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祭りはにぎやかだったが、それはそれとして不幸だ



 着飾った人達が、踊りながら街を行ったり来たりしていた。

 その手には、料理が盛られた皿、僕にしきりに進めて来る。

 街は広間になっていて、丸い時計塔を囲むように、人がぎっしりと僕を取り囲んでいるのだ。

 香辛料の匂い、女性達の香水の匂いがした……。

 がやがやとした人々の声も心地いい。


 涼やかな風に僕の髪がさらさらと泳いだ。


 魔王が倒されたんだから、この世界も平和になったんだろうか。


「いえいえ、それは違いますよ、勇者様、魔王はこの世界に八人います」


 僕のとなりに座っているのはマナさんだ。

 リズさんはマナさんを隔てて向こう側にふてくされて座り込んでいる。

 僕の右どなりでは、レーナががつがつと肉を食べていた。

 その、口を拭ってやりながら、僕は、


「八人?」


 と尋ねた。


「勇者様が倒したので、七人ですね。力を司る魔王、速度を司る魔王、精神を司る魔王、守りを司る魔王、魔力を司る魔王、幸福を司る魔王、全能の魔王、などなどがいるわけです。勇者様は、幸福を司る魔王を倒したんですよ」


「僕が? 幸福F-なのに?」


「はい、でも、びっくりですよ。ギルドの方にパラメーターを見てもらったら、ほぼ全てのパラメーターMAXもさることながら、一つだけ欠けた幸運は、F-、なんて物じゃなかったんです」


「どういう、こと?」


 マナさんに貸していた、クラスカードを受け取りながら、僕は尋ねた。


「はい、正確に言うと、幸運Z、F-でカンストなので、そうやって表記されなかったみたいです。

 もう、世界をひっくり返すくらいに低い幸運値です。

 今まで病気か事故で死んでいなかったのが奇跡なくらい。

 幸運ですね」


「はは、面白いパラドックスですね」


 本当に笑えない。

 転生してもなお、死ぬ程の不幸を背負わされているってわけか。

 本当に、僕は次のステージに進んだのだろうか。


 あまりにもとんとん拍子過ぎる。

 まだ、大規模どっきりを疑っている自分がいるし、この目の前の光景もなんだか作り物のように感じる。

 

 だけど、この子のぬくもりだけは、本物だったような。


 レーナを見下ろす。

 レーナは僕と同類だった。

 知性以外のパラメーターがオールMAX。

 特に、筋力値は少女らしからぬ物があるらしい。

 だが、知性が無いことで、魔法を使うことも出来ず、戦略も立てられない。

 結果的に、魔力F-を同時に背負っているというわけである。


 レーナは、「うー」と唸りながら、僕を見上げた。


「うー?」


 そうして、骨付き肉を僕に差し出した。


「ul様、そう言えば、コーンスープを飲んでから、何も召し上がってないじゃないですか」


「ああ、はは、色々あって、挨拶のオンパレードでしたし」


「そりゃあ、そうです。街を救った英雄なんですから。と言っても、すぐに新しい魔王がやってくるんですけどね」


 マナさんは暗い顔をした。


「え、そうなんですか? 幸運の魔王って唯一無二じゃないの?」


「いえ、株式会社『魔王派遣』から、定期的に世界に恐怖をばらまくために派遣されるんです」


「株式会社なのっ!? あのドクロ、ただの派遣社員だったのっ!?」


「まあ、魔王クラスとなると、そうそう見つくろえませんから、半年は平穏に暮らせます。だから、みんな浮き浮きしてるんですよ。半年も、自由に生きられるんですから。普段は、魔王に食料を搾取されて、私も時々魔王に仕えに行ったりしていたんです。夜伽を命じられたこともあります」


「よ、よ、夜伽?」


 いや、そんな理不尽な話しがあっていいのか?


