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第3問 ロクでなし勇者は酒場のマスターに慄く

 


 俺が店を破壊した酒場【美酒の語り部】。

 その酒場に俺は再び足を運んでいた。あのおっさんがきちんと俺の代金を肩代わりしてくれたかどうかの確認のために。それに、まだこの国の酒場はここしか知らない。


「こんちーっす」


 酒場に入った俺はいの一番に、一人席のカウンターに座った。前みたいにバカ騒ぎして備品を壊したらまたあのおっさんに借りを作ることになってしまう。

 俺がカウンター席に座ると、薄橙色の髪をした背の低い童顔の少女と目が合った。

 女は俺に気付くと、頼んでもいないスクランブルエッグを眼前に置いた。


「……? まだ何も頼んでねぇんだけど」

「うふふ、サービスですよサービス。お客様、私のことお忘れなんですかぁ~?」


 童顔の女は顎に人差し指を当て、あどけなく顔を傾ける。こんな女知らん。


「誰だよお前」

「うふふ……あの時お客様が壊した分はきちんと国から色を付けて支給されましたよ~」

「ああぁっ!」


 思い出した。酔いがさめてきたころに俺に備品の代金を請求してきた鬼のような女だ。

 酔いで気付かなかったが、案外可愛らしい顔をしている。あの鬼のような顔からは想像も出来ない。


「お客様、国から代金が支給されるなんて相当なご身分なんですね~。お店の備品さえ壊さなかったら上客様ですよ~」


 女はカウンターの向こうからすりすりと頬を俺にすりつける。


「止めろ、気持ち悪い」

「うふふ~、照れ屋さんですね~」


 童顔女は更に身を乗り出し、俺の手を掴む。かなり不気味だ。あの鬼のような形相からは想像が出来ない。頭が混乱しそうだ。


 俺と童顔女がそんな益体もないやり取りをしていると、不意に童顔女の下に向かって、バニーガールの恰好をした女がやって来た。


「あらぁ~、ティアちゃんご執心ねぇ。どなたかしら、そのお客様は」

「あ、マスター。前に話した、この店の備品を壊していったお客様ですよ~」


 マスターはふふふ、と微笑み、ティアと会話する。

 見るからに全身に筋肉が付き、唇はふっくらと、鮮やかな赤をしている。平たく言えば、筋肉質だ。女にしては余りにも戦士らしく、引き締まった肉体はおよそバーの店内で腐らせるには惜しいほどだ。

