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第23問 ロクでなし勇者は服を買いに行く

 


「あぁ、そのことですか。私三〇年も死霊レイスやってきたので、魔力を有するものとは自身の魔力を干渉して接触すること出来るんですよ」


 なるほど。昔高名な冒険者だったというだけはあるか、その魔力が死霊レイスに移ったのだろう。


「ちなみに、私からではなく、魔力交渉を行える人は誰でも私に触ることが出来ます。こんな風に」


 エヴァは俺の腕を掴み、握手する。


「なるほど。なら実質的に殆ど半透明の人間みたいなもんだな」

「そうですね。服を交換することが出来ないのと、お風呂に入ったり出来ないことを覗けば普通の人間みたいなものかもしれませんね」


 エヴァは苦笑いで、頭をかく。

 確かに、人前に出るには少々煽情的すぎる格好をしている。魔物に全部剥かれなくてよかったな、とすら思える。


「魔力に干渉して、ってことは魔法も使えるのか?」

「そうですね。魔法を行使することも出来ます。最初この城に来た時には魔物が沢山いたのですが、魔法も駆使して掃討したんですよ」

「道理でお前しかこの城にいなかったわけだ」

「そうですよ! 言っておきますけど、私がこの城に入るドライボアやウェットボアを雷の魔法陣を使って退治したんですよっ! もう少し私に感謝してもらわないとですから!」

「あれお前が作動させてたのかよ! てめぇ!」


 とんでもない暴露に激高する。この城に根を張る時だけに使ってたわけじゃなったのか。

 俺はこいつのせいで雷撃を喰らったというのか。


「私があの魔法陣に魔力をせっせと溜めてたからドライボアもウェットボアもこの城に近づかなかったんですよ⁉ 感謝してくださいっ!」

「感謝するか! やっぱり出ていけこの野郎!」

「嫌ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー! 一人は嫌なのおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 俺は一抹の不安を覚えながらも、この死霊レイスと生活を共にすることにした。









「どうしよう、服がない」


 エヴァとの交渉も終わり、街へ買い出しに行こうかと考えたとき、驚愕の事実に気付いた。


「服を買いたいんだが、服を買うために着る服が無くなった。誰かさんのせいでな」

「えぇぇ、私ですか⁉」


 城の入り口で電撃を受けたせいで服はぼろぼろ、ところどころ大きく破け、繊維もほつれている。これじゃあエヴァと同じだ。


「別にその服で行ったらいいんじゃないですか? ほら、街中も筋肉質な上半身を、隠すことなく歩いている人も沢山いるじゃないですか」

「いや、それは下がしっかりしたもの履いてるからだろ。俺のは今糸ほつれまくってんだよ。行く途中でどこか木の枝か何かに引っ掛かってストリップになったら本当どうしようもないぞ?」


 決死の表情で事態の深刻さを伝えるが、エヴァにはいまいちピンと来ていないらしく、小首をかしげている。


「なら今ベッドで眠ってる女性に買って貰えればよくないですか?」

「いや無理だ。あいつは一回寝ると次いつ起きるか分からん」

「えぇ……そんな人いるんですか?」


 胡乱げな視線を送って来るが、本当に、次起きるのは一か月後くらいの可能性すらある。


「この城に服とかねぇのか? 何か着る服があれば……」

「あ!」


 何かを思い出したのか、エヴァは膝を打った。


「いいのがありましたよ~」


 エヴァは城の奥へと歩を進め、俺もエヴァに追従し、服を探しに行った。











「ぎゃははははははははははは、何やユーロお前その恰好はぁ⁉」

「ユーロ……お主そこまで来ていたのか…………」

「くっ……殺せ……!」


 俺が今着ている服は、フリルのついた豪奢なドレス。繁華街にも同じようなドレスを着て生活しているような貴婦人は多くいるが、何分俺が着るには似合っていなさ過ぎた。


 エヴァによると、ドライボアが数カ月ほど前にドレスを咥えて城の中に入って来たので、魔法陣を解除して中にドレスを入れたらしい。それに加え、そのドレスはサイケデリックな模様をしており、目に悪そうなデザインだった。

