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第6問 ロクでなし勇者は冒険者試験を受ける 2

 


 男性はゴーレムから相当離れた距離でやおら上体を屈め、抜刀の姿勢をとった。


 なぜあんな離れた場所から抜刀の姿勢を……? 

 魔力剣をゴーレムに当てるには最低でも魔力剣の刀身が届く範囲内まで近寄らないといけないはずなのに、明らかに届くような距離じゃない。


 男性は抜刀の姿勢のまま柄を握ったその瞬間、顔つきが変わり、周りの空気が変質した。


 男性から物凄いプレッシャーが放たれ、漫然と男性を見ていた私は一瞬で意識を失いかけた。


 物凄いプレッシャーが、放たれている。

 威圧なんて生半可なレベルではない重圧が、私を襲ってくる。まるで、四方八方から魔王に囲まれているような、そんな重圧。

 その重圧に耐え切れず足がもつれ、地面にぺしゃんと座ってしまう。

 首筋からは大粒の汗が流れ、心臓はドクドクと早鐘のように鳴り、音源が耳元であるかのように鮮明に聞こえる。


 何が、何が起きたの。


 男性は鞘から少し刀身を抜き、一瞬、手元がブレた。


 刹那、ゴーレムの体が上半身と下半身に分かれ、細胞を切り取るかのような綺麗な切断面が晒され、ゴトン、と大きな音を響かせながら上体が地面と激突した。


 何が何が何が何が何が何が起きたの⁉


 魔力剣はそれ自体に殺傷能力はないはず。それに、男性は魔力剣を鞘から抜いてすらいない。ゴーレムの故障……? いや、それしかない。こんなこともあるんだ……。


「すいません、昼の部の受験番号一番のお方、ゴーレムが故障したためテストを中断させていただきます」

「え……なんで? 俺が倒したのにテスト合格じゃないのか?」

「…………は?」


 男性は、冗談にもなっていない冗談を、私に投げかけた。

 は……? 今の男性がこの状況を引き起こした……? またまた、冗談を。ゴーレムの故障にかこつけてテストの合格をかっさらおうとしているんじゃないだろうか。頭の回る受験者だ。


「いえ、その手には乗りません。過去にもゴーレムの故障は何度かあったらしいですが、その際には試験官が受験者の相手をすることになっていました。では、私があなたの冒険者適性をテストさせていただきます」

「えぇ~……またかよ」


 男性は文句を言いながらも、私と相対した。

 この受験が終わったら冒険者ギルドにゴーレムの故障を報告しよう。

 他の受験用のゴーレムは魔力の充填が済んでいないから、今日一日は私が受験者の相手をする必要がありそうだ。


「では、始めます。どこからでもかかってきてください」

「いいのか? 本気でやったら死ぬかもしれないから手加減してやるよ」

「はぁ……どうぞご勝手に」


 受験者は私を気遣うように、魔力剣を地面に置いた。この人は本気で私に勝てるとでも思ってるんだろうか。

 あれに力があると思って置いたんだろうけど、そもそも魔力剣は魔力の残滓を相手に残すものであって魔力剣を使おうが使うまいが関係ない。


 ゴーレムの故障を自分の力だと思っているんだろう。全く……面倒な受験者だ。


「じゃ、もう初めていいか?」

「どうぞ、どこからでもかかってきてください」


 はぁ、と私は大きなため息を吐く。


 そして、男性のテストが始まった。


 男性は先ほどとは打って変わって、即座に私の下に驀進ばくしんしてきた。私の専門分野は魔法。


 魔法を扱うにも関わらず魔法を主体としない冒険者テストの試験官となったのは、熟練の冒険者で都合がつく人が、魔法を主体として使う私と他、魔法を使う人ばかりだったからだ。


 私は驀進する男と対面し、魔力結界を眼前に生成し、備えた。


 ――が、刹那先程まで眼中にとらえていた男が大量の砂埃を舞わせながら消え去った。


 目くらましだろうか。砂埃で自身の存在を隠し、死角から私を狙うという戦法だろう。中々考える受験者だ。記念受験でやって来た厄介な村人、という評価は棄却せざるを得ない。


