目が覚めたら美女が三人いたが、それはそれとして不幸だった
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「……………で…かー?」
妙な声が聞こえる。
さわやかな秋晴れの風のような音。
誰だろう?
そっと耳をかたけて、その声に聞き入った。
「だ………ぶで…かー?」
ああ、どうやら。
「大丈夫ですか?」
と言ってくれているらしい。
僕は目を開けた。
白い光が眩しかった。
この白い光には、少し覚えがあった気がする。
目の前にいるのは、
「うわ、めいどさんだあ」
お前は幼児退行したのか。
自分で自分に突っ込みを入れながら、僕は本場のメイドさんに見入っていた。
和製ではない。本物の金髪に、豪奢なカチューシャ、フリルのメイド服。
「はい、メイドですよ。メイド長。あの、そろそろ手を放してくれますか?」
一瞬、何の事やらと思ったのだが、ふと右手に何だか柔らかい物が握られているのに気づいた。
不破不幸の真骨頂、ラッキースケベ。
まあ、こんなに露骨なのは幼稚園の園長先生のお尻を触って以来である。
僕は別にいじめられるのは構わない。
僕が本心はどうあれ、こういうふうに人に迷惑をかけているのは事実なのだ。
これは、もう『あれ』しかないよなあ。
すぐさま土下座、これも僕の真骨頂。
「申し訳ございま、げふおっ?」
「てめえ、スカポンタン、お姉ちゃんになにやってんだあああああああああ!」
メイドさんらしからぬ暴言で、メイドさんがメイドらしからぬ回し蹴りを僕に見舞って来た。
新しく現れたメイドさん。
僕を介抱してくれたメイドさんとは違う人っぽいが、どうも、双子かなにかの片割れらしい。
吹っ飛ばされて地面に転んだ、あんまり痛く無かったが別の衝撃がある。
めいどさんの暴力だー。
また、幼児退行しちゃった。
「はっ、やっぱてんで弱いぜ、こいつが魔王を倒したなんて嘘なんじゃねえのか?」
「まあ、まあ、でも、あの瓦礫の中に、魔王の死体と、この人達が確かにいたのよ」
この人達? まさか、まさか。
僕は辺りを見渡した。
自分が簡易ベッドに寝かせられていたのに気づいた。
この場所はどうやら、病院らしい。
同じようなベッドがいくつも並んでいる。
フローリングの床には、塵一つ無い。メイドさん達がせっせと掃除をしているのだろう。
僕は横のベッドを見た。
ベッドの正面にある窓から、金色の光が差し込んでいる。
純白のシーツの上に、自然な風合いのさらさらとした青色の髪が乗っている。
嘘みたいにきれいで、にきびも毛穴とすら無縁のような透き通った肌。
しかも、白く、雪のようだ。
瞳は静かに閉じられて、雪が溶けるように暖かく、柔らかい寝息を立てている。
良かった、良かった。
「生きてたんだ……」
「お連れ様ですか?」
姉のメイドがそう言った。
ビー玉のような青色の瞳を僕に向けている。
好奇心が顔にありありと出ていた。
少し甘い香りがする。
「いえ、魔王を倒した時に偶然会って」
思わず、そう言ってしまったが、実態は違う。
きっと、あの建物は地震でも起きて倒壊したのだろう。
地震で倒壊した自分の根城に押しつぶされる魔王なんて、少し嫌だけど。
「やっぱり、この方が倒したんですよ、リズ!」
「私、信じらんないよ。マナ姉」
姉がマナ、妹がリズ、か。
やっぱり、西洋の世界に転生したようである。
いや、そんなこと言っている場合じゃないだろう。
僕は訂正しなければ行けないと慌てて立ち上がったが、舌がもつれる。
マナさんの顔がずずい、と鼻と鼻がくっつくまで近づいて来たせいだ。
また、甘い匂いがする。
花の匂いだ。
「でも、不思議ですね。
見ず知らずの方が生きていたのが、そんなに嬉しいですか?」
はてな? と可愛らしく首を傾げている。
「そりゃ、そうです。袖擦り合うも何かの縁って言うでしょう?」
「? ふふっ、面白い事を言いますね」
苦笑されるようなことを言ったつもりは無かったのだが。
どうも、僕の世界の常識は通じないようだ。
僕の思考をよそに、マナさんはエプロンを締めなおして、
「リズ、お食事を持ってきましょうか」
と言った。
「へー、へー、あんた、その子に変なことすんじゃないよ?」
リズさんによくよく釘を刺されたが、僕にはもちろんそんな気は無い。
僕が助けた女の子は、異性としてみるには少し幼すぎるし、そうじゃなくても、寝ている女の子に悪戯なんかするわけがない。
それにしても、何が起きたっていうんだろう。
簡易ベッドが居並ぶこの場所を観察してみる事にする。
ベッドは二十個ほど整然と並んでいる。
けれど、使っているのは僕のものと、女の子のもの。
僕は布団を剥がして、立ち上がった。
すると、ぽろりと、クラスカードが落ちたので、拾い上げた。
金色のカードをまじまじと見つめる。
魔王の部屋で見た時と、パラメーターに変動は無い。
幸運F-、他パラメーター、オールSS、僕からすると、常識を疑いたくなるような数値だが、この世界の人に取ってはどうなのだろう。
