第40話 ロクでなし勇者はエヴァとクエストを受ける
「おいエヴァ、クエストを受けに行くぞ!」
「…………え?」
ぽかんと、エヴァはまぬけそうな顔をした。
「前冒険者ギルドを壊しまくったせいで、クエスト依頼を冒険者ギルドの婆さんから要請された。報酬は銀貨四〇枚、クエストを受けに行くぞ!」
「え、えええぇぇぇ⁉ どうして私なんですか⁉ 他にも適当な人いるんじゃないですか⁉」
「いや、お前死霊だからどうせ金が余っても俺が全部使えるだろ? 分け前のいらない仲間なんて最高じゃねぇか!」
「いやいやいやいやいや、嫌ですよ! 私のこの服見て下さいよ! こんなみっともない服で外に出たくないですよ」
エヴァは露出が多い貧相な服をつまみ、抗弁を重ねる。
「いや、別に良いだろ、お前死霊になった時街に出たんだし。ほら、よく言うだろ。旅の恥はかき捨て、って」
「旅じゃないですから! もうここに根を下ろしてしっかり生活してますから! あの時は緊急だったから仕方なかったんですよ! 今こんな恥ずかしい服で外出たくないですよ!」
「てめぇ! ふざけんじゃねぇ! 行くっつってんだろうが!」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ! やだあああああぁぁぁぁぁぁ! 誰かああああぁぁぁ!」
エヴァの体を持ち上げ城から出ようとするが、壁にしがみついて離れない。困った。
「頼むエヴァ、お前の力が必要なんだ……今回のクエスト、どうしてもお前の力を貸して欲しい……!」
「そっ……そんな甘い言葉には騙されませんよ!」
「なら仕方がない……」
俺は立ち上がった。
「エヴァ、お前の死霊になってからの願いは何だ?」
「え……そりゃあ、街の皆さんから認めてもらっていろんな人と交流することですけど……ユーロさんが来るまでさみしかったですし……」
「だろうな。なら、今回のクエストに手伝ってくれたら、俺の知り合いをここに呼び寄せてやろう」
「ほっ…………本当ですか⁉」
まんまと俺の甘言に引っ掛かり、エヴァは目を輝かせて俺に飛びついてきた。
ペントラが以前家に招待しろと言っていた手前、丁度時節も合うので、これを交渉に使わせてもらう。
「あぁ、約束しよう。お前の今の状況もつぶさに説明して、お前に友達が百人出来るようにすら取り計らってやることを約束してやる」
「ほっ、本当ですか本当ですか本当ですか⁉」
力を込めて、俺の体を揺さぶって来る。吐きそう。
「生きてる人ですよね⁉」
「勿論だ」
「魔物とかじゃないですよね⁉」
「無論」
「女の子もいるんですよね⁉」
「むろ…………」
縮れ毛のペントラや髭面のノーザン、おまけに軽佻浮薄そうなリンズにその他諸々、誰もかれも、招待しようと思ったのはうだつのあがらない男たちだけだった。
「無論だ」
「ちょっとなんで間があったんですか⁉ 絶対ですよ! 絶対ですからね! じゃあついて行ってあげますよ!」
エヴァはふん、と鼻息荒く、のしのしと大股で歩き出した。
ちょろい女だ。
「よし行くぞ、死霊!」
「死霊呼びは止めてくださいよ!」
俺はエヴァと共に、クエストの完遂に身を乗り出した。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ誰か助けてくれえええぇぇぇぇぇぇ!」
「いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
クエスト依頼の目的地、【功過の墓標】。その敷地内で、俺とエヴァは絶賛逃走中だった。
「なんでこんなにいっぱい不死者がいるんですかぁ⁉ どう考えても銀貨四〇枚のクエストじゃないですよユーロさん騙されてますよ絶対ぃ!」
「そんなの俺も知らねぇよ! ……ん、そういえば」
俺は冒険者ギルドの婆さんからクエスト完遂の説明書のような羊皮紙を受け取っていたような気がした。
俺は胸元のポケットに適当に押し込んだそれを取り出した。
滅茶苦茶に皺の刻まれた羊皮紙を広げる。
ビリ。破れた。
「あ…………」
「ちょっとユーロさん! 何ですかそれ! 何なんですかそれ⁉ 何破いてるんですか!」
「ちょっと静かにしろよ! えーっとなになに? 『功過の墓標では雑談や会話に興じない事。不死者は物音に反応し、起き上がって来る。最悪の場合、大量の不死者に追いかけられることもあるため注意しろ』…………」
「ちょっとおおおおぉぉぉ!」
エヴァは走りながら俺の首を掴み、揺らしだした。
「教えときなさいよ! 滅茶苦茶ぺちゃくちゃ喋りながら歩いてたじゃん!」
「うるせぇなぁ! 俺はこういう説明書じみたものは読まねぇタチなんだよ! この馬鹿野郎! お前だけ見捨てて帰るぞ!」
「止めてえええぇぇぇぇぇ! それだけはやめてええええええぇぇ!」
エヴァは泣きながら俺にしがみつく。
俺は構わず走り、エヴァはずりずりと土を耕すかのごとく引きずられる。
「そもそもユーロさん、勇者じゃなかったんですか⁉ 勇者なら魔法の一つや二つ使ってこいつら倒してくださいよ!」
「馬鹿野郎! 俺は魔法を使えねぇんだよ!」
「それでも勇者ですか⁉ 絶対勇者じゃないですよね⁉ 魔法の使えない勇者とか聞いたこと無いですから!」
「そういうお前こそ魔法使ってこいつらなんとかしてくれよ!」
「いや、さすがに量多すぎますからぁ! それに聖属性の魔法が一番効果的なんですよ、不死者にはぁ! どうして私を連れて来たんですかぁ!」
「お前幽霊だろうが! 不死者同士仲良くできるかと思ったんだよ!」
「出来ませんってぇ!」
エヴァは振り向き、ひぃっ、と情けない声を出しながら俺の首にしがみついた。
「ちょ、ちょっと待った、ギブギブギブ、死ぬ、死ぬてエヴァ!」
「いや、私も死にそうなんですってばぁ!」
このまま逃げていてもキリがない。俺は足を止め、振り返った。
「ちょっ、ちょっと何してるですかユーロさん! 逃げて! 早く逃げてくださいよ!」
「ものは試しだ!」
俺は魔法が使えない。だが、地を叩き、疑似的な土魔法のようなことは出来る。
俺は強く踏み込み、
「おっらああああああぁぁぁ!」
地面を足で踏みつけた。
すると――
ゴゴゴゴゴゴゴ。
眼前に、大きく長い土壁が出来た。
「…………」
「……」
不死者の足音が聞こえなくなった。
「やりましたよユーロさん! 凄い! 凄いです!」
「苦しい! 死ぬ! 死ぬから!」
ぴょんぴょん跳ねながら喜び、俺の首を絞めてくるエヴァ。
とにもかくにも、ようやくクエストを遂行できる。そう思ったのも束の間――
「うがあああぁぁぁぁ!」
「「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」」
土壁を食い散らしながら不死者が出て来た。
「この化け物がああああああああぁぁぁぁ!」
「ユーロさん、私、私のこと忘れてますからぁ!」
この後、俺とエヴァは全速力で逃げ帰った。
どうにかこうにか、土壁を何度も生成し、逃げ切ることが出来た。




