第12問 ロクでなし勇者は聖騎士に因縁をつける
酒場【美酒の語り部】――
「いやぁ、ほんま大変やったわ! アイツ誘ってくるくせに全然戦えんねんな。せやから、俺が戦闘のいろはを教えたったわ! 全く……冒険者ってのはこうやって手助けするべきやな、そうとちゃうか、ユーロ?」
「知らんがな」
俺はペントラと二人で、円卓で飲み交わしていた。
ペントラは先般、【万人の巾着袋】の異名を持つマロックに良いように言いくるめられ、ウェットボアの討伐に行っていた。
そしてその武勇伝を今、延々と語られている。
「そんでなぁ、アイツがウェットボアと対峙したときにこうよ! こう……分かるか、ユーロ?」
「そうだな」
ペントラは身振り手振りを加えながらも、自分がウェットボアを斃した時の様子を克明に語り、俺は適当に相槌を打つ。
「いらっしゃいませー!」
ペントラが武勇伝を語ることに夢中になっている最中、ノーザンやリンズ達ペントラのパーティーが酒場に入って来た。
ペントラはノーザン達の姿を見た途端押し黙り、出し抜きに、借りてきた猫のように静かになった。
「……? 何だ? 早く続きを教えろよペントラ」
「いや……その……」
ペントラを唆すも、煮え切らない返事にきな臭いものを感じる。こいつ嘘吐いてやがったな……?
俺とペントラの座っている円卓を見つけたノーザン達はこちらに歩み寄り、声をかけてきた。
「おう兄弟、今日はペントラと飲んでんのか。ったく、お前はいつ働いてんだよ」
「ああああーーーーっはっはっはっはっは、ひーーー、ひーーーーひーーー!」
「何をしているんだ、ペントラ。こんな所で」
口々に、適当なことを口走るペントラ達のパーティー。
ノーザンはペントラに近づき、声をかけて来た。
「ガハハハハハハハ、もう飲んでたのかペントラ! ウェットボアの討伐依頼報告の後すぐ飲んでるとはな!」
「せ……せやな」
バンバンと力強くペントラの背中を叩くノーザンの豪快な笑いとは対照に、依然としてペントラの顔は苦い。
……そういえば、どうして今日はペントラだけ一人で飲んでたんだ?
「おいノーザン、なんでペントラは今日一人なんだ?」
「やっ……止めぇやユーロ! ノーザンもお疲れなんや、今日はここらへんであがろうや!」
「なんでだよ! 飲み始めたばっかじゃねぇか!」
俺がノーザンに質問すると、ペントラは慌てたようにそれを阻止する。
だが、ペントラの必死の抵抗むなしく、ノーザンは口を開いた。
「なんじゃユーロ、お前まだ聞いとらんかったんか。こいつはマロックとウェットボアの討伐に繰り出したまでは良かったんじゃが、ウェットボアの艶々の体皮に全く歯が立たんでなぁ。ワシらに助けを求めてきたんじゃ! それでマロックと討伐依頼完了の旨を冒険者ギルドに知らせてこいつは今ここで飲んでるってわけじゃ! ガハハハハハ!」
「はっはぁ~ん……」
「い……いや、なぁ。ま、まぁ……」
ノーザンの告解を聞いたペントラは目を白黒させる。
なるほど……道理で、あたかも自分がウェットボアを討伐したかのように武勇伝を俺に聞かせてきた訳だ。
「てめぇ! 滅茶苦茶嘘つきじゃねぇか、ふざけんじゃねぇぞ!」
「す……すまんかったぁ! ワ……ワイが悪かったぁ! 許してくれぇ!」
「ガハハハハハ、お前また馬鹿な事を嘯いとったんか!」
「ひーーーっ、ひーーーーっひっひっひ!」
「おらやれぇ、兄弟!」
俺はペントラに掴みかかり、ノーザン達は手出しせずガハハと笑っている。また今日も、いつものように酒場内はバカ騒ぎで満ちていた。
「静かにしないか、そこの」
だが、そのバカ騒ぎもこの一言をきっかけに静まり返った。
声のした方に目を向けてみると、そこには以前俺を蹴り飛ばした聖騎士長に仕えていた女騎士がいた。
「なんだてめぇ?」
「ユーロ……聖騎士様やで、あいつは」
「他人様の迷惑になる。静かにしろ」
女聖騎は俺たちに一寸の興味もないかのように瞥見し、カウンターに向かって歩き始めた。
「なんだよあいつ」
「天下の聖騎士様じゃな……ユーロ、聖騎士にちょっかいをかけるのはやめておけ」
「やだね」
俺は女騎士の高圧的な態度が気に入らなかったため、ノーザンの注意も聞かず、付いて行く。
