第14問 ロクでなし勇者は眠るエルフを見つける 2
さぁ、どうしようか。
このエルフの女をここに放っておいてもいいものか。
エルフの状態を見る限り、どうやら記憶の混濁を起こしているようだ。エルフの女が目覚めた途端俺にも強烈な眠気が襲ってきたことと、女に近づくにつれて眠りについている魔物が増えていったことから考えると、この女が眠り成分か何かを放出していることに間違いはないだろう。
だが、その効果は永続的なものなのだろうか。
もしも永久に眠らせる能力ではないのなら、ここに寝かせておくのは危ない。
こんな森の奥で一人でいたらどう考えても、能力が途切れた瞬間に惨殺されるだろう。
それに何より、正体が不確かだ。
こんな強力な能力を持った者を放っておくのはこの酒の街の懸念要素になりかねない。
よし……。
連れて帰るか。
俺は巨大な牛に背中を預け眠りこけるエルフをバックパックに入れて担ぎ、帰途についた。
商売が盛んで、冒険者稼業を営む人間の集まる国、レムル。
この国では冒険者に手厚いバックアップがされ、一つの職業として冒険者が幇助されている。
俺の住んでいた国、エルスラでは農耕が発達していて、冒険者稼業を営む者はごくごくわずかだった。
そんな商売と冒険者の街、レムルの繁華街を、俺は歩いていた。
人々の動線の邪魔にならないよう、道の端で布を広げ商品を陳列し、商売をしている者。店舗を構え、食料や防具・武器を売る者、冒険者としての素質を鑑定する水晶を眼前に置いた鑑定士――
多種多様な人間が商売をしているその繁華街の中央を、俺は歩く。
エルフをかついだままで。
人間がエルフを担いでいるという状況が奇異だからか、周囲の人間は胡乱げな視線を送って来る。
その状況の珍妙さも相まってのことだとは思うが、何より今の俺の行為は犯罪臭い。
眠っている女のエルフを、男の人間が担いでいる――見ようによれば法に抵触しているようにも見えなくもないだろう。
だが、誤解しないで欲しい。これはこの女のためを思っての行動だ。
決して窮地に陥っている女性を救い出し勇者としての名誉を高めよう、だとか危地から救ってくれたお礼に金品をせびろうだなんて、これっぽっちも考えていない。
考えていない。
どうにかこうにか、出来るだけ不審がられないようその繁華街を脱し、俺は酒場【美酒の語り部】へと向かった。
まずはどうすればいいかマスターに聞いてみよう。
そうして歩いているうちに【美酒の語り部】の看板が見えてきた。
もう少しで入店出来ると足を速めたその時――
「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「げ……」
俺の視界の端に、ペントラの姿を捉えた。
ペントラは絶叫し、体をわなわなとさせながら指を差してきた。
「こ……こいつ……遂にやりよったわ……いつかやる思とったけど、こんな早うに……」
「なんだよ、ペントラ俺は……」
「お前、そのエルフの女の子を誘拐してきよったなぁーーー⁉」
「はぁ⁉」
あろうことか、ペントラはおよそ事実とは遠く離れたことを放言した。
「いやいやいやいや、違う違う違う、これは……」
「お前、誘拐とか洒落にならんぞ! はよ逃げろ、衛兵が来る前に!」
「いやだから違うっつの、このエルフの……」
「号外―――! 号外―――――!」
俺とペントラが争っていると、この諍諭を聞きつけた男が仕事早に新聞を作成し、もはや配りまわっていた。
「マルクール、やめぇ! ユーロが捕まってまうぞ!」
どうやらマルクールというらしいそいつは無作為に新聞をばらまいている。
この一件が落ち着いたら足の小指がどこかにぶつかる呪いをかけよう。
「皆さーーーん! 号外ですよーーーーーー! あの好色ルーキーがまたやらかしました! 今度はエルフの女性を誘拐してきました!」
マルクールは既に数多の人間に新聞を配り、あっという間に俺の悪評は噂になり出した。
情報伝播能力が急速すぎる。
「おっ、お前ら聞いてくれ! ごっ、誤解だ! 誤解なんだ!」
マルクールを捕まえようにも、背中にエルフを背負っているので派手な動きをすることが出来ない。
軽快に新聞を配っていくマルクールを傍目に、俺は誤解であることを声高に喧伝することしか出来なかった。
が――
「あの人また何かやらかしたんですって……」
「怖いわねぇ……確かこの国に入って来た初日も、酩酊して美酒の語り部の中を壊したんですって……」
「あら、私は罪もない女性のスカートをめくりあげて、挙句いやらしい笑みをこぼしてたって聞いたわよ」
「そうなの奥様、私は冒険者試験監督官を失禁させたとかなんとか聞きましたわよ」
「「ええぇぇーーー!」
「「「怖いわねぇ…………」」」