 その反面、口紅は落ち着いた大人らしさを感じさせる。色々な要素がごった煮で、キャラ付けが行方不明だ。

 金の髪と対比するような褐色の肌で、アマゾネスを彷彿とさせる。


 兎耳にバニーガールの衣装をしており、小さく丸い尻尾がふわふわと臀部についている。

 あざとい。

 大人びた印象とは真逆の若者のような言動に、おかしなものを感じる。

 見てくれこそ若々しいものの、妙に無理をした口紅や衣装からそこはかとない年を感じさせる。若作りをしているようだ。

 バーのマスターというよりは、化粧を施され、何故かバニーガールの衣装を着ている筋肉質の変態女といった感じだ。

 何故バーのマスターがこんな衣装を着る必要があるんだ。


 露出した肌のそこかしこに筋肉がついており、マスターの腹部にはうっすらと腹筋が見える。腕にも足にも健康的な筋肉が付いている。どこを見ても筋肉だらけだ。

 どういう組み合わせなんだろうか、これは。


 筋肉質な体躯とは真逆の、女性らしい化粧。深層心理に訴えかける年増を誤魔化すような煽情的な衣装。

 街で見かければ避けるレベルだ。

 というか、アマゾネスのバーのマスターは初めて見たな。


 若作りのマスターはティアの説明をひとしきり聞いたのち、俺に顔を向け、ウィンクをした。


「あらぁ~、話は聞いてるわよ。あなたがそのお客さんかしら?」

「いや、違うな。人違いだ」


 即座に否定する。

 なんだか、関わり合いを持ってはいけない気がした。だが、そうは問屋が卸さない。ティアが訂正する。


「ちょっとぉ~、何言ってんですか~。マスター、この方がくだんのお客様ですよ」

「もぉ~う、やっぱりそうなんじゃない。照れちゃって、可愛いわね」


 酒場のマスターはその大人びて筋肉質な見た目に似合わず、投げキッスをしてくる。帰ろうかな。


「マスター……あんたは一体何歳……もしかして年増」

「殺すぞ?」


 年を聞いた瞬間、真っ赤な口紅をした口が、とんでもない言葉を発した。控えめに開けられた口腔の中に凶悪そうな牙が見える。

 咄嗟の事態に、理解が及ばない。


「えーっとマスター。ちょっとお年を召して……」

「殺すぞ?」


 据わった目で、俺を見てくる。

 これは年を訊いてはいけないやつだ、と瞬時に察する。


「お若いですね」

「んもぉ~。口が上手いんだからぁ~」


 きゃぴきゃぴと露骨な動きをしながら、俺の肩をぺしぺしと叩いてくる。

 もう年のことを訊くのは止めよう。 


「私はここの酒場のマスター、メルムよ。よろしくねっ!」

「あぁ、はい」


 マスターのことを全面的に受け入れ、俺はまた酒を飲み始めた。


 マスターはそんな俺の様子に気を良くしたのか、様々な話を俺にまくしたててくる。俺は片手で酒を飲み、サービスで置かれたスクランブルエッグを食べながらその話を聞く。

 マスターの話は中々どうして、面白かった。冒険譚が多く、やはりここのマスターになる前は冒険者をしていたんだろう。


「マスター、今日も邪魔するぜ!」


 俺がマスターにかかりきりになっていると、俺の隣に中肉中背の酒臭い男が腰を下ろした。

 三白眼で人相が悪く、髪はボサボサだ。


「よぉ兄弟、前は災難だったらしいな!」

「お前……」


 俺が酒場の備品を壊したときに一緒に飲んでいた男だった。名を何と言ったか、リンズとかだったか。


「おいてめぇ、酒場の備品壊した代金全部俺に押し付けやがったろ⁉」

「おいおい兄弟、なんだよなんだよ。自分で全部壊したんだからそりゃ自分で払うもんじゃねぇか、わははははは!」

「嘘だろ、あれ全部俺がやったのかよ」


 どうやらあの惨事は全て俺が引き起こしたものらしい。全く記憶にないが。


「それより兄弟、今日も飲んでんのかよ? ったくだらしねぇなあ、そういう所最高だぜ! 俺らの所で飲もうぜ、兄弟!」

「それもそうだな!」


 マスターとティアに席移動の旨を伝え、俺は誘われるがままに男たちの円卓に向かった。


「おうあんちゃん、前は災難じゃったなぁ。息災か?」

「拘留されとるとか噂には聞いとったのに出てきたんか、あっはっはっはっは、やるやないか!」

「中々やるじゃないか」

「ぶあっはっはっはっはっはっはっは、ひーーーーーっひっひっひっひっひっひ、ぷっ、はっはっは、ひーーーーーーー!」


 矢継ぎ早に俺に話しかけてくるのは、リンズの他の四人の男パーティ。リンズの他にノーザン、ペントラ、フォンジ、スティーブだったか。

 リンズを入れて都合五名のパーティだ。


「おらあああぁぁぁ、俺にも交らせろぉ!」

「あーーっはっはっは!」

「うっしゃあぁ飲むぜ兄弟!」

「がははははははは!」


 そして俺はリンズの男パーティと飲み始めた。









 リンズ達との酒宴もたけなわに差し掛かったところ、酒場のスイングドアが勢いよく開けられ、二人の女が入って来た。


「失礼するっ!」


 女は声を張り、酒場内の視線が集中する。


 先頭にいるのは美しい胸当てに、様々な鎧を身に着けた目尻の吊り上がった美女。その背後には同じような鎧を身にまとった長髪の女。先頭にいる剣呑な目つきの女は肩で風を切り、我が物顔で酒場を闊歩しだした。


「おいおい……聖騎士様のお出ましかよ……」

「聖騎士様の首魁が一体こんな酒場になんの用なんだ……」


 一人が声を発したことを皮切りに、酒場の中が俄かにざわつき始めた。だが、俺たちはそんな状況に構わず、酒肴を楽しむ。


「がははははははは、そこでペントラがこういったんじゃよ。『それはワイの獲物や!』ってなぁ! そう言ったまではよかったんじゃが、こいつの足が震えとるんじゃ! がははははは! 怖いなら言うんじゃねぇよ、ってなぁ!」

「あっ……アホかノーザン! そっ……そないなことあらへんわ! あれはあれや! 武者震いや!」

「あっはっはっはっは、お前無茶無謀か勇気があんのか分かんねぇな」

「うっさいわぼけぇ!」

「ひーーーーーーーーっひっひっひっひっひ!」


 宴もたけなわというかただ乱痴気騒ぎを行いたいだけが、俺たちはさらに騒がしくなっていく。




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