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目が覚めたら超絶美人に求婚されていたが、それはそれとして不幸だ



 コインロッカー! コインロッカーは百円入れたら、どんなに狭い所にも入らなきゃならないんだぜえ! ほら、入れ入れ!


 幼稚園? 高校?

 どちらかは判然としないが、百円玉が僕の顔の横を泳いでいる。

 便座の中に頭を突っ込まれて、執拗に、何度も何度も、水を流される感触。


 悪臭と、息の苦しさと、屈辱感に、心臓が冷たくなるようだった。

 冬の便器はひどく冷たい。

 水も、凍るように冷たい。


 右手を上げると、手が離された。

 手心が加えられたとか、そういう都合のいい話しじゃない。

 僕が死なないように加減して、二秒としないうちにまた、顔を便座に突っ込むのだ。


「ぶっはあああ!」


 あまりにも息苦しいので大きく呼吸をした。


 すると、ほの白い月の光が見えた。

 カーテン越しに空が見える。

 いや、カーテンにしては近すぎないだろうか。


 見ると、どこかの一軒家のベッドの上のようだが、どうも寝苦しいから起きたらしい。

 そもそも、カーテンに見えたものはどうやら、ベールか何かのようだった。


 白いベール、花嫁が頭にかけるような……。


 ふと、気づいた。

 僕の上に誰かが伸し掛かっているのだ。

 まさか、金縛り、怨霊?


 ファンタジー世界に転生したというのに、そんな無粋な単語が頭にちらつく。


 かくして、怨霊の正体は。


「はなよめまなさんだあ」


 また、幼児退行してしまったが、花嫁のマナさんが、僕の上にのしかかっているのだ。


 純白のウエディングドレス。

 想像を越えた美貌をさらけだすほんのりとした上品な化粧。

 ぱっつぱつの胸元……。


「はい、花嫁のマナです!

 これは、結婚の儀式です!」


「あの、僕が常識はずれな可能性が多分にあるので、一つずつ検証して行きましょう」


「はい!」


 マナさんは悪びれない、というか、本当に悪くは無いのかもしれない。


「まず、結婚の儀式は双方の合意によってなされるもの、というのが僕の常識です」


「あらあら、それはおかしな常識ですねえ。

 結婚とはどこかの誰かが勝手に人の人生にねじ込んで来る人生の墓場ですよ?」


 人生の墓場とはかなりの言い草だ。

 しかし、どうやら、ここが少し古風な時代設定であることを忘れていたらしい。

 中世では、結婚の認識なんてそんなものか。


「露出度マックスのウェディングドレスは?」


「どちらかというと異常です♪」


 はい、ダウトー。

 いや、格好なんて主義主張によるものだ。

 もう少し、ちゃぶ台をひっくり返すのは待つとしよう。


「じゃあ、結婚式は抜き打ちでやるものですか?」


「私と魔王の結婚式は抜き打ちでした!」


 く、異を唱え辛い……。


「結婚式はベッドの上でやるものですか?」


「本当の結婚は肉体関係を持ってから♪」


 この中世ヨーロッパだとそう言うことになるのだろうか?


「その、いわゆる肉体関係ですが、ウェディングドレス姿でやるのはおかしくないですか?」


「おかしいですね。

 じゃあ、脱ぎましょうか♪」


「はい、ダウトー!」


 僕はちゃぶ台、ならぬ体位をひっくり返し、マナさんを押さえつけた。


「マナさん、落ち着いてください。

 おじいさんが泣きますよ。

 貴方を助けるために、大事な剣を託してくださった、本当に心優しい方じゃないですか。

 今の変態チックな状況を見たら、悲しみますよ!」


「祖父の合意は得ています」


「前言撤回だっ!

 あの破廉恥(はれんち)ジジイ!」


「勇者様、勇者様、ひどいじゃないですか。

 勇者様は忘れたんですか、あの夜のことを!」


 何かやったかしらん。

 僕は、マナさんと初めて会った日の夜からずっと眠っているはずだ。

 もしかすると、眠っている間に急激な欲求不満に包まれて、何か粗相をしたのかもしれない。

 ていうか、マナさん、こんなに頭が残念な感じの人だとは露とも思っていなかったのだが。

 おかしくなったのは、僕のせいだったのか。


「私、組み敷かれて、何度も腰を打ち付けられて。

 ひどい、ひどい、あんな、あんな、ドクロのオナニーを見たら、貞操観念がどこかおかしくなるの当たり前じゃないですか!」


「僕が介在していない夜のことかっ!

 罵倒し辛い!」


 確かに、幸運の魔王とやらのオナニーを散々見せつけられた、という話しを聞いたが。

 しかも、マナさんの身体を使ったかなり本格的なオナニーである。


「マナさん、マナさん、落ち着いてください。

 身もだえるのを止めてください。

 少なくとも、僕と結婚したって何のメリットもありませんよ!」


「恋愛は、メリット、デメリットでするものではありません!」


「随分、進歩的な考え方っ?」


「ちなみに、先程の古風な回答は全て詭弁です♪」


「確信犯かっ!」


 僕は埒が開かないことをようやく悟って、ベッドを離れることにした。

 マナさんを残したままに、床に着地すると、小指をベッドの足にぶつけた。

 ベッドの足は用意にへし折れ、マナさんの身体がぐらりと揺れる。

 マナさんがアッと声をあげるので、あわててその身体を支えると、僕たちは折り重なって倒れた。


 鈍い痛みが身体を襲う。

 興奮して忘れていたが、まだ、身体の傷は治り切っていなかった。


「チャンス!」


 水を得た魚のマナさんである。

 別名、真魚さん。


「舌なめずりするのをやめろ!」


「先の方だけ!」


「女の子がそんなふしだらなことを言うのは止めてください!

