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CATCH!  作者: 龍之介
7/22

格闘技の奥深さ

思いのほか、鮫島に気に入られた吾郎、鮫島から格闘技の奥深さの一端を学ぶ

『はい!お願いします!』吾郎は勢いよく立ち上がった。

『おい、お前らは構わんから先に帰っていいぞ!』鮫島は後ろの二年生三人に声をかけた。

 しかし、まさか先輩を差し置いて自分たちだけ先にという訳にはゆかない。

 三人は立ったまま、二人のスパーリングを見ていた。

 勿論、とてもじゃないが、勝負という性質のものではない。

 一方的に吾郎が手出しも出来ずにやられっぱなしだ。

 でも、吾郎はやられながらも、必死で食らいついて行く。

 たっぷり一時間、余分に汗を流した。

 正座をして、お互いに頭を下げ終わった後で、

『おい、どうだ。みんな、腹減ったろ?俺のおごりだ。飯食いにつれてってやる!』鮫島が宣言するような声で言った。

『先輩、橋本屋ですか?』笠井と南雲が、わざとうんざりするような声で言った。

『心配するな!今日は俺の店だよ!』

鮫島が何かを宣言するような大きな声で宣言した。

何でも鮫島は、学校からバスで30分ほど行った駅前で『鉄ちゃん』という名前の中華料理屋を経営している。

 いつもは店が忙しくて滅多に来られないのだが、今日は少し暇だったので、店を奥さんに任せて、こうして顔を出しに来てくれたという訳だ。

 五人は校門の脇に止めてあった、鮫島先輩の車に乗り込むと、そのまま店まで連れて行って貰った。

『鉄ちゃん』は、S駅から少し奥まった路地にある、それほど大きくない店だった。

 十人も入れば、一杯になってしまうくらいである。

 案の定、店はまだ夕方の開店時間前で、奥さんが仕込みに追われていた。

 奥さんは背の低い、色白で細面だが、愛嬌のありそうな元気な女性だ。

『さあさ、早くこっちに来て、あんたも仕込みを手伝ってちょうだい!』

 鮫島先輩の顔を見るなり、奥さんは大きな声で言った。

『あら、後輩さんたちね?いらっしゃい!』

『すまねぇが、こいつらに』

『分かってますよ!』

 鮫島は奥に引っ込み、白衣と白エプロンに手ぬぐい姿で店に出てきた。

 三人の先輩たちは、奥さんに言われるまでもなく、カウンター席に腰かけた。

『あら、今日は一人多いのね?』

『ああ、新入部員だよ。』

『塩原吾郎です!よろしくお願いします!』

『何だか賢そうね。格闘技なんかやるように見えないな』

 奥さんは笑いながら、それぞれの前に水の入ったコップを置いてくれた。

『え~と、ご注文は、いつものね?』

 三人がまだオーダーする前から、奥さんはそう言った。

 先輩たちも特に異議を唱えるでもない。

 『あんた~、いつもの!』

『おう!』

厨房に入った鮫島先輩の声が聞こえる。

 待つほどのこともなく、三人の前にそれぞれチャーハンと、スープが出てきた。

 しかし、驚くのはまだ早い。

 カウンターに置かれたチャーハンが、みんなそれぞれ微妙に量が違うのだ。

 まず、笠井の前に置かれた皿は、それほど大きくはない。

 量もどちらかというと少な目だ。

 南雲のは少し多め。

 しかし、遠藤と、そして吾郎の前に置かれた皿が一番大きかった。

 不思議そうな顔をしている吾郎に。

『俺たちみたいに常連になるとな。先輩は全部考えてくれてるんだよ。例えば俺は今ウェイトを絞る必要があるから、量は少な目、南雲は体重をもうちょい増やさなくちゃならないから多め、で、遠藤とお前は何といってもスタミナ不足とみたんだろう。だからボリュームたっぷりという訳さ』

 しかもお代わりは自由ときている。

 有難いことだ。

 で、これだけ食べても、高校生の懐に響かない程度しか金をとらないのだ。

『あとはお前さん達が将来出世してから、たっぷり利子付けて返してもらうから』と、それしか言わなかった。

 さて、いざ帰ろうとした、その時である。

『ちょっと待ちな』

 店の奥から鮫島先輩が、一冊のぼろぼろの大学ノートを持って出てきた。

 笠井、南雲、遠藤の三人は、

『ああ、あれか』とでも言いたげに顔を見合わせた。

『坊や・・・・じゃなかった。塩原だったな。こいつを貸してやるよ』

『これは?』

ノートの表紙には、何も書かれていない。ただ、筆太に、

『NO.1』

と書かれてあるのみだ。

 吾郎が頁を繰ろうとすると、

『後で読みな』

 鮫島先輩はそういってにやりと笑って見せた。

 店を出ると、もうすっかり辺りは暗くなっていた。

 笠井と南雲は逆方向なので、その場で別れ、同じ方向になった遠藤と、歩いて帰ることにした。さ

『お前、鮫島先輩に気に入られたな』

 ぼそり、という感じで、遠藤が言った。

『え?』

『家に帰って、ノートを見りゃ分かるよ』

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