「ああ、でも、男性器がないので、腰を振っているだけでしたけど」


「あけすけすぎるだろ、もうちょっと言葉を選べ!」


「は、恥ずかしかったですよ……」


 マナさんは頬を朱に染めた。

 僕はほとんど閉口しながら、その意味を考えた。

 少なくとも全裸にされて、あんなドクロが目の前でオナニーをして果てる所をずっと見せられていた訳だ。


 そんなの、僕の不幸なんか目じゃない。


 この世界の人は、みんな僕より不幸なのかな。


 僕は、そう思いながら、喜び踊る人達を見つめていた。


 ふと、喧噪に波が出来た。

 町人達が人垣を作ったのだった。


 やって来たのは、シルクハットを被った強面の筋肉だるま。

 タキシードが筋肉ではち切れそうだ。


「皆さん、どうも、旅芸人の一座です。

 私は団長のルミエール。

 どうぞよしなに」


 ルミエールはそう言って頭を深々と下げた。

 みんな、ぱちぱちと拍手をしている。

 何か、催し物をするのだろうか。


「申し訳ありません、皆様。

 このように楽しい宴を台無しにするのは承知です。

 しかし、私は仲間を連れ戻しに来ただけなのです。

 うーん? おお、レーナ、レーナ、探したぞう」


 シルクハットをくるりくるりと回しながら、ルミエールがこちらへと歩いて来る。

 レーナが一瞬、身体を縮める気配がした。

 僕は怪訝に思った、ルミエールはこわもてだが、悪い人には見えない。

 けれど、良い人にも見えないのは何故だろう。


「レーナ、行こう。

 全く、もうはぐれるんじゃ無いぞ。

 お前の好きな肉をたくさん食べさせてやる」


「うー」


 レーナは、迷った末、立ち上がった。

 一瞬、僕に視線を向けた後、ゆっくりと歩き出す。


「あら、ルミエールさんもお食事をしていかれたら、いかが?」


「いえいえいえ、お嬢さん、結構です。

 私の一座でみんなが腹を空かせとるのですよ。

 私が戻らないと食事をしないという律儀ぶりでね。

 さあ、レーナ、行こう」


「うー」


 レーナはしょんぼりと肩を落としたような気がした。


「待ってください。

 僕がレーナと会った時、レーナの身体にはいくつも傷がありました」


「それが、どうした?」


 ルミエールはぎろりと僕を睨みつけた。

 身体がすくみそうになるが、僕は押さえつけた。


「服もぼろぼろだった。

 あんた、レーナをまともに扱ったのか?」


「魔王のダンジョンにいたんだろう?

 その道中で傷ついたんだろうさ」


「じゃあ、レーナは何で逃げた?」


「お前、何様だ?」


「僕は勇者、ulだ」


 ルミエールが一瞬、ひるむのを感じた。


「あ、あんたが、勇者か」


 だが、すぐさま狡そうに笑った。


「確か、幸運がF-とかだったか」


「それがどうした?」


「レーナが欲しいか?

 まあ、上玉だもんなあ」


 ルミエールはレーナの手を引き寄せて、つりあげると、その脇の辺りを舐めた。

 ねっとりとした唾液が、脇を濡らす。

 レーナがいやいやと首を振る。

 僕は見ていてぞっと鳥肌が立った。

 それ以上に、頭がカッとなる。


「ちょっと、やめなさい!」


 僕より先に動いたのは、マナさんとリズさんだった。

 二人はルミエールに掛かって行ったが、ルミエールは二人の身体を両手で抱きすくめて、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「うーん、いい匂いだ。

 こっちの胸が大きいお嬢ちゃんは、もうすでに女になってるなあ。

 しかも、こっちは無事か」


 ルミエールはマナさんの足の間に手を持って行こうとした。


 僕はその手を取った。

 渾身の力で締め上げる。

 

 なんだ、この今まで感じたことの無い怒りは。


 自分がいくらやられても、怒りを感じたことは無かった。

 なのに、この人達が傷つけられるのを見ると、頭が沸騰しそうになる。


「おい、ロリコン野郎。

 どういう事情があるか知らないけどな、僕はそういうのが許せない。

 勝負しろ、どうせあんた、盗賊だろ?

 団員全員とでもいい。

 一人残らず打ちのめしてやる」


 ルミエールは苦悶に顔を歪めていた。

 ぎりぎりと腕を締め上げる感触が最高潮になって、骨が折れる寸前で、僕は手を放した。

 よく、怪我をしていたので、どうすれば、人の身体が壊れるかを、僕は良く知っている。

 幼稚園時代に骨折をした回数は三百回、そのうち半分は暴力によるものだ。

 だから、タイミングも分かる。


「なんで、盗賊だって分かった?」


 ルミエールは気味悪そうに僕を見た。


「そのタキシードは明らかに身体に合わない。

 盗んだ物だろ。

 それと、お前はあんたが勇者か、と怯えた様子だった。

 それは、旅芸人の反応じゃない、勇者に脅かされる存在である証だ」


「てめえ、頭がキレるなあ?

 間抜けそうな顔しやがって、騙されたぜ」


「団員全員、呼んでこい。

 一人残らず叩きのめす」


 ルミエールは、悔しそうに歯を食いしばった。

 両目でぎょろぎょろと状況を整理する気配がある。


 ルミエールはとっさに、マナさんに飛びついて、その身体を持ち上げると、右手から隠していたのか、ナイフを取り出す。


「お前……」


「おっと、勘違いするな。

 お前の誘いには乗ってやる。

 だが、取引だ。

 ルールは、アン・ユージュアル・ステータス・ロシアンルーレッドだ」


「? ああ、いいだろう」


「だ、だめです!」


 マナさんがもがき、僕に何かを伝えようとする。


「聞いてください、そのルールでは、戦いの最初に、状態異常が発生するんです。

 幸運の低さ次第では、絶対に勝てない状況に落とされることも」


「ふん、だからと言って引くような奴じゃないよなあ?」


 ルミエールは舌なめずりするように笑った。


「何が起きようと勝ちます。

 負けてたまるか」


「良く言った!

 流石は勇者様だ!

 この街のはずれの山の頂上で待ってるぜ!

 必ず、一人で来い。

 深夜きっかりだ!」


 ルミエールはナイフをマナさんの首筋につけたまま、走り出した。

 リズさんが泣き叫びながら、おいすがろうとするのを、僕は引き止めた。


「大丈夫、僕が取り戻す」


 動悸がする。

 もし、失ったらどうしよう。


 心の中がざわめいて、料理の匂いも、僕を見つめる街の人々の視線も人事のようだった。

 けれど、関係ない訳じゃない。

 こんなにも、幸せな人々の営みを邪魔して、あいつは何が面白いんだ。


「リズさん、レーナを頼みます。

 僕は行きます。

 救います。

 マナさん、いい人ですからね」


 自然とそんな声が漏れた。

 リズさんは、何度もうなずいて、「お願い、します」と切れ切れの声で言った。


 空は紺碧に染まり始めていた。

 コーンスープがまた飲みたいと思いながら、僕は歩き出した。


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