俺の必死の抵抗もむなしく、近くで俺を見ながらもひそひそと井戸端会議をするマダムや弓を携えた猫耳の女冒険者、果ては顔の一部以外全てをフルプレートで覆い隠した女性まで、まるでゴミを見るかのような目線を投げかけてきた。
「ちっ、違う! いや、違わないけど、誤解だ! 止めろ! 変な噂を流すな!」
必死に誤解を正そうと近付くが、「ひぃっ、犯される!」などと失礼千万な捨て台詞を残し、女性陣は避ける。
だが反対に筋骨隆々な男や、口元に大量の髭を蓄えたドワーフなど、冒険者稼業の男たちは「もっとやれ! いいぞ好色ルーキー!」などとはやし立てている。
どうしてこうなった…………。俺は魔王を斃した勇者のはずなのに……賛辞されることはあっても糾弾されるいわれはないはずなのに……。
「畜生、てめぇら覚えてろよおぉ!」
俺はその場の空気にいたたまれず、エルフを背負ったまま冒険者ギルドへと逃げ出した。
「こいつ、確執の森の奥深くで寝てたわ」
「はい?」
生気のない虚ろな目で冒険者ギルドへとたどり着いた俺は、エルフの女を引き取ってもらうため、事のあらましを冒険者ギルドの担当官、ライムに話していた。
確執の森であったことを一通りライムに話た後、ライムは徐に立ち上がり、豪快な音を立てながら目の前の机を叩いた。
「どうしてあなたはそう毎回毎回訳の分からない案件を持ち込んで来るんですかああああぁぁぁぁぁぁ!」
感情の昂ったライムは机に突っ伏し、おいおいと泣き出した。
「いやいや、俺の冒険者担当官なんだからもうちょっと頑張ってくれよ。あ、はい。これクエストのキメラトレントの樹皮五〇枚」
エルフの女を差し出すついでに、クエスト依頼だったキメラトレントの魔石を五〇枚個出す。
「いや、これも訳分からないですからぁ! なんで冒険者になってまだ一ヶ月も経たない内にこんな高レベル冒険者クエストをクリア出来てるんですかぁ! 誰から融通してもらってるんですか、ユーロさんあなたはぁ!」
「いや、だから俺が魔王を斃した勇者だからだって」
「それも意味分からないんですってええぇぇぇぇ! 自称勇者を名乗る冒険者が多すぎてもう私訳分からないですよおおおおおぉぉぉぉぉ!」
ライムはそう言いつつも俺のクエスト完遂の依頼を受け、受領の印を押している。
中々苦労人だな、こいつも。
「まぁ、このエルフの人も頼んだわ、じゃあ」
「ああああああぁぁぁぁ待ってえええぇぇぇぇユーロさん、問題を押し付けて来ないでええええぇぇぇぇ!」
ライムの必死の叫びを背中で聞きながら、俺は冒険者ギルドの出口へと、颯爽と逃げ出した。
が――
「いたわ! あいつよ! 皆さん、あいつを捕まえてください!」
冒険者ギルドの出口が目と鼻の先に迫ったその時、多くの女性やその場にいた連中が冒険者ギルドになだれ込んで来た。
「あいつよ! あいつがエルフの女性を誘拐した誘拐犯よ! 早く捕まえて頂戴! 衛兵さん!」
「この街の平和を脅かすあの男を早く捕まえて頂戴! 他にも様々な余罪を重ねてるわよ!」
「「「そうよそうよ、早くして頂戴!」」」
「「「分かりました!」」」
マダムの言い分を聞いた数十人の衛士たちが俺を取り囲み、刹那の内に、冒険者ギルド内部に不穏な空気が流れだした。
「貴様が婦女子暴行、及び誘拐未遂の男か! 今この場で、現行犯で逮捕する!」
「応!」
リーダーと思われる衛兵の一言に呼応するように、周りの衛兵たちがダン、と力強く大盾を地面に打ち付け、鉄壁の防御の姿勢でじりじりとにじり寄って来た、
「早くして、早くして頂戴!」
「なっ、皆さん落ち着いてください、ここは冒険者ギルドです! 粗暴な行為はお控えください!」
先ほどエルフの女を押し付けたライムが叫ぶ。
マダムたちと一緒になだれこんで来た中に、ペントラやマスター達もいた。
「ゆ……ゆう君、また捕まっちゃうのねぇ。話題に事欠かないわねぇ」
「号外、号外~」
「ユーロ……逃げ遅れたんか……。無事を祈っとるぞ」
「あはははははははははははは」
「なんじゃなんじゃ、面白いことになっとるのう」
「もう嫌だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
様々な人間の様々な感情が冒険者ギルドにあふれ出し、さながら阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「どうしてこうなった……」
「一七時五六分、冒険者ユーロ・テンペストを、婦女子暴行及び誘拐未遂の容疑にて逮捕する!」
「どうしてこうなったああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
抵抗するまでもなく俺は衛兵に拿捕され、再度監獄送りとなった。
そしてまた俺のハッピースローライフは遠のくのであった。




