第26問 ロクでなし勇者は聖騎士とクエストを受ける 3
俺とナリッサはドライボアやウェットボアの生息する地域を難なく踏破し、キメラトレントたちの生息する地域へと足を踏み入れた。
「テンペスト、気を付けろ。この区域に生息するキメラトレントという種の魔物は口腔から溶解液を吐き出す。まともに当たれば皮膚が焼けただれ炎症を引き起こすぞ」
「分かってる」
以前来た時に狩り続けたキメラトレント、その実力のほどは十分に理解していた。
ナリッサは鞘から刀身の細い細剣を抜いた。
「身に纏え風素の理、風魔法付与」
魔法の起句を唱えたナリッサの細剣に風が纏われ、目に見えて風が渦巻いているのが分かる。
「なんか綿あめとか作れそうだな」
「そんなものを作ろうと思うな!」
見た目の所感を述べただけだが、ナリッサに一喝される。
そのまま暫くナリッサと奥へと進むと、近くの木が急に動き出した。
「出たか……!」
ナリッサは構え、俺も中華鍋とお玉を構えなおし、臨戦態勢に入る。
「キシャアアアアァァァァァッ!」
「くっ……」
キメラトレントは口腔から溶解液を発射し、ナリッサは細剣を振るうことで風の刃を射出し、溶解液を四方に飛散させる。
攻勢に回ろうとしているが、続く他のキメラトレントに阻まれ、溶解液を退けるので精いっぱいのようだった。
「ゴラアアアアァァッ!」
キメラトレントは俺にも溶解液を吐き出す。
俺は盾にしていた中華鍋で溶解液を防ぎ、お玉でキメラトレントの腹を抉った。
腹を抉られたキメラトレントは呻き、絶命した。先程まで元気だった木が枯れ、ドロップアイテムを落とす。
「おぉっ!」
中々素晴らしいお玉だ。この中華鍋も何の魔鉱石を使っているのか、キメラトレントの溶解液が付着しても溶け出さないようなコーティングがしてあった。
溶解作用を持っている食材を調理することもあるからか、中華鍋は溶け出さなかった。
「なっ……貴様、なんだその盾はっ⁉」
こちらの戦闘ぶりを見たナリッサは溶解液を退けながら驚嘆の意を示した。
中々使える中華鍋だ。
ナリッサが溶解液を防ぐために場所を移動すると、侵入者を感知したキメラトレントがたちまち動き出し、先程よりも数が増えた。
キリがない。
俺はナリッサの方向へ跳躍し、お玉を木の太枝に引っ掛け、そのまま前方へと推進した。
跳躍と同時に二匹ほどキメラトレントをお玉で殴り、絶命させる。
「なんだ貴様、ここは私一人で問題ない。どこか違う場所へ行け!」
「お前のせいで数が増えてるんだろうが!」
助力を必要としないナリッサを一喝する。
俺はお玉の持ち手を小指で挟み、中華鍋を両手に持った。
「ナリッサ、次は風魔法を使うな!」
「なっ……何故だ⁉」
まだ信用が薄いからか、上手く共戦出来ない。
俺とナリッサの周囲に群がったキメラトレントが一斉に溶解液を吐き出した。
「おらああああああぁ!」
俺は両手で持った中華鍋でその溶解液を全て受け止め、
「お返しだあああぁぁぁ!」
その溶解液を周囲のキメラトレント全てにぶちまけた。
溶解液を受けたキメラトレント達は目に見えて枯れ、絶命した。
キメラトレントが一斉に絶命したことを確認した俺はお玉と中華鍋を持ち直した。
「中華鍋とお玉、やっぱり使えるだろ?」
「なっ…………そんなバカな…………」
中華鍋の性能の凄さを知ったナリッサは目を剥いて驚いていた。
こうしてどうにかキメラトレントの生息している区域を抜け出すことが出来た。
キメラトレントの生息している区域を抜け出したことで、木だと思っていたものが突然動き出すような不意打ちはなくなった。
ただ、
「ユーロ、だからあの時魔物避けの香水をつけておけといっただろう⁉」
「うるせぇよ! 起こっちまったもんはどうしようもねぇだろが!」
