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第4問 ロクでなし勇者は聖騎士と会う

 


 そんな俺たちの円卓に、先程話題に上がっていた聖騎士長様とかいう女がやって来た。先頭にいた女は俺たちの目の前で足を止め――


「どうやらここには頭が足りない猿がいるようだな」

「あ?」


 円卓の真ん中に座っている俺に蹴りを突き出した。


 俺は女の蹴りを受ける直前に持っていたグラスを後方に投げ、転瞬、蹴りが俺の鳩尾を衝き、後方に吹き飛ばされた。


 俺は吹き飛ばされながらも様々な酒瓶や酒樽を壊していく。


 多くの瓶が割れる音が酒場中に響き渡り、即興で不協和音を奏でる。

 甲高い破砕音は、その場にいた酒場の人間達の視線を釘付けにするには、小さくない出来事だった。


 俺の吹き飛ばされた直線状の備品はことごとく壊れ、一瞬にして酒場の喧騒は、客たちのどよめきと悲鳴に取って代わった。


「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「マジかよ……聖騎士長様だからってなんでもしていいわけじゃねぇぞ……」

「聖騎士長様だからって傍若無人だな……」


 聖騎士の行動に酒場の中がざわつくのを耳にしながら、俺はマスターとティアの下まで吹き飛ばされ、カウンター席上の大量の酒瓶を割りながら壁に衝突した。


「きゃっ!」

「なっ……何よ!」


 グラスに注いであった酒が床に流れ落ちる。

 

 俺は体勢を崩しながらも、蹴られる前に後方に放っておいたグラスを受け止めた。


「てめぇ、いきなり何しやがる!」

「猿が」


 当人の女はゆっくりと俺に向かって歩を進め、マスターの向かいのカウンター席に座り、後方にいた女もそれに倣った。


「品格の無い猿の野卑た行為を諫めてやったのだ、感謝しろ」

「はぁ⁉」


 女は俺の行為を諫めたらしい。聖騎士っていうのは皆こんなもんなのか。

 女は俺に興味を失ったのか、言いたいことを言い切ったのか、目線を外し、マスターに顔を向けた。だが、店の備品を壊されたことでティアの様子が変わった。


「おいこらぁ、てめぇ! 聖騎士長様だからって舐めた真似してんじゃねぇぞ! この店の備品勝手に壊してどう落とし前つけてくれるんじゃい! 金は払えんのか、あぁ⁉ 聖騎士様だからってなんでもしていい訳じゃねぇからなぁ!」


 ティアはそのあどけない顔を鬼のような形相に変え、聖騎士に食って掛かった。


「む……な……なんだこの女は。そっ……それは悪かったな、後で支払いに応じよう」

「ならいいんですよ~」


 ティアは聖騎士の言葉一つで百面相し、即座に笑みを浮かべた。マスターは俺をいたわりながらも、聖騎士に向き直った。


「こんな薄汚い酒場に一体何の用かしら、聖騎士長様」

「そのような余所余所しい態度をとるな、メルム。かつては、貴殿も私と共に冒険を積んだ冒険者だろう。どうだ、冒険者としてもう一度国に仕える気はないか?」

「生憎ないわね」

「聖騎士長様にそのような物言いは……」


 聖騎士は、後方で待機している女の横やりを手で押しとどめた。


「そうか……なら良い。ところで現下騒がれている竜の存在について何か感知していないか?」

「竜……知らないわね」

「む……そうか、なら良い」


 聖騎士は納得したように席を立ち、


「邪魔したな」


 そう言うと、踵を返し酒場を出て行った。


 酒場の中は聖騎士の退出と共に、徐々に先程の賑々しさを取り戻した。


「なんだったんだ一体……」


 俺は手元の酒を飲みながら、先程退出していった聖騎士の女のことを考えていた。


 嵐のようなやつだった。


「坊や、大丈夫?」


 小康状態を取り戻した酒場内に従ってマスターは俺を心配し、手を差し出してきた。


「あぁ、ありがとう。あと坊やじゃなくて俺の名はユーロだ」

「あらぁ、良い名前ねぇ。ゆう君って呼ばしてもらうわ」

「いや、ゆう君は止めて……いや、まぁいいや」


 俺の提案など即座に却下されるだろうと考えた俺は訂正もせず受け入れる。俺も随分と短時間でこのマスターに気を許してしまったものだ。


「ところで、あれは何だったんだ?」

「この国の聖騎士長よ。何やら最近この国の辺境地で竜の目撃情報があったらしいわよ。物騒ねぇ」

「物騒ねぇ、ってそんな他人事な……」


 なるほど、その調査に来ていたのか。ご勤勉なことだ。俺をぶっ飛ばしさえしなけりゃ評価はそこそこ高かったな。


「ごめんねぇ。あの子苛烈な気質で、下品な人を見ると強引に更生しようとするのよ。体は大丈夫?」


 なんか軽く貶されなかったか? まぁいい。


「迷惑なことだ。体は全く問題ない」

「あなた……凄いわね、聖騎士長の蹴りをまともに受けて喋れるなんて。もしかしてどこかの隊の方かしら?」


 マスターは俺の体を値踏みするように目をすがめる。


「いや、最近の魔王を討伐したただの勇者だ」

「あんらあぁ~、うふふ、面白いこと言うわねゆう君。確かによくよく見たらいい体してるじゃなぁい」

「止めろ、キモい」


 どうやらマスターも信用していないらしい。まぁいいか、別に信用してもらわなくても。


「おい兄弟、お前体大丈夫か?」


 背後からリンズが、俺をいたわる言葉を投げかけた。


「あぁ、大丈夫だ。悪いな」


 俺が体の安全を告げると、続々とリンズの背後から男たちがやってきた。


「ほなはよ立ち上がらんかい! そんなところで寝とんちゃうぞ!」

「うっせぇぞペントラ! お前は聖騎士長のオーラに圧倒されてぶるぶる震えてたじゃねぇか!」


 俺の激白にペントラは顔を赤くし、反論する。


「なっ……そないなことあるかい! 武者震いや!」

「がっはっはっはっは、まぁユーロが無事で良かったじゃろ」

「「それもそうだな!」」


 こうして、俺たちは聖騎士長の突然の不躾な介入があったものの、再度酒を飲み始めた。

 勿論、気付けば翌日の朝になっていたことは言うまでもない。



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