第24問 ロクでなし勇者は聖騎士とクエストを受ける 1
「竜の巣ぅ?」
穏やかじゃないクエスト依頼に、いささかきな臭いものを感じながら、顔をしかめる。
「まぁ竜の巣言うても仮じゃがのう。テンペストや、お主最近この国に竜が棲みついとるいう噂は訊いたことあるかえ?」
「まぁ、なんとなく」
どこかの騎士団長様が【美酒の語り部】に現れてそんなことをマスターに訊いていたような覚えがある。
「まぁまだ飽くまで噂の範疇を出ん話じゃが、騎士団がその噂の実態調査に最近乗り出しとるんじゃ。じゃがのう、何分森の奥深くまで捜索することが多い故、クエスト依頼の報酬も破格なものになっとるんじゃ」
ヨゼフは持っている羊皮紙の一部をパシパシと指で弾く。
ヨゼフの示す部分には、金貨一〇枚の報酬が明記されていた。
「お得クエストじゃねぇか。受けるわ!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。お得クエストなんじゃ」
「じゃあ今すぐ行ってくるわ」
「待たんかい、テンペスト。もう一人このクエスト依頼受けとる者がいるんじゃ」
「二人で行くのか?」
「まぁもう少し待っとれ、もうすぐ刻限…………あぁ、テンペスト来たぞ来たぞ」
ヨゼフが視線を送る方には、以前俺のことを蹴り飛ばした騎士団長の側仕えをしていた副騎士団長がいた。
副騎士団長は不服そうな顔をしてこちらに歩を進めていた。
「ヨゼフギルド長、その男は一体何の用があってこんな所に!」
服騎士団長は速足でヨゼフに詰め寄り、額を突き合わせ檄を飛ばした。
「まぁまぁ落ち着くんじゃナリッサよ。お主はもう少し柔軟な対応が出来るよう学んだほうがええ」
「それは一体どういう……」
「ナリッサよ、お主は今日こやつとクエスト依頼を受けるんじゃ」
「なっ……」
ナリッサはこちらに振り向き、目を丸くしてわなわなと震えている。
「お主は今日こやつと依頼を受けてもう少し柔軟さ、いうもんを学ぶがええ」
「しっ……しかしヨゼフギルド長! こんな一介の冒険者ごときが竜の巣へと踏み込めば数瞬の内に灰燼になります! それに、騎士団本部から私一人で調査せよとの命を与って……」
「ええ、ええ。そんなもん。ワシが二人で一つのパーティー組むよう要請したんじゃ。それに、こやつはそう簡単に死なんわ」
「ヨゼフギルド長が仰るということは、本当に実力は折り紙付き……ということなのですか? な……なら仕方ない……ですね、分かりました」
口裏を既に合わせていることを知ったナリッサは、即座に得心した。
ナリッサはこちらに歩み寄り、睨みつける。
「おい貴様、名は何という」
「ペントラだ」
「おいテンペスト、嘘はよさんかい!」
名前を聞かれたので咄嗟にペントラの名前を出したが、ギルド長が居合わせたせいで上手くいかなかった。
畜生、何かあったら全てペントラに責任をなすりつけようと考えていたのに。
「ナリッサ、こやつの名はユーロ・テンペストじゃ。テンペスト、こやつの名はナリッサ・メールじゃ」
ヨゼフはお互いを紹介する。
俺は以前騎士団長から蹴りをお見舞いされたときから騎士団には納得がいかなかったので、挑発的に挨拶をする。
「よろしく、騎士団長の取り巻きの一人」
「ふっ……こちらこそよろしく、自称勇者さん」
ナリッサは俺を睥睨し、侮蔑の表情を浮かべる。
どうやら俺は自称勇者として街中で広まってしまっていたようだ。あの広報野郎、今度会ったら広報誌全部に落書きする。
俺とナリッサは装備品などの用意をし、冒険者ギルドを出た。
「じゃあお主ら、気を付けるんじゃぞーーー」
