第9問 ロクでなし勇者は酒場の人間を知る 2
そうして俺がセリアの説明を聞いていると、横からウィスキーが入ったグラスが横滑りされてきた。
「あぁ~んたらぁ~、バァカなこと言ってんじゃ~なぁ~いよぉ~」
横に目を向けてみると、そこには修道服を淫らに着こなす女がいた。
「冒険~者はぁ~、皆狩りに行くときにぃ~パーティーを組むのがぁ~と~ぉぜんでしょ~がぁ~!」
そう言い終えると手に持っていたグラスをカウンターに力強く置き、ゴンという音を立てる。
どうでもいいことだが、横滑りされて来たこのグラスはどうすればいいんだろうか。ただスライドさせてみたかっただけなんじゃないか。
俺は即座にセリアに質問する。
「セリア、あの人は?」
「あの方はロゼリア様です。プリーストであるにも関わらず毎日毎日この酒場に入り浸るクズです」
「おい止めてくれ、それなら俺もクズじゃないか」
「ちょっとぉ~、だぁ~れがぁ~クズよぉ~!」
手元のウィスキーを飲み干し、再度ダン、とグラスを置いたロゼリアは俺の下へと近寄って来た。酒臭い。
そして、俺の下へと横滑りさせた、ウィスキー入りのグラスを手に取りまた飲みだした。
飲むのかよ。
セリアはロゼリアの様子を見て、再度口を開いた。
「その方は毎日毎日酒に溺れ常に酩酊状態で、二日酔いをしては『宿酔盆に返らずね』などとうすら寒いことを言うことで有名です。二つ名は【酩酊女神】」
「なんで全員が全員二つ名があるんだ! いいからこいつをなんとかしてくれ!」
冒険者としての在り方や冒険者とは何かを説いて迫って来るロゼリアを前にして焦る。
セリアはロゼリアの持っていたグラスを取り上げると、突然にロゼリアは動きを停止した。
「ロゼリア様は酒で動くので、このように酒を取り上げると動きを停止します」
「アル中じゃないか……」
ロゼリアの持っているグラスをセリアに下げてもらい、一応は事なきを得た。
セリアはロゼリアに毛布を掛け、それ以降すっかりロゼリアは眠ってしまった。
「悪い方ではないんですけどね……。冒険者のことを考える、プリーストとしては出来た方ですが何分酒豪であることが欠点です」
「そうだな……」
ロゼリアのことはよく知らないが、セリアが言うならそうなんだろう。
個々人への対応に加え、セリアのこの知識には感服せざるを得ない。
俺は試すようにして、質問した。
「セリア、じゃあ質問していいか? あの、部屋の中心で豪奢な椅子を用意してふんぞり返ってる奴の素性はなんだ?」
俺の指さす先には、豪奢な椅子に座り装飾の多い煌びやかな服を着ている、貴族のような男がおり、周りに付き人と思わしき人間を侍らしていた。
「ぼくちんの飲み物が無くなった、おいトラスト、持ってこい」
「はっ!」
貴族然とした男に命令されたトラストという男はこちらに向かって来る。
「最高級ワインを頼む」
「こちらに」
「ありがとう」
最高級ワインが頼まれることを既に予見していたからか、セリアは即座に豪奢なグラスにワインを入れ、トラストに渡した。
トラストは一言謝辞を述べると貴族然とした男の下へと踵を返し、またその男はふんぞり返り、付き人に扇子を煽がせていた。
「あれはこの国の素封家であるメサロ様のご子息、アルターニ様ですね。親の金を湯水の様に使い、多くの使用人を雇っている、いわゆる金持ちのぼんぼんです。二つ名は【ドラ息子】です」
「ドラ息子……」
シンプル。
俺が適当に指さした男についても、滞りなく説明してくれた。
情報通のセリアには舌を巻く。ただ、一つ欠点があるとしたら、少々毒舌だな。
面白くなって、俺は更に酒場の人間の情報を聞き出す。
「じゃあ、あの円卓で食事をしてる男は?」
「彼はロンド、冒険者になって八年目の中堅ですね。特にこれといった特徴もないです。全く特筆すべき所がないので、二つ名は【ミスターノーマル】です」
「じゃあ、あの隅で食事をしている男は?」
「彼はライアー。その昔一人で一財産を築き上げるほどのギャンブルのやり手でしたが、一度大きな賭け事に失敗して全財産を失い、今は大変厳しい生活をされているようです。ギャンブラーとしての手管や腕前は超一流です」
「なるほど、じゃああいつらは?」
「彼らはノーザン。冒険者となって一〇年の月日が経ちますが、長年冒険者として暮らしてきたせいで向上心を忘れ、今ではこの酒場で毎日酒におぼれるクズです」
「知ってた」
本当に、何でも知っていた。
もしこれから冒険者として困るようなことがあったらセリアに訊けばいいんじゃないだろうか。
俺が面白がって、その後も酒場にたむろしている様々な手合いのことを質問していると、酒場の奥からマスターが帰って来た。
「ど~お、ゆーくん。セリアちゃんの知識量には驚いたでしょう?」
「いやぁ、すげぇな。正直びっくりしたよ。こんな汚ねぇ酒場で働くには惜しい人材じゃないのか?」
「んもう! 失礼しちゃう!」
マスターはプンプンと言いながら怒る。
セリアから聞いた冒険者の特徴を反芻しながらも、俺は酒場全体に目を向ける。
こうして見てみると、様々な人間がいるもんだ。
俺が感慨に耽っていると、不意にマスターが声をかけてきた。
「どう、ゆーくん。この酒場には慣れてくれた?」
「…………まぁな」
「ゆーくんは常連だからね。この酒場にたむろする冒険者たちのことを知って欲しかったのよ~」
と言うマスターの顔は、満足気だった。
なるほど、俺とセリアを二人きりにしたのはそのためだったのか。全く……
「食えねぇ野郎だな」
「うふふふ、ゆーくんもね」
今度から他のやつらにも目を向けてみようと、そう思った一日だった。




