第25問 ロクでなし勇者は聖騎士とクエストを受ける 2
俺とナリッサは、婦人という噂モンスターが跳梁跋扈する商店街から一目散で駆けだし、目的の竜の巣の入り口になる、森の近くまでやってきた。
なんだか既視感があるような気がする。
最近買った城の近くなんじゃないだろうか。
「はぁ……はぁ……貴様……私のスピードについてくるとは思わなかったぞ……」
「あ……あぁ……」
息を切らし、肩で息をする副聖騎士団長を尻目に、辺りを見渡した。
やはり、俺が最近購入した城が近くにあった。
どうやら竜の巣は確執の森を抜けた奥深くにあるようだ。
俺が自宅のある方向に目を凝らしていると、ナリッサもようやく息を整え、俺に視線を向けた。
「テンペスト……貴様、一つ質問してもいいか?」
「え……あ……あぁ、なんだ」
「貴様、武器はどうした?」
「あ…………」
武器を、携帯していなかった。ナリッサは腰に細剣を何本か佩いていた。
「忘れた」
「なんだと⁉」
ナリッサは露骨に驚いた表情をする。
ドライボアの討伐時にもキメラトレントの討伐時にも武器らしき武器を持っていなかったが、今から調査する予定の場所は【竜の巣】であるからして、確かに、何かしら武器は持っておいた方がいいかもしれない。
基本的には徒走空拳で武器を使う戦闘スタイルではないが、武器はないにこしたことはない。
武器を取りに帰りたいので、ナリッサに談合する。
「ちょっと武器取りに帰っていいか?」
「は?」
「いや、俺ん家あの城なんだわ。すぐ帰って来るから、いいか?」
「ま……まぁそういうことならば仕方がない。徒手空拳で竜の巣に挑むことほど愚かなことはないからな」
「悪いな、サンキュ」
そう言い残すと、全速力で城に向かって駆け出した。
「なっ………………!」
瞬時に姿を消し豪速で城へ駆けだした俺を見て、ナリッサが目を剥き驚愕の声を漏らしたが、気にせず城へと向かった。
「おーーーーいエヴァ、帰って来たぞーーー!」
城の入り口に辿り着いた俺は、例によって雷撃の術式が起動するのを見届けながら、城へと入って来た。
「あらおかえりなさい、早いおかえりですね」
「いや、そんなわけあるか。武器がない、何かこの城に武器になりそうなものはないか?」
「はぁ…………武器…………?」
突然の質問に、思い当たる武器がなかったのか、エヴァは小首をかしげる。
「この城出来てからあまり使われてないから武器らしい武器はなかったと思うんだけど……」
「いや、別にないならないでいい。武器らしい何かがあれば良かったな、と希望的観測で来ただけだからな」
「なっ……そんなこと言われたらこっちだって黙っておくわけにはいかないですよ! 確か武器になりそうなものがあるところといえば……」
エヴァはおとがいに手を当て、考え込む。
「ついて来て下さい、ユーロさん! もしかしたらあそこにあるかもしれないです」
「お……おぉ……! さすが元高名な魔術師!」
「ふっふ~ん! 私の姿を見て勉強してくださいよ!」
エヴァは鼻を高くして、城の中を捜索しに行った。俺もエヴァに追従して、武器を探す。
城の中を歩き回り五分ほどが経過し、ようやく目的地にたどり着いた。
「ここですよ!」
「あ……あぁ……?」
自慢げにエヴァに案内された場所は城の厨房に当たる場所だった。
「食っていうのは人間にとって必要不可欠なものですからね。だからこの城を建てた人が出ていくまでに調理に熱を入れてて、その調理器具が今も残ってるんですよ」
「な……なるほど」
見てみれば、包丁やフライパン、おたまやボウルに中華鍋からヤカンやまな板など、そこそこの調理器具が揃っていた。
ただ……
「唯一武器になりそうな包丁が錆び切ってるな」
