全身矢で射貫かれて、ボロボロだが、それはそれとして幸運、なのかもしれない
1
マナさんの祖父を名乗る人物に呼び止められた。
腰が曲がったおじいさんで、優しそうな顔をしている。
はげ頭に赤ら顔で、鬼のようでもあったけど、だからといって怖い訳じゃない。
口元に笑みを浮かべながら、
「どういう理由か分からんが、あんた武器を持っていないじゃろ」
街の入り口を出る直前、彼は僕に一本の剣を差し出した。
「業物とは言えんが、わしの作った中では最高の作じゃ。
持って行きなさい」
手渡されたのは、革の鞘に包まれた、僕の片手にちょうどいい位の剣だった。
抜き放ってみると、自分の顔が見えるくらいに磨き上げられている。
「ありがとう、必ず僕が救います」
僕は頭を下げて歩き出した。
2
夜の山に、月が浮いている。
くっきりと浮かぶ星々が、四方を埋め尽くす山の頂上。
草木も眠るような静かな晩に、いくつもの焚き火が火の粉をくすぶらせていた。
剣を肩にかけ、焚き火に囲まれた砦へとたどり着く。
弓を肩に担ぎ、剣を引っさげた人相の悪い男達がぞろぞろと現れた。
マナさんを探す。
男達の中心に、ルミエールがいて、マナさんはその手に捕まっている。
必死で、僕に何かを訴えるような調子だった。
「では、契約しよう。
負けた方は、勝った方の奴隷になる。
対戦方式は、アン・ユージュアル・ステータス・ロシアンルーレッド。
俺たち全員対、あんただ」
「いいよ」
「じゃあ、契約の刻印を」
ルミエールは一枚の書状を取り出した。そこには、何やら複雑な刻印が描かれている。
僕は慎重にその書状を観察した。
内容はよく分からない。
僕の知っている言語とは違うし、この世界に入ってから読めるようになって言語とも違う。
ルミエールが何か細工をした可能性もある。
ルミエールが刻印の一端に触れる。
僕はそれにならい、その反対側に触れる。
「契約完了」
「……っ!?」
急激に身体を襲ったのは、横殴りするような衝撃だった。
「あっはははあああ。
すごいなあ!
HP十分の1の呪いをいきなり引き当てるとは、あんた、よくよく運がないんだなあ!」
そうか、こういうことか。
僕はあわてて距離を取った。
その瞬間、盗賊達が弓を構える。
雨のように弓が降って来た。
僕は、強化された動体視力で、矢の動きをせいかくになぞらえ、剣でたたき落とそうとした。
が、急に視界が白くぼやける。
「ぶっはははははあああああ!
ああ、暗目状態まで引き当てたか!」
高々な笑いと共に、体中に矢が突き刺さった。
強烈な痛みを感じながら、地面に突っ伏し、何度も肩で息をする。
体中に痛みが点々と存在しているものだから、果たしてどこが痛いのかも分からない。
手当り次第に矢を抜き取ると、皮膚を赤い血液が滴り落ちて行くのに気づいた。
次の瞬間、身体が動きを止めた。
痛みのせいではなかった。
「劇毒状態か、あんた、そのまま行くと、後百秒ほっときゃ死ぬぞ?」
そんな声が聞こえた。
幸運F-であることで、ロシアンルーレッドに記載されているデメリット効果が全て、僕に降り掛かっているとしか考えられない。
しかも、まだ、恐らく効果が残っている。
身体の何かが二つ、縛られた。
「行動鈍化、魔法無効までついたか、あんた、すごいな、何で立ってられるんだ?」
ルミエールはいっそ驚嘆したようだった。
よく見ると、視界の端に赤色のバーがある。
それは、満タン時の十分の1までに減り、今も徐々に減っている、。
だが、実質、HPは1200ほど残っているらしい。
毒の効果で1秒に10、ヒットポイントが減っているから、確かに、あと百秒もすれば死んでしまう。
「だけど、それを待つまでもないよなあ!」
ひゅん、と刀が振り上げられる音がした。
僕はあわてて後ろに飛び退った。
刀が空ぶる音がする。
しかし、僕は地面に刺さった矢かなにかにつまずいて素っ転んだ。
「ぐ、があ」
「しぶといな、次で終い(しまい)だ!」
ルミエールの影が差す、真っ白な視界の中でそれがよく分かった。
唇がからからに乾いている。
喰らえば死ぬ。
心臓を狙われれば、どんなにヒットポイントがあっても……。
僕はあわてて心臓を庇って左手を振った。
剣は腕を切り裂いたが、その軌道を逸れ、地面に突き刺さる。
「くそっ!」
勢い余ったのか、剣は深く地面に刺さったようだ。
とくり、心臓が鳴った。
何か、特異な感覚が身体に目覚め始めていた。
弓矢は襲って来ない。
そうか、ルミエールに密着している限り、弓矢が僕を襲うことは無い。
僕は両手を上げて、ルミエールに飛びかかった。
ルミエールの手かなにかをつかむと、是が非でも放さないためにかじりついた。
ルミエールは剣を求めて右手をさまよわせた様子だったが、僕の力に押し切られたのか、地面に倒れ込んだ。
僕は肩に手を回す。
そこには、マナさんのおじいさんにもらった剣がある。
右手で抜き放って、戦闘不能に追い込むのだ。
だが、右手は空ぶった。
鞘の紐が切れているのだとすぐに気づいた。
「残念だったな、勇者様」
剣が抜き放たれる感触。
そして、一気に僕の心臓へと直進して来る切っ先。
考えろ、なぜ、心臓一直線だと分かる?
