第13問 ロクでなし勇者は眠るエルフを見つける 1
【確執の森】の奥深く――
俺は先般、聖騎士とマスターが話していた竜の存在について調査するべく、確執の森の奥深くを探索していた。
聖騎士が二度も聞き込み調査にやってくることを訝しげに思ったこともあったが、何より竜という存在をこの目で一度見てみたいという個人的な興味からこの森に来た。
盗み聞いた話によれば、竜はどこかの森の外れに棲んでいるらしい。恐らくは洞窟の中や森の奥深く等、人の目の届かない所に隠れているという推測で間違いはないはずだ。
取り敢えず討伐依頼をこなすついでに、という目的で【確執の森】の奥深くを探索している。
冒険者ギルドから受けたクエストは【キメラトレント】の討伐五○体。
【確執の森】の奥深くにキメラトレントは生息しているらしいので、行きがけの駄賃にでも竜を探してみる。
「それにしても……」
土を軽くつま先で叩き、周囲の土が隆起し、隆起した土の先端が周囲のドライボアやウェットボアを貫いた。
「敵の数が多すぎる……」
俺は、魔物の数に辟易していた。森の入口よりかは、森の奥の方が魔物に遭遇するのは当然ではあるが、魔物の種類も豊富に、そして魔物の強さも数も圧倒的に上がっている。
魔王討伐の際は魔王城付近に魔王の幹部たちが跳梁跋扈して俺の進撃を食い止めようとしていたが、森の奥も敵の数だけで言えば引けを取らないな。
面倒だ。
急襲に急襲を重ねる様々な魔物をいなし、更に更に奥へと進む。
「うぉっ!」
森の奥へ奥へと進む。
森を漫然と歩いていると、特に何の変哲もない木が突如太枝を振り回したので、咄嗟に飛びのいた。
出し抜きに動き出した木に目を向けてみると、地に張っていた根をブチブチと引きちぎり、悲惨な音を立てながら動き出した。
木は六本の太い根を足のようにシャカシャカと動かし、細い根は木の幹に絡みついた。
恐らくはこれがキメラトレントなのだろう。
よく見てみると、キメラトレントの幹の中央にはうっすらと細い筋が木の目とは相反して横向きに通っており、ブチブチという悲壮な音を立てながら細い筋は形を持って開いていき、目のように眼球が出現した。
幹の中央にある大きな眼球を中心に左右に少し小ぶりの目が四つずつ並んでおり、六つの足を模した根と、都合八つの目を持つ奇妙な様相に成り代わった。
気持ち悪い……。
キメラトレントは目と同様にして凶悪な牙を剥き出しにした。
「キシャーッ!」
「うぇ……」
キメラトレントは奇怪な音と共に口腔から橙光色の液体を吐き出し、俺は横に一歩飛びのくことで回避した。
先ほどまで俺がいた地面は謎の液体で湿り、じゅわじゅわと音を立てて融解している。
溶解液……。なんてこったい。
キメラトレントは次々と溶解液を吐き出すが、俺は細かい跳躍を重ね、回避し続ける。
「ギイギギギギイギギギキッシャアアァァァー!」
溶解液が当たらないことに業を煮やしたのか、怨嗟の声を吐き出す。
さすがに気持ち悪くなったので後方にバックステップを繰り返し、地面に落ちていた小石を拾った。
その小石を相手に投げつけ、見事に眉間……というべきか、目の中央を貫き、キメラトレントは絶命した。
「恐ろしい魔物だった……」
溶解液を駆使する醜悪な魔物の退治にいささか辟易する。
これを後四九匹も繰り返すのか……。気が重いな……。
俺はキメラトレントを探しに、更に森の奥へと進んだ。
「ふぅ……」
【確執の森】奥深く――
ドライボアやウェットボアなど代り映えのしなかった魔物から徐々に種類を増やし、キメラトレントや他様々な魔物たちが蔓延る地に辿り着いていた。
ようやくキメラトレントを五○体討伐し、キメラトレントが残す魔石を収拾することが出来た。魔石も獲得することが出来た。
頭陀袋はまた盗まれる恐れがあったので、バックパックに魔石などを入れた。
目的も完了したので踵を返そうとした時、視線のはるか向こうに人の影を見た。
いや、人か魔物かは定かではないが、人の形をした影が、遠くでゆらゆらと陽炎のように揺らめいていた。
こんな森の奥深くで俺以外に人がいる……のか?
