第32問 ロクでなし勇者は緊急クエストに巻き込まれる 4
「なんだか知らない内に娯楽土竜が一気に減った気がするんだが、一体何なんだろうなぁ……」
「なぁ、そうだよな、俺たちが娯楽土竜退治したと思ったらもうどこ見てもいなかったもんな」
「なぁ、今回は大したことなかったな」
「分かるぜ、あははははは!」
冒険者ギルドの前で、多くの冒険者たちが集まっていた。
本格的に今回の緊急クエストを達成したと勘違いした冒険者たちが報酬を貰いにやってきたためである。
弛緩した空気の中で、突如その空気を壊すような鋭い声が挙げられた。
「大変だ、皆っ!」
息を上げてやってきた一人の冒険者に視線が集まり、俄かに場がざわつく。
「大変だ…………娯楽土竜は全く森に帰っちゃいなかった。今、新人冒険者、好色ルーキーが何百もの娯楽土竜を引き連れて逃げている。ここにいる皆の力で一斉に娯楽土竜を叩くしかない…………!」
突如割り込んで来た一人の冒険者の言うことが分からず、その場にいた冒険者たちは胡乱げな視線を送る。
その中でも特に屈強な体を持つ男ライザンが、前に出た。
「一体お前は何を言っている。緊急クエストはもう終わったん……」
ライザン問いかけたとき、
「おぉーーーーーーーーい! 皆助けてくれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」
遠くの方でかすかに助けを呼ぶ声が聞こえたことを、ライザンは自覚した。
「おいお前ら、何か声がしないか?」
「そ……そう言われれば何かかすかに声が……」
ライザンはその場にいた冒険者たちに問いかけ、冒険者たちも耳を傾ける。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
「あっ…………あれ……なんかおかしいな、地面が揺れてる気が…………」
ある一人の冒険者、ロンドがそう呟いた。
それを皮切りにその動揺が冒険者たちに伝播し、
「そういえばなんか地面がドドドド揺れてるような…………」
「確かに俺も…………」
数人がその揺れを感知したとき、
「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉい! いるやつは早く出てきてくれえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
今度はほとんどの冒険者に、声が聞こえた。
かすかではあるが、外で助けを呼ぶ人の声がする。
冒険者たちは冒険者ギルドの扉を開け、外を確認する。
「なっ………………」
その光景を見た瞬間、冒険者たちは目を剥き、固まった。
数百匹の娯楽土竜を連れてこちらに向かてきている、数十人の冒険者を。
「おい、お前ら冒険者ギルドが見えて来たぞ! 光明が見えてきた!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
えっちらおっちら街中を逃げ続け、俺たちはどうにかこうにか冒険者ギルドまでやって来た。
街中を逃げ回っているうちに他の冒険者とも合流し、全員が全員娯楽土竜から逃げ回っていた。
途中で合流した冒険者から話を聞き、多くの冒険者は今回のクエストが終わったと思い冒険者ギルドにいるとの情報を聞き、冒険者ギルドの連中と手を合わせて一世一代の娯楽土竜との戦闘を行おうと画策した。
「おおおおおおおおい!」
俺たちの呼びかけに、冒険者ギルドの中から数多くの冒険者たちが出て来た。
「突っ込むぞおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
俺の号令で冒険者ギルドの前方まで突っ込み、そこで振り返り、戦闘を開始するという算段だ。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」」
俺たちは冒険者ギルド入り口の前方まで駆け抜け、
「よし今だ、お前ら戦うぞ!」
俺の掛け声とともにその場にいる冒険者たちが振り返り、娯楽土竜との戦闘を開始する――
はずだった。
「…………あ?」
後方を振り返ってみれば、俺を除く冒険者全員は冒険者ギルドの中に逃げ込んでいた。
「う……嘘だろ……」
突然の冒険者の裏切りに俺は茫然とし、刹那、都合数百を超える娯楽土竜が四方八方から跳躍を、突進を繰り出し、襲い掛かって来た。
「うああああああああああああああああああ」
「すまんユーロ、お主の犠牲は無駄にはせん…………」
「ユーロ……良い奴やったな、あいつは…………」
娯楽土竜に押しつぶされ遠くなっていく音を聞き取りながら、俺は段々と娯楽土竜に埋もれていった。
服の端々が破られ、公序良俗に引っ掛かりかねない服装になる。
その時、俺の勇者としての使命が、魂が、燦然と輝きだした。
――俺は、勇者だ。
独力で魔王を斃した、勇者だ。
こんな所で、娯楽土竜に全裸に剥かれ、再逮捕の道を辿るはずがない。いや、辿るようなことがあってはいけない。
胸の内に潜む様々な感情がごった返し、俺を蝕む。いや、開放する。
俺は誰だ。
俺は勇者だ。
俺は娯楽土竜に裸に剥かれるほどに弱いのか。
違う、俺は勇者だ。この世の誰にも負けはしない。
今、俺の膂力が、心が、熱く滾り出した。
「きゅ?」
「きゅきゅきゅ?」
「きゅいーーー」
熱く燃え滾り出した俺の熱を感知したのか、娯楽土竜が不審げな声を出す。
娯楽土竜に埋もれた俺は、小さく息を吐き出した。
「ピコピコハンマーストリーム」
俺は全力の膂力をもってして、ピコピコハンマーを振り回した。
山のように積み重なっていた娯楽土竜の山を、耳朶を打つような爆砕音とともに、四方八方にはじけ飛ばす。
俺を起点として、一陣の暴風が巻き起こり、暴風に巻き込まれ、数多の娯楽土竜が飛んでいく。
「きゅいーーーーーー!」
「きゅきゅきゅーーーーーーーー!」
「じゅくーーー!」
数百を超える娯楽土竜が、強風に吹かれた塵のように四散する。
新たに編み出した俺の必殺技――
【ピコピコハンマーストリーム】
「なっ…………何や⁉ 何が起きたんや⁉」
「なんじゃなんじゃ、娯楽土竜が四方八方に飛ばされたぞ⁉」
「なっ何なんだ、これは⁉」
冒険者ギルドの入り口で、多くの冒険者が口々に驚愕の声を漏らした。
俺は幽鬼のようなたどたどしい足取りで冒険者ギルドの入り口に歩み寄る。
「てめぇら…………よくも騙してくれやがったな…………」
「ユ、ユーロ、これは違うんや。実は訳があってな……!」
「うるせええええええぇぇぇぇぇ!」
言い訳を言おうとしているペントラ達冒険者を折檻しようと向かうが、
「おい今だ皆! 娯楽土竜が泣いて逃げ回っている所を一斉に叩くぞ!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」」
「てめぇら汚ねぇぞおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ロンドの一言で、その場にいた冒険者全員が娯楽土竜を退治しに駆けだしたため、俺も遅れて娯楽土竜の退治に向かった。




