第5問 ロクでなし勇者は冒険者試験を受ける 1
「金がない……」
俺はいきつけの酒場【美酒の語り部】のカウンター席で、誰に言うでもなく独り言ちた。
マスターが俺の独り言を耳にしたらしく、作っていたカクテルを俺の眼前に置いた。
「ど~したの、ゆう君~、元気ないわよ」
「あぁ、元気もないが、金もない。そして稼ぐ方法もない」
俺はマスターがサービスで置いてくれたカクテルを飲みながら答えた。あのスケベ国王に助けてもらってから早一週間、お小遣いとしてくすねた……いや、貰った金も底をつきかけていた。
マスターは俺の相談に応じ、居住まいを正し俺の対面に来た。
「あぁ~ん、もう仕方ないわねぇ~、今日はツケておいてあげるわ」
「いや、今日の金がない訳じゃないんだ。定期的に生きていく金がない」
情けない話だ、魔王を討伐した勇者が金欠で困っているとは。
金がなくなる度にあのスケベ国王に借りに行くのも癪だ。かといって、魔王を斃した報奨金を貰おうにもその証拠がない。
あぁ、どうして俺はあんなすぐに魔王を斃してしまったんだ。
「そ~うなのぉ、ゆう君。じゃあうちで働くぅ~?」
「それだけは嫌だ」
そんなマスターの勧誘が聞こえたのか、ティアがこちらを振り向き、てこてこと俺の方にやって来た。
「ゆう様ここで働くの?」
「いや働かねぇよ、絶対嫌だわ」
というか、いつの間にかマスターにつけられた俺の愛称がこんな所にも波及してしまっている。
「お前はさっさと働け、しっし」
「ひっどぉ~い! 私はティア! ちゃんと名前があるんだから名前で呼んでよね!」
「はいはい、さっさと仕事しろティア」
「は~い」
ティアは名前を呼ばれたことで気をよくして、他の客のオーダーを取りに行った。単細胞め。
マスターは俺とティアの様子をにっこりと微笑んで見ている。
「なんだよマスター、気持ち悪いな」
「いんやぁ~、この店に随分と馴染んできたわねぇ~、と思っただけよ」
「まぁ、まだ来てあんまり日数経ってないけどな」
確かに随分とこの店に馴染んだ気がする。
だが、金策に困窮すればこの店に来ることすら出来なくなる。やはり、金を稼ぐのに適した仕事が必要だ。
「ところでマスター、俺勇者なんだけど、どんな仕事がいいと思う?」
「はぁいはぁい、そうねぇ~、あまりおすすめはしないけど歴代の勇者様たちは皆冒険者だった、って聞くわねぇ~」
「……っなるほど!」
冒険者になる、名案だ。時間に縛られることなく自由の身として生活できる、最高じゃないか!