いや、見間違いかもしれない。
幾分か怪訝に思いながらも、先程人の影がいた方向へと歩いて行った。
「な……なんだこれは……」
奇異な光景だった。
人の影が見えた森の奥へと暫く歩き続けると、段々と魔物が増えていった。
だが、その魔物は全て地に伏し、眠りこけていた。
歩を進めるごとに目にする魔物は増えていき、その全てが地に伏していた。
ガルルルと凶悪ないびき声をあげる魔物、スピースピーと可愛らしい寝息をたてる有刺の小さなリス、プルプルと震えながら眠り、地面から半分ほど頭を出した巨大なミミズのような魔物……。
種々様々な魔物が眠っていた。
「どういうことだ……」
ここまで森の奥に踏み込んでいるのだから、ここで眠っている魔物の殆どは相当な膂力を持っているはずだ。
にも拘わらず、その全てが尽く眠っている。異常と言わざるを得ない光景だ。
あり得るのか……そんなことが……? この魔物を超える魔力を持つ人間が……もしくは魔物が、ここに棲んでいると……そういうことなのか?
俺は真相を確かめるべく、更に森の奥へ奥へと歩を進めた。
「…………なんだこれは」
そこには、エルフがいた。
一軒家を超えるような大柄な体躯を持った牛や、一本の大木を丸呑みできるような長い体長の白磁の蛇、自らの体長と同程度の爪の長さの熊など、様々な魔物が身を寄せ合ってすやすやと眠っているその中央で、牛に背を預けて眠りこけるエルフがいた。
妙齢で艶麗なエルフ。
人間よりも長い寿命を持ち、妖精のような美しく艶やかな容姿を持つ亜人。その魔力は他と比べ膨大だという。
どうしてこんな森の奥地でエルフが一人見つかるのだろうか。
街のエルフは冒険者ギルドのギルド長をしていたり、冒険者として名を馳せている者も少なくはないが、一人森の奥地で見つかると言ったことは今まで聞いたことがない。
森の奥地で集団で暮らしている所で道に迷い、こんな状況になっているのだろうか?
そのエルフを見つめていると、不意にエルフは伸びをし、目をこすり出した。
起床。
だが、そのエルフが起床すると同時に、俺に重圧と言っても過言ではない睡魔が襲ってきた。
これはあれだ……三日間徹夜で遊び続け、疲れ果てたときに襲ってくる睡魔のそれをはるかに凌駕する。
「誰なの……?」
エルフは目を覚ましたと同時に、眼前で立ちすくんでいる俺に声をかけてきた。
「お……俺…………俺は…………」
入眠。
すぐさま起床。
恐ろしい奴だこいつは……。俺が絶えれなくなるほどの睡魔をかけてくるとは……。この遊び人ステータスマックスの俺の瞼を降ろそうとするとは、信じられない特殊能力だ。
いや、待て。俺は昨日徹夜でペントラ達と飲み明かしていたような……。
「誰なの?」
意識をすっかり取り戻したエルフは、再度問いかけてきた。
眠りにつきそうな瞼を両手で持ち上げながら、返答する。ひどく格好悪い。
「お……俺は……さすらいの旅人だ…………飲み代……いや、生活費が……足りずに……冒険者ギルドの……クエストを……受け……に……来た……だけ……だ」
「違うの。私は、誰なの?」
「……?」
俺の思っていた質問とは違っていたようだ。
自分のことが分からない……? ということは、部族で暮らしていたエルフの一人……という訳でもないということか。
「知らん」
「ん……じゃあいいの」
答えに納得したのか、そう言うと、エルフは再度眠りにつき、すやすやと寝息をたてながら眠り出した。
そのエルフが眠り出したと同時に、俺を襲っていた睡魔もどこかへと吹き飛んだ。
「はぁ…………はぁ……。とんでもねぇ奴だこいつは……」
恐ろしい。自分を含め、周りの全ての生物を眠りにつかせるエルフ。
こんな所で眠っているのにも何かわけがあるのだろうか。
いや、ないだろう。先の会話から察するに、自分の存在自体分かっていないようだった。