あごに手を当てて考えていると、がらがら、とワゴンのようなものが運ばれて来るのに気づいた。
コーンポタージュのような匂いがする。
ワゴンに置かれた鍋には黄白色の濃厚なスープが満ち満ちていた。
「美味しい物を食べると、幸せになりますよ」
マナさんはそう言いながら、スープを杓子ですくって銀色の器に移し、僕に渡した。
お礼を言いながら、スープを見つめる。
やっぱり、コーンポタージュだ。
急に、お腹がぐうっと鳴った。
僕は急いで口を付けた。
「美味い、美味い……」
初めて、食べ物らしい物を食べた気がする。
スープが柔らかな膜を張るように胃の中へと広がって行く。
体中が暖かかった。
なんで、泣いているんだろう。
その理由は知っている。
久しぶりに、人間として扱われたから……。
「ふふ、料理人冥利につきますね」
マナさんは、えっへんと、ふくよかな胸を張った。
そう言えば、リズさんの胸は彼女に比べて小さいから、胸を見れば判断がつきそうだ。
いや、こんな見分け方は不本意だけど、本当にそれ以外の違いを思い付かない。
後は、表情くらいだけど、表情は時と場合に寄ってコロコロ変わるし。
いや、それより、確かめなければならないことがあるだろう。
僕は金色のクラスカードをマナさんに見せた。
マナさんは驚きに目を見開いた。
リズさんも、開けば罵倒を生み出しそうな口を閉じて、目を丸くしている。
「あの、パラメーターSSって、やっぱり強いんですかねえ?」
「強いも何も、それだけのパラメーターがあれば、伝説になりますよっ!
魔王を倒した勇者は、大抵どれか一つのパラメーターにSSがあって、それほどのアドバンテージなんです!
どうやって、その若さでこの数値を?」
「あ、ええと、そう言われても」
「ねえ、怪しいよ。
これ偽物なんじゃない?」
リズさんが、不機嫌そうに眉根を寄せている。
「人を無闇に疑ったらだめじゃない!」
マナさん、取り合わず。
「これで、この地域の魔王を倒したのが、この人だって分かったじゃない。
謝恩祭が開けるわ!」
「マナ姉、騒ぎたいだけじゃないの」
「まあ、失礼なこと言わないの。
良いことがあったら、祝うべきものよ。
さあ、腕によりをかけて、料理をしなきゃ。
がんばろーっ!」
「はーい」と、リズさんは気のない返事をしたが、そう気が進まない訳でも無さそうだった。
その証拠に、何となく顔が綻んでいる。
魔王が倒されるってのは、やっぱりめでたいことらしい……。
僕は両手を見下ろした。
片手にはクラスカード。
片手にはスープの器。
ふと、ようやく自分の容姿に目を向ける余裕が出て来た。
僕の手にしては白い。
眉毛にかかる髪の色がやけに明るい。
身長も、少し伸びたかもしれない。
クラスカードの光の反射で、僕の顔が何となく分かった。
金髪碧眼の、勇者顔だ。
目は切れ長で鋭く、僕の顔を射抜くように見返している。
鼻筋は通り、肌はやけにつるりとしている。
画像を加工しても、こんなふうにはならないんじゃないかと思う。
しかし、それにしても。
なんか、幸薄そうだなこいつ。
薄幸の美少年と言うか……。
全く客観視が出来ない。
テレビの俳優を見ているような気分だ。
試しにコーンスープを飲んでみると、鏡の中の人物もコーンスープを飲んだ。
「ははあん、やっぱりこれは、僕なんだ」
そう結論づけて、椅子に座り込む。
クラスカードを観察すると、名前の欄もあった。
「勇者ul、ウルかな?」
どういう意味なのかは皆目見当もつかないが、とりあえずかっこいい名前がついているらしい。
分不相応だとは思うのだが、事実としてそういうことらしい。
その時、
「ぐるるるるるー」
獣のような声。
だからと言って、凶暴とも違う。
小型犬の威嚇のような声がした。
というか、子供の鳴き真似じゃないの?
そんなことをする人物には覚えがないが、可能性があるとすれば……。
僕は女の子の方を見た。
彼女は起き上がり、四肢で立っている。
ほとんど半裸のネグリジェは胸元がはだけている。
少女が猫のように身体をしならせ、飛び上がった。
緩やかな跳躍で僕に伸し掛かった後、両手でコーンスープの器をひったくろうとしている。
僕はあわててスープの器を遠ざけたが、そのせいで、少女は僕にのしかかって来た。
スープが僕の胸元に飛び散った。
少女は犬のようにスープを舐める。
そんな中、彼女の胸元のペンダントに金色のクラスカードが下げてあるのに気づいた。
名前の欄がちらりと見える。
『レーナ・ガンスミス』
「れ、レーナ?」
少女の顔を押さえつけながらそう言うと、細いからだが一瞬動きを止めた。
「うー」
寝起きの人のような、気だるい声。
その声に、すっかりあっけに取られていると、レーナはまた、僕の胸元をぺろぺろと舐め始めた。
「勇者ul様、今日の謝恩祭なんですけれど、あらあら、まあまあ」
「てっめええ、だからやめろつってんだろうがああああああ!」
二度目の鉄拳が僕を襲った。
ぐきゅう。