第28問 ロクでなし勇者は聖騎士とクエストを受ける 5
「ワシはソルサバいうんじゃがな…………エルフなんじゃ……」
「…………」
「…………知ってる」
耳を見れば分かる。
ソルサバは唐突に、自分の生い立ちを話し始めた。俺たちに心を少しでも開いてくれたのかもしれない。
「ワシは昔からこの森で生活しておったんじゃが、何百年か前に色々あってのう、人間が生み出した服飾や鉄製品なぞ様々な恩寵を受けるために、人間社会に進出し始めるエルフが増えて来たんじゃ」
ソルサバは懐かしむように、中空を見上げた。
「じゃが、ワシはそれでも人間社会に迎合するのは嫌でのう…………この森にとどまり続けたんじゃ。幸い、この森の中には洒落ブドウや他様々な自然の恵みがあるわい。それを食べて今まで暮らしてきたんじゃ…………」
確かにこの森のいたるところには食料がある。森の中には自然水が湧出しているし、暮らすだけなら困ることはほとんどないだろう。
「自分で言うのもなんじゃが、ワシは相当頑固じゃ。故に、お主らが何故ここにやって来たのかもわかる」
ソルサバはナリッサの聖騎士の紋章に目を向ける。
「竜の巣の調査じゃろう?」
「……!」
ソルサバは眼光を炯々と光らせ、ナリッサをねめつけた。
「あれは止めた方がええ、ワシも詳しいことは知らん。じゃが、あれはワシらが迂闊に手を出しても良いような代物ではないぞ。こちらから危害を加えなければ、あちらからも何もしてこん。今まではそうじゃった。これからも、あの竜に手を出すのはやめておくんじゃ。竜とは、自然災害のようなものじゃ」
「…………」
ソルサバはナリッサに、言い聞かせるようにゆっくりと、重みのある声で語った。
ソルサバが今まで何を経験し、どういった意図でそう言っているのかは分からない。だが、その言葉に、長年の時を生きたエルフとしての全てが詰まっているような気がした。
「ワシも詳しいことは知らん。ワシが言えることはここまでじゃ。現に、ワシも竜の巣の近くに住んでおるが、今まで何も起こらんかった。そう、伝えておいてくれんか」
「はい………………」
ナリッサは消え入りそうな声で、返答した。
俺は聖騎士に属するナリッサと、エルフの戒律を頑なに守るソルサバを見て、色々あるんだな、という所感を持った。
「じゃあのう、お主ら。気を付けて帰るんじゃぞ?」
「サンキュー、婆さん!」
「ありがとうございました」
俺とナリッサは夕餉を食べ、片づけをした後、夜も近いので帰ることにした。
夜の森程怖いものはないからな。
俺はナリッサと共に、街へと帰る。
ナリッサは神妙な顔つきで、ソルサバに言われてたことを咀嚼しているようだった。
ナリッサと街へと帰るまでに、魔物とは一切出くわさなかった。
森を出て、俺とナリッサは繁華街を歩いていた。
「なぁナリッサ」
「……なんだ?」
「今度から、使用済みの消臭スプレーを長年放っておいて、魔物避けの商品として売り出さないか?」
「きっ…………貴様、私が余りにも匂うから魔物と出くわさなかったと思っているのか⁉ あ、あれは日も落ちて魔物が活発でなくなったからだ! 夜に行動する魔物も多くいるのだが……」
「いや、でも一匹も出くわさなかったのはさすがにおかしいわ。俺もお前の隣で歩いてるだけなのにスゲェ臭かったもん」
「やっ……止めろ! それ以上言うな!」
夜の繁華街は人も少なく、まばらではあるが、やはり婦人が道の片隅に集まって、ひそひそと噂を立てていた。
「副聖騎士長様、朝もあの好色ルーキーと一緒に歩いてたわよね? それにまた臭いだ臭くないだなんて…………」
「そうよぉ! それに本当に臭いわよ、副聖騎士長様。ここまで臭いが漂ってきてないかしら?」
「「「分かる~~~~~!」」」
「それに夜までずっと一緒にいたってことよね。あの二人の関係って何なのかしら? こんな時間に帰って来るなんて……」
「それも、臭いを増してですわよ。何してたのかしら、副聖騎士長様。やはり、副聖騎士長様も品位を落とされたんじゃ……」
「「「いや~、最低~」」」
「もうあの方は駄目ね。失脚なさったんだわ」
「「「最低~~~~」」」
いつものように、繁華街にいた童女は母親に「見ちゃダメよ!」と手を引っ張られ、朝と同様の光景が、繁華街に起こった。
ナリッサは俯いて、顔を真っ赤に紅潮させている。頭からシューシューと煙が立ち上りそうな勢いだ。
「私はもう冒険者ギルドに連絡するため先に帰るぞ! 貴様も先に帰れ!」
ナリッサは俺を放って、先へ先へと駆けていった。
「好色ルーキーの下馬評の悪さも捨てたもんじゃないな……」
俺は道の片隅の婦人たちにひそひそと噂を立てられながら、ゆっくりと歩き、冒険者ギルドへと戻った。
その後、武器として中華鍋とお玉を使おうとした聖騎士が聖騎士長に叱咤され、聖騎士団本部に対するよからぬ噂が立っているということで更に叱咤されたらしいが、その噂を聞き、俺は静かにほくそ笑んだ。