 生き急がないでください!

 吊り橋効果です。

 勘違いです。

 全て、一時のテンションが為せる業です!」


 マナさんの両手を押さえつけながらそう言うと、マナさんの華奢な肩がすっと力を抜いた。


「そ、そんな、生半可な気持ちじゃありません!」


 マナさんの様子は、先程までのコメディタッチと一線を画していた。


「あの時、私を救ってくれた貴方の姿を見て、魔王を倒してくれた事実を見て、見ず知らずの人を助ける姿勢を見て、私、私……」


 ぽたり、ぽたり、僕の胸元に暖かい涙が伝う。


「この人なら、私がずっと見続けて来た、あの悪夢を打ち払ってくれるって。

 毎日、見るんです!

 あの、魔王との痴態を!

 死にたく、なるんです!

 その度にっ」


 ああ、そうか、やっぱり、この人は傷ついていたのだ。

 軽く考えては行けなかった。

 ギャグで処理しようとしたのは、あまりにも失礼だった。

 そうだ、だって、あまりにも理不尽じゃないか。

 人間ですらないものに、身体を陵辱されるなんて。


 だけど、僕は……、


「僕、童貞ですから!

 上手く出来ないですから!

 ご迷惑をおかけするに決まってますから!」


「筆下ろしします!

 幸運の魔王(スケベドクロ)以外にお相手した時ありませんけどっ!」


「ほぼ、実戦経験ゼロじゃねえか!」


「いいから、抱け!」


「急に、男らしくなった?」


「だーいーてー、くーだーさーいー!」


「妹さんが悲しみますよ!」


「リズも、『ウルみたいなお兄ちゃん、欲しいかな』って、認めた様子で言ってました!」


「すげえ、嬉しいけど、ありがた迷惑!

 この状況においてはっ!」


「まさか、リズが好きなんですか?」


「ずいぶん飛躍しましたね」


 もう、看過が出来ない。

 ズボンの紐が緩み始めている。

 さっきから、ギャグとシリアスが入り交じったやり取りをしているが、もう、シリアスで行こう。

 シリアスで押し切ろう。


「とにかく、落ち着いてください」


 両手で、マナさんの肩をつかむ。

 折れそうなくらい軽い身体だった。


 マナさんは止まらない。

 このまま、僕も傷つかず、彼女も傷つかずに断ることは恐らく出来そうに無い。


 僕が原因で、僕が嫌いになったのなら、マナさんは全く傷つかない。

 なら、傷つくのは僕だけで良いじゃないかっ!


 しかし、女性の心を一瞬で氷結させ、なおかつ、僕が言うとリアリティがありそうな言葉はあれしかない!

 しかも、最大限に誇張しなければ、嘘だと思われる可能性があるっ!


「すいません、僕、ロリコンなんですっ!

 幼女が好きで、幼女以外に興奮できない生き物なんですっ!

 両の手で数えられるくらいの年齢でなければ、僕の相手はつとまりません!

 胸はぺったんこで、お尻は小さくて、ハ二ーフェイスに素敵な片言、そこにエロスを感じる変態なんです!

 パラメーターがほとんどマックスなのだって、幼女にモテたいが一心で、幼女にちやほやされたい一心で修行したんです!

 ロリ最高!

 最高!

 ばんざーい!

 あっ」


 今世紀最大の演技だ。

 それだけに、この状況はまず過ぎた。


 聞いているのがマナさんだけであれば、人格者の彼女だから、言いふらしたりはしないんじゃないかと思っていたが、他の人であればどうだかは分からない。


 いつの間にか、寝室の入り口が開いていた。

 二人の人物が顔をのぞかせている。


 リズさんと、お二人のおじいさん。


「きもっ」


 まるで、汚物にたかる蠅を見るような目で、リズさんに睨まれている。


 おじいさんは、分からなくもないヨ、という目で僕を見ている。

 破廉恥ジジイ!

 僕の清廉な第一印象を返せ!


 リズさんはのっしのっしと歩いて、惚けたように佇むマナさんの身体を抱き寄せて走り去った。


「ああ、くそ、明日からあだ名はロリコン勇者だ」


 なんだよそれは、コインロッカーを明らかに下回る……。


 そんな僕の肩をぽんぽん、と叩くものがある。


「うー」


 レーナが水の入ったコップを僕に気遣わし気に差し出している。

 知能が無いというのに、いや、知能が無いから、今の話しの内容もつかめないレーナだったから、僕を励ましてくれたようだ。


「ありがと、レーナ」


 僕はレーナの頭をくりくりと撫でた。

 レーナは顔を赤くして、微笑んだように見えた。


 次の日、僕のあだ名は別にロリコン勇者にはなっていなかったが、マナさんが若返りの秘薬の作り方を探しているという情報が僕の耳に届いた。


 ああ怖い。

 女の執念。

 ああ怖い。


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