女騎士はカウンターの前の椅子に座ったため、俺は隣の席に座り、女騎士と俺がカウンターにやってきたことを確認したマスターは、俺たちの向かいに位置どった。
「おうおうおう、女騎士さんや。天下の聖騎士様ともあろうお方がこんな埃くせぇ酒場に何のようだってんだ」
「ちょっとゆう君! それは私のセリフじゃない! いや、私のセリフでもないけど!」
「……」
俺の問いかけに答える様子もなく、女騎士は黙っている。
聞く気すらないのかもしれない。
女騎士は俺の言葉に耳を傾けることなく、自分の都合を話しだした。
「マスター、先般ここで騎士長様がここで無礼なふるまいをしたことを謝罪しに来た。悪かった。これは迷惑料だ」
女騎士は懐から金貨三枚を取り出すと、マスターに手渡した。
その金貨を、横からティアが分捕る。
「うふふふ、ありがとうございます聖騎士様。これでちゃらですよ!」
ティアは、はにかみながらカウンターの奥へと帰った。金にがめつい奴だ。
ティアが金を分捕ったことに少々茫然としながら、女騎士は再度話を切り出した。
「ところでマスター、物は相談と言うべきか、一つ頼みたいことがる」
「あらぁ、何かしら」
「私たちがドラゴンと戦闘に行く際、ここに通う冒険者たちにも助力するよう声をかけて欲しい」
「声…………ねぇ」
女騎士は酒場を見渡した。
「冒険者とは、本来野卑た無法者が多い。そんな無法者のような小さな力でも、今度の竜退治には必要となる。しかし、冒険者に品格を求めることも酷というべきか、あやつらは私たちの任務を助力しようとはしないだろう。そこで、マスターが声をかけてくれたら冒険者でも多少は集まると、私はそう思う。
マスター、私たちが竜退治に行く際には冒険者にそう催促してくれまいか」
「ええぇ~~~、んでもぉ、冒険者の皆も私の言う事なんて話半分に聞いてるわよぉ~」
余りにも突飛な女騎士の督促に、のらりくらりとマスターは返答する。
「そうだそうだ、誰が冒険者の俺たちがてめぇらなんかの任務になんて行くかボケ! それに誰もマスターの話なんてまともに聞いちゃいねぇよ!」
「ちょおっとぉ~、それはひどいゆう君~~~~」
「くっ…………」
女騎士は俺の顔を見て、露骨に顔をしかめた。
途中でティアが小声で「ゆう様は戦力になるか分からないルーキーですけどね」と聞こえたが、無視だ。
あいつは後で丸刈りにする。
俺は言葉を継いだ。
「なぁ女騎士さんよぉ、マスターも俺もこう言ってんだし頼むならもうちょっと頼むなりの姿勢があるんじゃないですかねぇ!」
「……貴様は本当に品のない言葉を喋るのだな。もう少し教養というものを身に付けたらどうだ」
女騎士の侮辱に少々腹が立つ。が、ここで暴れてまた備品を壊すと監獄行きなので自分を律する。
「はいはい、俺は品も教養もねぇ猿ですよ。もう用がないなら帰れ帰れ!」
「…………今日はここで失礼する。これ以上ここにいても時間の無駄の様だ」
「帰れ帰れ!」
そう言い女騎士は俺を睥睨するとカウンターを離れ、店を出て行った。
「おいマスター、塩持ってこい塩! あんなやつが二度と寄り付かねぇようにしねぇと!」
「最近狸シーフちゃんが塩の入った袋を水に流しちゃったから塩不足なのよぉ~」
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
とにもかくにも、女騎士を追い払えたので、俺は円卓に戻ることにした。
「おう、帰って来たなユーロ。お前正騎士に歯向かうとか度胸あんなぁ~」
「度胸あんなぁ~、じゃねぇよ。お前らもなんとかしろよ」
「俺らは懲罰とかなりとうないからなぁ、お前ら」
「ガハハハハ、同感じゃ!」
「ははははははははは、確かに!」
「あっはっはっはっはっはっはっは、ひーーーーーっひっひっひっひっひ!」
ペントラの一言で呵々大笑するノーザン達を皮切りに、他の客たちも笑い、酒場はまた先程の喧騒を取り戻した。
それにしても一体聖騎士とは何なんだ。
そこまで権力を持っている組織なのか……謎だな。
いささか不安なものを感じたが、ペントラ達が酒を勧めてくるのでその不安も酒と共に洗い流され、今日も俺は酒に溺れた。