魔物避けの香水を振りかけなかった俺だけが、体躯のいい熊に追いかけられていた。
体中に傷跡を持ち、道着をも着ているその熊は一見して異質だった。
俺は地上で熊に追いかけられ、ナリッサは大樹の太枝に乗り、息をひそめている。
「てめぇ、助けろクソ野郎!」
「止めろ、私に話しかけるな! 存在を感知されれば私まで狙われるだろう!」
ナリッサに声をかけるが、取りつく島もなかった。
体中に傷跡を残した熊は確執の森の中でも相当手練れであり、カンフーベアの上位互換、マスターカンフーベアというらしい。
歴戦の戦いを経てマスターカンフーベアへと進化したそいつは次々に俺に衝きを繰り出し、その体躯の大きさからは信じられない程の軽快な動きを披露する。
「ひぃっ!」
俺の頭の上を掠めた爪は背後の木を切り裂き、何の抵抗もないまま木は地面へと倒れる。切り口が非常に鮮やかだ。
「やばいやばいやばい、中華鍋とお玉と服とかが切り裂かれる!」
「まずは自分の心配をしろ!」
木の上からナリッサは小声で俺に忠告する。
マスターカンフーベアは左足を踏み込み、数瞬の硬直の後、右足を振り抜いた。
「やばいやばいやばいこいつ滅茶苦茶動きが軽快だぞ!」
「当り前だ、早く逃げろ!」
「逃げれねぇんだよ、こいつ動きが早すぎて!」
マスターカンフーベアは蹴りを終えた後、両足を踏み込み、その場で右手を突き出した。
「ほあああああああぁぁぁぁぁっ…………」
「…………」
どうやら、大技を決めた後の決めポーズがあるらしい。
俺はマスターカンフーベアが決めポーズをしている隙にナリッサの乗っている大樹の方へと逃げ帰って来た。
「きっ……貴様、何をやっている⁉ 早くどこかへ行け! 正気か、私まで巻き込まれるだろう!」
「へへっ……俺たちゃ、パートナーだろ…………」
「こんな時だけパートナー面をするな!」
ナリッサは悲壮な表情を浮かべ、小声で反駁をする。
決めポーズを終えたマスターカンフーベアは首をめぐらせ、もう一度俺を捉えた。
マスターカンフーベアは俺を追って、大樹まで駆けてきた。
「やばいやばいやばいやばい、貴様、連れて来たな⁉」
ナリッサが青い顔をして、息をひそめた。
俺はマスターカンフーベアが大樹へとやって来るのを見越して、丁度マスターカンフーベアと対面の方向にあたる所まで逃げた。
大樹が障害になり、マスターカンフーベアが見えなくなる。
右から顔を出すとマスターカンフーベアと目が合う。
左から顔を出すと、マスターカンフーベアと目が合う。
マスターカンフーベアが追いかけてくる向きと同じ向きに幹の周りを回り、少し立ち止まり、右から顔を出し、左から顔を出す。
「右回りだ、テンペスト、右回りだ!」
マスターカンフーベアと俺との位置の相関が分かっているナリッサが、上から指示を出す。
マスターカンフーベアが右回りに大樹の周りを回り、俺も右回りに回る。
「左に回れ、左だ!」
マスターカンフーベアが左回りに回り、俺も左回りに回る。
「右!」
右回りに回る。
「左!」
左回りに回る。
「右、と見せかけて左だ!」
その場で踏み切り、左周りに回る。
「右、いや左、いや。また右に回ったぞ!」
ナリッサの言うとおり、右にも左にも右にも回る。目が回りそうだ。
「その場で止まれ!」
いつになっても俺の姿が見えないことを不可思議に思ったのか、今度は待機の指示が出された。
「今カンフーベアは小首をかしげている! あまりにも貴様の姿が見えないから不可思議に思ったようだぞ、チャンスだ!」
上から、ナリッサが実況をする。
「おぉ! マスターカンフーベアが去っていくぞ、よくやったテンペスト、貴様の勝利だ!」
どうやら、大樹の周りを回っているうちに俺の姿を捕らえ損ねたと感じているのか、マスターカンフーベアは踵を返したらしい。




