第22問 ロクでなし勇者は約束を交わす
「実は私、こう見えて昔はそこそこ高名な魔術師だったのです」
「ほう」
確かに、そういうエヴァの服装は所々破れ少々煽情的ではあるが、魔術師としての服装を大きくは逸脱していない。
「私は魔術師でもあり、冒険者でもありました。二五年程前にこの地にクエスト依頼を受けてやって来たのですが、この地の魔物たちは私の想像よりも強くて……」
「ドライボアだとかウェットボアがそんなに強かったのか?」
「いえ、その当時今この地に跳梁跋扈しているウェットボアやドライボアのような下級の魔物と違い、もう少し上級の魔物でした」
「へ~」
二五年程前というと、この城が建ってから五年ほど経ったくらいか。どうやらその当時には今ほどの下級の魔物が棲んでいたわけではなかったようだ。不動産屋も同じようなことを言っていたような気がする。
道理で、ウェットボアやドライボア程度ならこの城の入り口で掃滅出来そうだと思ったものだ。
城が建った当時は下級の魔物ばかりだったのに年が経つにつれ上級の魔物が現れるようになったという事か……。城を建てた人も中々運がないな。
「予想外の魔物の強さに、魔力を使い果たしてしまった私はすぐさまこの城に逃げ込みましたが、そこで誤算が起きました」
「入り口の電撃か?」
「恥ずかしながら……」
ダサい。
「この城に逃げ込んだまでは良いのですが突如電撃を喰らいました。魔力も底をついていたので、十分に私に効力がありました。魔物もこの城の入り口である程度は絶命したのですが、残念ながら殲滅には至らず、あの電撃を喰らって生き残った上位種の魔物に追い詰められました」
この城に逃げ込んだまでは良かったが、この城で魔物に追い詰められたという事か……。もう少し不動産屋もこの城のことを確認しろよ、と思わざるを得ない。
「このままでは生きたまま食べられてしまうと思った私は、なけなしの魔力でテレポートを敢行しました。しかし、やはり魔力も底をつきかけていましたので、テレポートの際に誤作動を生じてしまいました。
私の生身の肉体だけはテレポートすることが出来たのですが、魂はテレポートすることが出来ず、こうして死霊となって現世にとどまっていると……そういうことです」
「じゃあ図らずとも幽体離脱のような形になってしまっていると……そういうことか?」
「その通りです」
「生身の肉体は今はどこにあるのかも分からないと?」
「そうですね。まぁあれから二五年も経ってるのでもはや戻ることは出来ないとは思いますが」
……なるほど。窮地に追い詰められた魔術師の、決死の覚悟で行使したテレポートがこんな悲劇を生んだのか……。今度からテレポートには気を付けよう。まぁ魔法は使えないけど。
だが、一つ疑問がある。
「死霊になっちまったんだったら、街の奴らに助けを頼めばよかったんじゃないか? どうしてまたこんなさびれた城に?」
「そうですね……頼めれば、良かったんですけどね……」
どこか寂し気な表情で、エヴァは視線を落とす。
「勿論、死霊になった直後、街へと出かけました。ですが、街の人たちは私の姿を見ると悪意のある魔物と同じような目つきで私をねめつけ、空き缶や石を投げつけてきました。誰も私の言う事なんて聞いてくれませんでした。果ては退治までされそうになりました」
恐らく睨みつけられていたわけではなく、この煽情的な恰好をした死霊をいやらしい目で見ていたのだと思うのだが黙っておこう。
「誰も私の言う事を聞いてくれない、私は魔物と同じ種になってしまったのだ、と感じた私はこの地に戻ってきましたが、魔物にも殺されそうになり、這う這うの体でどうにかこの城に根を張り、今まで生き残ってきたわけです。入り口で雷が撃たれることを理解したので、今度はそれを利用してなんとか魔物たちを倒すことが出来ました」
「そうか……」
なかなか悲しい話だ。死霊になったことで人間からは退治されそうになり、かといって魔物にも受け入れてもらえない。
中々業を背負った女だ。
「そうか。可哀想にな。じゃあ、出て行ってくれ」
「えええええええええええええええええええええええっぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉ さっきの話を聞いて⁉」
まぁ、それとこれとは話が違う。
「残念ながら、昨日この城は俺が買い取ったんだ。これ以上長居するようなら不法侵入罪で訴えるぞ!」
「死霊相手に訴訟⁉ どんだけ人の心がないんですか、あんた!」
必死の表情で言葉を返してくるが、今の俺にエヴァの言い訳は何も通用しない。
なぜなら、この城は俺の家だからだ。
「いや。だって知らない死霊が住んでる城なんて住みたくないだろ? いいことねぇじゃねぇか。出て行ってくれ」
俺が反駁すると、エヴァは口端を上げ、にやりと笑った。
「そういえば……あなた、こんな所に居城を構えるくらいなんですから、それはそれは腕が立つんじゃないですか? 一体何の職業をなさってるんですか?」
「まぁ、勇者だからな。多少は腕は立つ。職業は、今は冒険者だ」
「え……こんな人の心を持たない人が勇者……嘘でしょ?」という声が聞こえたが、もはや反駁するのも面倒なので、聞かなかったことにしてやる。
「まぁ勇者かどうかはおいといて……あなた、冒険者をやってるって言いましたよね? 三〇年程前にそこそこ名を馳せた高名な冒険者の情報が必要になったりするんじゃないですか?」
「ほう…………」
面白い。
「三〇年程前に各地を旅した冒険者がサポートについてくれるっていうなら、さぞかし冒険者稼業も楽になるでしょうねぇ~……」
わざとらしくそっぽを向き、口笛を吹いてこちらをちらちらと見ている。
「これから仲良くしようじゃないか」
俺は即座に、エヴァに片手を差し出した。
「こちらこそ」
エヴァは俺の手を握り、此度死霊のエヴァと共同生活を送る約定が締結した。
この城に昔から住んでいたというエヴァとの契約が終わり、俺は城を掃除していた。
何せ、そこら中に蜘蛛の巣や蔓、雑草などがわんさかと生えており、生活するに苦労しかしない。
ただひたすらにこちらを見ているエヴァに目を向ける。
エヴァに関して一つだけ得心のいかないことがあった。
「エヴァ、そういえばお前死霊の癖に実体を持ってるんだな」
エヴァは、実体を持っていた。約定の締結の際にも俺と握手をすることが出来たのだが、一体どういうことなのだろうか。