 平たく言えば、ダサかった。

 エヴァ事態は服に触れないので、ドライボアを城の中に入れる以外に服を保管する方法はなかったらしい。

 ドレスの他にウィッグも持ってきていたらしいのでウィッグを装着し、ノーザンやペントラ達にはバレないようこそこそと服屋へ向かっていたのだが、ウィッグの効果も詮無く、今こうしてペントラ達に笑いものにされている。


 今俺がいる通りの民家は例によって窓が閉まっており、俺のことをじっと見つめる女児をお母さんが「見ちゃダメよ!」と連れ出している。


 そして、俺の眼前にはペントラ達パーティー…………地獄だ。


「おいおいユーロ、お前なんやそのだっさいドレスは? 今からどっかパーティーでも行く気か? こんなウィッグまでしよって! あっはっはっはっはっはっはっはっはっは」

「ユーロ……お主にそんな趣味があったとは知らなかったぞ……」


 ペントラはこんな格好をする俺を笑い、ノーザンは気まずそうに視線を外している。


「ちっ……違う! これは誤解だ、話せばわかる!」

「話しても何も分からんわ! お前スカートめくったりドレス着てウィッグつけたり、何しよんか分からんわ!」

「ちっ……違う……これには理由が……」

「ユーロ……ワシはお主の事情を尊重するぞ」

「違うんだああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ノーザンとペントラは俺の必死の弁護にも関わらず「先を急ぐ」と、いそいそと逃げ、俺は周囲から痛い視線を感じながら、服屋へと入っていった。


 服屋の店員も、胡乱げな視線を俺に送るだけだった…………。

 服屋では、無難な普通の服を購入した。今度は、三着。









 結局俺はその後即座に服を着替え、掃除道具やその他必需品を買いそろえ、自宅へと戻った。


 城の入口へと入ると例によって雷撃が飛んできたが、学習したので跳躍で難なく交わす。

 入り口では、エヴァが俺を出迎えてくれた。


「帰って来たぞ」

「おかえりなさい、ユーロさん。ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も、一世を風靡する?」

「するか」


 エヴァは俺のよく分からない冗談をいなし、必需品を置いて行く。


「エヴァ、お前掃除は出来るか?」

「はい?」


 城の中は、ひどく汚れている。

 もし暇なら、同じく居城する者として掃除を頼みたいところだが……。


「駄目ですね……ほうきには魔力を行使できませんから……。無機物と魔法の相性は悪いんですよ」

「ちっ…………使えねぇ」

「どうしてそういうこと言うの⁉ ねぇ、どうして⁉」


 何度も尋ねてくるエヴァを黙殺して、俺はまた街へと向かった。


 









「金がない」

「なんじゃい」


 エヴァに城の見守りとソーニャの護衛を任し、俺は冒険者ギルドへとやって来た。

 俺の眼前で腰を曲げて対応しているのは冒険者ギルドの首魁、ヨゼフ。


「なんじゃいお主、また金をせびりにきたんかい」

「せびりにって何だよ。前貰った金貨一〇〇枚が全部なくなっちまったんだよ。追加で融資を頼む」

「なっ……お主もはや金貨一〇〇枚を使い切ったんか! 何に使ったんじゃ⁉ 博打か? 博打に使ったんじゃろう!」

「使ってねぇよ! 家買ったんだよ家!」

「金貨一〇〇枚もする家ってどんな家を買っとるんじゃいお主! そこまで財力にゆとりがあるようなところじゃないわいここは!」

「くっ……」


 言い負かそうとするが、年の功というべきか、ヨゼフは見事に反論する。


「じゃあいいわ。なんか報酬高そうなクエスト発注してくれ」

「そうかそうか。やっとくれるんじゃな。丁度今いいクエストが出とるんじゃ」


 ヨゼフは踵を返し、倉庫らしき場所から一枚の羊皮紙を取り出し、持って来た。


「これじゃ」


 差し出された羊皮紙には【竜の巣付近の実態調査】のクエスト依頼と、その子細な説明が細々と明記されていた。



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