「マスター、冒険者のなり方を教えてくれ」
「いいわよぉ~」
こうして俺は、冒険者となるために、マスターに教えてもらった冒険者ギルドの下に向かった。
冒険者ギルド――それは、冒険者を育成するためのギルド。
冒険者は市民に悪逆の限りを尽くす魔物を狩り、世界の秩序を保つ。
冒険者として高名な私は今回、新人冒険者のテストを見守る教官に選ばれた。
冒険者として名を揚げた私は、魔物を狩ることの他にもこのように冒険者ギルドから督促がくることがある。
魔物を狩ることも大切だけど、新人冒険者の素質を見抜くことも、熟練の冒険者としての使命だと、私は思う。
新人テストの教官に選ばれた私は数々の素質ある若者を見抜く必要がある。
そして、私のテストに合格した者だけが冒険者となること出来る。
だけど、新人の子のためを思って、私はテストに合格する水準を高くしている。力のない者が冒険者となって魔物に殺されるような、そういう運命にはさせたくなかった。
だから私は、素質のある若者だけを冒険者テストに合格させる。
テストの内容は簡単。冒険者テスト用のゴーレムの攻撃をいかに掻い潜り、いかにしてゴーレムに攻撃を当てることが出来るか。
勿論、テストで死人が出ないようゴーレムの拳にはエアークッションがつけられている。冒険者のテストを受けに来る人には非致死性の魔力剣を使ってもらい、この魔力の痕跡がゴーレムに幾つ付いたかと、ゴーレムの攻撃によるダメージをどれだけいなし、避けれるかをテストする。
非致死性の魔力剣はそれ自体にダメージはないが、ゴーレムに接触するとその部分が青紫色に変色するので、どれだけ魔力剣を当てることが出来たかは一目瞭然となる。
私は昼食をとり、午後からの冒険者テストの試験官を務めるため、実地に赴いた。
「では、試験を始めます。午後の部一番の方はどうぞ」
私は試験会場に赴いて、午後の部の一番の人を呼び出したが――
「うっす」
へらへらとした顔で私の下にやって来たのは一人の男。
手の届く位置に小道具の一つも常備しておらず、無手で何の武器もなく、身を守る鎧や、手甲の一つもつけていない道化じみた男。
…………この人は駄目っぽい。
私の心に、即座にそんな感情が到来した。服もところどころほつれていて、農耕を行う村人が着の身着のままやって来たような格好。
うん、間違いなく冒険者を目指しているような人じゃない。
そのことを理解するのに時間はかからなかった。
冒険者というのは、常に死と隣り合わせの職業。
だけど、その職業の特異性と、魔物を屠ることに憧憬を持ってか、多くの人が冒険者となるためのテストを受けに来る。勿論、今まで戦闘経験の全くない村民も含めて。
だけど、そんな人を冒険者に出来るはずもない。いわゆる、記念受験というやつだ。
多分この人もそうなんだろう。おちゃらけた態度で私の下に来た後も落ち着きなく、冒険者としての適性も全く見られない。もしこんな人がテストに受かるようなことがあったら私は裸で逆立ちして街を一周したって良い。
「では、こちらにどうぞ」
だけど、私はそんな様子はおくびにも出さず、記念受験だろう村人風の男を試験会場へと案内した。
「では、試験を始めます。試験のルールについてはご存知ですよね?」
「まぁなんとなく。とにかく、そこのでかぶつゴーレムを倒せばいいんだろ?」
「ま……まぁそんなところです」
試験を受ける前の最終確認をした私は、茫然としていた。記念受験にも程がある。
記念受験といってもほぼ全員が自分の中のポテンシャルに期待して、ルールを読みこみ合格を目指そうとする。
だけど、この男性はルールすらまともに読みこんでいるようには見られなかった。
魔力剣は魔力の残滓をゴーレムの体表に残す様に改造してある、とルールに書いてあったはずなのにこの村人はゴーレムを斃す、といっている。
勿論、魔法使いを目指す冒険者はその限りじゃなく、また別のテスト方式があるけど、私が受け持ってるのは魔法使いとして試験を受けに来ていない人たち。
もしかしてこの人はそのルールも呼んでいないんだろうか。でも、どちらにせよこの人が合格するようなことはないだろうし、もう始めてしまおう。
「では、始めてください」
私の宣言を皮切りに、試験が始まった。
「…………」
「…………」
――が、男性は全く動かない。魔力剣を鞘から抜きさえしない。
そして、ゴーレムも動かない。ゴーレムは初めの攻撃があった後に起動する設定になっている。なぜなら、万全の状態の一撃で如何ほどの手数をゴーレムに叩き込めるか、というところも加点の対象になるからだ。
このまま男性が動かないと試験にならないので、諫めることにした。
「すいません、動いてもらわないと試験が始まらないので早くお願いします」
「…………あ、はいはい、やるやる」
「……」
……この人さっきちょっと寝てなかった? 目を瞑ってたような気がするんだけど。
はぁ……つくづく面倒な受験者だ。たまにちょっと変な人が来るのよね……。
私はそのまま、一縷の希望も持たないまま、男性の初動を待った。