第7問 ロクでなし勇者は冒険者試験を受ける 3
「ううううううぅぅぅぅ~……」
私は冒険者ギルドの中を、腕を組んでせわしなく歩き回っていた。
あの男の冒険者テストを終えた後、冒険者ギルドに戻る前に服を着替えた、
そして、冒険者ギルドで軽く体を流した後にテストを続けた。幸い、その後はつつがなくテストは終了し、合格者報告の際に男の名前を聞いた。
男は私が着替えると言った後すぐにどこかに消え、合格者発表の時に戻って来て、冒険者としての資格を得たことを確認するとまたどこかに行ってしまい、声をかける暇もなかった。
勿論、男は合格させた。男の名前を聞いてみると、ユーロ・テンペストということが分かった。私は生涯この名前を忘れることはないだろう。
私が落ち着きなくうろうろとしていると冒険者ギルド長のヨゼフ様がこちらに向かってやって来た。
「何をやっとるんじゃ、さっきからうろちょろうろちょろ。トイレならはよ行かんか」
「ちっ……違いますよ!」
ヨゼフ様はそんな軽いジョークと共に、私を揶揄した。トイレを先に外で済ませてしまった分、冗談にもならなかった。
ヨゼフ様はこの冒険者ギルド長で齢三百を超える高齢のお祖母ちゃん。
少し逡巡したけど、事の顛末を、私が失禁をしたことは除いてヨゼフ様に話すと、ヨゼフ様は目を見開き、口をパクパクさせていた。
「そ……そりゃあ優秀な子が冒険者になったもんじゃのう。今度機会があったら見てみたいもんじゃ」
ヨゼフはそう言い残して、踵を返し、すぐに帰っていった。
話したいことはそれだけだったのだろうか。毎回毎回ヨゼフ様の話は突然終わってしまう。
そんなことはともかく、私はあの男の詳細が知りたかったため、ヨゼフ様に便宜をはかってもらい、冒険者テストの時に記入してもらった個人情報からあの男の詳細を調べたけど、特に重要なことは書いていなかった。
本当に、ただの村人だった。
「うううぅぅ……」
思わず、呻きをもらしてしまう。あの男のことがもっと知りたい。どうしてあんなに強いのか、どうして道化を気取ったような行動をとっているのか。
剽軽でいて、人を食ったように馬鹿にして、素性が知れなくて、強くて、格好いい……違う違う。
とにかく、あの男のことをもっと知りたい。冒険者ギルドの職員に訊くと、男は冒険者の資格を受け取った瞬間にクエスト依頼を遂行しに行ったという。
取り敢えず、私は男が帰ってくるまで待つことにした。
万が一の事態でも起こらない限り、今日中に帰ってくるはずだろう。
そして私は冒険者ギルドの待ち合い椅子で座ると、今日の疲れがどっと出たのか、微睡み、眠りに落ちた。
日の落ちかけた夕方、ふと目が覚めた私は視界に、あの男の姿を捉えた。
男はクエストを完了させたらしく、幾らかの銀貨を受け取って帰路についているところだった。私は即座に男を追いかける。
「ちょっ……ちょっちょっちょっちょっとおおおおぉぉーーーー! 待ちなさいよーーーー!」
夕方まで待って結局捕まえられませんでした、では困る。
男はぴた、と立ち止まり、振り向いた。
「あ……お漏ら試験か……」
と、そこまで言いかけたところで、私は男の顔面を殴る。
男は釈然としない顔で、殴られたところを手でさすっている。
「ちょっとマナーがなってないんじゃないんですかね、いきなり人の顔面を殴るなんて。それは試験官としてどうなのよ」
「うっ……」
男は私に文句を言ってくる。確かに私も悪かったが、乙女に向かって公衆の面前でお漏ら試験官と言う奴にマナーのことをとやかくと言われたくはない。
「わっ……私はバニラ・アンリアムよ! お漏ら…………なんちゃらなんて呼ばないで!」
「分かった分かった。もういいか、俺帰りたいんだけど」
男は、私に興味がなさそうにそう言うと、また背を向けて帰り出した。
「ちょっ……ちょっと、何言ってるのよ! 私のことが見えないの? もうちょっと関心持ちなさいよ! あなた私が誰だか分かってるの⁉」
「いや、今はちょっと酒の気分だから。また今度相手してやるから今日はもう帰らせてくれ」
「ええええぇ⁉」
男はそういうと私に興味がなさそうな視線を向ける。
男人気がこんなに高い私のことを平然と無視するですって……?