「まぁそれは……仕方ないですよね……でもここ以外に武器になりそうなものはこの城にはないと思いますよ? 私がここに棲み始めて何年経ったと思ってるんですか!」
自慢になるのかならないのか、エヴァはそう言い切った。
確かに、ここになければもうどこにもないだろう。
どうしようか……ここにあるもので包丁意外に武器になりそうなものは…………。
「これかな……」
俺は調理器具を手にし、ナリッサの下へと帰った。
「待たせたな」
「いや……そこまで待っていない……」
調理器具を手にしてナリッサの下へと戻ってきたが、どことなく体調がすぐれていなさそうだ。
「き……貴様……先程、土ぼこりを舞わせて忽然と姿を消したのは一体何だ? テレポートの類か……?」
「い、いや、普通に走っただけだが」
「走る⁉ あれでか⁉ 走るだけで姿が消えるのか⁉」
「いや、それはお前が目悪かっただけだろ。まぁ、確かに俺の出身地の村じゃあ駆けっこ大会で毎回優勝してたから足は速いかもな」
「そ……そうなのか? 私の目が悪いからなのか……?」
ナリッサはぶつくさと独り言ちながらその場を回る。
「いや、そんなことはどうでもいいから早く竜の巣を探検しにいこうぜ」
「そ……そうだな」
俺の言葉を聞いて正気を取り戻したのか、ナリッサはふと顔を上げ、俺を見た。
「ん…………? 貴様、その手に持っているのは何だ? 中華鍋とおたまではない…………のか?」
「あ? あぁ」
俺は右手に持ったおたまと左手に持った中華鍋を軽く上げ、肩をそびやかす。
「お前は俺がただの中華鍋とおたまを持って来たと思ったのか? バカも休み休みに言え。そんなわけがないだろう。ちゃんとした付与効果もついてるっての」
「そっ……そうか……そうだな、私が間違っていた。因みに、どのような付与効果だ?」
「こっちの中華鍋はフライパンと違って熱伝導性が高い。熱伝導性大の付与効果がある」
「つまり?」
「炎系の魔法を喰らったらすぐに熱くなる」
「ならそのお玉は?」
「こっちは炒飯とかをパラパラに出来る付与効果がある」
「つまり?」
「森の中でチャーハンが作りやすい」
「総評として?」
「料理がおいしく出来あがる」
「馬鹿か貴様はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
言われた通りに付与効果を答えたが、ナリッサは森中が震えあがるかのような絶叫を放った。
集団で木に止まっていたであろう小鳥たちがピヨピヨと飛んでいくのが、ナリッサの背中越しに見えた。
「貴様は馬鹿か、馬鹿なのか⁉ そんな装備で竜の巣に挑もうというのか⁉ 死ぬぞ!」
物凄い剣幕で、俺に詰め寄って来る。
「いや、この中華鍋とお玉が武器になり得るか否かはまだ分からないだろう」
「なる訳ないだろう!」
「最初から可能性を否定してどうする!」
「うっ……」
俺は大声で反駁した。
俺の剣幕に押されたのか、俺の言葉が正論だったのか、ナリッサは言葉に詰まり、一歩足を後退した。
「お前は聖騎士だろ! お前が可能性を否定してどうする! お前は聖騎士になろうと奮起している子供たちにもその可能性を頭から否定して、成長の芽を摘む気か⁉」
「く…………」
二歩、三歩と後退し、ナリッサはその場で膝をつき、四つ這いになった。
「わっ……私が間違っていた…………すまない、すまない……私はなんてことを……」
消え入りそうな声で謝罪し、涙を流した。
俺はそんなナリッサの肩を、優しく叩いた。
「分かればいいんだ。これから直していけばいい。俺たちはまだ若い。次が、きっとある」
「貴様………………」
ナリッサは涙を拭き、俺を見上げる。
「よし、じゃあ竜の巣の調査に行くぞ!」
「承知した、行くぞ!」
俺は初めて、他の誰かとクエストを遂行するため、確執の森への第一歩を踏み出した。




