第19問 ロクでなし勇者は噂される
その後何度かエルフを起こすよう画策してみたが、全く起きる様子がなかったので、ライムを引き連れて冒険者ギルドの入り口へと踵を返した。
「結局駄目でしたね」
「そうだな。一体何なんだろうな、あいつは」
エルフが眠っている奥深くの一室から戻り、暫く歩き続ける。
冒険者ギルドの大広間を目前に控えた時、向かいから、腰を曲げた小さな老婆がやって来た。
「なんだこのおばさん……」
「ヨ……ヨゼフギルド長!?」
俺の無反応とは相反して、腰の曲がった老婆を見るライムは驚いた声を出す。
「何をしとるんじゃ、二人で」
ヨゼフは手を軽く振った。
ギルド長なんて呼ばれていることからして、どうやら相当の身分の人間の様だ。
「お主がユーロ君か……一度会ってみたかったわい」
「はぁ、どうも」
挨拶と共に手を差し出されたので、反射的に握ってしまう。
「ユーロ君や、ワシはあんたに頼みがあるんじゃ。どうか、あの子をお前さんの下に置いておいてくれんかの?」
「はあぁー⁉」
突然の申し出に、手に力を込めてしまう。
「痛い痛い痛い痛い痛いわい! 止めんか!」
老婆は手を離し、振った。
「いやのう、あのエルフがいるとのう、ワシらも仕事がはかどらんのじゃ。あのエルフのお嬢ちゃんが起きるとのう、何故だかワシらも皆眠くなるんじゃ。起きてなくてもなんだか無性に眠たくなるんじゃ」
「いや、待て待て待て待て待て。嫌に決まってんだろ! 俺はお前らがすぐにあのエルフに事情聴取しなかったから一ヶ月も監獄に入れられっぱなしだったんだぞ! なんでその上、俺があんなの保護しなきゃいけねぇんだよ! 保護するわけねぇだろボケ!」
「そうかい……残念じゃのう……預かってくれるというなら冒険者ギルドから金貨一〇〇枚を融通する考えじゃったのに……」
「喜んでおばあさん。人生はお互い様じゃないか。何、今までのことは水に流そう。俺があいつを与ってやるよ」
聞き逃せない言葉に、俺はすぐさま老婆の手を取った。
俺は即座にエルフのいる一室へと駆けだし、背負い、帰って来た。
「このエルフを俺が与ってればいいんだな? 本当に金貨一〇〇枚くれんだな?」
「も……勿論じゃわい。レウス換算で金貨一〇〇枚を送ってやるわい」
俺の必死の形相に、どこかヨゼフも気圧された態度をとる。
「言ったな、言ったな! 俺は忘れねぇからな! 約束は守れよ! じゃあな!」
俺は突然舞い込んだこの上ない条件を反故にされる前に、急ぎ足で宿屋へと戻った。
だが、どうしてこのような条件が出されるのか、考えもしていなかった。
「な…………何考えてるんですか、ヨゼフギルド長! どうしてユーロさんなんかにあのエルフの女性を預けたんですか⁉ 冒険者ギルドは誰をも平等に扱うなじゃかったんですか⁉ ユーロさんみたいな素性も知れぬ冒険者に任せていいわけないじゃないですか! それに、どうして冒険者ギルドから金貨を支給するなんて馬鹿な事を……今すぐ私追いかけてきます!」
「まぁ待つのじゃ、ライムよ」
ヨゼフは、ライムを手で押しとどめる。
「なんですか、なんなんですか! ギルド長はユーロさんのことを知ってるんですか⁉ ユーロさんはいつもいつも冒険者ギルドに問題を持ち込んで来る問題児なんですよ⁉」
「うるさいのう……耳元で騒ぐでないわい。ワシも長く生きたエルフ……人を見る目位あるわい」
「じゃあなんで……」
「あのエルフに邪悪な気配を感じたのじゃ」
「な…………」
ライムは顔を蒼白にし、一歩退く。
「それも凄絶な量の魔力を持っておる。今まで寝ていたのはただの見せかけであったかもしれんのじゃ。あのエルフがやる気になったら、最悪の場合ワシらも一瞬のうちに殺されとったかもしれん」
「なっ……なら猶更ダメじゃないですか! そんな危ない人をただの冒険者に……しかもユーロさんはまだルーキーですよ⁉ 正気ですか⁉ どうするんですか、何か問題が起こってからじゃ遅いんですよ!」
「それには及ばんよ」
ヨゼフは遠い目をして、逃げるようにして去っているユーロに目を送る。
「あの男なら、止められるはずじゃ」
「な…………なんでそんなこと分かるんですか!」
「ワシ、今日は昼ご飯は食べたかえ?」
ライムの問いには答えず、ヨゼフは突然に話を転換した。
「ちょっ……ちょっと、今そんな話してないじゃないですか!」
「ワシ、今日はシュリンプリンが食べたいのう……」
「ちょっと! ギルド長! ギルド長――――――――――――!」
耳元で叫ぶが、ヨゼフは今までの話をまるで忘れたかのように、大広間へと歩き出した。
「あああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー! ギルド長がまたぼけたーーーーーーーー!」
「あん? もう夕餉の時刻かえ? 今日はシュリンプリンが食べたい気分じゃなあ」
「ユーロさん! あなたはどうしていつもいつも問題を抱えてやって来るんですかああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
大広間に、ただただライムの悲痛な叫び声がこだましていた。




