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第20問 ロクでなし勇者は家を買う

 


 冒険者ギルドの老婆からエルフを連れて帰るように要請され、エルフを背負い逃げるようにして、俺は自身の宿屋へと帰って来た。


 取り敢えず、エルフをベッドに寝かせる。


 だが、元々一人暮らしの予定で借りていた宿屋なので、俺とエルフの二人が住むには少々手狭だ。それに加え、このエルフの特性を知らない人間が、この宿屋には沢山いる。

 俺がエルフを連れ帰ってから唐突に凄い眠気に襲われる、なんて思われた日には俺に責任の矛先が向いてしまう。それは御免だ。

 やはり、そろそろ自分の家という物を持つ時がやって来たのかもしれない。


 金貨一〇〇枚を冒険者ギルドの老婆から貰う予定なので、どうにかこの予算内で済む程度の家を探しに行くとしよう。


 俺はエルフを宿屋に預けて、家探しに出かけた。





「家をお探しですか、ええ」

「ああ」


 家を探すため、家の売買の斡旋をしてくれる業者の下へと、やってきた。


「ええとですねぇ、あのですね、今家というものの価格が高騰してまして、はい。予算はどの程度お持ちでしょうか」

「金貨一〇〇枚ほどだ」

「ああ、それはすごいですねぇ、はい。素封家のお方ですか、はい。住居に関するカタログもあるのですが、実際に見てみないと分からないと思うので、住居のご紹介をいたしますので、私についてきてください。はい」

「任せた」


 斡旋者の言うことを聞き、俺は家を探しに出かけた。


「この住居はどうですかねぇ、お客様、はい。お値段はお値打ち、金貨四〇枚となっております」

「んー……」


 まず初めに不動産屋に紹介されたのは、特にめぼしい美点も欠点も見つからない、商業地区の近くに建てられた大きめの一軒家だった。


「ここは特にこれといった欠点のない、住むには何一つ不自由しない一軒家でございます、ええ」

「ん~…………」


 確かに、住むことに関しては何一つ不自由はしなさそうな気は、する。だが、ここは……。


「ちょっと近く見てくるから、ここで待っててくれ」

「……? え、ええ。ご自由にご観覧ください」


 不動産屋を取り残して、俺は商業地区に入った。


 俺が商業地区に顔を出すと、 


「キャーーーーーーッ! 変態よーーーーーーー! 『好色ルーキー』が来たわ~!」

「皆逃げて! 巻き込まれるわよ!」

「最低の男がやって来たわーーーーーーーーー! 逃げて皆―――――――!」


 俺のことを見つけた多くの婦人が声高に叫び、一瞬のうちにして多くの人間が自宅に戻り、扉や窓を閉めた。


「見ちゃダメ、こっちよ!」


 一人、逃げるのに取り残された女児が指をくわえ俺のことを見ており、その母親はすぐに女児の手を取り、裏路地へと逃げ込んだ。


 先ほどまで賑々しすぎるほどの賑わいを見せていた繁華街が、今や人っ子一人見られない殺風景に変わり果てた。


 そう、ここは以前、狸シーフを捕まえる際に俺が何人かの婦人のスカートめくりを敢行した場所だ。今や俺の通り名は【好色ルーキー】。その中でも俺がそう呼ばれるに至った所以がまさに、ここにある。