「サンキュー、婆さん! 報酬はちゃんと渡せよー!」
「きっ……貴様、ギルド長に向かってその口は何だ! 慎め!」
冒険者ギルドの入り口で健気に手を振るヨゼフを振り返り、返事をすると、横からナリッサが俺の口をふさぎ、頭を掴んでお辞儀をさせた。
「目上の方への敬意は忘れるな! 貴様はもう少し常識というものを学べ!」
「お前は常識に囚われすぎてんだよ!」
さっそくの意見の食い違いに、早くも急ごしらえのパーティーは険悪なムードを醸し出す。
ナリッサは反駁をしようと口を開いたが、この無用な口論に嫌気がさしたのか、口を閉じた。
「はぁ…………まぁいい。貴様、魔物避けの香水は持っているだろう? 今ここで使用しておくぞ」
「魔物避けの香水…………何それ?」
「きっ……貴様今から行く場所がどのような所か分かっているのか! もっ……もういい、取り敢えず見ていろ!」
ナリッサは懐からアメジスト色の香水を取り出すと、体中にそれを振りかけた。
その瞬間――
「うわ臭っ! 臭っさ! 何こいつ臭っせぇ!」
「やっ……止めろテンペスト貴様! こんな公衆の面前で臭い臭いと騒ぎ立てるな! 薬効的な刺激臭と言え! まっ……まるで私自身の体が臭いを発していると思われるだろう!」
公衆の面前で注目され慣れていないのか、ナリッサは目に見えて取り乱す。
……若いな。こいつも一度公衆の面前で、婦人のスカートをめくるべきだ。
俺はナリッサに向き合った。
「いや……黙ってようと思ったけど、お前香水つける前からずっと臭いよ」
「なっ……私はずっと臭かったのか⁉」
先ほどよりも輪をかけてナリッサは取り乱し、周囲の視線を感じたのか、左右に首を何度もめぐらせる。
ナリッサは自分の体の隅々を臭う。
「まぁ自分の臭いって気付かないっていうしな……ナリッサ、お前冒険者ギルド来る前からずっと色んな奴らに汗臭ぇ女、って思われてたんだぜ」
「なっ…………もっ……もうどうでもいい! テンペスト、貴様もこの香水をつけろ早く!」
ナリッサは顔を真っ赤に紅潮させて、魔物避けの香水を手に持ち、俺に振りかけようとしてきた。
「やっ……止めろお前! 俺まで臭くなるだろうが!」
「やっ……やはりこの香水の刺激臭だったのではないか! ふざけるな!」
今度は怒りで顔を真っ赤に染め上げ、肩を震わせる。
その俺たちの様子を見るのは、いつもの女の子。女の子のお母さんは「見ちゃだめよ! 早く行くわよ!」と、いつものように女の子を連れ出した。
他の婦人たちは
「好色ルーキーの横で歩いているお方……あのお方、騎士団の副団長様よ、やぁねぇ。好色ルーキーに毒されてしまったのかしら」
「しっ……聞こえるわよ!」
「でも好色ルーキーと二人で仲睦まじげに歩いてるなんて、おかしいと思わない?」
「「そうよねぇ~」」
「きっとあのお方も随分と失脚なさったのよ……あんな好色ルーキーと道の真ん中で臭い臭くないの言い合いをするだなんて……」
「「「やぁねぇ~~~~~~」」」
婦人たちは道の端により、いつものように井戸端会議を始める。
その声が副騎士団長の耳にも届いたのか、怒りと恥辱と驚愕と情けなさとが入り混じり、耳まで顔を真っ赤に染め上げて口を真一文字に固く結び、口の端をプルプルと震えさせている。
「もっ……もうここは駄目だ! 早急に目的地に急ぐぞ!」
一刻も早くこの場所から立ち去りたいのか、脇目も振らず、一目散にナリッサは駆け出した。
なるほど…………【好色ルーキー】の名も、こんな風に有効活用できるのか、と新たな発見をすることが出来た。
これからはどんどん他の奴らの地位や名声を失墜させていこうと思う。