それは、僕があまりにも不幸だからだ。
一発一発が必ず致命傷。
生前の世界でも、そんな状況に陥ったことがある。
通り魔に襲われた時、心臓だけを守り続けたから、他の部位を執拗に刺され、結局、蹴り倒された。
知っているとも、致命傷しか起こりえないのならば、致命傷にだけ気を使っていればいい。
僕は剣を右手で弾いた。
体力バーはあと20分の1程。
その時、
クラスカードが燦然と光を放った。
一瞬、時間が止まる気配。
僕はクラスカードが前方に浮かび上がるのに気づいた。
暗目状態でも、はっきりと見える。
世界の全てが止まっている。
盗賊のがやがやとしたののしり声も、夜風の音も消えている。
『おめでとうございます。
システム外スキル、『不条理の逆流』を検知しました。』
それが、僕に与えられた僕だけの武器。
頭の中に、響く、無機質な女性の声。
『不運と向き合い、それでも絶望せずに戦い続ける貴方の姿勢が作ったユニークスキルです。
貴方のこれからに、一層の幸運があらんことを。
これは、ささやかな手助けです』
身体から、一つだけ束縛が解かれた。
体力バーの減少が治まっている……。
劇毒が解除されたのだ。
目は見えないままだが、あまり関係はない。
「くそ、何なんだよ、お前は!」
また、剣がまっすぐに突き出される。
知っている。
心臓に必中。
だから、心臓さえ守ればいい。
最善を望み、最悪に備えよ。
確か、どこかの国のことわざだった。
最善なんか望みようも無いけど、最悪に備えることは出来るようになった。
刀が横薙ぎに来る。
今度は首筋に当たるはずだ。
うなり声を上げて迫り来る影を、僕は右手で叩き伏せた。
ルミエールの手から刀がこぼれ落ちる。
巨体が僕から大急ぎで離れて行くのを感じる。
「お前ら、射て!」
ルミエールが離れた時点で、そう来るのは分かっていた。
矢が雨のように降って来る。
僕は手探りで剣を拾い上げて、右手に構えた。
これだけ多いと、場所を絞るのも大変だが、矢が関節や骨に刺されば動きは制限される、頭に刺されば即死する。
心臓、内蔵は守らなければならない。
そう考えれば、自ずと、どう身体を動かせばいいのかも分かる。
身体をほんの少しだけ動かした。
全部を避けるのなんて、本質的に不可能だ。
だが、致命傷だけにしぼれば、いくらでも避けようはある。
身体の何箇所かに、矢が突き刺さったが、どれも肌を浅く貫いただけだった。
僕はその矢の全てを抜き放って、歩き出した。
「くそ、瀕死なんだろ!
見えねえんだろ!
動けねえんだろ!
魔法が使えねえんだろ!」
「クラスカードが手助けしてくれたのは、劇毒状態解除のみ。
つまり、僕にはそれ以外の状況を全てねじ伏せる力があるってことだ!」
「なに、言ってんだ、こいつはあ?」
射てえええええええええ!