 恐らくはスカートをめくられた婦人がここの周辺の奥様方に噂を流し、この地区での俺の下馬評は絶望的な低さを示しているのだろう。


 うん、ここは無理だな。



 俺はむなしい気持ちになりながらも、不動産屋の下へと踵を返した。


「ああ、お客様、もうよろしいのですか、はい」

「ああ、もういいよ。ここはパスだ、別の所にしてくれ」

「まぁ、一つ目に決めるお客様も少ないものです、次の住居を紹介いたします」





「ここはどうでしょうか、お客様。お値段は金貨八〇枚と少々張りますが、騎士団本部ということで犯罪率も低く、ご自宅も豪華絢爛ですね、ええ」

「あ、あーーーー、うん。そのーーー、なんだな」


 次に紹介された家は、騎士団本部付近の、少し豪奢な一軒家だった。


 だが、正直個人的にここに住みたくはない。

 先般、騎士団の団長と言われる女から蹴りを喰らっている。正直、どこかこの家の付近で邂逅してしまったらまた争いになりかねない。


「ここもパスで」

「そうですか……まぁ、ご自宅の売買には少々神経質にならざるを得ないですね、はい」


 二つ目の家も却下した俺は、三つ目の家に連れていかれた。

 その後立て続けに、俺は希望の家にありつけなかった。


「ここはどうですか、お客様」

「パスで」


 冒険者ギルドに近すぎる、またギルド長に引っ越しの依頼を頼まれかねない。


「ではここはどうで……」

「パスで」


 【美酒の語り部】が近いからペントラ達に入り浸られそうな気がする。


「ここは……」

「パスで」


 なんか臭い。


「こ……」

「パスで」


 なんか家がくねくねしてて嫌。



 立て続けに見せてくる家をすべて却下していると、不動産屋は疲れたのか、段々と足取りが重くなって来ていた。


「お客様……私は出来るだけお客様のご要望にお応えしようと思っております、ええ」

「ああ、ご苦労」


 片手をあげ居丈高に、不動産屋を労う。


「ですので、お客様のお気に召しそうなお宅から紹介させて頂いてますのでね、はい。ですので、段々と家としての価値は下がってきている訳ですよ、はい。もう次からは本当にお客様のご希望に沿えないかもしれませんがそれでもよろしいですか、はい」

「頼む」


 確かに、段々と家の品質が下がってきている。

 これは、今は家を買う時期じゃないという事なのか……。


「では、こちらのお宅……といいますか、ご邸宅をご紹介いたします」

「これは…………」


 次に紹介されたのは、一般庶民が済むにはあまりにも大きすぎる、城だった。だが、その城を紹介するにはあまりにも城との距離が遠かった。


「どうしてこんなに離れてんだ?」

「そ……それがですね、あそこのお城は立地上非常に良くない場所でして……。遥か昔、付近の森から多数の魔物が現れまして、最初はその魔物退治に精を出されていたのですが、退治しても退治しても半永久的に魔物が現れますので……。それにですね、年を経るごとに魔物が強くなっていったんですよ。そういうことがありまして、持ち主の方が安値で売り出すことになったのですよ」


 確かに、目的の城は外れも外れ、人里離れた僻地のような場所に立っており、以前ドライボアを討伐しに来た森からもそう遠くはなかった。


「それから何十年もの月日が経ったのですが、誰も買い手がつかず、日に日に汚れていき、今はあのような有様です」


 城には数多の蔓が絡みつき、城だったとは思えないような見るも無残な、廃墟のような見目だった。


「ですので、あの規模のお城としては破格の金貨九〇枚となっております」

「この城を立てた奴は建てる前に気付かなかったのか?」

「そ……それがですね、はい。あの~……魔物を軽視しておられる方で、数多の冒険者様のご忠告にも関わらず、ご建設なされましたのですが、やはり日中護衛が必要になることなどから費用がかさみ、破産し、この城も売りに出さざるをえなくなったのです」

「なるほど」


 ポンコツじゃないか。


「ここ、買うわ」

「はい、駄目ですよね、私も分かっておりま…………買われるのですか、はい⁉」

「ああ」

「しょ……正気ですか⁉ 日中、睡眠時にも魔物たちの襲撃を警戒し、商業地区へのアクセスも悪く、長年放置され続けたことで薄汚く、誰も手を付けてないことから、この城はとても人の住処とは思えないのですよ、はいはいはい!」


 興奮した様子で俺に寄って来る不動産屋に、後ずさる。


 城が汚いことは俺の勇者スキルを活かして何とでもできるし、魔物に襲われる可能性が高くてもあのエルフがいれば大丈夫だろう。商業地区へのアクセスが悪いのは、むしろ美点だ。


「ああ、ここを買う」

「ほっ……本当でございますか、はい! 承知いたしました! わたくしめもここの家の販売にはほとほと手を焼いていたのでございます! ありがとうございます、はい、ありがとうございます!」


 必死の形相で頭を下げる不動産屋を宥めすかし、俺は今日からこの家へと引っ越すことになった。



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