第10問 ロクでなし勇者はクエストを受ける 1
森閑とした森の中で、地形を大規模に変えてしまうかのような大規模な爆砕音が轟いた。
その轟音を起こした張本人の俺は超然とした面持ちで、漫然と森の中を練り歩いている。
森林の中でも開けた場所で、急迫する魔物たちを相手取り、出来るだけ自然破壊を行わないように気をつけている。
冒険者になったことから多少の自然破壊は見過ごしてもらえるとは思うが、大規模な地形変更を行ったことが原因でまた金銭での解決など求められれば面白くない。
俺は今日、そろそろ底をつきかけている生活費もとい遊興費を稼ぎにクエスト依頼をこなしていた。
クエストは【アーミーアントの巣の捜索】や【ウェットボアの進化論】や【カンフーベアの討伐】という戦闘的なものから【エリクサーの素材調達】や【アムール村までのおつかい】に【人探し:シルヴィア】など、多岐にわたった。
適当に目を通しただけなのでクエスト内容はあまり覚えていない。
その中でも、俺が今回選んだクエスト依頼は、【ドライボアの討伐】。
そこで、ドライボアが多く生息するこの【確執の森】に狩りにやってきていた。
開けた場所で剛毅としてドライボアを待っていると、森の木陰から八匹のドライボアが半身を出した。
そのうちの三匹は俺を視認するや否や先手をとって突進してきた。
俺はその場で地面を軽くコンコン、と二度足で小突く。
転瞬――
小突いた地面が抉れ、前方一〇メロルが隆起し、複雑な形状を形成しながら八匹のドライボアを貫いた。
腹部を貫かれたドライボアは隆起した土の槍から抜け出そうともがくが、数秒動いた後に絶命し、さらさらと砂のように霧散した。
霧散したドライボアの下には、乾いた牙が落ちてあり、俺は八匹のドライボアが絶命したことを確認すると、めいめいが落とした乾いた牙や皮を取りに行った。
魔物は落命すると同時に四散するが、その際に身体の一部は霧散せずに原形をとどめる。皮革や皮膜、肉などを残すこともあり、冒険者ギルドで正規の値段で買い取ってくれるものもある。
加えて、全ての魔物において一定の確率で【魔石】と呼ばれる紫紺色の結晶をドロップすることがある。
【魔石】とは魔物を形成する核であり、【魔石】から供給されるエネルギーを使用して行動していると、そう考えられている。
ドライボアにおいては、落命の際に基本的に乾いた牙を残し、これを一定数冒険者ギルドに提示することでクエスト依頼を完了する事が出来る。
獲得した魔物の一部を使用して武器の製作を依頼する冒険者もいるらしいが、俺は特に使用する武器があるわけでもないので、全て冒険者ギルドで換金することにしている。
俺は八匹のドライボアが残した乾いた牙を拾得し、また元の定位置へと戻り、次のドライボアが生まれるまで待つ。
先程地面を叩き、疑似的に土属性魔法に似た戦闘体系をとったが、基本的には、俺は魔法が使えない。
魔法のような超自然的現象に対する機微や理屈に造詣が深くないからだ。
故に、俺は体術を駆使して狩りを行う。
といっても、魔王討伐の際にも体術のみで倒すことが出来たので、ましてや一般の魔物で討伐に腐心するようなことはないだろう。
無論、聖剣エクスカリバーの効果もあってのことかもしれないが。
もし今後体術が効かない魔物が出てきたらその時に何とかしよう。
俺は定位置で佇立する。
次のドライボアが襲撃するまでの間は暇になるので、何か無聊を慰める方法を探そうと首をめぐらせると、後方四メロル程の所に、洒落ブドウが実っているのを発見した。
洒落ブドウが実っている木はすこぶる背が高く、簡単には取れそうに無いところに実っていた。およそ気付きもしないような高い所に洒落ブドウが実っている。
勇者たる視力の良さがなければ、まず間違いなく気付いていない。
ただ、俺の知っている洒落ブドウとは様子が異なり、新緑色ではなく、燦然と輝く黄金色をしていた。
レアな洒落ブドウなのかもしれない。
値踏みするかのように洒落ブドウを見ていると目が合い、不意に話しかけてきた。
「おう兄ちゃん、あんた冒険者か! 面白い話したろか! あんなぁ、この森の中にはドライボアとウェットボアが主に生息しとるやろ!」
特にやることもなかったので、無言で首肯する。
「この森の中でドライボアがウェットボアになる方法知っとるか?」
この森の中にウェットボアとドライボアが生息していることは知っていたが、ウェットボアはドライボアの上位種だったのか。知らなかった。
静かに、頭を振る。
「なんや知らんのか。この先の泉の水を飲んだら、ドライボアはウェットボアになるんや! そこでな、一頭のドライボアがワシに言うてきてん。『仲間の一頭が泉に向かって行ったんやが、ウェットボアになってるだろうか?』ってな。
そこでワシは言うたってん! 『今そのお仲間はドライボアである事象とウェットボアである事象が同時に存在している』ってな!」
「………………」
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
何を言っているかよく分からなかったので木を蹴り飛ばすと、洒落ブドウが落ちてきた。
落ちてくると同時に、自分が食される時と同じく悲鳴をあげたのは意外だった。
よく分からない洒落だった。
気勢を削がれたので、落ちた洒落ブドウを拾い、ここで打ち止めにしようと洒落ブドウに目を落とすと、そこには悄然とした洒落ブドウが落ちていた。
先ほどまでの黄金色は鳴りを潜め、灰色に変色していた。
「もうあかんわ……ワシなんかもうあかんのや……全然駄目なんやワシは…………」
と、ヒドくうらぶれた姿で弱音を吐いていた。
何故収穫されただけでここまで悄然としているのだろうか。俺が【美酒の語り部】で食べた洒落ブドウはもっと元気溌剌だったはずだ。
もしかすると、収穫方法にも何か秘訣があるのだろうか。
取り敢えずここに置いておくわけにもいかないので、洒落ブドウを拾い、ドライボアが残した魔石や乾いた牙と同じく頭陀袋の中に無作為に突っ込み、帰途についた。