 だけど、私の方が上手うわてだ。


 私は眼前に生成していた魔力結界を解除し、私の周りをドーム状に囲むように結界を生成した。


 砂埃が落ち着くまで、周囲を警戒して結界の強度を保つ。

 どんな攻撃がやって来るかは分からない。


 砂埃は徐々に落ち着き、周りが見渡せる程まで状態が戻った。


 ……だけど、どこにも男の姿が見られない。前方に男の姿は見えない。砂埃が舞ってから落ち着くまでの短い時間しか経っていないので、まだそこまで近くにはいないはず。


 どこに、どこに。


 だけど、どこにも男はいない。右前方、左前方、前方、右、左、どこにもいない。


 まさか……至らなかった考えが頭をよぎり、後方を振り返ると――


「ここだ」


 男性は結界の中に入っていた。


「なっ……」


 まだ私の結界は破られていない。ということは、結界を変えるあの須臾の内に結界の中に入った……⁉


 私は即座にもう一枚の結界を展開するが――


 男性は瞬時に視界から消えた。

 後方を振り返ってみるが、今度は男性はいなかった。


「ここ」


 左方を見てみると、男性がそこでつまらなさそうに立っていた。

 男性は私の結界に正面から向き合い、ふっと軽く息を吐き、結界を消滅させた。


「あ……」


 目の前で起こっている出来事にもかかわらず事態に全く対応することが出来ず、男性の接近を許してしまい、男性は私に驀進してきた。


 死んだ。


 そう、直感した。


 だが、男性は私の目の前で地面に強く足を打ち付け急停止し、その風圧で私は後方に十メートル程吹き飛ばされた。


「あわわわわわあわわわ……」


 私は、人としての根源的な恐怖を覚えた。


 下半身は恐怖で粗相をしてしまいびしょびしょに濡れ、足はガクガクと震え、地面に座り込んでしまい、全く立つことすらままならない。

 目の焦点はぶれ、がたがたと体が震える。


 そんなみっともない状態の私に男性はゆっくりと近寄って来る。


「これで合格でいいだろ?」

「~~~~~~~~~~~!」


 私は男性の言葉にコクコクと頷くことしか出来なかった。

 男性はゆっくりと踵を返そうとしたが、不意に、私に視線を移した。


 私の下半身を見た男性は軽く驚き――


「お漏ら試験官……」


 そう、ボソリと呟いた。


「いやああああああぁぁぁぁぁ、止めて! このことは誰にも言わないでええぇ!」

「どうしよっかなぁ~……」


 男性はこんな状態をあざ笑うかのように私の痴態に指をさしてくるが、私はまだ足が震え立つことすら出来ない。


「ちょっ……ちょっと! 肩貸して! 立てないの!」

「肩なんて貸すかよ! よぉ~し、冒険者ギルドの皆に報告してこなきゃな!」


 男性はこんな状況だというのに満面の笑みを浮かべ、小走りで冒険者ギルドに戻っていく。


「皆ぁ~、試験官が冒険者テスト受けてる奴と戦ってお漏らししたぞ~」


 男はゆっくりと走りながら、そう喧伝した。


「いやああぁぁぁぁ止めてえええぇぇぇ! 不合格! 不合格にするわよあなた!」


 なんとかして止めようと思ったが、こんな幼稚な言葉しか出て来なかった。

 だがしかし、男は私の言葉を聞くや否や立ち止まり、不合格だと……⁉ と呟いた後に私の下に戻って来た。


「お漏らしした試験官の痴態を晒したら不合格になるのか?」

「そ……そうに決まってるじゃない!」

「そんな話は聞いたことがない」

「そんな話が頻繁にあってたまるもんですか! でも女の子の痴態をさらすような、そんな男最低よ! 女の敵だわ! 不合格よ!」


 何やら手ごたえがあったので、まくしたててそう言うと、男は観念したようにがっくりとうなだれた。

 試験官という立場を使った脅しをしてしまった自分が、つくづく情けなかった。


「なら仕方がない……肩を貸してやろう」


 男はそう言い、私に肩を貸した。

 男は漫然とあらぬ方向を見ながら、ふと呟いた。


「でもこれで試験官の弱みが一つ握れたな……お漏らし属性か……」


 その直後、勿論のこととして、ふざけたことを言う男の顔面を本気で殴った。


 

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