第11問 ロクでなし勇者はクエストを受ける 2
「あ~、稼いだ稼いだ」
俺は今日の狩りで取得した多数の魔石と洒落ブドウが入った頭陀袋を片手に、上機嫌で冒険者ギルドへと向かっていた。
乾いた牙を冒険者ギルドに提示することでクエスト依頼を完了したことになるため、今日は多少の報酬が見込めそうだ。
喜色満面手元の頭陀袋に視線を落としてみると、俺の手は何も持っていなかった。
「……………………?」
咄嗟の事態に、頭がついていかない。
ついさっきまで持っていたはずの頭陀袋はどこに…………?
辺りを見回すと、小さな狸が俺の頭陀袋を持って、逃げるように前方を疾駆している姿を捉えた。
「て……てめぇ、待ちやがれクソ野郎がああああぁぁぁ!」
俺の生活費は、絶賛逃走中だった。
疾駆する狸は俺を振り返るや否や、にやりと口端を上げ、街角を曲がった。
あいつ…………からかってやがる!
「畜生おおおぉぉ! 待ちやがれえぇ! 俺の魔石と洒落ブドウを返せええええぇぇぇぇぇ!」
決河の勢いで俺も角を曲がると、そこには亜人や獣人、ドワーフやエルフなど様々な人間が通りを歩いていた。
だが、俺の頭陀袋を持った狸はどこにも見あたらなかった。
「…………」
周りに怪しい影はない。
そういえば酒場でペントラ達と酒を酌み交わしていたときに、こんな話を聞いたことがある気がする。
巾着袋や頭陀袋に魔石や魔物の一部を入れ、衆目に晒して通りを歩いていると、狸シーフという小賢しい魔物に盗まれる危険性がある、と。
曰く、狸シーフは冒険者が必死の思いで取得した魔石を掠めとり、変化することで人間になりすまし、それらを換金するらしい。
人間になりすましたままその金で娯楽の限りを尽くし、金が尽きるとまた盗みを繰り返すらしい。
信じられないクソ野郎だ。
とんでもなく悪辣な魔物に目を付けられてしまった。
今、通りに狸は見えない。
あの小さな体躯を活かしてどこか物陰に隠れている可能性も否めないが、恐らくは変化し、人間の姿に化けているのだろう。
だが、フルプレートの厳つい戦士や弓をつがえた軽装の女アーチャー、ラフな格好をしたおっさんなど、頭陀袋を持っているような人間は見あたらない。
しかし、数人フリルのついたスカートを履いている女がいる。
裾の広がったスカートの中には、さぞ色んな物が入るんだろうなぁ。あの中に頭陀袋が入っていたとしてもおかしくはない。
俺は間近にいるスカートの女に近寄り、背後から思いっきりスカートをめくった。
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うぅっ!」
だが、目論見は外れ、女はこちらを振り返った後とんでもない膂力で平手打ちを繰り出した。
その平手打ちを直に受け、蹈鞴を踏む。
とんでもない威力だった。魔王に受けた最後の抵抗と同じくらいの衝撃を味わった。
女のスカートの中には、何も入ってはいなかった。ちなみに、青色のドットをしたパンツだった。
俺はすぐさまその女から距離をとり、次の女のスカートをめくった。
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぐはっ!」
女は振り向きざま渾身のボディブローを繰り出し、鳩尾にクリーンヒットする。
その女のスカートの中にも何も入っていなかった。
ちなみに、パンツの色は黒のレースだった。大人らしい。
同じく俺は逃げるようにしてその女からも距離をとり、次の女のスカートをめくった。
「びえええぇぇぇ!」
スカートをめくられた女は煙とともに狸に戻り、その手には頭陀袋が握られていた。
女の足には、頭陀袋が括り付けてあった。
ちなみに、狸が変化したその女のパンツの色は、純白だった。狸にしてはいいセンスをしているのかもしれない。
「ふぅ…………ようやく捕まえたぜクソ野郎!」
「きゅう…………」
やっとの思いで俺の報酬を盗み去った狸の首根っこを捕まえた俺は、頭陀袋をむしり取った。
だが、俺のサクセスストーリーも、そこまでだった。
「きゅいいぃぃ!」
「てめぇ、暴れるんじゃねぇクソ野郎!」
逃げ出そうとする狸シーフと格闘していると、不意に背後に、今まで感じたことのないような圧を感じた。
首をめぐらせ振り返ると、そこには――
「殺すわよ」
「殺しましょう」
「はっ……ははっ…………」
赫怒を湛えた二人の女が……いや、二人の魔王がそこにいた。
その日、俺に【好色ルーキー】という不本意なあだ名がつけられた。
レムル国酒場【美酒の語り部】――
「…………ということがあってなぁ」
「なるほど……」
「なるほどですね~」
狸シーフをひっとらえた後、俺は冒険者ギルドで換金した報酬を元に、酒場で飲みふけっていた。
俺の相手をしているのは二人の酒場の店員セリアとティア。
そして、俺の横には縄でひっとらえられた狸シーフが座っていた。
