第39話 ある女騎士の一日 3
カツカツカツカツカツ。
「許さん許さん許さん、許さんっ……!」
私は肩で風を切りながら、先日尋ねた酒場に向かっていた。
「あの新人冒険者…………!」
その目的は、勿論あの男ユーロ・テンペストだ。
竜の巣のクエスト依頼に始まり、先日の誤認逮捕と、私の責任で聖騎士という立場が危うくなりつつある。
私は目一杯力を込めて、酒場のスイングドアを押した。
「失礼するっ!」
「「「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」
力いっぱい酒場に入った直後、多くの男たちの慟哭が聞こえた。突然の事態に驚き、足を止めてしまう。
酒場の中心の円卓に集まっていた多くの男たちが、一斉にこちらに視線を向ける。
「おい…………」
「なっ、なんだ貴様⁉」
その男たちの中から、ユーロ・テンペストが出て来た。
「おい、どうしてくれるんだてめぇ。あれを見ろ」
テンペストは額に青筋を立て、先程まで座っていた円卓を指さした。
見れば、円卓に集まっていた男たちも非難がましい顔をしている。
私はゆっくりと円卓の方へ足を向けた。
「どうしてくれんだ聖騎士が!」
「何してんねん聖騎士!」
「よくもやっれくれたのう……」
一歩歩くたびに、四方八方から口撃が飛んでくる。
「きっ……貴様ら……聖騎士の私のその無礼な口の利き方は何だ、ここで切り伏せるぞ!」
聖騎士としての立場もあり、私は剣の柄に手をかけるが、
「はっ! やれるものならやってみろよ、このクソ聖騎士!」
「そうやそうや! お前今聖騎士の沽券はどんどん下がり続けとんやぞ! 中華鍋持って調練を茶化したり、街中で卑猥なことをほのめかすことを言ったり、挙句捕まったりもしとんやぞ! そんな聖騎士なんかに何言われたって怖くないわ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「くっ………………」
全て私のことなので、何も言えない。顔が熱くなっていくのが分かる。
「これ見てみんかい、聖騎士!」
縮れ毛の男が、円卓の上を指さした。吸い寄せられるように見てみると、そこには大量のカードが乱雑に置いてあった。
「そ……そのカードがなんだというのだ!」
「アホぬかせ! さっきまでユーロがこれでカードタワー作っとったんやぞ! 聖騎士が勢いよく入って来るから風圧で全部崩れてもたやんけ! どうしてくんねん!」
縮れ毛の男は因縁をつけ、つかつかと歩み寄って来る。
「うっ…………うるさいうるさい! 私は聖騎士だ! それ以上私を愚弄するようならここで切り伏せる……!」
「ひっ…………ひぃ! 助けてくれ皆! 早く俺をかくまってくれ!」
「がははははは! やはり自分より弱いと思ったものにしか強気に出れんのう、ペントラは」
足をガクガクと震えさせながら、ペントラとかいう男は集団の中に逃げ込んだ。
その様子を見ていたユーロが、背後から寄って来る。
「おいおい、聖騎士さんよぉ。聖騎士ともあろうお人がこんな埃臭ぇ酒場で無辜の冒険者を斬ろうとするなんてとんでもねぇ話だなぁ、なぁ皆!」
「「「そうだそうだ!」」」
「くぅぅぅぅ…………」
威圧行為としての言葉を、あげつらわれる。どんどん顔が熱くなる。
「おい皆、中華鍋振り回したり公然で卑猥な事をほのめかすことを言ったり捕まったりした聖騎士はこいつなんだぜ! これが天下の聖騎士様だ! 崇め奉れ!」
「そうかそうか、それは悪いことをしてしまったのう、のう、皆!」
「あははははは、そりゃあ捕まるような聖騎士さんならそんなことになってもおかしくないや」
「うっ………………うるさいうるさいうるさい!」
私は四方八方の男たちに怒鳴り散らす。
「きっ…………貴様らだってそうだろう! 毎日酒を飲んで入り浸って、貴様らも同じだろう!」
「まぁ俺たち聖騎士じゃないし、そもそも捕まったりしてないよな、お前ら」
「お前は捕まっとるけどな」
「がははははは!」
内輪の空気に、圧倒される。ユーロの言葉を皮切りに、呵々大笑する男たち。
この男に関わったせいで、いつの間にか聖騎士という立場がこの街で脅かされつつある。この空気はどうにかするしかない。
「だっ……黙れ黙れ黙れぇ! 貴様らを不敬罪で今この場で逮捕する! 絶対に許さん!」
「おいお前ら、変態の聖騎士が捕まえようとして来てるぞ! 皆逃げろ!」
「「「うわああああああああぁぁぁぁぁ!」」」
「逃げるなぁ!」
酒場の中を逃げ回る男たちを、私は後ろから追いかけまわす。だが、床に空き瓶が転がっていたりグラスが転がっていたりするので、上手く動けない。対して、酒場の男たちは下を見ることもなく悠々と動き回っている。
これが地の利という奴か……ぬかった!
「おいお前らこんな奴に捕まるんじゃねぇぞ!」
「おおおおぉぉ!」
「待て貴様らああぁぁぁぁ!」
そう、地面のグラスや空き瓶に足を取られないように暫く追い回していると、
「うっせえぇんじゃお前らクソ野郎がああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
酒場の中に、悪魔のような大絶叫が響き渡った。
「おいおいおいおいおい、てめぇら、酒場の中で暴れてんじゃねぇぞ、クソが! 何回この酒場壊す気じゃボケェ!」
カツカツと靴音を響かせながら、小さな女の子がこっちに歩いてきた。
「お前らに言ってんだよ、お前ら!」
女の子は私たちのことを指さす。
「誰がこんなこと煽動してんだ、あぁ⁉ 前も言っただろうが、ここで暴れるなってよぉ! 客にも迷惑がかかるだろうが、あぁ⁉ ぶっ殺すぞてめぇら! おい、誰がこんなこと煽動してんのか言えやごらぁ!」
「……」
男たちは示し合わせたかのように、一斉に私を指さした。
「わっ…………私かぁ⁉」
「おいおいおい、お前かよおい。また聖騎士さんがこんなことやってんのかよぉ、おい⁉」
「ちっ、違う! 私だけではない! そいつらにも落ち度が……」
怒り狂った女の子の対応をしていると、テンペストが後ろから女の子に、そっと銀貨を握らせた。
女の子はその銀貨を確認すると、
「出ていけやこのクソ聖騎士があぁ! 金持ってもっかい謝りにきやがれこのクソがぁ!」
反論の余地なく、酒場から追い出された。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」」」
直後、大歓声が酒場から沸き上がった。
「くっ………………くううううぅぅぅぅ……」
私は悔し涙をこらえて、聖騎士本部に踵を返した。