ルミエールの号砲のような声と共に、僕へと向けて矢が放たれる。
僕は剣をかざして、致命傷になりそうなものだけをたたき落とした。
進む度、ぬかるみなどに足を取られている。
しかし、それでも止まらずに歩き続ける。
矢が散発的になって来た。
逃げ腰になって、本当に逃げる者も現れたようだ。
そうなれば、もう僕に負ける要素は無い。
時折、致命傷を与えようと飛び込む矢をたたき落とし、必死に音を拾いながら、敵の位置を把握して行く。
僕は地面から矢を抜き放った。
人を殺すのはごめんだ。
だけど、こういう差し迫った状態、命と命のやり取りの中では、殺さなければ生き残れない。
だけど、僕が飛び道具を使えば、殺さずに動きを止めることが出来る。
『不条理の逆流』それは相手にも適用される。
飛び道具はある程度運に左右される攻撃方法だ。
ちゃんと狙って射てば、僕の運では致命傷を与えることは出来ない。
「だから、躊躇う必要は無い!」
矢を抜き放って、力一杯に投げた。
矢が猛烈な勢いで空気を切り裂いて行くのが分かる。
投擲能力も飛躍的に上がっていた。
心臓を真っ直ぐに射抜くつもりで投げたが、当然、それは横殴りの風や、その他の不運によって遮られて行く。
だが、それでいい。
ルミエールが叫び声を上げた。
「足が、足がああ!」
僕は声を頼りに、歩き出した。
体中が燃えるように痛かったが、不思議な満足感に心が浮かされて行く。
暗目状態が、いつの間にか解除されていた。
足元にいくつも頭があった。
ぎょっとして当たりを見渡す。
盗賊達が全員土下座をしていた。
ほとんど額を擦り付けるようである。
「どうか、お許しください、勇者様!」
ルミエールが鼻水を垂らしながら、僕の足にまとわりついた。
いい大人が子供のように泣いていた。
僕は半分状況を理解しかねていた。
無下にも出来ずに立ち尽くしていると、身体の横にふわりと何かがぶつかった。
何度か嗅いだ花の匂い。
「勇者様、良かった
何で、こんなぼろぼろ。
私のために。
ばか、ばか、ばかばかばか!」
僕はマナさんを抱きすくめて、子供をあやすようにした。
やっと終わった。
女の子がさめざめと泣く様を見て、何となく思った。
身体を見下ろすと、赤黒い傷がいくつも出来ていた。
普通なら死んでる。
もしかすると、幸運だったのかもしれない。
世界一不幸な男のはずなのに。
不幸中の幸い、という言葉がある。
もしかすると、不幸中の幸運はランクが高いのかもなあ。
まあ、詭弁を弄したってしょうがない。
僕は盗賊達の処遇をどうしたものかと顔を回した。
マナさんは、まだ僕から離れてくれなかった。
ふと、ルミエールの懐から、契約書が現れて、僕の前に飛んで来た。
紫色の淡い光に包まれたそれは、空中でたなびきながら、僕が先程触った所をもう一度触るように求めて来た。
右指で触れると、契約書はまた光った。
「ええ、と、どういうことだ?」
「クラスカードの提示を求めています」
「あ、そうか」
僕はクラスカードを差し出した。
すると、クラスカードに赤い文字が刻まれて行く。
『使い魔を百二十九機、手に入れました。
貴方が契約を破棄しない限り、彼らは貴方を害することも、貴方の命令に逆らうことも出来ません』
「ぐえ、そんなのどうすりゃいいんだよ?」
「こき使えば良いんですよっ。
こんなやつら!」
「いや、だけど。
ああ、ていうか、戻ろうか」
僕はマナさんをおんぶしながら歩き出した。
「みなさん、とりあえず、明日僕が来るまで大人しくしててください」
僕がそう言って振り返ると、盗賊達は水を打ったように静かになった。
「帰りましょう」
「あの、私歩けますよ?」
「人のぬくもりを感じてないと、生きている実感がないんです。
だから、失礼かもしれないけど……」
「あ、はい、分かりました。
でも、私じゃない方が良いんじゃないですか?」
言葉の意味がよく分からずに、視線を上げる。
マナさんは前を指していた。
盗賊の砦の焚き火の前に、レーナが胡乱な瞳をしながら立っている。
そうして、僕の方へとゆっくりと向かって来る。
小さな足が、砂利や石をもどかしそうに蹴散らしていた。
僕の足にレーナが抱きついた。
「ありがとう、終わったよ」
「あー」
レーナは口を開いた。
「何?」
「あーりー、あーとー」
ありがとう? って言いたいのかな。
「ああ、どういたしまして」
僕はレーナを抱き上げた。
マナさんはさっと離れて行って、両手を組んでニコリと笑う。
僕はマナさんを振り返った。
「戻ろう」
そう言って、歩き出す。
貴方の歩く道に、より一層の幸運のあらんことを。
クラスカードはそう言った。
なら、歩き続けることでしか、きっと自分に不幸が課せられた意味は分からないのだろう。
歩き続ければ、きっと本当の幸せの意味を知る。
だけど、今は少しだけ、
街に戻ったら、好きなだけ寝よう。
その後で、歩いたら良いだろう?
クラスカードが、微笑むように光るのを感じた。
月が天高く座していた。
白銀のような星霧が、星の間に漂っている。
流星が一つだけ、尾を引いて落ちて行く。
こんな暗闇も、星の光を頼りに歩けば、怖くないと思えた。
その理由も正体も、釈然とはしないのだけれども……。