その時、私の中に火が付いた。そして、この男の……いや、男、ユーロ・テンペストの受験前に考えていたことがふっ、と脳裏を過った。
もしこんな男が合格することがあったら裸で逆立ちして街を一周してやるわ。
そうだ、これだ。私は結局ユーロ・テンペストの力量を把握出来ず、間違った判断を下した。誰に言うでもなく心中で決定したことだけど、約束は約束。私は守らなければいけない。
私は上の服に手をかけ、脱ぎだした。
男はその様子にさすがに取り乱し、私の腕を抑えた。
「離して! もう私にはこうするしかないの!」
「誰かああああぁぁぁ! 痴女が! 痴女がいるぞおおぉぉ! 誰か来てくれえええぇぇ! もう拘留されるのは嫌だああああぁぁぁ!」
「手を離しなさいいぃぃ!」
結局、私と男の格闘は数分にもわたった後、ギルドの職員に青い顔をして止められた。
周りにいた人たちは面白がってはやし立て「バニラちゃん、今日のドジっ子はどういうやつなんだぁ!?」「ふうううぅぅー! もっとやれええぇ!」「全部脱げえええぇぇ!」「おい! 男、お前止めるてくれるな!」などと言っていた。
「ヒドい目にあった……」
俺は【美酒の語り部】のカウンター席で童顔女ティアと話しながら、ちびちびちと酒を飲んでいた。ティアは背が小さいので、いつも台の上に乗ってカウンター業務を遂行している。
「どうしたんですかぁ~? 元気ないですよ~、ゆう様ぁ」
ティアは洗いたてのグラスを拭きながら、俺のことを心配した目で見つめてくる。俺は一旦、ティアを怒らすために呪詛を投げかける。
「お前ブスだな」
「ああああぁぁぁぁん⁉ 調子乗ってんじゃねぇぞ、クソ野郎が! 殺すぞおらああぁぁ!」
途端、ティアは豹変したように顔を変え、怨嗟の言葉を吐き出した。
「嘘だ、お前は可愛い」
「もおおぉ~、ゆう様ったらあぁ~。女の扱いが上手いんですからぁ~」
ティアは褒められた途端一瞬で元の顔に戻り、上体を捩らせ手で顔を覆い、くねくねとしだした。
ちょろい。
だが、あのバニラとかいった痴女とこの童顔女を見比べてみると、こつちの方はかわいいもんだ。
全く、とんでもない目にあったもんだ……。
魔力剣とかいう剣で衝撃を放ちゴーレムを切り裂くも信じてもらえず仕舞いだし、試験官は試験官で脆弱な結界だし、結界を展開するのが遅すぎて一瞬で背後を取ることが出来たし、全く……。
俺って強ぇなぁ! さすが史上最強の勇者だ!
俺は今日も酒を飲む。
今日はクエストに行ってきたので、多少懐が温かい。
俺がカウンター席でティアと話しながら飲んでいると、横にペントラが座って来た。
「おいユーロ! お前見てみい、これ! ワイは今日ドライボア狩って来たんやぞ! これはそのドライボアの皮や! どや!」
ペントラは俺に自慢したかったのか戦利品を見せてくるが、俺は今日嫌というほどそいつを見た。
「あぁ、それなら今日百匹くらい俺も狩って来たぜ」
「アホぬかせ! お前今日冒険者なったんやろ? そんなんで狩れるわけないやろ、あっはっはっはっは!」
ペントラは、俺の言葉に耳も貸さず、そのまま暫く話し続けた。
まぁ信じてもらえなくてもどっちでもいい。
これでようやく俺のスローライフがつつがなく送れそうだ。
そう思っていると、突如酒場のスイングドアが強く開けられた。
「さ……探したわよ、ユーロ・テンペスト! あんたこんなところに逃げ込んでたのね!」
突然の女の強襲に、酒場の中が騒然とする。
「お……おいおい、アイツ見てみろよ。ドジっ子冒険者のバニラちゃんじゃねぇか」
「え……あのドジっ子バニラ?」
「今日もバニラちゃんが何かやらかしたらしいぞ」
「おいおいおい、こんな汚ねぇ酒場を利用すんのかよ、マジ神かよバニラちゃん」
酒場内の至る所からはバニラを称賛する声が聞こえてくる。
「なんや、ユーロ。バニラちゃん、お前の知り合いなんか?」
「いや、知らない人ですねぇ」
一方ペントラは、不思議そうな顔をして俺に訊いてきた。
酒場内は一時の騒然の後、様々な男たちがバニラに向かって突撃、密集し、ちょっとしたパニックになった。
「うおおおぉぉぉ、バニラちゃん、サインくれえええぇぇ!」
「マジ神! バニラちゃんこっち向いてくれええぇぇ!」
「手……手を握ってほしいでごわす」
「バッ、ババババババッ、ババッ、バッ、バニラちゃんこれ僕の作ったクッキーを!」
などと、様々な声が飛び交っている。一方バニラは群衆に飲まれ、もう姿が見えない。
「ちょっ、ちょっと皆止めて……」
という悲惨なバニラの呻き声を、俺の勇者耳は聞き逃さなかった。
さてと…………
帰るか。
「なんや、お前もう帰るんか? バニラちゃんが来たところやぞ?」
「おう、今日はここまでで」
「そうか、ほなな!」
どうやら俺のスローライフはまだまだ落ち着いて送れなさそうだ。