に組み付こうとしていた。
「よそ見をしている暇があるのか!」
二方向から剣が繰り出された。
「あるさ」
僕はさっと、身を交わした。
剣の切っ先が、明らかに僕を外れながら、空を切った。
僕は隻眼の男の方に走り、剣を振りかざした。
ロングソードと、僕の小さな剣がぶつかり合う。
ぎりぎりと火花を散らし、押しては引き、引いては押してを繰り返していたが、やがて、僕の方が吹き飛ばされた。
「どうした、魔王を倒した勇者の腕はその程度か?」
僕は体力バーを見た。
四十五パーセントほどに減っている。
ぎりっと歯を食いしばりながら、立ち上がった。
後ろから、剣が襲って来る気配。
僕は身体を横にして、その剣を交わした。
「その勘は大した物だな。
どういう鍛錬をすれば、その境地にたどり着ける」
「……産まれてから、ずっと、何かと戦い続けて来たからね」
「そうか、やはり大した物だ」
隻眼の男はにやりと笑った。
勝てるかどうか、それは分からない。
レーナも、マナさんも、かげちゃんも必死で戦っている。
だから、負ける訳にはいかない、ただその事実があれば良い。
僕は剣を構えた。
重い身体を引きずるようにして、前進する。
明日も夜のみで