「こいつが俺の魔石を盗んでいきやがったんだ」
ポンポン、と狸シーフの頭を触る。
「ところでセリア、俺の情報あるか?」
「ありますよ」
「説明してくれ」
「そうですね。最近冒険者試験を合格したという新参者です。自称【魔王を討伐した勇者】で、その真偽のほどは定かではありません。周りの冒険者からは軽蔑と嘲笑を投げられています。
最近、ドロップアイテムを入れた頭陀袋を狸シーフに盗まれるというルーキーらしいぽかをやらかし、その解決策として女性のスカートをめくるという変態的な解決策を実行した変態的な変態です。二つ名は【好色ルーキー】です」
セリアに説明を求めると、あられもない言葉が飛んできた。
ぐっ、と返答に詰まる。
成算がなかった訳ではない。
狸シーフが曲がった後、ほどなくして俺も角を曲がった事から考えると、俺にもっとも近い人間が狸シーフの化けた人間である可能性が最も高かった。だが、違った。
最初の女が正解でなかったのなら、もう次の女のスカートをめくるしかあるまい。
もしそのままスカートめくりに徹さず、狸シーフを逃すようなことがあれば、俺はただただスカートをめくった変態になってしまう。
そのことを説明するも、酒場の二人は怪訝な顔をしてゴミでも見るかのような顔で軽蔑を投げかけてくるだけであった。
どうして魔王を討伐した勇者がこんな凄惨な目に遭わなければいけないのか。
とにもかくにもこの話題には触れない方が良さそうだ。
ひっとらえた狸シーフの扱いについて困っている、という話をすると、奥からマスターがやってきた。
「あらぁ~ゆうくん、何かやらかしたらしいわね。聞いたわよぉ~。どんまいどんまい! 冒険者のルーキーなんだから仕方ないわよぉ~!」
マスターはどんどんと俺の肩を叩く。力が強い。
一体どこからどこまでを聞いたのかは知らないが、マスターが何を知っていようとまぁどうでもいいか。
「ところでマスター。俺この狸シーフどうしようかと悩んでるんだけど、どうだ。いっそ狸汁にでもして食べちまうか?」
と脅すと、左隣で座っている狸は総毛立たせ、ぶるぶると頭を振った。
もちろん、そんなことをする予定はない。精々が冒険者ギルドに引き渡す程度だ。
マスターは狸シーフに目をやると興味を持ったようで、狸シーフに顔を近づけた。
「あらあぁ~、狸シーフじゃない。可愛いわねぇ~」
「きゅっ……きゅうぅぅぅ!」
マスターにほめそやされ、抱きつかれる狸シーフは目に見えて顔面蒼白になり、
蛇に睨まれた蛙の様相を呈していた。力が強すぎて、抱き着くというよりは締め上げる、といった方が近いのかもしれない。
さすがマスター、その狂気の若作りを見抜かれているな。
「よかったらやるよ」
「あらああぁ~、いいのぉ? こんな可愛い子貰っちゃってぇ? うれしいわぁ~」
「ぎゅうぅぅぅ……」
マスターは喜色満面で狸シーフに頬ずりをし、狸シーフは息も絶え絶え白目を剥いている。
お仕置きには丁度良い、この店でたっぷりマスターに可愛がってもらおう。
「ところで、マスター。この洒落ブドウなんだけど」
「何かしら?」
俺は頭陀袋の中から悄然とした洒落ブドウを取り出し、カウンターの上に置いた。
カウンターの上に置かれた洒落ブドウは、
「もうワシはあかんねや……。煮るなり放るなり好きにしてくれや……。もう食べてもちょっと甘いくらいやわ……」
と、悄然としているのか、前向きなネガティブなのか、他愛もない発言を繰り返している。
マスターは俺の取ってきた洒落ブドウを見ると「あらぁ~」と一息つき、ついで
「洒落ブドウはね、獲るときにコツがいるのよぉ。十分に洒落をほめそやした後に収穫すると元気な状態で穫れるんだけど、そうじゃないと自信をなくしてこんな風に萎れちゃうのよぉ~」
「なるほど」
どうやら俺が洒落ブドウの洒落を誉めずに収穫したことが悪かったらしい。
「でも、こういう風に挿し木にして色んな人に褒められるとまた元気を取り戻す可能性も十分にあるわよ」
と言うとマスターは奥に何かを取りに行き、そして戻ってきた。
手元には鉢と適度な量の土、肥料。そしてペンと木片を持っている。
「ほら、『私を褒めて下さい』って書いて書いて!」
「はぁ」
マスターに木片とペンを押しつけられ、「私を褒めて下さい」と書き記す。
「書けたわね、じゃあ」
マスターは土に洒落ブドウを挿し、その鉢の前面に「私を褒めて下さい」と書かれた木片を張り付けた。
「これでよしっ! こうしてると酒場に来る冒険者さんたちがこの洒落ブドウちゃんを褒めてくれるんじゃないかしらぁ。そうすると、この子も元気を取り戻すと思うわよぉ」
「なるほど」
名案だった。
「ふぅ、これで山積してた問題も解消されたぜ、サンキュー、マスター」
「おやすいご用だわ」
こうして今日湧出した問題を全て片づけ、マスターに任すことにした。
全ての問題を片づけることができた俺は、その日は深く酩酊する事ができた。




